117聖
「おはようございます、聖女様。本日のご予定ですが、ヴァレトリ隊長が予定の変更を申し出ております」
「え? 何かありました?」
早歩きで廊下を歩きながら、予定表をめくる神官へ視線を向ける。
今日も今日とて、神殿は忙しい。
何せ神殿と王城の被害は壊滅的で、王都ごとの移転が検討されていたくらいには大惨事だった。けれど幸いにも死者が出なかったため、移転ではなくこの地での再興が選択されたのだ。
それは奇跡ではなく、優しい神の慈しみであると私達は知っていた。
神官の肩越しには、未だ復旧工事が追いついていない神殿と、今日も美しい水がなみなみと流れる水路が見える。
空が見える部屋もあるし、風が盛大に通り抜けていく廊下もある。残った壁より穴のほうが大きい会議室もあるし、様々な場所で土は抉れ、盛り上がり、庭園などは建物との境目すら分からない有様である。
それでも、神殿との境界を曖昧とした霊峰は今日も健在だ。
大樹に飲み込まれ、王都に壊滅的な被害をもたらしたあの事件を経ても、大樹が消え去った後には霊峰がそのままの姿で残っていた。
木々は折れず大地も抉れず、そこには何の損傷も見つけられない。
もしかすると水は涸れていたのかもしれないが、大雨の影響か、霊峰にいくつか存在する湖はどれも健在である。
被害のなかった霊峰を見た人々はいたく感動し、霊峰が霊峰たる所以を改めて実感したようだ。
結局国民には、話せる範囲を事実に沿って公表した。
事実から逸れぬよう、されど事実のままでは有り得ない、そんな形で。
空席の神を祈り続けてきた事実は公表されず、先代聖女の企みにより神が殺害された事実を公表。
当代聖女及び特級神官、そして第一王子が命の枠組みから外れた事実は公表されず、先代聖女が初代聖女より連なる命の枠組みより外れし者である事実は公表。
そんな形で、できるだけ嘘はなく、けれど人々の常識から外れきらないよう調整しながら、事実を公開した。
先代聖女が初代聖女から連なり、アデウスで悪事を働いていた事実は人々の常識から外れすぎているものの、ここを隠蔽してしまえば、今後の神殿の有り様にも触るので致し方ない。
この状態で情報の隠蔽を行えば、神殿にとっても王城にとっても命取りになる。
明るみに出れば死に直結する道など最初から持たないほうがいい。
隠蔽理由が保身であれ、信じてもらえるか分からない不安故であれ、隠蔽した事実に対し、理由は然程重要視されないものだ。
それに、ポリアナとの約束がある。
『本当に、先代聖女の罪を暴いてくださいますか』
私は無論と答えた。その答えを違えるわけにはいかないのだ。
ともあれ、王都を一日で堕とした大樹を目の当たりにした後だ。
民は、少々の信じがたい事実であろうと信じるしかない。実際嘘ではないので、頑張って飲み込んでもらいたいものだ。
神殿の有り様についても、様々な議論が飛び交っている。
議論だけならまだしも、疑念疑惑もお手の物と、それはもう凄まじい陰謀を企てた大罪人説も元気いっぱいに飛び回っていた。
先代聖女と共犯説など、疲れを知らず遊び回る幼子のような体力で走り回っている。
しかし、幸いということは出来ないが、私とエーレの髪色が変わったことで、人々の見る目も変わった。どうも、命に関わる無茶と精神的負担を経たことで髪が白く染まったと判断されているようだ。
私という存在を忘れていた自覚があるだけに、後ろめたさもあるのだろう。
私は、この件を罪には定めないと改めてアデウス中に宣告している。それでもやはり思うところはあるようだ。安堵が広がる中、拭いきれぬ気まずさを感じる。
自分達が忘却した聖女が、若い身空で髪を真っ白にするほどの負担を受けながら国を守った。
そうなると、表だって非難しづらくなる。非難したほうが非難の対象と成りかねない。
意図してそうしたわけではないが、正直今は助かっている。
役立たずな聖女への非難は幾らでも聞くが、恐怖と罪悪感を和らげるがため生み出された正義感に対し、無実を証明している暇はないのだ。
自らの罪悪感を和らげるための非難は、最早その行為自体が目的となり、人生の余暇を埋める暇潰しへと移行する。正義感を持った自分が目的となった非難は、主張などありはしない。解決など求めてはいないからだ。
つまり、永久に解決はしない。
叩き潰すか潰されるかの泥沼合戦しか手段のない争いをする余裕があれば、少しでも王都復旧に着手したいというのが本音である。
大樹消滅後には、徴収された神力が再びアデウスの国民の元へと戻った。自らの手足のように扱ってきた神力が戻ったことによる、人々の満足度は高い。
それも、不満の発露を抑えられた大きな理由だ。
次代の神力出現がどういう形となるのか、今はまだ分からない。王立研究所と協同で研究を進めていかねばならない。
あと、神殿への非難が比較的大人しいのは、聖女云々かんぬんという話より、聖女と共に髪が白くなったリシュターク家の三男が効いている気がする。
エーレは私の懐刀であり、最終兵器みたいな認識をされている。しかしこの最終兵器、初っ端から前面に立っている。どういうことなのだ。
そんな諸々の理由で、神殿の話は一旦停止しているのが現状だ。
しかし完全に立ち消えとなっているわけでもないので、その辺りはおいおいどうにかしていかねばならない。
今は着手する余裕がないだけで、有耶無耶にするつもりはない。
今の神殿が、全ての元凶であるアリアドナの作り上げた組織である事実は変わらない。
私が当代聖女となった時分に、かなり大々的な改革が行われてはいる。それでも成り立ちがアリアドナであった以上、始まりからアリアドナが関わらない組織編成を行う必要がある。
抜本的な変革が必要ではあるが、かといって全くの別物とするわけにはいかない。人々が心の支えにしてきた信仰の形を、都合で変えるわけにはいかないからだ。
有り様は変えても在り方を変えてはならない。
非常に大がかりでいて繊細な変革を行う必要がある。つまりは。
今は無理。
これにつきる。
王都が復旧し、ある程度円滑に日常が行えるようになってからの話だ。今日眠る場所もない人々をよそ目に、形を整えている暇はなかった。
整備を行うためには、本体が完成していなければならないのだ。
料理長が用意してくれたさっと食べられる山盛りの朝食を取った後は、早足で移動の連続だ。正直、朝食を取る時間も惜しい日もあるけれど、料理長が大泣きするのでありがたく頂いている。
当代聖女忘却発生後、いろいろあって、私とエーレはなんか痩せていた。
当代聖女忘却解決後、いろいろあって神殿と王城勤めの人間はほとんど痩せた。
忙しいのだ。
とにもかくにも忙しいのだ。
料理長は泣いた。泣いて、泣いて、泣いて。
張り切った。
皆の体型維持に人生を賭けていると言っても過言ではない料理長は、今日も元気に山盛りの料理を作っている。
出された量を見れば明らかに多すぎるのに、完食しなければ痩せてしまうという不思議な料理だ。
料理長の観察眼と匙加減は絶妙である。
そんな朝食を、予定表を見ながら隣を歩いている神官も食したわけで。道理で、ちょっと苦しそうだ。けれどやむにやまれぬ事情がない限りは完食する。それが当代聖女による現神殿、暗黙の了解だ。
「先日発見されましたマレイン家の隠し部屋の件なのですが」
「あ、はい。聞いています」
アリアドナが長期にわたって占拠していたマレイン家は、アリアドナ本体が消え去った後も下手に手出しが出来ないでいる。
地下に、サロスン家に勝るとも劣らない巨大な施設があったのだ。
サロスン家は横に広かったが、マレイン家は縦に深かった。
発見当時、よくもまあ、この深さを掘ったものだとヴァレトリが素直に感心していたくらいだ。
地の底でも目指していたのだろうか。
マレイン家の地下はとてつもないほど深く、様々な場所に酷い穢れが蔓延していた。とてもではないが、誰もが気軽に立ち入れる場所ではない。
現在は神官達が総掛かりで少しずつ浄化しながら、把握箇所を増やしている最中だ。半年経った今も、まだ全容は把握できていない。
ベルナディアによる聴取も行われているが、彼女自身も自らの家の地下がどうなっているか、全てを把握できていなかった。
それが虚偽とは、とても思えなかった。事前準備をしっかり行った調査達が集団で入っても、遭難者を出しかけたくらいなのだ。
王都の地下に、危険度すら分からない縦穴を残していかないでほしい。
頭を抱えた私達を、アリアドナが笑いながら見ている気がする。
「どうにも、神官の浄化では手が出せぬとのことで」
「ああ、成程……」
中でも穢れが強すぎる場所は、浄化を得意とする神官達を以てしても払いきれず、負傷者を出している。浄化は、今の状態になる前から、私の唯一にして絶対の得意分野だった。
よって、必要なときは私を呼ぶように指示している。負傷者を出す前に呼んでほしいけれど、どうもまずは自分達でやってから、聖女は最終手段としたいらしい。
聖女の負担を慮ってくれている面もあるのだろうが、どちらかというと自分達の実力を試したい面が大きいのではないかと私は思っている。
何故なら呼び出された私が登場する度、浄化を担当していた神官達は皆口を揃えて『畜生!』と叫ぶのだ。
そして、全身全霊を以て悔しがる彼らから『次こそは負けませんからね!?』との宣戦布告を受ける。
神官達はマレイン家の地下を、王都に残された不穏分子ではなく、実力試しの闘技場だと思っている節がある。
彼らは、サヴァス率いる新兵達を筋肉馬鹿だと言っていたのに、当人らも若干その気があるように思えるのは気のせいだろうか。
「分かりました。私が向かいます。そうですね…………まあ、いっか。陛下との予定を変更してください」
予定を確認していた神官が、ぎょっと目を剥いた。
「よりにもよって王城の予定を変更するんですか!?」
「どうせ王城と協議をしていると表明するための証拠作りの時間です。協議自体は、適当な空き時間をルウィと見繕って進めておきます」
マレイン家の地下攻略は、最優先事項の一つだ。
それは王城とも見解が一致している。全容を解明しないと、危険かどうかの判断すらつけられない。一刻も早い解明が望まれる。
だからマレイン家の地下が理由であれば、王城も納得するだろう。
「どこも空かないようだったら、もう夜に押しかけるか押しかけてもらいますから大丈夫です」
「人妻としてどうなんですかね、それ」
「エーレを連れていたら許されますかね?」
「ど修羅場確定じゃないっすか?」
どうすればいいのだ。まあなんとかなるだろう。
「それに、国王陛下お怒りになりません?」
「お怒りになる可能性は皆無ですねぇ」
現在、アデウス国王の冠は、元第一王子がかぶっている。
元国王陛下は、あのまま隠居の国への定住を決断なさった。決断なさったのか、気がついたら帰り道がなくなっていたのかは知らない。
だが、未曾有の災害とも呼べる事件の後は、とにかく速度が重視される。人々の命と国の命運に直結するのだ。
そんな中、のらりくらりを得意とする前国王陛下に、その手腕を発揮されると非常に困るのだ。
ルウィは国王補佐に第二王子を指名し、様々な場所へ連れ回している。目も回るような忙しさだと聞くが、第二王子は必死ながらもどこかるんるんだった。
『兄上は、家族にご興味がおありでないからな』
そう寂しげに言っていた第二王子を見てほしい。今ではそんな兄上と一緒に、毎日お出かけでにこにこである。
「万が一怒った場合、前々回のすっぽかしを刺しましょう」
「前々回の協議すっぽかされてたんですか!?」
「急用はいつ入るか分からないから急用ですしねぇ。大丈夫です。その時間に締め切り飛び越してた草案を進めたので、逆に助かりました」
「あ! あの絶対間に合わないに賭けてたのに、まさかのまさかで間に合わせてきた奇跡の草案って、それだったんですか!? 俺大損したんですよ!?」
「え? 私の進捗賭けられてたんですか?」
「はい……俺はあれで、晩酌のつまみを半分失いました…………」
それは大損だ。これに懲りたら、賭け事は控えたほうがいい。つまみどころか酒まで失ってしまう日がいつか来るので、その前にやめることをお薦めする。
そして、しょんぼりしているところ申し訳ないが、後ろから神官長が歩いてきていることに気がついているのだろうか。
「おはよう」
神官長はしょんぼりしている神官の肩に手を起き、微笑んだ。
「金銭でないとはいえ、賭け事はほどほどにしておくように」
「え、あっ、しんかんちょ――――――オハヨウゴザイマウ、キモニメイジマス。ゴキゲンヨウ、オソレイリマス、シツレイイタシマス。ソレデハセイジョサマ、ノチホド。ゴキゲンヨウ」
「はい、では後程。ご機嫌よー」
ぎくしゃくと、筋肉痛のエーレみたいな動きで歩いていく神官を見送る。彼の心の筋肉が健やかに動けるよう祈ろう。
神官を見送った後、ぱっと神官長を振り向く。
「おはようございます! ご機嫌ようお父さん!」
「おはよう、マリヴェル。ご機嫌よう」
神官長は堅物との評価もあるが、昔から、こういうちょっとしたお遊びに気軽に乗ってくれる人である。
しかし本人は、私は面白みのない人間だと言って憚らないのだ。
『私が堅物と見えないのであれば、それはお前が遊び方を教えてくれたおかげだよ』
そう言ってくれたお父さんの顔が焼きたてのパンみたいに柔らかくて、今でも思い出す度にほかほかしてくる。
「今日もよく眠れたかね?」
「はい!」
神官長は一人だ。つまりは近くにヴァレトリがいるのだろう。
ヴァレトリも眩暈がするほど忙しいはずだが、神官長の護衛の座はなかなか譲らないし、サヴァスとの晩酌時間も削らない。
私用の時間は何をさておいても守る男。それがヴァレトリである。
だから仕事を頑張れるし効率も上がるとのことなので、ヴァレトリの法則は見習いたいものだ。
「エーレはどうかね?」
「眠ったのは朝方だったらしくてぐずってました」
「……そうか。彼には苦労をかけているな」
それは確かだ。何せ彼は特級神官である。
ヴァレトリが表に出ない分、エーレが前面に出てくることが多い。
神殿は、神官長とエーレが矢面に立つ場面が多くある。そしてその全てを力尽くでねじ伏せる男がエーレである。
ねじ伏せると言えば、気のせいかと思ったけれど、朝のあの言葉が聞き間違いでなかったらどうしよう。今更ちょっと心配になってきた。
「そういえば、西の件、ご存知ですか?」
「水路増設の件かね?」
「はい、それです。なんか揉めているらしいのですが、エーレが最終的にはリシュタークの名前で買い上げるとかなんとか言っていた気が」
きっと気のせいだと思う。私も寝ぼけていたし、エーレも寝ぼけていたのだ。
そう思ったけれど、神官長が頭痛を覚えたかのような顔をして、大きな掌で自身の顔を覆った。
「どうしましたか!? 頭!? 頭が痛いんですか!?」
「…………ああ、大丈夫だとも。ただ…………お前と結婚した以上、リシュタークもお前の縁戚だと言っていたのは、そういう意味だったのかと気づいただけだよ」
「あー…………」
それはまごうことなき事実だが、その事実の使い方は絶対それじゃないし、そこじゃない。
神官長の胃が心配だ。カグマを呼ぼう。
「お前に縁戚が増えるのはいいことだと思っていたのだが……気をつけて見ていることとしよう」
神官長は、記憶が戻ったら私が結婚していてそれなりに動揺したらしい。
それは、そうだろう。
ちなみに皆、私を忘却していた間の記憶はあるという。忘却は外部からの干渉だったため、忘却中の忘却がかけられていなければ忘却は発生しないので忘却することはなかったのだろう。
そういうわけで忘却のない神官長だけれど、気がつけば娘が出来ていて、ついでに結婚していて、リシュタークが縁戚になっていた現実を、どう受け止めているのか私には分からない。
私の父親をやめたくなっていたらどうしようと、若干心配になるほどにとんでもない事態だとは思っている。
出来れば、お得二個盛りだと思ってもらえると嬉しい。
『分からないことや気になったことが出来れば、必ず口にしなさい』
それは、養子縁組の書類を提出する際に、お父さんが私に言った言葉だ。遠慮は不安から口を噤まないでほしいと、お父さんは言ってくれた。
私ははいと約束したので、気になったことは聞こうと思う。
「お父さん」
「何かね?」
お父さんは少し目を細めて、私の言葉を待ってくれている。
その目は見たことがあった。幼子の手を引いていた母親が、幼子を抱き上げた父親が、幼子へ向けていた瞳だ。
塵の影からその様子を眺めていた私は、それらは私に関係のないものだと思っていた。ずっと、発生から廃棄までの間、私には関わり合いのないものだと。
そんな瞳が今では毎日、私に向けられている。時々夜中に飛び起きてしまうほど、私は幸せだ。
「お父さんは、リシュタークと縁戚になれて嬉しいですか?」
「誰かにそう言われたのかね?」
「いいえ。けれどエーレが、お兄さん達が私とエーレの婚姻を喜んでくれた理由の一つに、お父さんと縁戚になれたら嬉しいからだと言っていたので」
朝聞いたばかりの採れたて朝獲れ情報を告げれば、いつの間にか少し強張っていた目尻が柔らかく解け、先ほどまでと同じ瞳に戻った。
「そうだね、彼らと縁続きになれたことはとても嬉しい。けれどそれは、リシュタークと縁戚になれたからではない。生涯家庭を持つつもりのなかった私に、お前達という家族ができた事実が嬉しいのだよ」
それは似ているようで全く違っていた。
その言葉は私にも理解できた。
私も、エーレがリシュタークだろうがそうでなかろうが関係ない。エーレがエーレなら、それでエーレなのである。
理解して納得した私を見て、お父さんは幸せそうに笑ってくれる。私もとても幸せだ。
「ところで、リシュタークがお父さんの老後を囲おうとしているみたいなんですが」
「……………………私も老後を心配される歳 になってきたのだなと、しみじみ感じているよ。ただし、リシュタークの面々とは、今度腰を据えて話をする必要がありそうだ」
「王都と静養地の改装を行っているようです」
「できるだけ早くその場を設けよう」
毎日幸せで幸せで。幸せであればあるほど喪失が怖くて見てしまう悪夢にも、いずれ慣れるだろう。きっと慣れるための悪夢なのだと、思っている。
「午後の会議だが、資料が遅れていてね。開始を少し遅らせる予定だ」
「そうですか。分かりました。ありがとうございます…………んー、それなら、私は昼前に一旦神殿を出ますね」
「おや、どうしてだね? 午前中には王城との協議が入っているだろう?」
「マレイン家の浄化を頼まれたので、ちょっと出てきます。王城との協議は一端保留とし、後でルウィと合間を縫って摺り合わせておきます」
「…………お前と陛下は、私には口を出すことが難しい関係を築いていると判断しているので小言は控えるが……ほどほどにしなさい」
「はあ」
そんなに難しい関係を築いた覚えはないのだが、私とルウィの友情は奇妙らしい。
奇妙な関係を築いた覚えは本当に皆無なのだが、皆が口を揃えてそう言うのだからそうなのだろう。神官長もそう言うので絶対そうなのだろう。
それは分かったのだが、何がどうしてどこがそうなのかはさっぱり分からないので、改善される予定は皆無である。不都合があればルウィが改善策を立てるだろうから、それまで放っておく予定だ。
今のままでも特に不都合がないので尚更である。
お父さんはちらりと時計を見た。
「そろそろ行かねばならないようだ。マリヴェル、今日も無理をしないよう励みなさい」
「はい、お父さんも!」
手を軽く振っての別れ際に、まだ追加があったらしくお父さんが少し大きな声で私を呼び止めた。
「陛下と話をするのであれば、世界聖女会議の案件についても触れておきなさい」
「はーい!」
世界聖女会議。
その名の通り、世界中の聖女が集まる会議だ。
しかしアデウスは、国内における神殿の立ち位置が独特であり、国民全員に神力があるという特殊な有り様を理由に、長い間出席を断ってきた。
もっともな理由を並べてはいるが、ようはアリアドナが他国の聖女の目によって自身の化けの皮が剥がれるのを恐れたゆえの欠席である。
よって現在、アデウスの聖女は、世界中から信用がない。潔白を証明せよと、強く出席要請がかかっている現状だ。
アデウス国民の安心のためにも、出席したほうがいい。それは分かっているのだが、世界聖女会議はまだ先とはいえ、現在のアデウスから聖女が離れる余裕があるか否か。
全くないと言い切れる修羅場は越えたが、是非是非―と気楽に飛んでいけるほど安定しているわけでもない。
かといって、欠席を表明すればいらぬ疑惑を呼んでしまう。
正直、これだけの大災害から半年しか経っていないのに、国を空ける要請を出さないでほしいとは思っている。
「じゃあ、行ってきます!」
「ああ、行ってらっしゃい。気をつけて」
今ではとても聞き慣れた、けれどいつまで経ってもくすぐったくて堪らない言葉を聞きながら、私は朝一番の予定に間に合わせようと廊下を全力疾走した。
「マぁリヴェ――ルっ!」
「はぁーい!?」
途中、折角建て直した神殿の窓が全損する危機に陥った。慌てて立ち止まれば、屋根の上からココを抱えたサヴァスが飛びおりてきた。
「コ、ココ――!」
サヴァスの腕の中で息も絶え絶えなココは、それでも私に片手を上げてくれた。
「お、はよう、マリヴェル……。急いでいる、ところ、ごめんね…………ふぅ……式典の衣装合わせ……次はいつ時間取れる?」
「あ、えっと……明後日の、朝一か、寝る前かです」
「わかっ――――……」
「ココ――!」
「マリヴェル、うるさい」
「あ、はい」
皆忙しいので、顔を合わせたければ、出席が決まっている会議か偶然を待つしかない。
だからココは、隣の棟にいたにもかかわらず、私の姿を見かけて飛んできてくれたのだ。そんなココに気付いて、サヴァスが手を……足を貸し、文字通り飛んできたのだろう。
「ココも忙しいのに、いつもありがとうございます」
「……私は服を作るのが好きだから、好きな人の服を作るのが、世界で一番好き」
「ココ……」
「大体、私、マリヴェルの結婚式のドレスどんなのにしようかずーっと考えてたのに! 式をする暇がないからしないって言うし!」
「わー! すみませんすみませんすみません!」
お祝い事で沈んだ空気をぱっと盛り上げようとの案もあったのだが、安全に大勢が集まる場を確保できなかったのである。
それはココも分かっているのだろう。ぷりぷり怒りながらも、すぐに肩の力を抜く。
「私、これからもマリヴェルの服いっぱい作るんだから、協力してね」
「ありがとうございます!」
「それで、いっぱい楽しみにしてね」
「はい!」
糸が解けるように笑ってくれたココの上から、轟音が降る。
「よかったなっ! 二人ともっ!」
「サヴァス、うるさい」
「すまん!」
基本的にサヴァスが喋れば神殿のどこにいるか分かるので、サヴァスを探していた部下達がすぐに追いついてきた。
ココも時間がぎりぎりだったらしく、今日も一日頑張ろうと、三人で気合いを入れて別れた。




