本業は宰相のご子息
「ああっ! 洗剤はそんなにつける必要ないです!!」
「ああっ! それでは隅の塵が取れません!!」
「ああっ! アイロンの跡が付いてしまいます!!」
「はぁぁぁぁぁ~~~」
シュイルがココアの入ったカップを置いてくれた。
「家事って疲れるんだな…………!」
シュイルは、ハァ…… と頭を抱えながら
(今更ですか…………)
と言ってきた。
主を小バカに出来るのも一番側で仕えている者の特権だろう。こういう生活が続くといいな。
(家事をしてみていかがですか)
「ああ。お前たちが毎日大変な思いをして仕事してくれてるんだってことがよくわかった。それから、俺ら貴族がどれだけ楽で裕福な暮らしをしてるかってことも」
シュイルがほんの少し驚いた顔をして頭を下げた。
いつもよりは感情が少し昂っている。あのシュイルが。
(成長されましたね)
「おや? これは褒められているのかな?」
(そんなことより)
「スルーか」
「僕はスルーしないよ!!」
俺とシュイル(は多分形だけ)はぎょっとして、声のする方に視線を向けた。
「──どうして俺の部屋にいるのですか、兄さま」
「露骨に嫌そうな顔をしないでよ、僕のかわいい弟」
俺の兄というポジションに位置するスレイは、母の前ではインテリを装うのに、俺とシュイルの前でだけ《絡みがうざいブラコン》に早変わりするという、結構面倒なタイプの人間である。
「それで? 何の用ですか? 俺を構いにいらしたのなら、すぐにご自身の部屋にお戻り下さい」
「うん、ルキとたくさん話したいのは山々なんだけどね」
「俺はたくさん話さなくてよいです」
「ついさっき、リルが我が家に到着した」
「!……………リルが来るのは明日のはずでは?」
リルは侯爵家の令嬢だ。
明日来る予定だったはずだ。なのにどうして──
「別に明日でも良かったんだけどね。以前から話に上がっていた彼女とお前の婚約の件だろう。ロールダント家としては、一刻も早く既成事実を作っておきたいんだと思うよ。我が宰相家と侯爵家は何かと相性がいい。王室のご令嬢に奪われる前にってことだ」
「それならなぜ長男ではなく次男が?」
「さあね。多分『そこまで密接でなくてもいいけど他の家よりリードしていたい』って感じで、《宰相家》と程よい関係を保つ。それに一番適するのが、きっとお前なんだ」
「………………」
「さあ、行っておいで。侯爵令嬢を待たせてはいけないよ」
「……………………」
「大丈夫。幸いにも、お前は彼女とその両親にとても気に入られている。だから失敗することはまずないだろうし、そもそも宰相家は長年、家の利益よりも本人の意思を尊重してきた。それが良い結果を招いてるんだ。だからこの家系は栄えた。いや、栄えている。お前だけが、僕たちの代だけが、出来ないなんてことはないんだよ」
スレイは「うん」と頷いて
「シュイル、すぐに服を着替えさせてすぐにリルのところに連れていって」
シュイルは頷いて、指でクローゼットを示した。
「……………………」
「ルキ、何度も同じことを言うようで申し訳ないけど、嫌ならしっかり断ってくるんだよ。いくら政略結婚とはいえ、お前の、一度しかない人生なんだ」
俺一回死んでるけどな…………。
「あっ、でも、そのしかめっ面のままで部屋に入らないように」
「ご助言、ありがたく存じます」
「うん」
言葉は本当にありがたいのだけど、いかにも『ご満悦』って感じなの腹立つ。
(スゥ──ハァ──)
「行こう」
コンコンコン…
いざ、入室!
「ルキ・ヴァルトでございます。遅くなってしまい申し訳ございません」
「あら、そんなに他人行儀でなくて良いのですよ──幼なじみなのですから」
と、リル・ロールダント嬢。
「単刀直入に申し上げます。私と婚約を結んでいただきたいのです!」
──やっぱりそれか。兄の予想ももちろん当たっていたけど………この案件はそんなに急ぎか?
兄も言っていたけど、宰相家と侯爵家の婚約は色んな意味で都合がいい。お互いの家に良い影響をもたらすし、『名前が似てる』とかなんとか言って世間体もいい。
でも。
「俺は納得できない」