身軽な娘
「本日、おかげさまで千穐楽を迎えました。ひとこと博士にご挨拶を申し上げよと、師匠の仰せでして」
千穐楽。
それは秀真くんには、かの『青い鳥』より思い当たらぬ。
「おめでたいことでした。大した評判ではありませんか。
本来なら、私のほうからご挨拶に伺うべきところを、」
(もしや)
声をかければ、この黒猫と呼ばれたマネキンは可憐な笑みをみせ、うなずいてくれたのやも知れないが、秀真くん、舞台の観客となれなかった気おくれから黙っていた。
そんな心を見透かしていたのか、
「お客さまがた、だしぬけに失礼いたしました。
わたくし、淡雪天堂一座のはしくれでございます」
微笑みとともに張りのある声でそう申して、ふたたび博士の方へ向き直り、
「相も変わらず、博士を囲んでいるのはマネキンばかり。空洞でないものは私とこちらのみなさまばかりではありませんか。
そこがじつに博士らしい。好敵手はご健勝であったと師匠にはお伝えいたします。
ではお客さま方、お邪魔いたしました。当淡雪天堂一座『青い鳥』は本日千穐楽となりました。みなさまのご厚意の賜物でございます。またご縁あればどうぞお運びのほどを」
気づけば人だかりがぐるりとあたりを埋めていた。
深々と頭を下げた黒猫は、懐から取り出したビラを次々配りはじめた。次の巡業先は北海道らしい。
辻氏と秀真くんにも一枚ずつ持たせてくれたので、秀真くんは家の壁にでも貼ろうと丁寧にたたんで、さっきのメダルをおさめてある上着のポケットへしまいこんだ。細君が手ずから仕立てた上着である。細かな好みにも応えてくれるので、とても深くてなんでも入るポケットである。
それが済むと黒猫、ひらりと身を翻し、
「では、ごきげんよう。
淡雪天堂一座は、みなさまの心に不思議の花を咲かせるよう、今後ますます精進してまいりますから、ご期待下さいませ」
手を振りながら退場した。東座の方へ戻っていく後ろ姿が雑踏に見えなくなる。
はて、今みてきたものは、宣伝を兼ねた一連の出し物であったのか、とんだ飛び入りだったのか。
博士はどのような顔で見送ったやら。
人だかりもすう、っと引いていった。
「さて、今回はこのあたりで」
それをしおに秀真くんと辻氏、見学料を納めた。
たしかに黒猫と呼ばれたかの娘の申した通り、五銭を納めた者は秀真くんと辻氏よりおらず、あとはがらんどうのマネキンが三台、先ほどの姿勢のまま整列しておるばかりである。




