児販機
『児販機あります』
秋空の下、何気なくオンボロ愛車(軽の年代物)でブラブラ田舎の山道をすっ飛ばしていたオレは、この赤さびが浮いて古ぼけた看板を見た俺は、ありえない位首を傾げた。
――ありえない誤植だろ……と思いつつ。
児販機って、一歩間違えば人身売買。
戦国時代じゃあるまいし、この平和なご時世にそんなヤバい物が有る訳はなし、良くあるタダの誤植に違いない。
そんな事は、百も千も判ってはいるのだけど、売り物の名前すら無い自販機なんて、興味がわいて来た。
設置主がよほどぐうたらか、もしくは、売り物を書かなくても売れる製品だと、世間をなめきっているか……、――この看板の具合を見ると両方だろうなぁ……。
しかし、売り物が判らないとなると、マスマス知りたくなるのが、人間としてのサガ。
今のご時世、飲み物はおろか、食べ物、アダルトグッツ、果てはお守りまで売っているご時世だから。 そんな訳で、オレは怖いもの見たさ半分で思わず路肩に車を止め、看板の有るほうへ歩いていった。
”
「オイオイ、まじかよ」
可愛いネコに懐かれるなどの幾多の試練の後、店に踏み入れたオレは、驚愕の光景に、オレは思わず声を上げた。
其処にあったのは、まるでペットショップのような光景だったからだ。
店の中は店主は居らず、年の頃、10歳前後の、ジト目のような虚ろな表情をした少女達が、粗末な下着だけを穿き、体育すわりでガラス張りのケースに陳列されていた。
それだけじゃない、端を見てみれば、炉利だけでなくベド、ショタ、ドレにも対応できるようにか、更に幼い女の子だけでなく男の子までいる。
お客様本位の心憎い気遣いだ。
そして、ショーケースには値段が貼り付けてある。
やはり高い、自分の1月の給料がふっ飛ぶくらいの値段だった。
もっとも、給料日後の自分には、無理すればギリギリ買えなくない額ではあるけれど。
「お気に入りの娘は居ましたか?」
ケースの中身を鑑賞していると、ボカロのように澄んだ声が室内に響く。
おれが其方の方を向くと、其処に居たのは、うら若き立体映像の女性。
まるで初音ミ○のような、少女だった。
店内の案内AIだろうか。
彼女は無機質な笑みを浮かべた後、無表情に此方をみつめていた。
「此れだけ居れば、そりゃ~、少しは気になる子は居るけどさぁ……」
おれは言葉を濁すと、目を細め、更に言葉を繋いだ。
「……これって、ヤバクナイ?
人身売買っぽいんだけど……」
人身売買ポイじゃなくて、確実にアウト臭いんだけど……。
「いいえ、その点は心配要りません」
立体映像の女性は、微笑みながらケースの一つを指差し、「例えば、このおすすめの娘は、享年10歳。 3ヶ月前に死亡した事になっています」と、無機質な音声を発した。
「おぃ……!?」
オレは目を見開き、絶句した。
其処に居たのは、生気を全く感じさせない、ジト目、真っ黒なストレートヘアーをした、スレンダーな少女だった。
ここまでの生気の無さは、普通の人間じゃない。
――まさか、コイツは全員ゾンビか何か、かよ……。
「ご心配のようですが、ご心配は要りません」
立体映像の女性はオレの不安を読んだように、言葉を続けた。
「社会的には、――です」
「社会的……に!?」
オレの問いに、案内AIは冷たい笑顔を浮かべ、淡々と質問に答えてゆく。
「彼女の死因は『衰弱死』、ネグレクトの末、親の暴力で昇天し、搬送された病院で死亡が確認された。
――と、社会的には、なっていますので、ご安心して購入いただけますよ」
「……」
彼女の答えに、オレは絶句した。
これはネグレクトや虐待を受け、かろうじて一命を取り留めた子供達を、ここで販売しているのだとヤットわかった。
確かに、虐待を受けている親に育てられるより、施設でミジメに暮らすより、子供が欲しくても出来ない奴らに、此処で買われて幸せに育てられる方が、余程マシだろう。
倫理的な問題も、ここで彼女達を買い取るのも、丁度、養子縁組で手数料を払うのも、感覚としては同じだろう。
金銭で人間を手に入れると意味では。
お金を払った分だけは、確実に大切にしてもらえるだろう。
人間は、対価を払った分だけは、価値を感じる生き物だから。
ジト目と思っていた目も、アレは違う。
あれは昔、鏡に映る姿を良く見ていたから知っている。
輝きを失い、マジックで塗りつぶしたような真っ黒で感情が読めない瞳は、もう生きることを諦めた眼だ。
そして、よく観察すれば彼女のアバらの浮き出た体に有るのは、無数のあざや切り傷の痕。
それは、まるで彼女の此れまでの、短い人生だけど、苦痛に満ちた日々を表しているようだった。
「この娘は当店のお勧めですが、どうされますか?」
考え込むオレに、案内AIは澄んだ声で無機質に尋ねてきた。
「――買うよ……」
と、自分は無表情のまま、無意識のうちに、短く返事を返すと、更に言葉を継いだ。
「――この娘に似合う服とか、この子が食べたいものをね」
「……どういった意味でしょうか?」
案内AI嬢は、オレの言葉の意味が判らないのか、首をかくんとかしげると、尋ね返してきた。
自分のやってる事は、機械には判る筈も無い。
やって居るオレ自身、支離滅裂な事をやってると思うから。
――だけど、言わずには居られなかった。
「――少ないけど、これで何か食べさせて、見栄えのする可愛い服を買ってあげて」
オレはそう言うと、長財布から、なけなしの札を、数枚差し出し机の上に差し出すと更に続けた。
「少しでも見栄えがよければ、良い所に貰われるかもしれないしさ」
オレはそう言うと、踵を返し、その場を後にした。
「お客さん!」
AIの呼びかけは無視をして。
”
「あ~バカ、馬鹿、莫迦。
――自分の馬鹿。」
自宅アパートに戻ったオレは、机に伏してエコバック片手に呟いていた。
エコバックの中身は、先程、近所のスーパーで買ったばかりの、賞味期限間際の半額惣菜、給料日直後にも関わらず、だ。
「……今月は、ずっとコレダナ」
オレは、諦め混じりにそう言うと、外国人と争奪戦の末獲得した、半額惣菜……が更に値引かれた廃棄食品寸前の品をテーブルにぶちあけた。
食卓の上には、6つ切りの海苔巻きと、トンカツ半分だ。
このシーズンのカツオは美味しいから、カツオのたたきも欲しかったけど、パックと数分にらめっこの末諦めた。
予算の都合である。
――これが、自分のツマミ兼晩御飯だった。
「まあ、良いか……、
――あの子の未来を買ったと思えば悪くは無い」
ヤケクソ気味そう呟くと、冷蔵庫から、おもむろに缶チュウハイを1本取り出し、貴重品の様に丁寧にテーブルに置きに、どかんと席につく。
「ま~仕方ない、覆水盆に帰らず」
ガっと、イスに座ったままジーパンをずり降ろすと、足で脱ぎ、TSをフローリングに脱ぎ捨てビキニショーツとスポーツブラ姿になる。
百年の恋も冷める、色気もへったくれも無い姿なので、ここに誰かが居たら大問題だろうが、幸か不幸か自分は一人暮らし、見る人はいやしない。
実益一番。恥なんぞクソくらえ、だ。
「……て、事をやってるから、自分の婚期は遅れて、さらには男に間違われるんだろうなぁ……」
これ以上悪くなることはなし、下品にも大またをバカッ、と開き、自嘲しながら、缶を開けると、中身を少しづつ飲む。
「うまぁぁ~。 これが生きがいなんだよねぇ、酎ハイちゃん♪」
満面の笑みで飲み下すと、炭酸の刺激が喉を潤してゆく
偽ビールだけど、至上の味だった。
「あ~、でもカツオだけは、食べたかったなぁ……。
――初カツオも食べてなかったしなぁ……、これをやめてカツオにするべきだったかなぁ……」
店のカツオに未練がましく思いをはせながら、黒こげトンカツにハシをつけながら、チビチビやっていると、何故か、背後からショウガの香りがした。
ショウガなんて、無いはずなのに。
「え……」
匂いに振り返ったオレの表情は固まり、それ以上声が出なかった。
其処に居たのは、先程の少女、しかも、流しで何やらゴソゴソしている。
匂いの正体はこれか……。
そんな事を思っていると、此方に気が付いた彼女は、 「……このたびは、お買い上げありがとうございます」、と、振り向きざま恥ずかしそうにお辞儀してきた。
「ちょ、買った覚えは無いけど。
――ここより、幾らでもいい条件の場所幾らでもあるでしょ?」
コンナビンボーな所にワザワザこなくてもねぇ……。
その為に、なけなしを叩いたんだから。
「ここが一番の場所ですから」
オレの問いに、真顔で答える彼女。
――彼女は本気でそう思っているらしい。
でも、こんなビンボ~な所じゃロクな暮らしが出来ないよ?
こうなれば、返品して別の場所に変えて貰うしか無いよねぇ……、それがあの娘の為だし。
「ちなみに返品は効きませんよ?、生物ですから」
そんな事を思っていると、彼女はイタズラっぽく微笑むと、オレが言おうとしてきた先手を打つように、「生物なので返品は出来ません」言ってきた。
生物と来るとは思わなかった、これは一本取られた気がする。
たしかに、スーパーで買った生鮮品は返品は出来ないけどさ……、そう言う問題じゃ無い気がして来た。
それ以前に、そもそも、お前は食べ物やないやろ?
おもわず脳内で突っ込みいれて、口に出そうとした瞬間、嫌な予感が浮かんだ。
彼女が奥に有るベットに横になり、「私を食べようというなら、食べれない事も無いですよ? 宜しければ貴女も試食してみますか?」と、恥ずかしそうに言う姿だ。
――意味が違う。
それ以前に、こっちには、その気は無いんだけどね。
「じゃあ、返品じゃなくて、もっと条件の良い裕福な所に譲渡でお願い」
「繰り返すようですけど、ここが一番の場所です」
オレが言っても、馬の耳に念仏状態、彼女はガンとして聞く耳はないようだ。
こりゃ、テコでも動きそうに無い。
そんな事を思っていると、少女は真顔になると衝撃的な一言を、お抜かしになられた。
「あのお店は、普通の人には気がつかないのです」
「どういう事?」
「ビッグデーターの分析で、買うにふさわしい優しい人だけが、店に気がつくような配置になっています」
「……」
つまり、オレが彼女に選ばれた、と言う訳ね。
意外な真実に、自分の肩の力がガックリ抜けてゆく。
―― 一杯食わされた、と思いつつ。
「アンタが居着くのはいいけど、実際問題として、2匹でどうやって食べて行くの?
――今月、オレの財布は「玉名市」……、もとい、「玉しか無し」、だよ?」
偉い人は、「人はパンのみで生きるにあらず」、とか抜かしていたけど、実際問題としては、理想だけじゃ生活できないんだよねぇ……。
そんな事を思っていると、彼女はそこも織り込み済みなのか、ニコヤカに言葉を続けた。
「あと生活費についても、心配は要りませんので、国から補助金がでますのでご心配なく。
着替えなどは此処にありますし、寝る場所も、寝袋があるので床の上で大丈夫です」
此処まで先手を打たれると、もう覚悟を決めるしか無さそうな気分になってきた。
――この娘が此処に住み着くのは確定事項で、オレの気ままな生活も終わる覚悟を。
まあ、仕方ない……。
「寝袋でも床じゃ良く寝せられないでしょ?
――オレの、ベットの半分使ってもいいよ」
そう思うと、呆れ顔のまま、ため息に交じりに言って居た。
――何処までも甘いなぁ~と思いつつ。
「そう言うと思ってました、今夜から宜しくお願いします」
「おい……」
彼女は恥ずかしそうに、「今夜から」、とお抜かしになってきた。
どうやら、オレの言う事は其処も織り込み済みだったらしい。
オレがこの子を飼ったのか、逆にオレがこの子に飼われたのか判らないけど、
ど~やら、コイツとの生活は続いていきそう。