物理学
「この、瓶の蓋が電車に轢かれ、つぶされるとき、どれだけの力がかかっておるやら、みなさま考えたことがありますか」
秀真くんは知っている。
たとえば、古顔のえんじ色、モハ1型は、七屯以上ある。
上り段をあがると長椅子が一列ずつ向かい合って並んでいる。前方後方ともにコントローラが備わっている。まん丸の輪がついた吊革がぶら下がっている。 日々なじんだ仕事場である。
しかし、そんな愛着をご披露する前にその気が削がれた。
周りのお客、かようななんでもないことにも、ははは、と、笑いで返すのだ。
あまりそのつもりはなくとも、生きた気配とそうでないものの気配との区別というものは、ふしぎにかぎ分けられるものである。
「現在の物理学によれば、電車の重みがかかる、王冠が潰れる、メダルとなる。そこで力の収支はほぼつりあってお釣は出ないと、そういうことです。
しかしながら、メダルとなった王冠、なぜお子さまがたの心を惹きつけるのでしょう。
この、惹きつける力を突き止め、再び引き出して用いることができれば、動力に関する当世の様々な問題が解決できるのではなかろうか。
わたくしの霊感はそう申したのでございます」
巧みな調子で話されており、説得力があるように聞こえるが、検分すると不思議である。
王冠がメダルとなるために必要な力と、子供たちの心を惹きつける力を、なぜか博士は魔術的な話術を工夫し混同させようとするらしい。
「ほう、秀真くん、電車もそのうち、こいつで走るかもしれないねえ。
ちびさんたちの熱は、大したもんだからねえ」
辻氏は構わずに楽しげだ。
「面白いじゃあないか」
そこでまた、どっと周囲が沸いて、秀真くんはいよいよ不安になってきた。
「わたくしは事実、メダルが轢かれたその時に、ある性質が圧縮され閉じ込められることを発見いたしました。
思えば、このメダルを轢くのは電車の重さのみではありません。電車には乗客がおります。居眠りをしたり、会社や家計の勘定について頭を悩ませたり、ぼんやりと夢にふけってみたり、おしゃべりをしたりの乗客でございます。
そんな悩みや夢やおしゃべりが、電車の重みと共に、メダルに影響を及ぼしていたとしたら……これからご覧いただくある性質は、あるいはそのような事情が影響しているのやも知れません。
そして試作を重ねました機械は、こればかりではありませんが、今宵はこちらをご披露いたしましょう」
事実、とは申すが、証人など居らなそうだから、夜店の口上ほども信ぜられるとは思えぬ。夢やらおしゃべりやら、ますます怪しくなってきた。
まあまあ、そこはやはりここも夜店だということだよ。いぶかしげな秀真くんを制し、辻氏は変わらず楽しげに見つめている。
「面白いじゃないの」




