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風琴ねずみと夜の電車 一  作者: 倉沢トモエ


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秘密主義

「女給の姐さんたちは自分の話なんかしないからなあ。その中でも、たま君は秘密主義でね。本名もわかりゃしない、ということになってる。そこを突くのはむずかしいんだな。嫌がるかもしれないところを聞きだすのは時間がかかりそうだ。

 彼女、家までこっそり付けて行くことが、不思議にできないとお客や楽士の間で噂もあるんだよ」

 マサジ、目を丸くする。内心ではそのうち試みるつもりでいたのだ。

「わかるのは、仕送りする相手が、家族かだれかいることくらいなんだが、あすこの女給は、みんな仕送りしてるんだよなあ。マダムが採用のとき真面目そうな娘をひいきするんでね」

 辻氏、またうっかりとカフェー・プティ・シャ・ノワの酔いが醒めるような営業上の秘密を白状した。昨年、今年と当地は記録的な凶作で、またぽつぽつと新しい猫が増えつつあるのだ。他店のそうした噂もちらりちらりと耳に聞こえはじめているところである。

「子供が訪ねて行ったところをマダムに見つかるのもまずいんだ。あれで妙なところが堅いひとだからねえ。それに細かいのさ。閉店後、テーブルや椅子の位置を、床につけた印に合わせないとひどく機嫌を損ねると言うよ。

 こちらも機会をうかがってみるが、待っていてくれたまえ」

 マサジはそれらを聞いて、かえってさっぱりした様子である。

「おかしいと思ったんだ。よほど秘密にしているんだべ。

 姉ちゃんのこと知っている人にはずっと相談しているんだけっとも、気を付けているけれど、どうしても見かけねえ、って。おれも、ようやく見かけたくれえだしな」

「房枝くんかい」

 秀真くんが思い当たる名を言った。今頃鈴くんとおしゃべりをしているだろう、はす向かいのお嬢さんだ。顔は広いだろうがカフェーの女給とは縁がうすかろう。

「別にじかに会えねぐてもいいんだ、ただ、体悪くしてねえなら。姉ちゃんなら、器用だし、力持ちだし、やっていける。

 それにどうしてもうまぐいかねえ。無理はやめようかとも思っていたのや。

 あの、マダムな。肥って、でっかい指輪してる」

『Café putit chat noir、そうおっしゃって』

 マダムの声が聞えたような気がしたが、秀真くんも辻氏も聞こえなかったことにする。

「なしていつも、つまみ出されるんだべ。昨日もやられた」

「え、君、店に来ていたのかい」

 辻氏、自分がまったく気が付いていなかったことに驚いた。演奏中は、さすがに侵入者騒ぎがあったとしても聞き分けられないようだ。

「おれはほれ、その方面は全甲だからよ」

 甲、乙、丙の最上の成績である。

「それは知っているよ」

 知らぬ者はない。

「その全甲が、なしてか知らねえけっとも形無しでよ、どんな隙から入ろうとしても、必ずマダムが先回りしててよ、つまみ出されるのや」

「そりゃあそうだ、正体は化け猫だからね」

 そんな店の営業上の秘密をさらりと明かしながら辻氏、あることが浮かんだ。

このところ演奏途中に指揮者から日曜日なら『月光値千金』、ほかの曜日はほかの曲目となるかの符牒、その切り替えの指示が細切れに出てくるのは何故かと首をかしげていたのだった。

 ダンスの支障とならぬように楽曲をつなげ演奏するのは、楽士の腕の見せ所ではあったのだが、マサジのせいだとわかれば得心がいくというものだ。


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