黒猫は口をとがらせる
「カフェー、ねえ。ここでひとつ、全体で取り組み風紀を正します、という外面にしておかないと、ますますカフェー業はめんどうになると皆さまお考えなのかしら。ダンスホールも、どうすれば清潔に見えるかばかり始終考えているんだから、たしかに他人事じゃないわ。
でも話はそれだけじゃないんでしょ。カフェーの場合は、カフェーに客を取られたつもりの遊郭も何かとおやかましいんでしょう。いやらしいわね。そちらへの牽制の狙いもあるのかしら。
それにしても厭あね。ダンスホールもカフェーも、何を繕ったって取り締まったって、どんな健全なお店をこさえても、いやらしいお客が来るのは止められないし、店外の店員の行状までは知りやしないってのに」
この黒猫、世間で見聞きしたことは少なくないようだ。
「ダンサー、女給ばかり言われ過ぎよ。昼間立派にお勤めのビジネスガールだって、ご退勤後はなにをしているかわからなくてよ。
このご時世、稼ぎがなくて破れかぶれになるのは、あたしだって気持ちがわからないでもないですけれどね」
ついに低俗な雑誌の見出しのようなことを黒猫は口をとがらせ申すのだった。
たま君はまた、ふふ、と笑う。
「ダンサー、女給や楽士のお行儀はともかくとしてね。兎に角、近頃そんな具合で各方面がやかましいのは確かなのよ。かといって、どうしてこちらからわざわざ健全ですなんて、身の証しを立てなければいけないんでしょう。あんまり面白くない話ではあるわ。従業員の身持ちの保障に関しては、あたしも仕事が増えるばかりよ。
まあ、私たちにとっての問題はこっちもあるわね。マダムはさっき、別方面のうるさ方の電話を受けていらしたようですけれどね。
あの方々がいる限りはね。この流行中の健全不健全の追及なんて、うちに探りを入れるにはじつに体裁のいいお話なんでしょうね。
マダムもね、不器用にカフェー・コネコの名前を消しただけではね。そもそも以前のご主人のこだわりが《《もと》》だっていうのに。秘密が増えるのは面倒だわ」
口が滑った、と押さえたところ、
「あら、奇術の世界ではそれが普通だわ。秘密こそが生命だわ。
そうそう。
その方面の件もお伝えするつもりで来たのよ」
黒猫は内ポケットから封筒を出した。




