松永さんが給仕をする
「どうしたの、今晩はどうしたことで、お店にも出ていらっしゃるの」
「なあに、今日はおかみさんが不調でお休み、たよりのくまちゃんも、お姉さんのお産で岩沼に帰っていてね。急遽僕がお手伝いすることになっております」
「まあ、おかみさん、お大事になさって。
それに佐藤さんが。しっかりした方ですから、ご実家でも頼りにされていらっしゃるんでしょう。お姉様がねえ。おめでたいことですわ」
くまちゃんとは、佐藤くまとおっしゃるこの店の看板娘。
テルオさんも、あの目印のおさげ髪をよくご存知である。
「テルオさん、お好きなものをお頼みなさいな」
きれいな文字で刷られたお品書きを見ながら、テルオさんは頭の中で指を折る。
チキンライス十五銭。
ライスカレー十五銭。
東京銀座資生堂に比べれば半額程度の十五銭均一。それが小鳩堂の身上。
けれど。
十五銭はどうしても十五銭。それ以上は負からない。
「お母様は、なにになさるのですか」
「わたくしはね、すばらしい舞台のあとで、なんだか胸がいっぱいで。コンソメをいただくわ」
コンソメは十銭で、ふかふかの丸パンが付いてくる。
テルオさんは困ってしまった。胃が丈夫ではないがゆえのコンソメではあるのだ が、たとえ五銭でも自分より安いことが彼を困らせた。
そうまでの気遣いは母と子の間には無用だと申しても、子供心には通らぬことがある。
「コンソメとチキンライスをひとつずつ、お願いします」
「かしこまりました」
松永さんが慣れない様子で、うやうやしく礼をした。
その時。
がらり、と、戸をあける音がした。
「いらっしゃいませ」
松永さんがまた、慣れなそうな様子で。
「なんだ」
「おばんです」
三名様のご入店。




