プロローグ
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あー眠い。なんか体も重いし適当に理由つけて学校休めないかなあ。
そう思いながら制服に着替えていると、1階のリビングから悲鳴が聞こえ、それがプツリと途切れる。
不審に思って階段を数段下りると、倒れている両親と兄の姿が目に入る。
「!」
まだ、若干息があるらしい兄の口が僅かに動く。
゛こっちに来るな〝
「…………っ」
オレは頷き、自分の部屋に急いで引き返す。
…………遅かった。
゛死ね〝
そう聞こえた時にはもう、オレの意識はなかった。
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誰かが俺の体を激しく揺さぶる。
「ん…………んん…………ここは…………?」
(坊ちゃまのお部屋です。坊ちゃまは剣術のお稽古の最中に倒れられたのです)
「はあ…………」
(お医者様はただの貧血だと仰っておりましたが…………本当に大丈夫でございますか?)
「そうか…………シュイル、お前がずっと付いていてくれたのか?」
(はい。旦那様の命により看病させていただきました)
シュイルはオレの執事だ。とにかく静かだわ、感情は表に出さないわで何を考えているのか常時読めないが、我が宰相家に忠誠を誓っているので、こう必死に仕えてくれるのだ。
…………あれ、《シュイル》?
「…………シュイル。手鏡を持ってきてくれないか」
シュイルは頷き、手鏡を取ってくるためにその場を離れる。
普通なら「この状況で手鏡?」と不思議に、いや、不審に思うだろうが、そんなことを顔に出すでもなく持ってきてくれるシュイル、ほんとに感謝してる。
シュイルが手に持った手鏡を差し出してきた。
「ありがとう」
感謝を述べながら鏡を覗き込む──うん………うん。
客観的に見ても美しい容姿に、今更気付いたイケボ。さらっさらな青い髪に、それよりも濃い青の瞳。極め付きは《ルキ》という名。さっきは意識が朦朧としてたから、気にもしなかったけど──
「これは…………かなり」
かなり由々しき事態だな………
「体調はもう大丈夫なのですか」
「はい。ご心配をお掛けして申し訳ございません」
食堂にて。
体調が回復して初めて家族と顔を合わせる翌日の朝食。因みに昨日の夕食は寝てたので食べなかった。(シュイルに推奨されたけど食べるのが面倒で拒否したのは内緒だ。母にすごく怒られるので)
「そう」
「はい」
父が4年前に暗殺されてから家の中は暗くなった。
2つ下の妹は病弱で父の後を追うように死んだ。
つまり。
この家を明るく楽しい場所にするのはこの俺!!
「ところで───」
「ルキ」
「はい」
「家事をしなさい」
「はい…………え?」
「よいですか。あなたは次男です。家を継ぐわけではありません。しかし、家のことを出来るようになってもらわねば困るのです。私も身体が丈夫ではありません。いつ死ぬかもしれない。その時身の回りの世話をするのは、いつも通りメイドや執事です。それでもこの家を一番よく知るのはあなたたちです。スレイ、あなたもですよ」
「わかっています。僕はこの宰相家を継ぐ人間。弟にはこの先多くのことを手助けしてもらう」
《スレイ》? どっかで聞いたことある気がするし、それに───
「それで? いつからになさるおつもりですか」
「今日です」
「はっ?」
「この家全ての仕事を覚えなさい。シュイル」
呼ばれると同時に、シュイルは音も立てずに姿を現した。
「他の使用人もよく聞きなさい。ルキの家事の総監督をシュイルにします。ルキが仕事を覚えるまでの間、彼の手助けをすること。その権限の全てはシュイルにあること。宰相の息子だからといって甘くしないこと。シュイルが若いからといって指示を無視しないこと。以上です。下がりなさい」
「シュイル。あなたはまだです」
シュイルは頭を下げる。
「何か困ったことがあれば私やルキ、スレイに相談すること。よいですか」
シュイルはさっきよりも深く頭を下げた。
シュイルが部屋を出たことを確認し、口を開く。
「母さま。その家事仕事のことで一つ相談がございます」
「なんでしょう」
食事を終えた母が、いつもの澄ました顔で訊いてくる。
「お金をくれませんか」
「??」
兄が分かりやすく戸惑っている。
「ど」
「どういうことですか」
母が兄に質問を被せる。
「使用人たちはこの家の仕事をすることで給料を得ます。それなら俺も家事をしてお金を貰うべきではないでしょうか」
「なんと傲慢な…………」
「聞こえてますよ兄さま」
「母さま! こいつはただ金がほしいだけです!!」
「言葉遣いがよくありませんよ、スレイ」
「んっ───失礼しました」
不服そうな兄は無視だ。
「よいでしょう。仕事によって報酬を出すことを許します」
「えっ…………本当ですか!?」
「あなたが言ったのでしょう。何を驚くことがあるのですか」
「あ、ありがとうございます!」
「詳細はシュイルと相談した後に伝えます。精一杯励むように」
「はい、ご期待に添えるよう努力致します。では、これにて」
「スレイも早く次の行動に移りなさい」
「──本当によいのですか?」
「ルキのことについて言っているのですか? いつどの時代でも、何かをすれば何かが返ってくる。それが良いことでも悪いことでも。貴族階級の人間が庶民の暮らしに触れることはごく僅か。《庶民の当たり前》と《貴族の当たり前》は異なるのです。ルキもそれを感じ、学ばないといけません」
「──っしゃぁぁぁ!!!!!」
家事をする→お金貰う
なんて………なんて…………
「最っ高の制度なんだっっ!!」
前世は高校生なのにお小遣い制度がなくて何かと苦労した。
だが今は違う! 家事さえすれば金が貰える! これで何でも好きなことができる!
コンコンコン……
「今行く」
家事を侮るとどうなるのか。
そんなことを知るよしもなかった──。