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水城三日の作品

果実は沈む

作者: SSの会

 こつん、と何かが窓を叩く音がした。

 夏休みも残り数日。明日の準備を終え、そろそろ寝ようかななんて考えていた僕はその音に誘われるように窓の方へと向かった。

 その間もこつん、こつん、と鳴り続ける窓を開けると、それと同時に音を鳴らしていた正体が部屋の中に入り込んだ。

「小石……?」

 どうやら、誰かが石を投げて僕のことを呼んでいたらしい。その誰かは、僕が窓を開けたことに気付いたのか小さな声で「おい」と僕を呼んだ。

 その声に聞き覚えがあった僕は、びっくりして外の方を見る。

「よっ!」

 そこにいたのはクラスメイトの松木くんだった。彼は赤い自転車に跨がりながら、こちらに向かって手招きをしていた。

「なんで、松木くんが……?」

 突然のことで頭が回らない。けれど、それよりも早く彼の元へいかないとという気持ちが強くなって、気が付くと僕は鞄を持って家を飛び出していた。

 両親には少し外に出てくると告げた。こんな時間に? と、怪訝な表情をしてはいたけれど特に咎められることはなかった。

「お待たせ」

「おう、悪いな。こんな時間に」

 申し訳なさそうに言う松木くんに僕はぶんぶんと首を横に振った。

「それで、どうしたの?」

「いや、プール。行きたくなってさ」

 プール。その言葉にちょっとだけドキリとした。

「プールに行くの? でも、こんな夜遅くにやってるところなんて」

「あるだろ。一つだけ」

 そう言って、松木くんは悪い笑みを浮かべる。

 あぁ、その顔をするときは決まってむちゃくちゃなことを言うんだ。

 でも、そんな彼が僕は好きだった。いつだって、自分の知らない世界を見せてくれるのは彼だったし、そんな彼の友人をしていることに誇らしささえ覚えてた。

 彼とはきっとこのままずっと縁が切れないのだろうなんて思っていた。


 * * *


「ねぇ、本当に大丈夫なの?」

 緑色のフェンスをよじ登る松木くんに声をかける。

「ばれやしないよ。俺、夏休み中は何回もここに来てんだ」

 言い終わると同時にフェンスのてっぺんに足をかけて松木くんは向こう側へと飛び降りた。

「ほら、早く来いよ」

 松木くんに言われるままに僕もフェンスに足をかける。格子状に広がるフェンスのところどころに何かで切られた跡があって、思っていたよりも簡単に侵入することが出来た。

 プールサイドに立つと、塩素の匂いが鼻をくすぐる。

 松木くんの言っていた夜でも入れるプールというのはあろうことか僕らが通っている中学校のことだった。

 たしかにここは薄暗いし誰かにバレるなんてこともそうそうないとは思うけれど。

「なんか不気味だね……」

 正直、あまり暗いところが得意ではない僕にはこの場所は魅力的には映らなかった。賑やかな時間を知っている分、このギャップが余計に恐ろしく感じる。目の前に広がるプールも夜に染まり、一度入ったらどこまでも沈んでいくような錯覚を覚える。

 でも、僕の横に立つ松木くんはお気楽な声で、「大丈夫だよ」と言って、そのまま夜のプールに飛び込んだ。

 大きな水しぶきと共に、松木くんはプールの暗闇へと消えていく。一瞬、本当にいなくなってしまったのかと背筋が凍り付いたけれど、彼はすぐに顔を出した。

「ほら、大丈夫だろ」

 そう言って笑う彼に安堵して僕はその場に腰を降ろした。松木くんはそのまま仰向けに浮かんで空を見つめていた。

 僕も同じように空を見上げる。

 星が輝いて見える夜だった。明かりの少ない場所にいるからだと思うけど、こんなに綺麗な空が見れるならこういうところも悪くないな、なんて思ってしまうほどに。

 僕らはしばらく黙ったままそうやって過ごした。

 先に言葉を零したのは、松木くんの方だった。

 彼の方を向くと、いまだにジッと夜空を見つめていた。

「久しぶりだな、こうやって遊ぶのは」

「うん……」

 僕も同じことを考えていた。

「引っ越すんだな、やっぱり」

「うん」

 僕は、この町を去る。両親の仕事の都合で。明日にはもうここにいない。

「そうか」

 そう言って、黙り込む。

 引っ越すことはかなり前からわかっていた。だから、すぐに伝えた。でも、そのときから僕と松木くんの間に溝ができた。

 僕が彼との約束を破ってしまったから。

「ごめん」

 松木くんはなにも言わない。ただ、黙って水に浮かびながら空を眺めてる。

「どうしても、行かないといけないんだ」

「俺との約束を破ってでもか」

 ザパン、と音を立てて水の中で立ち上がると、今度こそ松木くんは僕を見つめた。

「一人にしないって、言ったじゃないか」

 言った。

 それが僕らの約束だった。

 小さい頃からずっと一緒だった。

 大切な友人だった。昔から明るくて元気で、町中を走り回って楽しいことを探し続けた。

 クラスが離れてもその関係は変わらなかった。

 そんな日常がずっと続くのだと僕も思っていたし、きっと松木くんもそうだったんだろう。

 けれど、そんなことなかったんだ。時間が経てば朽ちていくものもある。それを二人とも知らなかっただけだったんだ。

「ごめん」

 もう一度、謝る。僕にはそれしかできない。

「俺は、どうしたらいいんだよ」

 なにも言えない。僕にはなにもできない。

 だって、松木くんの時間は僕とは違う。

 彼はもう、死んでいるのだから。


 * * *


 病気が発覚したのは、僕らが中学に上がってすぐのことだった。病はまるで松木くんの身体を貪り食うように浸食して、いつしか彼は町で一番大きな病院に入院することになった。

 それでも、僕らの関係は変わらなかった。遊ぶ場所が外から病室になっただけだ。僕は毎日のように病院に通って一緒に遊んだり勉強を教えたりした。

「友達なんだから、これくらい当たり前だよ」

 いつしか、そんなことが口癖になっていた。

 そのときに気付くべきだったのだ。そんなことを言っている時点で、もうこの関係は限界なんだって。

 最初の一年はよかった。

 でも、二年、三年となっていくうちに彼に束縛されているような気持ちが強くなっていった。受験勉強も部活も彼に時間を取られて上手く行かない。

 そんなことも、心の中では彼に時間を取られなければなんて考えるようになっていった。それと同時にそんなことを考えている自分に嫌気が差した。

 それを認めたくなくて、僕は必死に本心を隠した。

「一人になんてしないよ、友達なんて」って。

 そんなときだった。両親が引っ越しの話をしてくれたのは。

 なんとなく気付いていたのだと思う。僕が疲れていることに。それで、逃げ道を用意してくれたんだと思った。

 とにかく言い訳が欲しかった僕は、両親の話に乗っかった。

 これで、免罪符ができてしまった。

 親が仕事の都合で引っ越すんだ。悲しいけど、僕にはどうにもできないから。

 何度も何度も頭の中で反芻した言い訳を一字一句間違えず彼に伝えた。彼は黙ってそれを聞き入れて、最後に一言「わかった」と言った。

 その一週間後、松木くんは病状が悪化して亡くなった。

 僕が殺したんだと思った。

 僕が引っ越しに反対していれば、いや、あのときに無責任なことを言わなければ。

 日に日に増してく罪悪感。身体の奥が潰されて、何度も嘔吐した。地獄だった。

 それでも、後悔は消えない。消えないまま、今日までやってきた。


 * * *


「一人にしないって言ってくれたとき、本当に嬉しかったんだ。お前と友達で良かったって思ったんだ」

 松木くんが近付いてくる。

 それと同時に僕の身体はゆっくりとプールへと近付いていく。まるで糸で引っ張られるかのように、僕の意思とは無関係に松木くんの方へと進んでいく。

「なのに、お前は裏切ったんだ」

 その通りだ。

 僕は松木くんの想いを踏みにじった。

 だから、僕は松木くんに罰されなければならない。

 彼が僕に会いに来たのはそういうことなんだと思った。

 プールサイドの端に立つと、彼は僕の足を引っ張ってプールの中へと引きずり込む。そのまま上から押さえつけるように僕を水の中へ押し沈めていく。

 息が出来ない。

 口から大量の泡が漏れる。

 なるべく抵抗しないように僕は強く強く自分の身体を抱いた。

 これで許してくれるかな。

 少しは恨みも晴れるかな。

 酸素が薄くなって頭がぼんやりしてくる。

 もう余計なことは考えられない。

 自然と目が開いてくる。視界全体が水で揺らぎながらその向こうに松木くんの姿が浮かんだ。

 でも、おかしい。

 二人いるように見える。

 そのもう一人が僕の方に手を伸ばして。

 意識が途切れる直前。

「だめだよ」

 そんな言葉が聞こえた気がした。


 * * *


「……ぁ」

 眩しい光を感じて僕はゆっくり目を開いた。いつの間にか朝日が僕の顔を照らしていた。

 違う。そんなんじゃない。

「どうして……?」

 なんで僕は生きてるんだ。たしか、松木くんに引きずられてプールの中にいたはず。いや、おそらくいたんだと思う。上から下までびしょ濡れになってるし、そのせいかやけに肌寒い。

 起き上がると、バサッと何かが落ちた。

「これ」

 見たことがある。これ、松木くんの病室に置いてあった彼の日記帳だ。

「なんで、こんなところに」

 手に取ってページをめくる。

 気になった。僕が裏切って、彼はどう思ったのか。どれだけ恨んでいたのか。昨晩のことが真実ならば、きっとここには僕に向けられた呪いの言葉でびっしりと埋まっているはずだ。

 はずだった。

「なんで……?」

 そこには、僕に対する感謝の言葉が書き連なっていた。

 今までずっと付き合ってくれたこと、きっとたくさんの時間を無駄にさせてしまったこと。そして、これからは僕の幸せだけを考えて生きていって欲しいということ。

 恨みの言葉なんて、一つもなかった。

「なんでだよ!」

 僕は、叫んでた。

「僕は、君のことが煩わしいとすら思ってたのに、なんでそんなこと言うんだよ……」

 そんなことを言われたら、もう死ねないじゃないか。死ぬことすら君のせいにしようとしていた僕はどれだけみじめなんだ。

 涙が零れた。

 僕は一生、この罪を背負って生きていかないといけないんだ。

 この町での最後の夏休みは、鋭利なナイフのように僕の心に深く深く突き刺さった。



(終)

 ここまで読んでいただきありがとうございました。

 この作品はSSの会メンバーの作品になります。


作者:水城三日

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