【幕間27】1103
フリークス・パーティに参加する選手は、三年もすれば中堅、十年もいればベテラン扱いだ。中途半端な実力で挑んだ奴は、最初の一年目で洗礼を受けて再起不能になる。
キツツキはフリークス・パーティに参加して既に五、六年が経過しており、ハヤブサほどではないが中堅どころの選手としてそれなりに活躍していた。なにより彼はまだ若く、伸び代がある。
ここらで一発、派手にかまして優勝もぎとって、ハヤブサをギャフンと言わせてやる! ……と意気込んでいたキツツキは、その年のシングルバトルの三回戦で、まさかの相手にギャフンと言わされた。
* * *
相手は今回初出場の十五歳の少年。どちらかと言えば小柄で細身で、とても強そうには見えなかった。
しかもその武器は、あろうことかその辺から拾ってきたような鉄パイプである。
舞台の上に立って向き合い、審判の合図を待っている間も、少年は鼻歌なんぞを歌いつつ、鉄パイプをバトンのようにクルクルと回していた。緊迫感の無いガキだ。
「よぉ、坊主。もうちょいマシな武器は無かったのか?」
キツツキがそう話しかけると、少年は鉄パイプを頭上に放り投げて器用にキャッチしてみせた。
「んー、武器はさ、別に何でもいいんだ」
「……はぁ?」
「頑丈なら、なんでもいーの」
どんな武器でも使いこなせるからではなく、どんな武器でも壊してしまうから何だって良いのだと少年は言う。
「オレが素手でぶん殴ると、みーんな壊れちゃうからさ。ハンデ、ハンデ」
「……その言い分だと、素手の方が強いって風に聞こえるぜ?」
「そーだよ?」
眼光鋭く睨みつけるキツツキに、少年はニィッと八重歯を剥き出しにして、好戦的な笑みを返した。
カチンときたキツツキは、ズンズンと少年に近づくと、少年の手の中でクルクルと踊っている鉄パイプをむんずと掴み、舞台の外に放り投げる。
審判がキツツキに警告を出すが、少年はそれを片手で制して、キツツキを見上げた。
「……本気でブッ壊していいの?」
「やれるもんなら、やってみな。クソガキ」
少年の目がギラギラと輝いた。それでいて、口元は嬉しくて堪らないと言わんばかりに緩んでいる。今にも涎を垂らさんばかりに!
「……は、ははっ! あはははははは!!」
少年は喉を退けぞらせて、ゲラゲラと笑う。嬉しそうに。楽しそうに。
あれは血と暴力に飢えた獣の目──自分と同類だ。
キツツキもまた、歯を剥き出しにして獰猛に笑う。
「随分と楽しそうだなぁ、クソガキ」
「うん! あー、もう我慢できない! なぁ、審判! 早く試合を始めてくれよ! 早く早く!」
少年はピョンピョンとその場を跳びはねながら、指の骨をパキポキと鳴らした。
「簡単に壊れないでくれよ、オッサン!」
「オレはまだ二十代だっ!!」
『それでは……キツツキVSウミネコ、始めっ!』
* * *
クソガキもといウミネコは、とんでもなく強かった。
小柄で細身の癖に、パワーが桁違いなのだ。特に腕力と握力に関しては、ハヤブサを超えるほどである。
二人の死闘は二時間にも及んだ。
最終的にウミネコの方が先に体力が尽きてひっくり返り、キツツキの勝利となった……が、終始一貫としてキツツキの方が押されていた試合だったし、怪我も圧倒的にキツツキの方が多かった。
キツツキは回復能力特化の先天性フリークスである。とにかく細胞の回復が早い。
だが、そんなキツツキですら、次の試合を諦めなくてはならないほどの怪我なのである。
医務室に担ぎ込まれたキツツキを見た医者は「なにこれ、知恵の輪?」と真顔で言った。
「おや、ミイラがいるねぇ」
「……白鶴のとっつぁん」
見舞いに来た白鶴は、全身を包帯でグルグル巻きにされたキツツキを見下ろして、顎を撫でる。
「今さっき、ハヤブサの奴が三回戦に勝ったぜ。次の対戦相手はお前さんなんだが……こりゃあ無理そうだねぃ」
「ちーーくーーしょーーーーーーーーー!!」
ミイラ男と化したキツツキが自由に動かせるのは口ぐらいのものなので、とりあえず叫んでおく。
白鶴は同情の目を向けながら、キツツキの私物をベッドの横に置いてくれた。
そこに、医務室の扉がパタンと音を立てて開く。
「おーい、オッサーン!」
ベッドに駆け寄ってきたのは、キツツキをこんな姿にした張本人だった。
キツツキは傷口が痛むのも構わず、怒鳴る。
「オッサン言うな!」
「キツツキって地味に言いづらくね?」
ウミネコも至るところに手当の痕があるが、それでもキツツキに比べれば遥かに軽傷だ。
身体能力が高いというより、とにかく勘が良いのだ。あるいは戦闘センスとでも言うべきか。
「……それで、何しに来たんだよ」
あれだけ大口叩いておいて、ボコボコにされた先輩を笑いに来たのか。
キツツキが苦い顔をしていると、ウミネコはポケットから携帯電話を取り出した。
「うん、メアド交換しようぜー」
「あぁ?」
「オッサンだって携帯ぐらい持ってんだろ?」
「そりゃ持ってるけど……」
キツツキがちらりとベッドの横に置かれた荷物を見ると、ウミネコは隠された餌を見つけた猫みたいににんまり笑った。
「見して貸して触らしてー」
「ガキか!……ってこら、勝手に取るんじゃねぇ!」
キツツキが止めるのも聞かず、ウミネコはキツツキの荷物を漁りだした。白鶴は楽しそうにニヤニヤ笑っているだけで、ウミネコを止める気配はない。
やがてウミネコはキツツキの携帯電話を引っ張り出すと、勝手に操作しだした。
「うっわ! うっわ! これ何年前の奴だよ! 機種古っ! アンテナ伸びるやつなんて久しぶりに見たぜ。ナツいなー。しかも赤外線機能なしとか、今時超レアじゃね?」
「だー! やかましい! あっ、こら、勝手に使うな!」
「ちゃんとパスロックはかけないと駄目だぜー。ほい、入力完了っと」
ウミネコは親指を素早く動かして、キツツキのアドレスを自分の携帯電話に登録する。
「つーか、オッサンのテル番、下四桁が1103じゃん。まじうけるー、超覚えやすい。あっ、オレのアドレス登録しといたから」
ウミネコはさっさと携帯電話をしまうと、用は済んだとばかりに背を向ける。
「そんじゃ。オッサン、また遊ぼうなー」
そう言って幼い狂戦士は手を振りながら、医務室を出て行った。
医務室の扉が閉まると、白鶴は顎を撫でながらうんうん頷く。
「お前さん、すっかりウミネコに懐かれたなぁ」
「……なぁ、白鶴よぉ。オレは時々、あいつが何を言ってるのか理解できないんだが。ありゃ、どこの方言だ」
「方言?」
白鶴が眉をひそめて首を捻る。
「ほら、ウミネコのやつ『ナツい』とか『まじうけるー』とか言ってたろ。あと、全体的に語尾伸ばすのも地域的なものか?」
日本に来てそれなりに経つキツツキは、だいぶ流暢に日本語を使えるようになったが、それでもたまに難しい言い回しがあると、理解できないことがある。
そんなキツツキには、ウミネコの言葉が方言のように聞こえたのだ。
白鶴は「あー……」と困ったような顔で視線を右に左に彷徨わせた。
「あれは、一部の若者の間で使われる特殊言語でな」
「世代毎に使う言語を変えているのか? もしかして、オレもあいつみたいな喋り方した方が自然か?」
いわゆる若者言葉、或いはヤンキー言葉というやつは海外にもある。だが、キツツキの出身地事情に明るくない白鶴は首を横に振って、キツツキの肩をポンと叩いた。
「……お前さんは、そのままでいておくれよ。オッサン、お前が『まじうけるー』とかいうの見たくないわ」
なるほど年齢制限のある言葉なんだな、とキツツキは大真面目にひとりごちた。