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忘却聖女  作者: 守野伊音
六章
103/120

103聖




「この店は、奥に工房と倉庫、そして職人達が住まう住居を構えておったものだが。この様子だとそこもどうなっているか分からぬな」

「そういえば、殿下もこの店を利用しておられましたね」


 エーレが言えば、ルウィはひょいっと片眉を上げ、くすりと笑う。


「公表しておらぬがな」

「リシュタークでございますれば」

「であろうな。構わぬ。許す」


 二人の仲がいいのは何よりだ。

 何よりなのだが、ルウィは機嫌良く笑いながらも、ゆっくりと剣を抜いた。


「して、問おう。そなたら、我らを前に名乗る気概を持ち合わせておるか」


 ルウィはすらりと抜いた剣を、店の奥へと通ずる通路へ向ける。

 かろうじて原形を保っていた通路の先、人気がまるでないと思っていた場所から、ぬるりと人影が現われた。

 気配の消し方、姿を見せてなお音は発さぬ重心の乗せ方。これだけ破片が飛び散る崩れかけた建物内で、音を発さず動く手腕。

 どこをとっても素人のものではない。

 おかげで、難を逃れ隠れていた一般人が、救いを求めて現われた可能性が掻き消えた。

 そもそも、目元以外は肌を一切出さず。その目元さえも、奇抜な形をした帽子のつばや、そこから垂らした布などで丁寧に隠す意匠を身に纏っている状態から、一般人ではない。

 これを見て善良なる一般人と勘違い出来る人は、そうそういないと思われる。


 私達の前に姿を見せたのは三名だが、この様子だとまだ奥に何名か控えていそうだ。伊達に暗殺を受け続けたわけではないので、その程度のことは私にも分かる。

 騎士達とは全く違う獲物を持った、三名の服装は全て統一されていた。

 動きやすいようにだろう。服は身体に沿い、尚且つ肌も瞳も出さないどころか、髪の毛一つとして相手の視界に曝さぬ気概を感じる。

 意匠を統一させることで、個を分かりづらくさせるのも基本的な戦法の一つだ。今まで対峙してきたこの手の人々との明確な違いは、頭から足先まで、全身を白で覆っていることだ。

 今まで見てきた人々は、闇に溶ける黒が多かった。それか侵入してきた状況に合わせた服装だ。

 そして、この状況下で全員の服を全身白で統一出来るのであれば、組織だった基板があるとみるべきだろう。

 普段から白を纏っているとは考えにくい。

 ならばこれらは、王都がこの状況になってから制作された物だ。材料、職人の確保など、これだけ混迷した中で揃えられる組織は、数えるほどである。


「……名乗りは上げましょうが、その前に一つ、発言をお許しいただきたく」

「この状況下で賊の要求を受け入れるは愚策であるが。まあよい。許す」


 裏家業を生業とする組織を重宝する貴族は多い。私達はそれを理解している。

 それらを前提として考えると、おおよその答えは出るというものだ。

 何せ、彼らが私達の前に姿を現わした。その時点で、当たりはつく。

 彼らの発言は、ここが公の場であれば色々と大問題だらけだが、ここが公の場であれば彼らが出てくることはないし、ここにはどうとでもなる面子しかいない。

 つまりは、どうとでもなる要素しかないのだ。

 さあ、どう転ぶかなと思っていた私の前に、エーレが進み出た。


「その必要はございません。身内事にて殿下のお手を煩わせましたこと、謝罪いたします」


 ルウィに浅く頭を下げたエーレは、そのまま白の装束を纏う者達へと歩を進めた。すると、白の装束を纏った者達がエーレの前に跪く。


「やはり、エーレ様っ!」

「ああ、ご無事で!」


 白装束の内二人がエーレの足下に縋り付いた。


「うるさい」


 足下に縋り付きながら涙を流す者達を前にしても、エーレの瞳は希望の光を灯さず、淡々とした声音を発するのみだ。

 つまりはいつも通りである。

 もっと再会の喜びを分かち合ってほしい。

 そしてそんな声音を向けられても慣れているのか、白装束の者達はすすり泣く。


「あ、ああ、エーレ様、その御髪は如何されたのですか!?」

「ご病気を!? それともお怪我を!?」

「うるさい」


 そこは返答してあげるべきだと思うが、白装束達のひたすら驚愕した声が非常に大きかったのもまた事実。ちょっとサヴァスを思い浮かべる声量だった。

 エーレは、足下に縋る白装束達から遠慮なく足を引き抜き、私の隣に並んだ。


「問題ない。リシュタークが抱える一部隊だ」


 耳元で小さく囁かれた言葉に頷く。


「分かりました」


 彼らがリシュタークの抱える部隊なのか。エーレとはそれなりに長く深い付き合いだが、会ったのは初めてだ。



 神殿の事案において、エーレは基本的に神殿の力でもって当たるけれど、たまにひょいっと解決してくることがある。

 そういうときはリシュタークの力を使っているのだろうなとは思っていた。

 なので、これまで彼らの力を借りたことはあったはずだ。けれどエーレが言わない以上私も問わず、エーレが紹介してくれない以上私は知らないままだったのだ。

 エーレが私と会話を始めたからか、白装束達は私とルウィへ向け、丁寧な礼を揃えた。

 意匠で遮られて見えづらいが、それでも彼らの視線が私の髪に集中しているのが分かる。

 エーレの髪色が変わった元凶として、現状最も怪しいのは、エーレと同様に髪色に変化がある私だろう。

 ちなみに大正解である。


「構わぬ、続けよ」

「私達への対応は不要です。あなた方はあなた方の主を愛してください」


 様子を見るに、暗部を担う部隊に見えるが、追求しようとは思わない。リシュタークほど母体が大きければ、王家と同じく暗部を担う部隊を抱えていようと驚きはない。

 何せリシュタークだ。

 そういう部隊を持っていないわけがない。持っていないと思っている者も存在しないのではないだろうか。

 そうでなければ、過去にあったあの粛正は、三兄弟自らの手で実行までの全てを担ったことになってしまう。

 正直、三兄弟がそれぞれ百人くらいいないと不可能だったのではなかろうか。

 そこまで考えて、エーレが百人いる姿を思い浮かべてみる。

 私が百倍燃える。

 以上だ。


 それはともかく、エーレとのやりとりを見るに、白装束達からはリシュタークへの忠誠心が窺えた。

 粛正が起こった際のリシュタークの荒れ方を鑑みて、幼い身でありながらこの部隊を味方につけていた三兄弟は、末恐ろしいと評されていた理由も分かるというものだ。

 一応神殿にも、似たような機能を担う部隊は存在するが、私の代となってから、かなり大がかりな改革が行われている。変革と言っていいかもしれない規模で色々と改めてきた。

 何せ、直接的に聖女の手足となるべく設置された部隊が、直接的に聖女を殺しに来るのだ。

 変革するより他にない。

 流石、本来は最も聖女と近しい場所にある機関。先代エイネ・ロイアーと親しすぎて、速攻で私を殺しに来た。聖女試験の最中から既に危うかったくらいである。


 それを知ったときの神官長の顔は、今でもはっきり覚えている。

 人は絶望に似た怒りを覚えたとき、こんな顔をするのかと、知った。

 そして、この人はこんな顔をすべきではないと思ったし、この人にこんな顔をさせたのは私の罪だと思った。

 私より余程明確に自覚した上でその気持ちを抱いたのは、きっとヴァレトリだったけれど。


 あまり嬉しくない即効性を見せた部隊は、根こそぎの変革が行われた。現在ではヴァレトリが取り仕切っている。

 神兵の一番隊隊長も兼任している有様から分かってもらえると思うが、エイネ・ロイアーのおかげで、神殿は万年人手不足なのである。

 神殿は常に人手を募集しているので、是非応募してほしい。色々と条件はあるらしいが、当代聖女からの条件はただ一つ。当代聖女への殺意を胸にやってこないでほしい。以上だ。

 ちなみに、ただでさえ大変な立場を兼任させてしまったヴァレトリの負担は凄まじいもので、大変申し訳ないと思っている。

 ただし、実はこの采配はヴァレトリ自身の希望でもあった。

 希望というより、決定事項だった。

 何せ気がつけば決定していたし、ヴァレトリは誇らしげだったし、神官長は盛大に頭を抱えていたのである。

 神官長は、一癖も二癖もある人から心底好かれるのだ。世界に絶望した人が、最後の楽園を見つけたかの如く。夢の先として抱かれるほどに。

 だからヴァレトリにとって、目も当てられないほど忙しくなることが分かっている選択も、当然のものらしい。

 曰く。


『暗殺その他、くそ危ない分野を担う箇所を把握してないほうが落ち着かないからやだね』


 とのことである。

 暗殺に関しては、するというよりはされる側ではあるけれど、どちらにせよ対応するのは結局その部隊が多い。そこを絶対的に信頼が置ける人に対応してもらえるのは、ありがたいの一言に尽きる。

 そうでなければ、結局また同じ事の繰り返しとなっただろうことは明白だ。

 ヴァレトリが取り仕切ってくれるようになってから、神殿内からの暗殺は幾度もあったが、その部隊からの暗殺は一度もない。おかげで随文と楽になった。神官長達が。

 私は殺されかけていただけなので、特に苦労はしていないのである。

 そして聖女としては盛大に頭を抱えるべきだが、先代までは一般的に暗殺も執り行われていた証拠がわんさか掘り出されて、今度は私も神官長一緒に頭を抱えたものだ。

 私の代となってからは、少なくとも私の知る限り一度もない。

 暗殺する暇があるなら、当代聖女を国中に認知させるべく時間を割きたかったのだ。

 真っ当な手段で以て人々に認められなければ意味がない。急ごしらえの基盤など、どこかで必ず歪みが生じ、いつか足下を掬われていただろう。急いては事をし損じるとはこのことだ。

 何を急いだとて、根が腐っていては意味がない。どれだけの才があろうと、寝食を疎かにし病を得ては、そんな才を生かす機会が失われるのと同様だ。

 神殿に従事する人々が胸を張っていられる形で進まなければ、意味がない。自分に仕えてくれる人々が自身の日々を誇らしげに笑えなければ、そんな聖女に何の意味があるというのだろう。

 何より暗殺を多用する聖女は、みんな嫌だと思う。

 私も嫌である。神の威光も何もない。

 泥臭く血生臭い。それだけならば動物でも可能だが、卑怯で醜悪な手段は人だけが選択肢として持ち得る怠惰である。

 そんな手段に聖女が縋っていては、無能どころの話ではない。


 ちなみに神殿の暗部を担う部隊は、ヴァレトリが率いた変革後は、基本的に情報収集及び潜入などを得意とする部隊として重宝されている。

 ヴァレトリが率いているため、結構な割合を神官長の体調管理に割いている気がしないでもないが。

 だが、神官長が健康で快適に過ごせるのであればそれに越したことはないので、そう気づいた後も、特に改善要求は出していない。


 これまで随分助けられてきたその部隊も、おそらくは全てが大樹に呑まれている。

 ヴァレトリが指揮していただけであって、部隊の精度はとても高かった。瞬発力を含めた様々な速度も申し分ない。

 それなのに王都陥落以降、北へ送った部隊とすら連絡をつけられないでいる。

そう、ナッツァから報告を受けたとき、全てを察した。

 神殿が落ち、神官長と戦力の要であるヴァレトリやサヴァス、エーレ の安否が不明となり、とどめに聖女の行方も分からなくなった。ならば、唯一無事である可能性が高い北の部隊と合流を試みるだろう。

 北の部隊に接触せず、沈黙を保ち続けている。

 対アリアドナが決定して以降、神殿は総力戦で当たっていた。その舞台が王都である以上、戦力はここに集結していた。

 神殿だけでなく王都ごと落ちた以上、連絡がないということは、そういうことである。



 白装束の中で、代表して声を上げている者が深く頭を下げる。


「エーレ様。あなた様の安否を、ラーシュ様とコーレ様が寝食を忘れ探しておられます」

「無事との報をすぐに上げろ」

「御意に――――しかし、僭越ながら申し上げます。我らを介さず、その言葉をお伝えいただくことは可能でございましょうか」

「今は不可能だ。兄上達が息災であればそれでいい」


 一呼吸の間に、白装束は五人に増えていた。正当なる主を前に、姿を隠しているわけにはいかなくなったのだろう。

 暗部を担う彼らが白日の下に、自らの意思で現われた。それは如何なる言動より如実に、彼らの忠誠心を表していた。


「兄上達は本家にいらっしゃるのか」

「はっ。しかし、リシュタークが管理する全ての家屋にて、可能な限りの人員を保護しておりますので。そちらへ向かわれることも多く、必ずしも本家にいらっしゃるとは限りませぬが」

「そうか。――だが、寝食を蔑ろとする兄上方をお諫めするは、お前達の仕事だろう」

「まこと、不甲斐なく……」


 表だって行う任務ではなく、日の当たらない場所で活躍する人々は、直接命令を下す立場にある当主ととても近い関係にある場合が多い。

 ただでさえ一筋縄ではいかない仕事ばかりを担っているのだ。ある程度は直接管理していなければ危ういのである。

 だが、だからこそ、当主の体調管理まで担わなくてはならないのは大変ではなかろうか。

 それにいくら進言があろうと、聞かないものは聞かないと思うのだ。

 そう。いくら怒られても私が脱走を続けたように! 

 ついでにルウィもサボり続けていたので、やっぱりそういうものだと思うのである。

 そんなことを考えている私をしっかりじとりと睨んでから、エーレは自らの前に跪く白装束へ視線を戻す。


「俺は大樹発生後の状況を把握していない。報告しろ」

「御意に」


 白装束達は、深く頭を垂れた。

 私達が自らの意思ではないにしても、あの状態の王都から去ったのは事実だ。

 あれ以来、王都がどうなったか、王都外からは確実な情報が手に入らなかったのでありがたい。ルウィも表情としては出していないものの、白装束の言葉を待っている。

 私も、喉から手が出るほど渇望した情報だ。

 それなのに、白装束達の言葉を待つ時間への焦燥より先に、胸の中心をくり抜かれたかのような感覚が身の内に湧き上がった。

 エーレが、大樹発生後の状況を把握していないのは。

 死んだからだ。


 エーレが死んだ。

 あのとき見た光景が私の中で不意に蘇る度、肺が凍り付く、どれだけ息を吸い込んでも広がらなくなる。胸に冷たい塊が突如発生し、肺を内側から凍らせ、砕こうとしているかのような痛みが、私の身の内を蝕む。

 命には限りがある。それは仕様のないことだ。

 けれど私は……理に反した願いであると分かっているのに、エーレとあの人達の死を認識したくなどなかった。

 いまエーレが生きていることとそれは、全くの別問題である。

 エーレに人であることを失わせたくなどなかったのに、死なせたくもなかった。とんだ矛盾だと自分で自分に呆れても、どうしたって本心だ。

 エーレが死亡した事実を、白装束達は知らない。彼らが知らなければ、エーレのお兄さん達もその事実を知らないままとなる。

 エーレは、自身の有り様が変わった事実は告げたとしても、自身の死についてお兄さん達に伝えることはないだろう。だから彼らは永久に、それを知らずに生きるのだ。

 何が正しいのか、私には分からない。その決断はきっと、エーレにとっては正しく、お兄さん達にとっては正しくない。

 私が命じれば、エーレはお兄さん達に事実を告げるだろう。けれどこれは、私が介入し、エーレの意思をねじ曲げてでもその口を開かせていい問題なのか。

 判断が、つけられない。神官長ならうまく収まるところに収めてくれただろうと、呼吸のように考えて。

 私は意識を切り替えた。

 










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