独占市場
角から市内電車のライトが近づいてくる。
すれ違う時に秀真くんは、運転士の近藤氏と車掌の川村氏に手をあげて合図をした。すると電車の中からも同じ合図が返ってきた。
「あっ」
電車が通り過ぎたあとに、マサジが線路のそばでなにか拾い上げた。
「メダルだ」
誰かがキリンビールのメダルをこさえて、回収し損ねたのだろうか。それともたまたま轢かれたものか。
「これは値打ちものだべや」
言いながらマサジが大事そうにポケットにしまうのを、秀真くんも辻氏も、年相応のものを大切にする尋常なふるまいだと、兄貴らしい気持ち、小父さんらしい心持でそれぞれ見ていた。
「値打ちものかい」
「んだ」
そして続けて、
「拾ったメダルでねえといけねえのや。なんでか知らねえけっとも、自分でこさえたものは断られる。
どんな奇術を使うのかわからねえが、不思議に自分でこさえたものは、分かってしまう。どっちにしろ悪い取引ではねえのや」
などと言い出したので、なんとなくがっかりした。さらに、秀真くんと辻氏は、先ほどの経験からメダル、といえば、とある人物のが思い浮かぶ。
「はは、奇術ではねえんだ。実は約束ごとがあって、それで自分で勝手にこさえたメダルとの区別がわかるんだけっとも、それは教えられねえな」
メダルに印があるからだろう、と、口に出かかったところを秀真くんは飲み込みながら、
「取引ってなんだい。買う人なんているのかや」
買い手があるとなれば、子供たちのメダル製造が過熱して困ったことになると秀真くんは思った。かの人物は困ったことをなさっているぞ。
「世の中には物好きはいるんだど。それに、金と替えるとは言ってねえど、秀真さん」
どうも妙な話。
「俺だって稼がねばならねえからよ」
「そのメダルが、なにになるんだい」
「鉛筆に替えてくれる人がいるのや。一枚で五本。
さらに、これは言えねえんだけっとも、上物は一枚でひと箱だ」
「上物って、なんだい」
「ただのメダルの二、三倍のはたらきをするメダルができあがる時間があるらしいんだと。
いや、五、六倍だったかや。受け取りの時に検分するから、そこでわかる。
おれ、何度もメダル納めるうち、その時間がいつなのかだいたい見当がついたところなのや。それも誰にも言われねえな」
「あまりおかしな商売するなよ」
「そんなおかしい話でも、悪い人間相手でもねえんだでば。
ときどき虎屋横丁のあたりで、手品の道具売ってる先生いてよ」
虎屋横丁。
「定禅寺博士かい」
その名にたどり着くとは。
「お、よく知ってるなや。いつもいる訳ではねえんだけっとも、今日は日曜だべし、いるかもしれねえ。
あの人のところさ拾ったメダルを持って行くと、鉛筆に替えてくれるのや。
手品で使うんだべ。メダルの妙な力のはたらきが二倍だの五倍だの語ったって、ただの手品だべっちゃ、仕掛けがあるんだろうに」
あのメダルの火花もからくり仕掛けに違いないし、決まった通りに整然と動くマネキンたちも、人形のふりをさせるため雇われた紳士たちであろう。
そう話すマサジには奇跡を見てときめく思いはないようである。
「そんな回りくどい話までこさえて取り分増やしてくれるなんて、たぶん俺みてえな子供相手に気を使ってくれてるんだ。ありがてえなや。
ほかの餓鬼めらには内緒だど。俺だけの取引だ」
「そうだねえ」
いやいや、タネも仕掛けもないのです。
荒唐無稽に憑かれた今宵の小父さんふたりは心の中で博士の物まねをはじめる。
電車の重みと、乗客の徒然とが王冠に及ぼす霊妙な作用の結果があの不思議の数々であります、資源に乏しいわが国土の希望であります。




