幕間・『風琴ねずみ』第一回
ふしぎなオルガンがありました。
太郎さんの席がある、進級したばかりの二年生の教室にある古いオルガンです。
とはいえ、唱歌の時間は先生の弾くとおりに鳴ります。ふしぎなことはありません。
放課後、太郎さんたちがこっそり流行歌を一本指で鳴らす時も、ふしぎなことはありません。このあいだ、『アラビヤの唄』を弾いていて先生にみつかりお目玉をくいました。
忘れものをさがしに誰も居ない校舎へ、次郎さんがひとりで戻ったときのことです。
最初は風の音などを聞き違えたのだと思いました。
また、息せき切って走って来た、自分の息の音なのかとも思いました。
次郎さんは申しました。
「オルガンのふたがあいていました」
誰かが閉め忘れたのだと思いました。
「でも、なんとなく、耳をすますと、ぷかぷかと音がしていました」
もちろん、オルガンの椅子に誰かが座っているような気配はないのです。
なんだかおばけのしわざのように思えて、忘れものを探そうにも困ってしまいました。
とはいうものの、オルガンの音は小さいながら、ゆかいなひびきで、次郎さんは少しずつ怖くはなくなりました。
「これこれ」
そうするうちに、そんな声まで聞こえました。
「はい」
次郎さんは返事をしました。胸は早鐘を打ち、どこから呼びかけられたのだろうと心細くなっていました。
おじいさんのような声でしたが、しらない人です。
「君は、鉛筆を忘れたのではないかね」
その間もオルガンはぷかぷか鳴り続けております。
「机の下におちているよ」
おじいさんの声ではない、キイキイ声が教えてくれました。
はて、どこから言われたのでしょうか。
ともあれ、言われた通りに机の下をのぞきこんで回ると、ありました。ジロウ、と、名前を彫った、ちびた鉛筆です。
「ありがとう」
お礼を言うと、
「どういたしまして」
またキイキイ声がかえってきました。
「どういたしまして」
ふたつめのキイキイ声。はて、ここに姿の見えぬ誰かは、何人いるのでしょう。
「あっ」
オルガンの周りがあやしく思えて、おそるおそる近づいてのぞいた次郎さんは見たのです。
灰色の小さなねずみが、まん丸の目玉をくるくるさせて、鍵盤の上をぴょこぴょこ踊るたびに、あのぷかぷかとゆかいな曲が鳴り響くのでした。
そのうえ、そのねずみときたら、次郎さんに向って手を振っておどけてみせるではありませんか。
「さようなら」
次郎さんはほんとうにびっくりして、その気持ちのまま、帰って行ったとのことなのです。




