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風琴ねずみと夜の電車 一  作者: 倉沢トモエ


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29/70

首が申すには

「それはさておき、大変失礼いたしました。本日、市内電車の奇人のひとり、辻さんにようやくお目にかかれた、と、つい嬉しくなり、つまらぬ小細工をした次第です。

 いつかこのマッチ箱を手掛かりに、当方を訪ねてくださることもあろうかと。そして正式にお目にかかっていただけることもあろうかと、淡い希望を抱いておりましたが、お渡ししたその日のうちにとは、なんというご縁でしょうか」 

「やっぱりね。何より頼れる僕の耳だ」

 辻氏と秀真くんは、仰天していなかったわけではない。しかしここはいくぶんかは奇術の場だと心得て、取り乱さぬよう心掛けたというのである。

「けれど、そんな細工をわざわざするなんて、なんて控えめな方なんだろう。僕は楽士なんだから、いつだって訪ねてくださってよいのに」

「きっかけもなく、だしぬけに電車と線路の歌の件を尋ねることは、どうもしづらかったものですから」

 なるほど、もっともなことだと思われた。

 博士は首、右腕、左脚をそれぞれもとの胴体に収めた。

 それからおもむろに山高帽子を取り、さらに白髪のかつらを取り、付け髭も外した。取られた山高帽は、そののちあらためて頭上に載せられた。

 ところがそうされてみるとどうだろう。老博士の装いを取れば、実際の年齢はますますわからなくなった。たたずまいは辻氏よりも老成しているようで、その目元口元は若々しいのである。

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