若先生の幻灯機/子供会とは
こちらはカクヨム様公開時は別々の節でしたが「子供会とは」が200文字以下でした。小説家になろう様の様式に合わせてひとつにまとめております。
若先生の幻灯機
若先生、クリスマス会の相談を二人にしたかったようだ。病院では毎年、近所の子供たちを招いて休憩室を会場に楽しい時間を過ごすのだ。飲み物とお菓子が配られ、歌や芝居を見、ゲームを楽しみ、お昼にライスカレーを食べて散会である。
ライスカレーは、鈴くんが小鳩堂大将より習い覚えた製法で、子供たちを迎えに来られるご父兄の方々にも好評である。
「親父の写真機が都合よく壊れてよ、塩梅がよかったのや」
「写真機。どうするの」
「レンズよ、レンズ。暗箱さ取り付けると幻灯機にできるのや。そいつをこさえてクリスマス会に間に合わせたいと思ってよ。このあいだ遊佐くんの幻灯機見たら、俄然奮闘する心持にさなったのや。あっちのは立派な舶来の既製品だけっともな」
「だけどお兄様、夜なべもほどほどにして頂戴な。明日の午前中はお父様の診察だから油断しているんでしょう。暇つぶしにしては、翌日の診察に響きすぎよ」
診療に響きすぎ、とは、診療がおろそかになるということではない。
「診療時間が終わった途端、その場に倒れてそのまま眠ってしまうんですのよ」
ところで遊佐くんというのは、若先生と秀真くんの昔の仲間であった。若先生と同様、家業を継いで忙しい様子。東京と仙台を往復して、せわしないと聞く。
思えばこの面々、長い付き合いになる。むかし秀真くんの叔父である啓林寺ご住職が、広い本堂を子供たちの勉強部屋として夕方に開放しておられたのが発端だ。
そこに集い、自分のついでに年少の子供の勉強を見てやったりしていたのが、若先生や遊佐くんなどの中学進学組。
寺の居候であり、書店の仕事がない日などには何となく本堂に顔を出し宿題をしていた秀真くんともいつしか仲が良くなり、結成されたのが子供会、コバトであった。小鳩堂で意気投合したことが命名の理由である。牛乳で乾杯した。
子供会とは
子供会。
かれらはこの奥羽地方に限らず全国に存在していた。大正のころにさかんとなった、児童文化研究、実作、発表に取り組む団体の末裔である。
詩をものし、童話劇や影絵劇を上演し、自ら作詞作曲した童謡を歌う。
砂糖のついたパン耳を次々平らげるばかりの、今宵の若先生の姿からはそのような学生時代は想像がつかぬ。




