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遊撃騎士団衛生班のおじさんから見て

短編・遊撃騎士団副団長の恋の行方の補足になります。※続編ではありません。申し訳無いのですが、そちらを読んでいないと分かりづらい内容となっております。よろしければ読んで頂けると幸いです。

年上の同僚から見た二人の話です。

「ああもう! この際だ、お前で良い! 俺と結婚してくれ!」



 あ、と思った時にはもう少し離れた所からガラスが何かにぶつかって割れる派手な音がした。



「うおおお! 副団長さすがです!」

「一生ついてきます!」

「お前たちの一生なんていらないから、明日からもしっかり給料分働きなさい」

「畏まりましたー!!」

「うおっしゃあ! 明日からの英気を養うぞ、お前らあ!」

「ほどほどにしなさい」



 麗しの遊撃騎士団の副団長はそれだけ言うと、颯爽と酒場から去って行った。うん、相も変わらず格好いい。



「おーい、馬鹿。生きてるかあ?」



 恐らく顎にジョッキを打ち込まれたであろう、遊撃騎士団の団長殿に一応声をかけてみる。よし、返答がない。



「しーらね」



 回復魔法をかけてやり、衛生班である役割をさくっと果たすと店員に酒の追加を頼んだ。ドラゴンの討伐なんてそうないことであるからと、経費で貸し切った酒場には既に泥酔している奴も多い。明日になって二日酔いに泣いたとて、放置しようと心に決めた。



「ビールジョッキおまちどうさま! つまみは足りてるかい?」

「どうも。つまみはそうだな、ソーセージまだある?」

「勿論! すぐに持ってくるよ!」



 店員は忙しそうに動き回りながら稼ぎ時を見逃さない。見習いたいレベルの素晴らしい手腕である。勿論経費なので有難く、そのセールスに乗った。



「う…」

「起きない方がいいぞー。現実に打ちのめされるぞー」

「はっ!」

「起きるなと言ったのに」

「な、え? …ケイトは?」

「団長殿が最低なセクハラ発言をしたのでお帰り遊ばされましたあ」



 副団長が帰ったからと、数少ない女性騎士たちもさり気なく席を立っていた。貸し切った酒場は男臭く醜悪であったが仕方がない、これはこれで気軽さを楽しもう。うん、良く焼かれたソーセージとビールの相性は完璧だ。



「…マジで?」

「“本当ですか”」

「本当ですか?」

「本当ですね」

「マジか…」

「言葉遣い」

「酒の席でくらい許せよ!」

「酒の席だからといって馬鹿をやる奴は一生敬語で話せカス!」

「すみません…」

「いや、謝るの俺じゃないから」

「うす…」



 団長は身を縮めてさめざめと泣いた。激しく鬱陶しい。平の団員の時から知っている古参のおじさんとしては、喝の一つでも入れたいところであるが上司に向かってなんて恐れ多くてできやしない。



「あのなあ、ネッド。俺らは前から言ってたよな、さっさと当たって砕かれやがれと」

「うす」

「うす、じゃねえカス。いいか、おじさんでも分かる。あれはない」

「うぐ、こう、その場のノリで…」

「その場のノリで軽く人を傷つける人種が騎士団長とか笑えないんだが」

「すみません…」

「だから俺じゃねえから。俺さあ、娘生まれてからさあ“好きだから虐めちゃうんですよお”ってすげえ許せなくなってさあ」

「二度としません」

「当たり前だろうがカス」

「だっ!」



 衛生班の拳骨なんぞ、簡単に避けられるだろうに律儀に受ける所が団長殿の美徳である。この色男は外では良い子ちゃんを演じる癖に、本命の前では何故かいらんことばかりを口走るので古参の連中は皆頭を抱えていた。


 ここまで来ると実ろうが実るまいがどちらでも構わないが、何らかの決着をさっさと付けろと全員でせっついている。どちらかといえばおとぎ話よろしくハッピーエンドが好ましいが、あれだけ空回りしている団長殿に春が来るのかは皆懐疑的であった。


―――


 始まりは、まだ団長殿が入団して数年の頃。いくつかある遊撃騎士団の駐屯地に帰る途中で立ち寄った、小さく素朴な村だった。当時の団長から目をかけられていた才能あるネッドが、一人の少女に一目惚れをしやがったのだ。好奇の視線を複数向けられていた中で一つだけ、誰が見てもそうだと断言するくらいには分かりやすくその一つにネッドは釘付けになっていた。


 聞けばその少女は魔法が使えるという。適性も回復魔法ではなく、攻撃魔法に強く出ていた。



『へえ、魔法が使えるのか。ちょっと剣を持ってみろよ。お、筋が良いじゃないか』

『でも、この村では使いようがありません』

『俺たちさ、モンスター討伐専門の騎士団なんだ。攻撃魔法が使える人は少ないから、ケイトみたいな人が入団してくれるならすごく助かる!』

『でも…』

『いや、うん、無理は言わないけど。…うん。でも、ケイトの才能を潰すのも勿体ないと思うし! いや、あー…。ケ、ケイトはどうしたい?』

『行ってみたい! …あ、でも、父さんがなんて言うか』

『俺がケイトのお父さんに話すから!』



 この時既におじさんだったおじさんは、少年少女のこのやりとりにキュンキュンしていた。忘れかけていた純粋な気持ちであった。こんな時代があったかなあ、と同僚たちと遠い目をしながら二人を見守ったものだった。


 ネッドは要領よく当時の団長を巻き込み、村長とケイトの両親を説得した。その際にケイトの親父殿から「娘を誑かしやがって!」と頬を殴られたそうだ。親父殿の気持ちが、今になっておじさんにも分かる。


 俺の娘がそんなことになれば、相手の男を殴るだけではすまさん。しかし親父殿は理性的な人でもあったらしく、ケイト本人がそれを望み、そしてそれが無謀なことでもないと理解すると旅立ちを許可した。おじさんたちはまたキュンキュンした。何だろう、若いっていいなあ、と思った。


 ケイトはネッド程ではなかったが、才能があった。そもそも攻撃魔法が使える上に剣術の才能があるとか、ある意味一種のズルである。魔法剣士なんて王都にだってそういない。度胸も十分、頭も悪くなく礼儀正しく可愛らしい。まあ、モテるわな。



『ケイトさん、じ、自分と付き合って下さい!』

『あー…。私、強くて格好いい人が好きなので』



 せめて私よりは、と続いた言葉に多くの若者が散っていった。ケイトは入団して数年で団員の中でも上位クラスに食い込んでいた。あの小さな村に埋没させるには非常に惜しい人材であったことを、彼女は自身で証明してみせた。



『ネッド、お前は行かないでいいのか?』

『行くってどこに』

『ケイトちゃんに告白に』

『ば! ちょ、ば!』

『ば、じゃねえ。止めて下さいっつえ』

『止めて下さい…』



 まだ団長でなかったネッドは言葉遣いが悪く、その度に古参連中で躾けていた。この当時でももうおじさんくらいの攻撃なんて躱せただろうに、教育的指導を律儀に受けていた。



『まあ俺、団長になるから』

『あ? まだ先だろうが』

『先だが、遠い未来って訳じゃない。団長になって、最高に強くて格好いい男になってから想いを告げるつもりなんだ!』

『それまでケイトちゃんが恋人作らなければな』



 呆れてそう言うと、ネッドはきょとんとこちらを見て。



『現時点で俺より格好よくて強い男なんているか?』



 などと言うものだから、おじさんは一瞬何を言われたのか分からなかった。これが若さかとおじさんは自分の黒歴史を厳重に心の奥底へ沈めた。



『そこまで自信満々ならいけよ』

『…いや、ほら、それはほら』

『へたれてるだけじゃねえか』



 この一連の流れは恐らく十数年後には良い酒の肴になりそうであるから、絶対に覚えておこうと心に刻んだ。


 なんだかんだと時は流れ、いつの間にかネッドは団長に、ケイトは副団長にまで上り詰めた。



『ネッド』

『え、何? 衛生班の備品購入予算はもう上げらんないんだが。むしろ何でこんなに高いんだ、ちょろまかしていないか?』

『その頻度で備品補充しなけりゃならん程度の騎士しかおらんのだから必要経費だ。衛生系の経費が惜しいのだったら、さっさと下を育てろ』

『耳が痛いな』



 苦く笑いながら首を掻くネッドはもう昔のような少年ではなくなっていた。時が経つのは早いものである。そういえばおじさんも更におじさんになったが、少年が青年になるのだから当たり前だなあとしみじみした。



『大体そのことじゃない、他の連中も言っていると思うが』

『おう』

『副団長殿にはいつ告白をするんだ』

『…は?』

『は? じゃねえ! 俺らがいつからお前らのボーイミーツガールを見守ってきたと思ってる!』

『知るか、そんなこと!』

『お前、団長になったら想いを告げるとか言ってなかったか』

『…最近』

『ああ』

『ケイトに手綱を握られている気がするんだ』

『昔からだぞ、お前暴走癖あるから』



 結構初期の頃から、興奮して暴走するネッドを抑えるのはケイトの役割だった。団長になってからは自重しようとしているらしいが、しきれていない。強力なモンスターを相手にすると頭に血がのぼるらしい。それがなければほとんど完璧な騎士団長であるが、まあ、人間初めから全て上手くはいかないし、それを補う副団長がいるなら問題はない。



『最近! そんな気がするんだ! …情けなくて、告白なんてできない』



 おじさんは愕然とした。何だこのドへたれ、とはさすがに言わないでやった。



『なあ、ネッド。副団長殿ってモテるんだぞ…?』

『俺より格好よくて強い男なんていないから、まだ大丈夫だろう』



 おじさん及び、他の古参はもう諦めた。この変に自信があるドへたれは、きっとケイトに恋人でもできない限りどうもならん。


 ケイトだって、あんなにモテるのに誰とも付き合わない所を見るに、恐らく、多分、ネッドを憎からず思っているのではないか、というのがおじさんたちの希望的観測である。だったらもうケイトの方から何かしらのアクションがあってもいいのではないだろうか。


 いや、おじさんたちは所詮おじさんであるから、若い女の子の考えていることは分からんのだ。下手に突いて藪蛇になるのは御免こうむりたいし、セクハラ扱いを受けるのも嫌だ。


 ただ、古参の間では最悪な仮説も立っていた。もしかすると、ケイトは遊撃騎士団以外の人に恋をしているのではないか、というものだ。遊撃騎士団は地域に駐屯する騎士団とは違い、国の至る所に現れるモンスターの処理を専門に行う騎士団である。


 つまり逆に言えば、出会いだって多い。時には地域に配置されている騎士団と、共同戦線をはることだってある。副団長であるケイトは調整役も兼ねて様々な騎士たちと話す機会だってあるだろう。この仮説は古参たちの中では結構有力だった。



『いや、俺はさ、ネッドとくっついて欲しいけどさ、あのドへたれとくっついてケイトが幸せになれるかっていうとさあ』

『分かる。ネッドなあ…仕事はできるんだがなあ…』

『外面もよくなったしな、まさに騎士団長って風体で』

『娘の父親の気分となると、あいつないよなあ…』

『もうこの件でネッドに絡むの止めよう。そもそも当人同士の問題だ、ネッドが告白できたとしてフラれたら慰めてやろう』



 古参のごつい男たちで円卓を囲みながら、そう話し合ったのはつい最近のことだ。それで今日のこの体たらく。俺はもう一度、団長殿を思い切り殴ってやった。



「痛い…」

「一応は聞いてやろう、何であんなこと言った?」

「ど」

「ど?」

「どんな、反応するかなって…」

「三歳児か?」

「何も返せん。…脈、ないかなあ…」

「脈の有無より、まず謝罪をしろ」

「ごもっともです」



 ただただしょんぼりと肩を落とす団長殿は、少年の頃と変わりがないように見えてしまう。しかしおじさんはおじさんなのである。生きた時間しか勝るものもないが、少し偉ぶって説教をたれるのがおじさんという生き物なのである。違う奴もいるだろうが、俺はそういうタイプのおじさんだった。



「いいか、ネッド」

「うす」

「返事は、はいだ」

「はい」

「まず、明日必ずケイトに謝る。お前でいいとは何事だ、何様のつもりだお前は」

「はい」

「で、フラれて来い」

「ふ…!」

「何、お前。あんなこと言っておいて告白受けて貰えるとか思ってんのか」



 鼻で笑ってやると団長殿は、う、と言葉を詰まらせた。



「いい加減、お前も度胸を見せろ。お前が嫌がっているご令嬢たちにだってな、人生ってもんがあるんだよ」

「え…?」

「ケイトとくっつけるならそれがお前にとっては一番だろうがな、あの子たちの中にだってお前のことが本気で好きな子はいるんだぞ」

「…う」

「お家の事情とか? その他諸々ある子だっているだろうがな、少なくともお前みたいにうじうじしないでちゃんと“好きです、付き合って下さい”って言ってるだろう。それを何だ一方的に悪者にして」

「あー…」

「まあ、あれだ。一部やりすぎな子とか、異常な親がいるのは同情する。だからそこは助けてもやってるだろう。ただお前がケイトへの想いをちゃんと清算したらだ、あの子たちの誰かを選ぶっていう未来だってある訳だ」

「あ、ある、か…?」

「知るか。どちらにせよ、どっちつかずでフラフラすんのはもう止めろ。あの子たちだってお前が駄目なら他に行くんだよ。俺たちは外面を整えろとは言ったが、八方美人になれとは言ってない。もっと上手くやれ、それから自分がどうしたいのかちゃんと決めろ。押してもぐらつかないって分かる男に群がる女は少ない」

「いない訳じゃないのか」

「本当にヤバいのは残る。その場合は俺らがいるだろう、何とかしてやるから心配すんな」



 ぽんぽんと肩を叩いてやる。おじさんはおじさんなので、できることはここまでなのだ。傍観者ができることはここまで。本音を言えば、未来でこれが笑い話になって結婚式で半笑いになりながら暴露したいが、先のことは分からん。おじさんはおじさんらしく、未来ある若者を見守ろうと思う。


―――


 そんなことを思った翌々日である。え、くっついてから、手ぇ出すの早すぎない? …とりあえず、ケイトの親父殿の代わりに五、六発殴らなきゃ。

読んで頂きありがとうございました!


 短編・遊撃騎士団副団長の恋の行方が、有り難くも思った以上の反響を頂きましたので補足を書き足しております。

 楽しんで頂ければ幸いです。

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