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風琴ねずみと夜の電車 一  作者: 倉沢トモエ


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事務服の婦人

 カフェー・プティ・シャ・ノワ、事務室の窓辺に婦人が立っていた。建物の二階に位置する。

 ワンピースの上に事務服を羽織り、伝票と算盤を抱え、窓の外の人だかりから、なにか火花が空へ向かって飛んでいったのを、あら、と見ていた。

 婦人の手首には鈴が付いていて、ちりん、と音を立てた。

「マダム」

 振り返ると、電話で話し終えたマダムがひと息ついておられた。来客用のソファにテーブル、その向こうにマダムの大きな事務机がある。

「今宵は客席に例の大ねずみの姿もなく、異状はありませんでしたけれど。

 本日、博士はご活躍されているようですわ」

「今の電話も、その話だったわ、たまさん」

「まあ」

 たま君のうつくしい眉がひそめられる。

「そろそろお戻りいただくことをお考えいただけないか。大目に見られるのも限りがある、我々には時間がない、例の件の実用化は待てない、強度や調整の件は話し合いたい、というおはなしよ」

「まあ」

「土地も建物も手を離れ、もはや他人、の、あたくしに、そんなことを申されても困ります、と撥ね付けたわ。

 お戻りいただくなんて、慇懃ですこと。どうせ誰がなにか申し上げたって、あのひとは戻るつもりで離れたんではなし、そもそも自分の追求が済むまで簡単に発見を譲ったりしませんからね。

 ここはもう、カフェー・コネコではないんですのよ。あの方も、きちんと月々のお家賃をいただいている間借り人です。これ以上のつきまといは、うちのような真面目な店には営業の妨害だわ」

 たま君はそこから先は黙っていた。自分の机で伝票を数えなければならなかった。時々帳簿の手伝いをしてくれている猫が、悪筆で有名な猫が書き付けた伝票の数字を読み違えていた。

 ノックの音がした。

 ボーイが来て、連合会の件でお客様が、と呼びに来た。

「今、参りますから」

 マダムは、本日はこちらの電話を取り次がなくて結構、と申してホールへ戻ってゆかれた。

 戻りかけたところでひとつ気が付き、引き返してきた。

「昨日のように、子ねずみが店の周りをうろうろしているかもしれないわ。こちらはかわいいものですけれどね。たまさん、あの子をどう思って」

「仕事の邪魔ですわね」

「まあ。ご苦労だけれど、引き続き表の様子にも気を付けて頂戴な」


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