秀真くんの品のよさ
「さすが秀真くん。自分のタネではないのに、なんて、品のないことは言わないんだなア。そんなことが二言目には囁かれてしまうんだから、そっちが気の毒なんだな。
とはいえ僕も心配がないわけではなくてね」
「奥さんは、どんな人なの」
「そこだよ。あんまり詳しくは聞いていないんだが、以前は女工だったらしいんだ。 よくある話だが、仕事先で弄ばれて、という気の毒な話が飛び交っている。もちろん山本くんの前では皆いわないんだがね。
大きくなりはじめたお腹を抱えて、もう、どうにでもなれ、直談判してやる、でなけりゃ死んでやる、と、やけになっていたところを助けたのがきっかけらしいからね」
いやはや、人の消息は、かように移り変わるものである。
辻氏と山本氏は、先ほどのたま君同様、店に入った時期を同じくしていた。同じバイオリン弾きでもあり、二人で弾くと不思議に最初から音が合う、これはお互い気が合うはずだ、と、意気投合、よく行動を共にしておる。
「しかしなあ、」
辻氏、なにか思い出した。
「どう思う、秀真くん。先ほど僕は、山本氏の去ってゆく足音を聞いていた訳だが、」
「まさか、山本さんの足音まで張子の音に聞こえたんではねえべね」
「ご明察」
「なんだべ、山本さんまで張子なの」
いくらマネキンのような男前だからといって、それはない。酒の力が耳に障っていたのか。
「彼とは長く一緒にいるものだから、そんなことを気にしたことはなかったんだ。
先ほど、博士の足音やらマネキンの倒れる音やらを聞き分け過ぎて、くたびれているのかもしれんな、僕も」
荒唐無稽、荒唐無稽。
「山本くんはあの通り、惚れっぽくて子供好き。
だから、たかさんの件は二つの幸せが同時に飛び込んで来たということだ、までいうんだよ、本当に喜んでいるんだなあ。張子にしちゃあ、情熱的だな」
そういう辻氏は、実に嬉しそうだ。




