首が申すには
「それはさておき、大変失礼いたしました。本日、市内電車の奇人のひとり、辻さんにようやくお目にかかれた、と、つい嬉しくなり、つまらぬ小細工をした次第です。
いつかこのマッチ箱を手掛かりに、当方を訪ねてくださることもあろうかと。そして正式にお目にかかっていただけることもあろうかと、淡い希望を抱いておりましたが、お渡ししたその日のうちにとは、なんというご縁でしょうか」
「やっぱりね。何より頼れる僕の耳だ」
辻氏と秀真くんは、仰天していなかったわけではない。しかしここはいくぶんかは奇術の場だと心得て、取り乱さぬよう心掛けたというのである。
「けれど、そんな細工をわざわざするなんて、なんて控えめな方なんだろう。僕は楽士なんだから、いつだって訪ねてくださってよいのに」
「きっかけもなく、だしぬけに電車と線路の歌の件を尋ねることは、どうもしづらかったものですから」
なるほど、もっともなことだと思われた。
博士は首、右腕、左脚をそれぞれもとの胴体に収めた。
それからおもむろに山高帽子を取り、さらに白髪のかつらを取り、付け髭も外した。取られた山高帽は、そののちあらためて頭上に載せられた。
ところがそうされてみるとどうだろう。老博士の装いを取れば、実際の年齢はますますわからなくなった。たたずまいは辻氏よりも老成しているようで、その目元口元は若々しいのである。




