17.ノーブレス・オブリージュ
季節は冬になり、いつの間にか私は十六歳になっていた。
クリタの村へ来てから一年が過ぎた。
ボロボロで小さかったクリタ村も今では立派な城塞都市へと変貌した。
今ではネージンの街よりも大きくなっちゃった。
クリタの街へ、三回目の襲撃に失敗したゲスキワード男爵は、縄で体を縛られて下着姿で座っている。
「男爵って懲りない人よね。私達は男爵の思い通りには動かないわよ。税金なんて絶対に払わないんだから。何度、攻めてきてもムダよ」
「このままでは、私の沽券にかかわるのだ。諦めきれるもんか」
「そんな小さなプライド捨てちゃいなさいよ」
でもお父様に報告せずに、自力でなんとかしようとするところだけは認めてあげる。
やっぱり、男爵の意地なんだろうなー。
何度、攻めてきても追い返すけどね。
ゲスキワード男爵は裸で馬に乗せられ、オリビアとエドモンドに連れられて、ネージンの街へと戻っていった。
その姿を見て、グレースはクスクスと笑う。
「ホントに男って変な意地を張るんだから。でも面白い人ね」
え! グレースって、男爵のようなタイプでもイケる口なの?
私の肩の上でエラが顏の前で手を振る。
「私は絶対に無理! やっぱり男は顏よ、顏」
グレースとエラは、男性の好みについて言い合いを始めた。
そしてエラは私の頬を引っ張る。
「エマの好みは?」
「うーん、ゴンベかな?」
「え!」
だってゴンベの大きな背中って、すっごく安心するだもん。
私の肩から飛び降りたエラは、グレースの肩に乗って何やらコソコソと囁く。
「ちょっとエマの趣味って特殊よね」
「うんうん、私もそう思う」
「二人共、聞こえてるわよー!」
私は大声をあげて、二人へと迫る。
すると二人は両手をあげて、逃げ始めた。
クレタ村だった頃は織布工場と薬剤工場しかなかったが、街となった今では鍛冶工房、硝子工房、陶器工房なども稼働し、魚の養殖、家畜の飼育なども盛んに行われている。
街の統治をスムーズに行うため、政務局を起ち上げた。
今はグレースが局長を務めている。
街の治安については警備局が担い、局長はオリビア、副局長はエドモンドだ。
街の補修と拡張をしていくため、土木建築局を創設した。
局長はホプキン、副局長はゴンベである。
クレタの街は亜人、獣人の割合が髙く、識字率が低い。
そのことを危惧したリアムの提案で学校をつくった。
クレタの街の住人なら、大人から子供まで、誰でも通える学校なの。
私の発案でソロバンも教えてるんだから。
これだけ街が大きくなると、インフラ設備や補修など色々なことで資金が必要になる。
よってクレタの街でも三割の税を取っている。
それでも資金が足りないくらいなのに、ゲスキワード男爵に渡す税金なんてないわよ。
ゲスキワード男爵を開放して二カ月が経った、ある日。
応接室でお茶をしていると、コリンが慌てて部屋に入ってきた。
「街の大門の警備兵から報告がありました。豪華な馬車に乗った貴族様が、エマ様に会いたいと面会を求めているそうです」
「え、貴族様? ゲスキワード男爵ではないの?」
「違うらしいです。イケメンだと聞いています」
イケメン……それは会ってみたいわね。
私はソファの上で姿勢を正して、ビッシっと外を指差した。
「邸までのご案内を!」
コリンに指示を出して、しばらく待っていると、邸に馬車が到着した。
玄関まで迎えに行くと、痩身の銀髪イケメンが立っていた。
銀髪イケメン、キター!
イケメンが眩しすぎて、真っ直ぐに顏が見えない。
私が内心でドキドキしていると、イケメンはニッコリと微笑む。
「僕はバルナレス伯爵の嫡子でルーカスだ。あなたが街長かな?」
「はい。私が街長を務めるエマですけど、私のご用とは何でしょうか?」
バルナレス伯爵といえば、メイナード侯爵領の隣の領地の貴族だ。
いったい、この街に何をしに来たのかしら?
私が不思議な表情をしていると、イケメンは照れたように髪をかく。
「実はゲスキワード男爵に、この街の討伐を相談されてね。この街のことを何も知らずに、男爵の話だけを鵜呑みできなくて、父の名代として、ここまで様子を見に来たんだ。少し話しをしたいんだけど、いいかな?」
「玄関で立ち話も失礼ですから、お入りください」
男爵の奴、お父様に相談できないから、隣の伯爵を頼ったのね。
まだ、この街を潰そうだなんて、本当にしつこいんだから……
ルーカスを応接室へ招き、コリンに紅茶を淹れてもらう。
ルーカスはソファに座り、優雅に紅茶に口を付けた。
「これは美味しい。こんなに美味しい紅茶を飲んだのは初めてですよ」
「その紅茶の葉は『暗闇の森』で採れたモノなんですよ。私のお気に入りなんです」
「街長は紅茶にも精通されているようだ。ゲスキワード男爵からは野獣のようなお嬢さんとお聞きしていたけど、実際に会ってみるとまるで印象が違いますね」
あのおっさん、人を猛獣のように言うなんて許せないわ。
今度会ったら、また下着姿にしてあげるんだから……
「それは男爵が悪いんです。ネージンの街に住んでもいないのに税を払えて脅迫してくるだもの」
「一応、ゲスキワード男爵はこの辺り一体の領土の管理者だからね。彼の言っていることも、一応は筋が通ってるんだよね」
「クリタの街の住人達も三割の税は収めています。税は街の政務局で管理して、全て街のために税金は使っています。だからゲスキワード男爵へ渡すお金はないんです」
「それでは税の支出入の帳簿はあるかな?」
「お待ちになってください」
私は応接室にある棚から羊皮紙の巻物を取り出し、ルーカスへ手渡す。
その羊皮紙は、私の発案でグレースが作製した会計帳簿の控えだ。
ルーカスは帳簿を見て、うんうんと大きく頷く。
「我が領でも、ここまでキチンとした帳簿を見たことがない。見事なまでにムダを省いた支出入だね。税の全てが街に注がれていることが一目でわかる。これでは確かにゲスキワード男爵に渡す資金はないな」
「でしょ!」
「しかし貴族というのは面子がある。そのことは理解できるだろう」
貴族って何かといえば面子やプライドってうるさいのよね。
そんなムダなことに大事なお金を使えるわけないでしょ。
私は胸を張ってルーカスを指差す。
「そんな女々しいことばっかり言ってるから、ゲスキワード男爵は嫌われるのよ。そんな貴族のクダラナイ面子なんて捨ててしえばいい。面子のために貴族があるんじゃない。住人達の平和を守ることこそ、貴族の義務でしょ」
私の言葉を聞いて、ルーカスはおっとりと微笑み、拍手をする。
「ノーブレス・オブリージュ。人の上に立ち権力を持つ者には、その代価として身を挺してでも果たすべき重責がある。よく知ってるね」




