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風琴ねずみと夜の電車 一  作者: 倉沢トモエ


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今日は秋のよき空だった

 鈴くんは、畳み終えたセーターを重ねて持って立ち上がり、廊下に据えられた大きくもない箪笥に収めた。

 本日の好天を逃さず、樟脳と一緒に新聞紙に包んでいたのを押し入れの行李から出し、虫干しをしていたのだ。

 秋である。

「いただくべ」

 ジャムつきのパン耳をかじって、ひと息ついた。

 火鉢脇に置かれたかごの中には刺繍枠にかけたハンカチがある。赤い牡丹の刺繍が途中まで入っていた。ひと目見たとたん華やかな色合いが嬉しくなり、大切に使いたくなるような丁寧な仕事だった。

「鈴ちゃんも、刺繍と編み物、習いに行ってずいぶんなるわねえ。シェリー先生はお元気かしら」

 小さくうなずいた。近くの基督教会で水曜日午後に、アメリカから来た老牧師先生の奥様が編み物と刺繍を教えてくれる。シェリー先生は基督者らしく、夏も冬も継ぎあてだらけの服や靴下をお召しである。けれどその手からは長年の布教生活で習い覚えた各国の美しい刺繍と、毛糸編みのあたたかな衣類が生まれてくるのだった。

「新しいこと覚えねえと。時代遅れの仕立て屋は続かねえ」

 小鳩堂の女給のほかに、仕立てものの内職も鈴くんは請け負っている。

「おばさま譲りねえ」

 鈴くんは尋常二年の時に郷里を離れ、洋服店を開いている仙台の叔母に預けられた。型取りと縫製の技術はそのときに仕込まれた。結婚後も内職があれば受けたいと伝えると叔母は、では結婚祝いにとお古の手回しミシンをくれた。以後万端の体制である。

 房枝くんは、鈴くんがこちらに来たばかりの時、店で採寸をいやがりぐずついていたお嬢様であった。以来長い付き合いとなる。

 そうだ。あの辻氏も毎年背広をあつらえる常連であり、かような訳でその頃から鈴くんはかの人を知っているのだった。鈴くんは、店に来るたびバイオリンでなにかを弾いてくれる、自分の情操を育んだありがたい小父さんが辻氏なのだとよく今でも語る。

 辻氏が時々お召しの休日用とされるツイードの上着は、鈴くんが初めて叔母さんの手を借りながら仕上げたものだとか。

「春の服こさえる頃には刺繍も上手くなって、襟にめんこいやつ入れてけっから。房枝ちゃんも待っててけさい」

「あら、期待してるわ」

 そこに呼び鈴が鳴り、鈴くんが出てみると、はす向かいの若先生、栄太郎氏がぬっとあらわれた。

「まんづまんづ、おばんでがす」

 近頃ますますむくむくと肥り、見れば見るほどロッパに似てきた若先生である。

「あら、お兄さま」


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