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風琴ねずみと夜の電車 一  作者: 倉沢トモエ


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マッチ箱

電車の音が遠くから聞えてくると急に夜が糸のやうに細長くなつて

その端に電車がゆはへついてゐる

尾形亀之助「雨の祭日」(一九二九年)より


 奥羽地方仙台。森の都。

 そう呼ばれていた頃の話である。

宮城県のほとんど中央に位置し、広瀬川をのぞみ景勝地に恵まれる。その市街地を南北に奥羽街道がつらぬき、東西にわたる芭蕉の辻で十字路となる。この十字路を中心として、市内を一周するように電車の線路が巡っている。

 また、芭蕉の辻付近には多くの商社、銀行が並び、国分町、南町、大町、東一番町等の繁華な界隈もこのあたりとなる。


 その国分町にあるカフェー・コネコ。吹き抜け下に見えるのは一階のダンスフロアー・コネコの楽団と、客と踊るダンサーたち。流れる演目が『月光値千金』に移っていくぶん陽気になったその時。

「まあ、見給えよ」

 そう申して本日は非番の楽士・辻三太氏は、本日の乗務を終えた若い友人、市内電車車掌・菅原秀真(ほずま)くんの手にマッチ箱を押し付けた。

 マッチ箱。

秀真くんにも十分見覚えがあった。

「ここのマッチだべした。

カフェー・コネコ」

 自分で口に出しておきながら、ぎょっとした。

「おっと」

 向かいに座る、いつものニヤついた辻氏。右手を上げて制する。

「それがマダムの耳に入ったら、ことだぜ」

 左様であった。

「ゆるぐねえなや」

 秀真くんはカフェー店内で繰り広げられる、非常時をものともしない女給目当てのさや当てや、階下のダンスホールのダンス愛好の士とその冷やかしが流し目を送りあうことなどもの慣れぬ様子。帰り道を待ち伏せられ連れてこられたに違いない。(たま)にはひと息つかないか、とでも言われたのだろう。

 さて、ここはたしかにカフェー・コネコ。ダンスホール・コネコの二階にある。大きな吹き抜けを中心にぐるりとテーブルが並び、その座席は五十を超える。

その吹き抜けを見下ろしてみよう。北側に備えた舞台には本日は七名が編成する楽団。四、五組のペアが踊られる程度だがダンスフロアー。そう。ここ、カフェー・コネコはダンスフロアー・コネコの踊り疲れた客が休憩し語らうための場所。

 悪徳の温床であるダンスフロアーでは飲食禁止との当局のお達しがありその兼ね合いをああでもないこうでもないとひねりだされた店だ。もちろん堕落の入り口酒類の提供も御法度である。秀真くんらはサイダーを嗜む。

 だがお気づきだろうかその什器類。樫のテーブルは猫脚。籐の椅子も猫脚。

天井に目を移せば丸い乳白色の電灯は猫が好む毬のようで、窓を飾る色ガラスの意匠は白いサルナシの花だ。サルナシの花など、だれが見分けられようかと思われるのだが、昔店主がそう申していたので間違いはない。ダンスホールの単なるおまけではない。それなりにこだわりのある店内である。

 はて、何ゆえにサルナシが。

「おや、それではマタタビの仲間、ということでの選択ですね」と、あるとき花巻から出張で来たという、もと農学校の宮澤先生が通りがかりに見解を申して謎が解けた。思えばずいぶん前の話だ。あの先生とは思い返せば逸話が多いが、それはまたにしよう。

 それにしてもマタタビとは。かようにどこまでも猫がついて回る店なのである。

 ところがカフェー・コネコ。お客はゆめゆめ気を許してはならぬ。

 ここがカフェー・コネコだからと申して、軽々しくみだりにその名を唱えてはならぬと申すのである。

 そうだ。ひとたびそううっかり上らせれば、あの脂の乗ったマダムにやんわりと叱られるのではなかったか。

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