115聖
「あ」
温かな肌と同じほど、柔らかな瞳。
大きな手と同じほど、優しい声。
その全てを以て、私に愛を教えてくれた人。
「マリ、ヴェル……?」
「ぁ、あ――――――――――――――――――――――――――――――」
声に、ならなかった。私は確かに叫んでいるのに。大きな口を開けて、溢れ出すその全てを叫んでいるのに。
何も、何一つ、言葉にならなくて。
強制的な眠りから目覚めたばかりの人は、状況の把握など出来ないだろう。身体だってろくに動かないはずだ。それなのに、気がつけば神官長に抱えられていた。
「マリヴェルっ、すまない、マリヴェル」
温かな手が、私の頭と背中に触れている。
優しい温度を持った胸が、私を包んでいる。
「怪我は? 怪我はしていないかね? 食事は? マリヴェル、睡眠は取れていたかね? 食事は? エーレと同じ物を口にしていたかね? マリヴェル、顔を見せなさい、怪我は?」
抱えていた私の身体から手を離し、両手で私の頬を持ち上げた神官長の顔がよく見えない。
次から次へと、胸の奥から溢れ出した熱が瞳から溢れ出してしまうのだ。
幼い子どものように大きな声で「あーあー」と泣き喚く私を見て、神官長はどんな顔をしているのだろうか。次から次へと溢れ出す熱のせいで、何一つ見えやしないのだ。
呆れているだろうか、煩がっているだろうか。
その手を煩わせたくなんてないのに、涙も声も止まらない。
何一つ見えやしないのに、何度も同じ文字を書いて練習をしていた私を見ていたときと同じ瞳をしているような気がして。
そう思えた自分が少し気恥ずかしくて、思わず落ち着いてしまった。
何度もしゃくり上げながら目元を擦り、なんとか視界を確保しようと試みた私の手を、大きな手が止めた。
そして、私がしていたよりよほど優しく目元を拭ってくれる。
その熱に再び溢れた涙を疎ましがらず、何度も何度も拭ってくれた神官長の顔を、ようやく見られた私は、息を呑む。
想像していた顔とは全く違っていたのだ。
だって。
「し、神官長っ、泣かないで、泣かないでくださっ…………ヴァレトリ――!」
慌てて両手の裾を神官長の顔面に押しつける。
神官長のことはヴァレトリを通すべし。神殿関係者であれば、規律より深く刻み込まれた不文律の一つだ。
神官長の肩に頭を預け、目蓋を閉ざしていたままのヴァレトリは、私の悲鳴に片目を薄ら開けた。
「うるっせ」
「神官長、神官長が、泣いていますよ!? 私、極刑では!?」
「お前さんを忘れた負い目があるから見逃してやるよ」
「ありがとうございます!」
「どういたしまして」
名残惜しそうにゆっくりと神官長の肩から離れたヴァレトリは、大きく伸びをした。
「しっかし、お前さん元気ね。髪の毛真っ白になっちまってまあ」
「……無理を、させたのだな」
「ヴァ、ヴァレトリ! 神官長が、神官長が悲しげに!」
「今回に限ってはお前さんの担当だからな、後は頼んだ」
「ヴァレトリ――!」
「うるっさ」
のそのそと立ち上がり、片手を上げてのそのそと去って行くヴァレトリはいつも通りだ。いや、神官長の様子がおかしいのに置いていくなんて有り得ない。
常ならば、あれはヴァレトリの偽物だ、者どもであえであえとなっているだろう。
しかし今はそれどころではない。だって、神官長が泣いているのだ。何をさておいても、全身全霊を傾けるべき案件だ。
神官長の顔面に当てている両手を、そぉっとのけてみる。開いた掌の向こうから苦笑した神官長が現われて、無言で閉じる。その瞳があまりに優しくて、心臓が止まりそうだ。
どきどきしてきた。
首の後ろまで熱を持ってきたので、もうどうにかなりそうだ。久しぶりに見る神官長の笑顔は、心臓に悪い。
「マリヴェル、お前の顔を、私に見せてはくれないのかね?」
「う……」
「顔が、見たい。元気な顔を、私に見せておくれ」
「う……」
「……もう、お父さんとは、呼んでくれないのだね」
「うぉ父さん!」
悲しげな声に、反射的に手を外してしまった。
すると、その下から現われたのは、毛布のように温かく、パンの生地のように柔らかく、焼く前のクッキー生地のように甘い瞳だった。
「ありがとう、マリヴェル」
「…………あの、気のせいかもしれませんが」
「何かね?」
ふと、今まで思ったこともなかった疑問が湧き上がった。
おずおずと、聞いてみる。
「エーレって、お父さんに似ていますか?」
お父さんは目を丸くした。
その唇をわななき初めて、失礼なことを言ったのかもしれないと心配になったのも束の間、戦慄いていた唇が愉快げに揺れた。
珍しく声を上げて笑っている姿に、ぽかんとする。おかしくて堪らないと笑っていたお父さんは、目尻に滲んだ、今度はあまりびっくりしない涙を拭った。
「私の狡さに気がつけるようになったのか。それは、とても嬉しいことだよ、マリヴェル」
「神官長が狡ければ、国民全員が牢屋行きになりますよー」
少し離れた場所で歩き回っているヴァレトリが声を上げた。目覚めてすぐ見回りを始めているようだ。流石ヴァレトリ。頼りになる。
「あの、皆は今までどうしていたのですか?」
大樹に呑まれていた間、どういう状態で過ごしてきたのか気になる。
神の目で、魂と身体の状態を把握しながら問う。
お父さんは、ゆらめく私の髪と、神力を扱う際にだけ瞳に咲く花を見て、何か言いたげな顔をしている。
けれど後にしようと決めたのだろう。この場で問うてくることはなかった。
「大樹に呑まれた後のことは、ほとんど記憶にないのだよ。実感としては、深く眠っていたとの判断が一番近く思える。不思議と苦痛はなく、今も不調を来しているわけではない」
「…………そう、ですか」
その理由には、一つ心当たりがあった。けれどどう説明すればいいか分からない。
誤魔化すよりは、真実を告げようと決める。
「ハデルイ神が、最後の御力を使い、お助けくださったのです」
ハデルイ神は、最後の力も使い果たしたと仰っていた。私はそれを、器であるこの身を神に近しいものへと変化させた事によるものだと思っていた。
けれど、違った。
十二神中誰より強大な力を持っていたハデルイ神が最後に残しておいた力とは、私を一人どうこうするだけで尽きるようなものでは到底なかったのだ。
ハデルイ神は、大樹に呑まれた人々を助けてくださった。
救い出すことまでは叶わなかったのだろう。それでも、皆をアリアドナから隠し、生きたまま眠りにつかせていたその力を、消滅寸前の自身の御為に使うことはなかった。
あの方は正真正銘、人が思い描いた神であらせられた。
人が望む神の愛を与えてくださった。最後まで、愛した人間達を守り慈しんでくださった神は、もうこの世にいない。
ハデルイ神がこの場にいてくださったなら、目覚めた皆を見てきっと喜んでくださったのに。
王都中のあちこちから歓声や悲鳴や怒声が聞こえてくるので、石になった人々も目覚めたのかもしれない。石から戻れた安堵の歓声、賊がいる悲鳴、賊捕縛に関連する怒声と騒音。
命が目覚めるだけで、世界はこんなにも騒々しい。
「…………マリヴェル」
「はい」
「お前と話したいこと、話させばならぬこと。多々ある。しかし……何よりも、お前に問うておかねばならぬことがある。いいかね?」
姿勢を正した神官長に合わせて、私もその胸から離れて座り直す。とても離れがたくて苦労したけれど、お父さんが話があるのなら聞きたい。
ちゃんと、聞きたいのだ。
お父さんは瞳を伏せ、小さく息を吐いた。
そして、まっすぐに私を見た。
「マリヴェル、我々にどうしてほしいかね」
何について問われているのか、言われずとも分かった。
聖女を忘れた神殿への処遇を問われている。そしてきっと、マリヴェルを忘れた彼らへの処遇も同様に。
背後から衣擦れの音が重なって聞こえる。まだ身体も動きづらいだろうに、皆が頭を下げたのだ。
私の背中に神殿がいる。
ナッツァ達と約束した。聖女を忘れた彼らへの処遇は、神官長と相談して決めると。
けれど、神官長が完全に私だけの願いで構成された答えを求めるのならば。
私はそれに応えよう。
「私は、私の忘却を罪とは定めません。ゆえに、ここに罪はない。あなた達には、どうか己が身を許し、蟠りなく日々を過ごしてほしいと願っています」
結局はどう足掻いても、それ以外の結論など出せはしないのだ。
「どうか、悲しまないでください。苦しまないで、笑っていて。あの日のままでいて。誰も傷つかないで。傷なんて、負わないで。……でも、無理に笑顔だけを作って生きろと言いたいわけでも、なく、て……」
忘れてほしい。
私を忘却したことなど全て忘れてください。
私は、愛したこの人達との間に禍根など存在してほしくない。
「これは、私の我が儘です。ですが、お願いです」
誰も、私に負い目など感じないで。そんなものが何もなかったあの日に、皆のいる神殿に、私は帰りたいのだ。
「私を呪いにしないで、お父さん」
お父さんは、静かに瞳を伏せた。
あなた達が私に与えてくれたものは、愛を解かしたかのような時間だった。
態度でも言葉でも、愛を説いてくれた。
私には、愛や恋といったものを構築する機能もなければ、堆積させる基盤も存在しなかったというのに。
私はもう、それらを自分事として理解できる自分になってしまったのだ。
「……しかし、罰を望むのであれば与えましょう」
私にそれを理解させてしまった上に、抱かせた。
それが、それだけは、この人達の罪だ。
「私はどこまでも傲慢になれます。今やそれだけの力を持つ。……だから、人よ。お前達が私を人に繋ぎ止めなさい。私に、人は守るに値する存在だと知らしめ続けなさい。その為の努力を怠らず、生涯証明し続けなさい。それが、あなた達の罰ですよ」
生涯、己を律し、背筋を正し、胸を張り、人の道を外れず。
たとえ魔が差す日が来ようと道を違えず。誰に憚ることなく正しく生きなさい。
それはとても窮屈な生き方だ。
逃げ道のない正しさに背筋を伸ばし続ける日々。それらを紡ぐために必要とする精神力は如何ほどか。
私の酷な指示に、どこからも反論は飛んでこなかった。ただ、擦るような衣擦れの音が重なった。
皆が地へと頭を着けた音が、私の背に広がっていく。
「……あなた達に愛してもらったこと、私は得難い奇跡だと思っています。しかし、それ以上に、あなた達を愛せた事実が誇らしい。本来私はそのどちらにも関わることはなかったはずでした。けれどあなた方は私にそれを教えた。私はそれを功績とします」
私が言わんとしたことが分かったのか、神官長が形容しがたい表情を僅かに浮かべた。
けれど、私は言葉を続ける。
神官長の希望は罰を受けることだ。分かっていながら、その願いを閉め出した。
神官長は、この件の結論を私に託した。
ならば、全て私の願いで決めてしまおう。
「災厄除けの道具として壊れるはずだった聖女に愛を教えた功績は、聖女を忘れた罪で相殺です。ゆえに褒賞はありませんので、あしからず」
でもと続けて、くるりと振り替える。
「それ以外については特別手当出しますので、皆張り切って頑張ってくださいね!」
ココ、サヴァス、カグマ、ペール。皆いる。皆頭を垂れていて、その表情は見られないけれど。
少し離れた場所で、既に状況把握と情報収集を始めていたヴァレトリと彼が率いる隊も、その場で膝をつき、頭を垂れていた。
ここには神殿がある。
十三代聖女がため構成され、稼働してきた神殿が、いる。
「皆、特別手当の使い道を考えながら、張り切って神殿を建て直しましょう。以上! 解散!」
ぐっと何かを躊躇った後、わっと歓声が上がった。初動はちょっと躊躇いがちな歓声だったけれど、二言目からの歓声は立派な歓声だった。
きっと、私がそれを望んだから。
「マリヴェル」
「はい、お父さん」
そう答えると、お父さんは一度静かに微笑んだ後、表情を戻した。
「それで、いいのだね」
「はい。それがいいのです」
「……そうか」
少しだけ浮かべた苦笑をくるりと消し去り、神官長は私の頭を撫でた。長い指が私の髪を梳き、痛ましげに細められる。
「……沢山、話をしよう。聞きたいことも、お前に伝えたいことも、沢山あるのだよ」
「私も、お話しすべきことが山ほどあります」
なんかエーレと結婚したこととか。
後、エーレが私と一緒にクラウディオーツの家名を名乗るつもりでいることとか。ついでに私が神に近しい何かになったこととかも。
しかし全ては後での話である。
今は、わっと駆け寄ってきた神殿の皆を振り向くのが先だ。誰よりも早く私の前に到達したのは、皆が駆け寄りながらも道を譲ったカグマだった。
「マリヴェル、ごめんな」
「いいえ、カグマもお疲れ様です」
「ん」
駆け寄ってきたカグマは、私の体中を撫で回す。
「悪いが、精神面は後で見る。まずは、怪我と病状その他諸々の不調は余さず隠さず全て申告しろ」
「えーと…………とりあえず平気とお伝えします。その上で、ちょっと共有しておかなければならない情報がありまして。後で改めてご報告しますので、今は見逃してください」
白い髪を確認した後、目の下と舌の様子を確認していたカグマは、最後に首と手首で脈を取る。
そうして、一端はよしとしたのだろう。私の頭をぐしゃりと掻き回し、次へと場所を譲った。
カグマの横をすり抜けて抱きついてきたココを、私は喜んで広げた両手で迎え入れる。
「ココ! 今日もいい天気ですね!」
空見えないけど!
ココは重たい服掛け人形を抱きかかえるみたいに、私をぎゅうぎゅうに抱きしめた。
「マリヴェル……ごめんね……」
「あ、私もすみません。なんか色々あって、体型が変わっているように思えます。型紙があわなくなっているかもしれません」
「……確かに、痩せてる…………でも、型紙なんてどうでもいいよ。何百枚だって作ってあげる。髪の色に合わせた服も、いっぱい作るから楽しみにしてて…………だから、だからね。…………大好きだよ、マリヴェル。ずっと友達でいてね」
「こちらこそ! 末永くよろしくお願いします!」
「声が大きい」
「あ、はい」
私の腕の中で鼻を鳴らしたココを心配そうに見つめていたサヴァスが、私を見てぐしゃりと顔を歪めた。
「マリヴェル! ごめん! ごめんな! 俺、お前にひどいことしちまってっ!」
先ほどの私よりよっぽど大きな声を出したサヴァスに、ココは何も言わない。ココはサヴァスが好きなのである。やはり好きな人の声はどんな声量でも聞きたいのだろう。
「サヴァス、うるさい」
「すまん!」
そうでもなかったらしい。
おいおいと泣くサヴァスは、流していた大粒の涙をはっと散らした。
「マリヴェル…………エーレが…………」
「…………はい」
サヴァス達の後ろから私を囲んでいる人々が鼻を鳴らす。実際、戦闘員の多くがあの場にいた。
そして、殺されたエーレの姿を見たのだ。
「すまん…………その上、エーレの遺体も見失っちまったんだ」
「あ、エーレそこにいますよ」
「何でだよっ!」
沢山の声が重なって、私が振り向いた先を一緒に見た。
「うるさい」
「うわ、本当にエーレだ!」
「開口一番その台詞なところとか、エーレ以外の何者でもねぇ!」
「流石エーレ! 殺しても死なない男! 寧ろ殺しに来る男!」
「黙ってても美人な男!」
「何もしてなくても求婚される男!」
「よ、流石エーレ! 真っ白な髪も花嫁衣装みたいで似合ってるぎゃあああああああああああああああ!」
エーレに声をかけていた集団のいる一角が、ごそっと焼けた。
何故に毎度毎度、エーレを怒らせるのだろう。私はエーレを怒らせる理由が分からず怒らせているが、彼らはエーレが怒ると分かってやっているのだから不思議だ。
「ぎゃああああああああああああれぇ!? いつもよりあっつぅ!?」
ちなみに今のエーレの炎は、以前よりも痛いので頑張ってほしい。
そう、喜びのあまりエーレに抱きつき、ぶんぶん振り回した結果、恙無く燃やされたサヴァスを見て思った。
誰が一番早くエーレに燃やされるか競っているわけではないはずなのに、どんどん記録が更新されていく。
ちなみに殿堂入り枠は私が所持している。
「エーレ、診察だ」
「負傷はしていないから必要ない。他の連中を頼む。だがカグマ、後で共有しておかなければならないことがある。マリヴェルと一緒に話す」
「ん、分かった」
わあわあと、皆が騒いでいる。あっちもこっちも大騒ぎだ。ヴァレトリのように、既に忙しなく働き始めた人もいれば、まだ放心状態の人もいる。
ちらりとお父さんを見れば、なんだか気恥ずかしくなる顔で私を見ていた。
「…………マリヴェル、いつの間にかとてもいい顔を、するようになったのだね」
「そうですか? 自分では分かりません、がっ?」
突如大きな音がして、皆と一緒に跳び上がって驚く。神官長が私を頭ごと押さえ、胸に抱き込んだ。
誰もが先ほどまでの緩んだ空気を忘れ、すぐさま戦闘態勢に入っている。
しかし、緊張感はすぐに悲鳴へと変わった。
突如、桶をひっくり返したかのような雨が降り出したのだ。
先ほどまでは晴れていたのに、とは言えない。空は大樹によって塞がれていたので、誰も転機の把握は出来てないのだ。
神官長の腕の中で見上げれば、空が、開け始めていた。その先に晴れ渡る空はなく、どす黒い雲が広がっているばかりだ。
しかも、なんかごろごろ言っている。どう見ても、大嵐の空模様である。
皆大慌てで屋根のある場所を探した。何せ神殿は、大樹の根がぼこぼこに穴を開けているのだ。屋根など、あってないようなものである。
ばたばたと大慌てで雨宿りできる場所を探しながら飛び込んでいく。しかしそんな場所はあまりなく、抜けた床がちょっとだけ残る壁を選んだ面々は平たくなって壁に張り付いているし、突起物の下に潜り込んだ面々は小さく丸まっている。
いま巨人が現われて神殿の破片を持ち上げれば、石の下に群がる虫のように、神殿関係者が大わらわで飛び出してくるだろう。
私は、立ったまま雨よけ出来る比較的広々とした空間にいた。
雨が降り出した途端、ヴァレトリがいそいそと神官長を案内したからその恩恵に預かっているのだ。
「凄い雨……」
「突然でしたねぇ…………あ」
眉を顰めながら服の裾を絞るココに相槌を打っていたら、急に気がついてしまった。あ、と、声を上げた私を、近くにいた皆が振り向いた。
「どうした、マリヴェル」
「はあ、えーと…………エーレ、一つ確認なんですが」
「何だ」
初撃から激しすぎる雨だったため、全員等しく濡れ鼠となっている。エーレも自分の髪を軽く払った後、私の髪を絞っていた。
「……神力を制限できていない私が大泣きした結果がこの雨だって言ったら、怒りますか?」
「はっ倒す」
「不可抗力じゃないですかね!?」
しばらくは感情を暴走させないほうがいいと決めたばかりだったのに、舌の根も乾かぬうちにこれである。私は一人反省した。
その上で、こればっかりは仕様がないとも思うのである。
「ちなみにこの雨、しばらく収まりません」
私が神力をうまく扱えるようにならないと、暴走した状況を収めることもできない。自然に治まるまで待つしかないのだが、今日明日の晴れが全く期待できない分厚さの雲が広がるばかりだ。
大樹が次々塵に成っていくからこそ分かる、空一面のどす黒い雲。希望が欠片もない。
私が神力を使い、嵐を収める。神の御使いである聖女の名にふさわしい所業だ。素晴らしい。
いつの日か、そんな未来が来るといい。
つまり、百年後くらいの私にご期待くださいということである。