作戦会議
秀真くんが水を飲みながら申した。
「姉ちゃん、本名をいぎなり尋ねてもいけねえんだろうな。そこも気を付けねえといけねえな」
吉田和久里。
頭の中で、その名を復習する。
「ありがてえなや、先輩は」
「なにせ、あの店の女給はみんな猫だからね。
つかもうとしても、しっぽがするりと抜けてしまうが、でもね、たま君だって、優しい子だ。君のような弟が追いかけて来たところを邪険にすることはないと思うな。
僕が非番の日だったんだが、こないだも、店の前で具合が悪くなった運転手さんを、見事に運転を代わって病院に運んだというよ。そんな特技があったことをほとんど誰も知らなかったから驚いたね。
それにしてもマダムはさすがに大化け猫だなあ」
辻氏はそこではっとして、
「おっと、マダムには内緒だぜ。
僕らがいつも化け猫呼ばわりしてるなんてことは。ご当人は存じ上げないことになっているんだから」
「そうかい。んだけっとも、マダム、おれをつまみ出しながら言ったど」
「なにを」
「『次にこんなことをしたら、バターで焼いて食べてしまいますよ』」
「まいったなあ」
「どうなってるんだべか」
マダムの正体の証拠が増えたのである。
「運転か」
マサジはつぶやいた。
「姉ちゃんなら、やりそうだなや」
勘定をして店を出ようという時に、大将が出てきて近ごろどうだ、と、秀真くんらに声をかけた。
「相変わらず、のんびり働いておりますよ」
辻氏が申すのに、
「そうか」
大きな体でうなずいた。
「そうだ、大将、さっき山本くんに会ったんだけっとも、このごろ山本くん、店さ来てたかや」
いいや、一週間は見ねえと申すので、秀真くん、先ほどの山本くんの慶事を伝える。
「なぬ」
「驚くべ」
その体躯の印象通り山の如く動じない大将が動揺したので、秀真くんはそちらに驚いた。
「喜んでいたのかや」
「とても喜んでたど」
「それなら何よりだべ」
秀真くんも大いに同意した。何よりである。
「なに、山本さん、嫁さんもらうの」
マサジがはしゃぎはじめた。
「ああ、お前さも教えねばと思っていて話そびれていた。うん、俺もさっき聞いたんだけっとも、そうらしいど」
「ひと目惚れだそうだよ」
辻氏が片目をつむると、
「なんだべ、しばらく顔見てねえと思ったら。嫁さんさ、かかりきりなんだべ。なんだべ」
身をよじらせて喜んでいるところ、そろそろ帰るぞ、と、秀真くんが声をかけた。
「大将、うまかった。ありがとうござりす」
帰り際にマサジが素直に申したので、大将の顔がほころんだ。




