副団長は高位貴族の美人と結婚したい⇒思うようにいかないものだが、現在幸せだ。
アレックス・ジルドレッド伯爵令息、ハレス王国の騎士団副団長である彼は今、非常に焦っていた。
ジルドレッド伯爵家にある自室のベッドで目覚めたのだが、隣には金髪の後姿の女性がネグリジェを着て眠っている。
自分は上半身裸の半裸の姿で。
いや、いつの間に女性を連れ込んだ??昨日は酒場で飲んでいたはずだが…
真っ青になる。どうしてこうなった?????
昨夜は覚えている限りでは、騎士団長であるジオルド・キルディアス公爵と、その親友とかのエリオット・イーストベルグ公爵と安酒場で酒を飲んでいたのだ。
アレックスは歳は25歳。
前の副団長が異動になったので、その優秀さから騎士団長ジオルドから副団長に抜擢されたのだ。
嬉しかった。騎士団で真面目に頑張って来た甲斐があったのだ。
アレックスは伯爵家の四男だった。
長男となれば、跡取りとして両親も教育に力を入れて大切に育ててくれるが、
四男ともなれば、自分の道は自分で決めろと、ジルドレッド伯爵家の方針で、ある程度、突き放されてしまう育て方をされた。
顔も平凡で取り立てて優秀ではなかったアレックス。
それでも彼には野望があった。
騎士団で出世をし、世間からはチヤホヤされて、凄い美人な女性を嫁に貰う事。
ハリス王国の高位令嬢達は華やかで。
一度、兄に連れていって貰った王宮の夜会では、ドレスを着飾った令嬢達の美しい事美しい事。
勿論、伯爵家の四男で、ダンスの一つも踊れないアレックスは美しい令嬢達に相手にもされない。
だから余計に、美しい女性を嫁に貰いたい。
そういう願望がアレックスの中で育った。
だから、副団長に抜擢されて嬉しかった。
これはかねてからの野望、美しい高位貴族の女性を嫁にする。
それを叶えたいと思った。
エリオット・イーストベルグ公爵の妻は隣国の王女だったサリア。
ジオルド騎士団長の妻は、キルディアス公爵家の一人娘、イデランヌ。
どちらの女性も気が強いが、容姿はとても美しかった。
美人妻を射止めたこの二人なら、とっておきの美人の高位貴族の令嬢を知っているに違いない。
ジオルド騎士団長に頼んで、エリオットも呼んでもらい、美人な高位貴族の令嬢を紹介して貰う事を、安酒場で酒を飲みながら頼む事にした。
アレックスはジオルドに、
「俺もそろそろ結婚したいんですよ。騎士団長。」
するとジオルドは真顔で、あたりを見渡して。
「あまり、その事を周りに言いふらさない方がいい。俺みたいに高位貴族の令嬢に目につけられて…逃げられなくなるぞ。」
ジオルド騎士団長は、結婚したいと公言していたために、宰相の令嬢と無理やり結婚する羽目になり、今、キルディアス公爵家に入り婿状態である。彼に関しては美人妻を射止めたというより、射止められたと言う方が正しい。
アレックスはにこやかに、
「高位貴族の令嬢。美人だったら俺は大歓迎です。俺は美人と結婚したいんです。
美しい令嬢と共に夜会に出る事が俺の夢なんですから。ダンスの一つも練習して、共に踊り美しい妻を見せびらかしたいです。」
エリオットがアレックスのグラスに酒を注ぎながら、
「まぁまぁ。ここはぐっと飲んで。な?アレックス。」
「有難うございます。イーストベルグ公爵。イーストベルグ公爵ならよい高位貴族の令嬢を知っているでしょう?」
「エリオットでいい。まぁ、俺は貴族の令嬢に詳しいが…
アレックス・ジルドレッド伯爵令息。
ジルドレッド伯爵家の四男で、副団長。剣技も優れており、真面目な性格。女性遊びの経験も無し。初体験は王立学園の同級生の美人で有名な伯爵令嬢と。婚約までこぎつけたが、伯爵令嬢が浮気をし婚約は白紙になりそれ以来、女性との付き合いは慎重になったとの事。」
グラスを空にしてから、アレックスは驚いたように。
「何で俺の事を調べ上げているんです?」
「それは、さる方に頼まれてだな。」
「さる方???」
ジオルドが額に手を当てて、
「手遅れだったか…諦めろ。アレックス。お前ももう逃げられないぞ。」
意識が霞む。
グラスの酒に何か入れられていたのだ。
何故???何故、酒に薬を???
アレックスの意識はそのまま闇に沈んだ。
そして、現在に至る。
朝の陽ざしが眩しくて。
隣に背を向けて寝ている金髪の女性に慌てて声をかける。
「あの…貴方はどなたです?どうして俺のベッドで…」
「あら、昨夜の事、覚えていないんですか?」
女性が振り返る。
その顔には眉が無かった。目も糸のように細く、頬がコケて顔色が悪い。
そしてその女性に見覚えがあった。
「リリス王女?何故、貴方が俺のベッドに????」
リリス王女は、小柄で痩せていて顔色が悪く、あまり美人でない。
目が細く、顔ものっぺりしていて、冴えない王女として有名だった。
兄のファルト王太子が目鼻立ちがはっきりした美男子なだけに、二人並ぶとその差は気の毒なほどである。
ファルト王太子の妹に当たる訳だが、平民であるメイドに国王が手をつけて産ませた娘で、
歳は18歳。夜会には身体が弱いといって、出た試しも無く、王家もこんな王女を臣下に押し付ける事も出来ないと、彼女は王宮に籠って生活していたはずだ。
ただ、行事があった場合は、リリス王女もドレスを着て、国王夫妻や王太子夫妻と共に出席せねばならず、その時の警護で顔は見知っていたのである。
リリス王女は顔を両手で覆って、恥ずかしそうに。
「ゆ、昨夜はとても素敵でしたわ…わたくしは恥ずかしくて。」
「えええええ?俺、何かしでかしましたか?覚えていないんですが???」
「とても、わたくしの事を愛して下さいました…」
記憶にございません…
そう言いたかったが。確かにジオルド騎士団長とイーストベルグ公爵と酒を飲んでいたことまでは覚えている。覚えているのだが。
その時、私室の扉が開いて、両親であるジルドレッド伯爵夫妻が飛び込んできて、
「これはアレックスっ。責任を取らないと。」
「そうよ。王女様を連れ込んで、それも結婚前で、婚約者でもないのに…それが王家に知れたら我が伯爵家は取り潰されてしまうわ。どうか王女様。内密に。責任は勿論取らせて頂きます。」
リリス王女はアレックスに縋りついて、、
「わたくし、嬉しいですわ。アレックス様の妻になれるのですね…」
話がトントン拍子に進んでいる???
何故にこうなった???
リリス王女が満面の笑みでこちらを見つめている。顔が近いっ…近いんですが。
目が細く眉が無く…のぺっとした顔をしていた。
警護の時に良く見ている顔だから驚かないが…いや、普段の顔よりさらにのぺっとしている…
アレでも少しは化粧をしていたのだろう。
目鼻立ちがくっきりしている男女が多いハレス王国で、のぺっとした顔をしたリリス王女は、ニマリと笑って。
「リリスです。よろしくお願いしますわ。」
「わ、解りました。責任は取ります。ですから、どうかこの事はご内密に。」
こうして、アレックスの美人の高位貴族の令嬢と結婚するという野望は見事に砕けて、何故かリリス王女と婚約する羽目になった。
あれから数日経って、アレックスは憂鬱だった。今日はリリス王女との王宮の庭でのデートである。
婚約者なのだから、機嫌を取れと両親に言われて、デートに誘ったのだが…
「アレックス様。今日はお誘い頂き有難うございます。こうしてデート出来てわたくし、嬉しいですわ。」
ぽっと頬を染めるリリス王女。
うっすらと紅を差し、眉を濃く書いているが、お世辞でも美人とは言えない。
そんな顔を見てため息が出るアレックス。
紅葉が舞い散る王宮の庭で、今日はロマンティックに散策するのだ。
アレックスはリリス王女と腕を組みながら、仕方なく…
「私も嬉しいです。リリス王女様。こうしてともに散策出来て。」
「あの…わたくし、貴方の事、警護して頂いていた時から気になっていて…その事を兄上に言いましたの…」
やはりかっーーー。ファルト王太子がイーストベルグ公爵に相談したいに違いない。
自分は嵌められたのだ。
リリス王女はアレックスの顔を見ながら、
「ごめんなさい。わたくし、どうしても貴方と結婚したかったものだから…」
ぽっと頬を染めるその姿は決して美人と言えないのぺっとした顔の王女であるが、こうして見るとあれ?ちょっと可愛いと思ってしまうアレックスであった。
いや、いかんいかん。
やはり、結婚するなら美人がいいなぁ…何とか愛想をつかして貰えないだろうか。
だなんて、不穏な事を考えるアレックス。
リリス王女はにこやかに、
「あ、今日はわたくし手作りのお弁当を用意しましたのよ。一緒に食べましょう。」
「王女様手作りですか?」
「ええ…だって、いずれ、アレックス様に嫁入りする訳ですから、わたくし、料理を頑張ってみましたの。」
「俺だって貴族ですから、ちゃんと使用人位、雇いますよ。副団長ですし…」
「でも、わたくし、美味しいって貴方に言って貰いたくて。」
あああ…何だかちょっとうっとおしい事を言っているような…ともかく、弁当を食べればいいんだろうと諦めて。
敷物を敷いて、リリス王女が作って来たと言うお弁当を共に食べる。
結論から言うと、美味しかった…
中に入っていた唐揚げも野菜も、サンドイッチも一つ一つ心が籠っていて。
「美味しかった。御馳走様。」
思わず礼を言ってしまえば、リリス王女が嬉しそうに、
「喜んで下さってわたくし…とても幸せですわ。」
ニコッと笑って、ぽっと頬を染めるリリス王女。
いや、美人ではないけれども、何だか可愛いなぁと思ってしまう自分に再び驚くアレックスであった。
夜会で高位貴族の美人を連れて、皆に見せびらかしたかったのに…
連れて歩くのが、リリス王女じゃ笑われるよなぁ…と思っていたのだが。
リリス王女と何度か会って、散策したり、共にお弁当を食べたり、お茶を飲んだりしているうちに、美人じゃないけど、可愛いなぁ、笑顔がとか思う回数が増えてきて…
いつの間にかリリス王女と会うのを心待ちにするようになっていって。
ああ、俺、もしかしたらリリス王女様の事…好きなのかな…
だなんて思い始めた頃。
初めての夜会にリリス王女をエスコートして出かける事になった。
そして、思った。
女は化けるのだ。
眉を綺麗に書き、目鼻立ちをくっきりとした化粧をしたリリス王女は美しかった。
本当に女は恐ろしい。
美しい桃色のドレスを着たリリス王女に手を差し出して、
「美しいです。リリス王女様。」
「有難う。今日はお化粧を頑張ってみましたのよ。アレックス様。」
周りの貴族達はリリス王女が誰だか解らないようだ。
そりゃそうだ。夜会に今まで出た事も無く、公式の場では薄化粧しかしていなくて、のぺっとした顔をしていたから。
「なんて美しい。」
「どうか、私とダンスを踊って下さいませんか?」
アレックスがエスコートをしているというのに、リリス王女に声をかけて来る貴族令息達。
リリス王女はにっこりと笑って、
「わたくしは、冴えない王女、リリスですわ。」
「ええ?あのリリス王女様?」
「化粧でごまかしているのか?」
「うわっーーー。」
皆、慌てて逃げて行く。
アレックスはリリス王女の手を取りながら、思わず叫んでいた。
「私は騎士団副団長のアレックス・ジルドレッドだ。我が婚約者について、悪く言うようなら、王族に対する不敬という事で、王家に報告し、貴殿達を罰して貰う事になるが。」
貴族令息達は真っ青になって、
「失礼しました。」
「申し訳ないですっ。」
口々に謝って来た。
リリス王女は嬉しそうに、
「有難うございます。アレックス様。わたくしは美しくない…それは事実ですのに。」
「俺は君の笑顔がとても可愛いと思った。その笑顔をずっと見ていたいと思ったんだ。
一緒にダンスを踊らないか?」
「ええ。踊りましょう。」
アレックスとリリス王女のダンスは、上手いという訳ではないが、共に踊る事が出来て二人は幸せを感じていた。
それから三か月後に二人は結婚をしたのだが。
エリオットとジオルドは相変わらず恐妻家で、愚痴を言っている中、アレックスは、
「うちの妻は俺の為に弁当も作ってくれるし、いつも優しくて、とても良い妻ですよ。」
と、一人熱く惚気を言うので、二人に飲みに誘って貰えなくなったと言う。
だが、飲むより家に帰りたいアレックスは、今日も喜んでいそいそと妻の待つ家に帰るのであった。
そんな二人の仲は熱々で。
仲良い夫婦として有名になり、ハレス王国では、仲良い夫婦の事をジルドレッド夫婦のようだなと言われるようになったと言う。