表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フリークス・パーティ  作者: 依空 まつり
第12章「ハーメルンの笛、高らかに」
93/164

【12ー2】洞窟探検はわんぱく小僧のロマン

 フリークス・パーティの決勝戦を三日後に控えた運営委員会は、いつもなら粛々と決勝の打ち合わせが行われるのだが、今回に限っては騒然としていた。

 その原因の一つが、燕とサンヴェリーナの失踪だ。フリークス・パーティで選手が逃げだすことは珍しくないが、優勝候補でもある燕の失踪が運営委員会に与えた衝撃は大きい。ついでに損失も。賭け金も観戦料もキャンセルとなり、既に数千万の損害が出ている。

「ヤマネは、燕様とサンヴェリーナ様の捜索に、人手を割くべきだと思うのです」

 ヤマネの発言にグリフォンも深々と頷いて同意した。

「……正直、オレもヤマネと同意件だぜ。あの燕が試合から逃げるなんて、考えられねぇ」

「そう思う根拠は?」

 ジャバウォックの問いに、グリフォンは眉間に皺を寄せて瞑目する。

「燕は強敵と戦うことに悦びを覚えるタイプだ。臆して逃げるとは思えん」

 グリフォンは燕が自分と同じタイプだと思っている。だからこそ断言できる。燕は戦場から逃げたりはしない。

 まして、対戦相手のクロウと燕は何回か試合でぶつかっているが、戦績は燕の方がやや上なのだ。逃げる理由がない。

 この燕の失踪について、運営委員会での意見は割れていた。ヤマネとグリフォンは捜索すべきと主張し、ジャバウォックは必要無いと断言。長いものに巻かれる白兎もジャバウォックと同じで捜索は不要派だ。唯一海亀だけは判断に悩んでいるらしく、黙ったまま何も言わない。

 停滞した会議室の空気を変えたのは、彼らの〈女王〉の鶴の一声だった。

『憶測はそこまでになさい。全員、ゲストを不安にさせないよう充分な配慮を。あとは決勝戦を無事に終わらせることに尽力なさい』

 機械で変換された声が淡々と指示を下す。

 やはり、女王にとって燕の失踪は優先順位が低いのだ。だが、グリフォンにはどうにも、燕の失踪が腑に落ちない。フリークス・パーティ開催前に送られてきた脅迫状と結びつけてしまうのは、考えすぎだろうか。

 グリフォンが腕組みをして考えこんでいると、〈女王〉が黒いベールに覆われた顔をグリフォンに向けた。

『グリフォン』

 何を言われるか察したグリフォンは、へいへいと呟き〈女王〉を見る。

「警備の強化だろ?」

『お前、今日から警備はしなくてよくってよ』

 グリフォンの思考が数秒停止した。

 警備を、しなくて、いい?

 〈女王〉の言葉の意味を理解すると同時に、彼は叫ぶ。

「……はあ!? オレは警備部門責任者だぞ!」

『燕が事件に巻き込まれたにしろ、失踪したにしろ、その痕跡を見つけることすらできなかったお前の責任は重いわ』

 事実上の降格処分である。これにはグリフォンのみならず、他の面々も驚いたように〈女王〉を見た。気の弱い白兎にいたっては、白目を剥いてあわあわしている。

 だが、〈女王〉は周囲の動揺などものともせず、淡々と言葉を続けた。

『しばらくは……そうね、お前には子どもの世話でも頼もうかしら』



 * * *



「ちくしょー、オレが何をしたっつーんだよぉ!」

「オジサン、元気出してー」

 頭をかきむしって喚くグリフォンの横で、アリスが背伸びをして腕を伸ばした。どうやらグリフォンの頭を撫でたかったらしいのだが、全く背が足りていない。アリスは仕方なくグリフォンの背中を撫でて慰める。

 警備の不手際で現場の仕事を外されたグリフォンが命じられたのは、子どもの世話──即ち、アリスの世話係であった。

 なんだって、あと三日で決勝戦が始まるというのに、子どもの遊びに付き合ってやらねばならないのか。しかも、娯楽施設のある本州ならともかく、こんな孤島で好奇心旺盛な子どもを満足させられるとは到底思えない。

(あー、もう、なんなんだよ、なんでオレが!)

 フリークス・パーティの運営委員会は二年前にクラーク・レヴェリッジが死んだ時から、妹のシャーロット・レヴェリッジ──彼らが〈女王〉と呼ぶ女性だ──が実権を握るようになった。

 当主の座に就任した〈女王〉が真っ先に行ったのは、役員の一新。特に、クラークのお膝元で甘い蜜を吸っていた連中は軒並み排斥された。

 当時キツツキという名前で騎士をしていた彼が、運営委員会で働かないかとジャバウォックから誘われたのは丁度その時だ。

 それからはトントン拍子で役員として働くことになり、今に至るのだが、まさかわずか二年でこの扱い……いずれ、自分も〈女王〉に首を斬られてしまうのだろうか。


「ふっっっざけんな!」


 叫び声はグリフォンの口ではなく、廊下の奥から聞こえた。どうやら、自分以外にも荒れている奴がいるらしい。

 なんだなんだ、と廊下の角を覗きこむと、そこでは笛吹とクロウが対峙していた。どうやら今の怒鳴り声はクロウのものだったらしい。クロウの横では、彼の姫のサンドリヨンが困り顔でオロオロしている。

 グリフォンはアリスに「ちょっと待ってろよ」と告げて、自分の背後に押しやると、笛吹に声をかけた。

「おいおい、一体なんの騒ぎだ?」

 笛吹はグリフォンの顔を見ると、女みたいに小綺麗な顔にそれはそれは美しい笑みを浮かべた。

「やぁ、元警備部門長」

「……殴るぞ、てめぇ」

「やめてよねぇ、オレは繊細なんだから。君達みたいな化け物に殴られたら一発で死んじゃうよ」

 相変わらずいけ好かない男である。

 こいつ相手に世間話は不要。さっさと用件を切り出すに限る。

「で、何を騒いでたんだ」

「それがさぁ、彼がちょっとごねてて」

 彼、と言って笛吹はクロウを顎でしゃくる。

 クロウは眉間に皺を寄せた険しい顔で、笛吹を鋭く睨んでいた。

 大方、笛吹がいらんことを言ってクロウの神経を逆撫でしたのだろうと思ったのだが、話を聞くとどうやら違うらしい。

「クロウがねぇ、グロリアス・スター・カンパニーに用があるから、一時的に島を離れたいって言うんだよ」

 グリフォンは太い首を捻った。

「……うん? そんなん別に問題ねぇだろ。決勝まで日数はあるし」

 選手が島を一時的に離れることは、特に禁止されていない。きちんと試合に間に合うように戻って来れば、それで良いのだ。

 だが、クロウが渋面のまま口を開く。

「問題はそこじゃねぇ。そいつ、サンドリヨンを島に置いていけとほざきやがった」

「グロリアス・スター・カンパニーに用があるのは君だけなんでしょ? いいじゃない、サンドリヨンは置いていっても」

 話の争点はそこか。とグリフォンは納得した。

 騎士も姫も島を離れることは禁止されていない……が、燕とサンヴェリーナが失踪した今、運営側としては易々と許可はできないだろう。もし、クロウがサンドリヨンを連れて逃げ出したりしたら、目も当てられない。

 クロウもその辺の事情は薄々察しているのだろう。鼻の頭に皺を寄せて、心の底から不愉快そうな顔で笛吹を威嚇している。

「……オレが逃げないように、サンドリヨンを人質にしようってか?」

「分かってるじゃない」

「オレがいない間に、サンドリヨンに何かあったらどうする」

 なるほどどうやら、クロウはサンドリヨンを一人置いていくのが心配で仕方がないらしい。燕とサンヴェリーナの失踪事件もあって、気が立っているのだろう。

 だが、二人同時の離島を許可したくない運営側の事情も分かる。

 ふと気になって、グリフォンは疑問を口にした。

「ちなみに、クロウはグロリアス・スター・カンパニーに何の用事があるんだ?」

「……薬が切れた」

 クロウのような後天性フリークスは、その殆どが定期的なメンテナンスや投薬を必要としている。それがないと、彼らはその命を維持できないのだ。

 だが、普通は担当の研究員が試合会場まで同行しているものである。花島カンパニーの花島教授のように。

 そのことをグリフォンが指摘すると、クロウは暗い目で卑屈に笑った。

「ああ、オレんところの月島も来てたぜ。この間まではな……あの女、ウミネコがオウルに負けたら速攻で帰りやがった。薬が欲しけりゃ自分で取りに来いってよ」

「自分のとこの選手が勝ち残ってんのに帰ったのか……」

 呆れ返るグリフォンに、クロウはフンと鼻を鳴らして小さく呟く。

「……それだけ、期待されてないってことだろ」

 クロウは前回のシングル戦でイーグルに初戦で負けている。

 グロリアス・スター・カンパニーは、いつクロウを切り捨ててもおかしくないのだということは、誰の目にも明白だ。

 気まずい空気にグリフォンが閉口していると、サンドリヨンが恐る恐る片手を持ち上げる。

「あの、私は別に留守番でも……」

 それをクロウが即座に「ダメだ」と却下する。

「燕かウミネコがいりゃ護衛を頼めたが、燕は行方不明。ウミネコも昨日から姿が見当たらねぇ……この状況下で、お前を一人にはしておけない」

 たしかにクロウの心配も尤もだ。

 その時、グリフォンは良い解決策を思いつき、ポンと手を叩いた。

「なぁそれなら……サンドリヨンの嬢ちゃん、オレらと一緒にいるか?」

 そう言ってグリフォンは「おーい、チビ」とアリスを手招きした。アリスはパタパタと駆け寄ってくると、サンドリヨンを見上げてニコリと笑う。面識のあるサンドリヨンが、驚いたように瞬きをした。

「女王様の命令で子守してんだ。嬢ちゃん、こいつと一緒に遊んでやってくれよ。こいつも嬢ちゃんを気に入ってるみてぇだし……嬢ちゃんがチビの世話をする。オレは護衛する。ギブアンドテイクだ。悪い話じゃないだろ」

 グリフォンの提案に、クロウが強張っていた顔を少しだけ緩めた。

 グリフォンはかつてキツツキと名乗りフリークス・パーティに参加していた元騎士だ。クロウと試合で当たったことはないが、グリフォンの実力はある程度分かっているはず。

「……確かにあんたが一緒なら安心だな。実力も信用できる。それでいいか? サンドリヨン」

「えぇ」

 サンドリヨンがコクリと頷くと、アリスがぱぁっと顔を輝かせた。

「オネーサンと遊べるの?」

「そうよ、よろしくね、アリス君」

「ヤッター!」

 ピョンピョンと飛び跳ねるアリスに、サンドリヨンがニコニコと微笑む。

 これにて一件落着。なんて有能なんだオレ……とグリフォンが自画自賛していると、クロウが低い声で「ちょっと待て」と待ったをかけた。

 その水色の目は真っ直ぐにアリスに向けられている。

「……アリスって言ったか? そいつか? そいつがアリスなのか? どこが小さいんだ、話に聞いていたより全然でかいじゃねぇか」

 そういえば、燕が失踪した直後の聞き取りで、サンドリヨンがアリスの名前を出した時、クロウは子どもみたいに不貞腐れていた。

 アリスは十歳前後の少年なのだが、クロウはもっと小さい子どもを想像していたらしい。

 ギチギチと歯を鳴らすクロウに、サンドリヨンがじとりとした目で釘を刺す。

「小さいじゃない。いじめたら怒るわよ」

 クロウは唇をへの字に曲げて、ぐぬぬと呻いている。なんとも大人気ない。

 だが、敵意を向けられているアリスの方はと言うと、何故か顔を輝かせてクロウを見上げていた。

「おにーさんがクロウ? キメラの?」

「それがどうした」

「えへへー、そっかぁ、えへへー」

 クロウが素っ気ない態度をとっても、アリスは御構いなしである。

 どうやら、アリスはあれこれ面倒を見てやったグリフォンより、会ったばかりのクロウの方に興味があるらしい。

 グリフォンがほんの少しだけ拗ねていると、笛吹が腕時計を見ながら「ねぇ」と声をかけた。

「ゆっくりしてていいの? そろそろ船が出る時間なんじゃない?」

「……ちっ。サンドリヨン、グリフォンの目の届くところにいろよ!」

 クロウは舌打ちをしながらコートの裾を翻し、早足で玄関へ歩き出した。その背中にサンドリヨンが「いってらっしゃい」と手を振る。

 やがてクロウの背中が見えなくなると、笛吹はクスクス笑いながら、独り言にしては大きい声で言った。

 美しい横顔に蔑みの笑みを浮かべて。

「ふふ、薬がないと生きられないなんて、化け物も大変だねぇ」

「笛吹、軽口は慎め」

「なんか言ったぁ? 元警備部門長」

 グリフォンが拳を握りしめて睨みつけると、笛吹はおどけるように両手を持ち上げる。

「冗談だよ。怖い怖い。それじゃ、オレは忙しいから失礼するよ。バイバイ」

 そう言って笛吹は逃げるようにその場を立ち去った。

 サンドリヨンの足にしがみついていたアリスが、ポツリと呟く。

「……ボク、あの人キライ」

「安心しろ、みんなそうだ」

 むしろ、あの性格の腐りきった男を好きな奴がいたら、見てみたいものである。

 そんなことをしみじみと考えていると、サンドリヨンが丁寧に頭を下げた。

「あの、グリフォンさん。お気遣いありがとうございます。助かりました」

「なに、お互い様だ。気にすんな」

 むしろ、アリスの扱いに困っていたのである。サンドリヨンがアリスと一緒に遊んでくれるのなら、グリフォンとしても有難い。

 アリスはもうすっかりご機嫌で、サンドリヨンの手を引いていた。

「オネーサン、遊ぼう! また、水切り教えて!」

「いいわよ……えっと、グリフォンさん、外に出ても良いですか?」

「あぁ、いいぜ。室内にいても気が滅入るだけだしな」

 城の外には危険な場所もそれなりにあるが、自分が同行するなら問題は無いだろう。

 グリフォンが許可すると、アリスは右手でサンドリヨン、左手でグリフォンの手を引いて「はやく、はやくー!」といかにも子どもらしい無邪気さで走り出した。



 * * *



 外に出た優花達はクリングベイル城の薔薇庭園を散策した後、城を囲う森に入り、以前アリスと遊んだ川辺で遊ぶことにした。

「オジサン、見てて! ひっさつ! みーずーきーりー!」

 アリスは変身ヒーローのようなポーズを取って「とうっ!」と勢いよく石を投げた。

 水面を跳ねるように飛んでいく石に、離れたところでタバコを吸っていたグリフォンは「へぇ」と感心したような声で呟く。

 その姿は、遊んでいる子どもを見守る日曜日のお父さんのようであった(優花の父は、見守るより一緒に混ざって馬鹿騒ぎするタイプだったが)

 グリフォンは一見、興味なさそうな素振りをしているが、それでもきちんと周囲に目を配っているのが分かる。

 あの疑り深いクロウが素直に信用していただけのことはあった。

 二回目の水切りを成功させたアリスは、グリフォンに駆け寄ってその顔を覗きこむ。

「おじさん、元気ないねー」

「あー、そうだな。ガキのお守りを押しつけられたせいでな」

 グリフォンは短くなった煙草を携帯灰皿にねじ込んで、新しい煙草を取り出した。けれど新しい煙草に火はつけず、指の中で転がしている。優花とアリスが近くにいるから、煙草を吸う手を止めたらしい。

(……いい人だわ)

 優花がしみじみ感動していると、アリスがあどけない顔でグリフォンを見上げる。

「オジサン、今、オシゴトないんでしょ? そしたら、いっぱい遊べるよ?」

「オレは! 好きで! 仕事してんだよ!」

 グリフォンの剣幕に、アリスはポカンとした顔で首を右に左に傾ける。

「オシゴト、好きなの?」

「仕事っつーか、フリークス・パーティが好きなんだよ、オレは。だから、引退した今も何らかの形で関わっていたいっつーか……」

 引退、の一言に今度は優花が目を丸くする。

「グリフォンさん、フリークス・パーティに出てたんですか?」

「あぁ、引退したのは一昨年だけどな」

 グリフォンのくたびれたスーツの下の体は、しっかりと引き締まっていた。現役を引退しても、まだ体を鍛えている証拠だ。

 クロウが優花を預けたのも、グリフォンが実力者であることを知っていたからなのだろう。

 しみじみと納得していると、アリスが子どもらしい無邪気さで訊ねた。

「オジサンは、なんで引退したの?」

 引退の理由、それは人によってはタブーになるような重い話題だ。だが、グリフォンは不快そうに顔をしかめたりはしなかった。

 ただ、遠い目をして「……なんでだろうなぁ」と呟く。まるで自問自答するかのように。

「若い頃はよ、とにかく暴れんのが好きだったんだ。戦って戦って、闘技場の上で死ねたら本望だ、ぐらいに思ってた……だけど、周りの奴らが引退していって、フリークス・パーティそのものが少しずつ変わっちまって……なんか、昔みたいな情熱が薄くなっちまったんだよ」

 グリフォンは火のついていない煙草に視線を落とし、噛みしめるように言う。

「それでも、ここがオレの居場所って気持ちは変わらねぇ。だから、運営委員としてここに残ったんだ」

 優花はふと、ウミネコが以前言っていた言葉を思い出した。

 『ここフリークス・パーティーに居場所を求める奴もいる』

 ……グリフォンも、そうだったのだろうか。

 フリークス・パーティに参加する騎士は、その殆どがクロウのように企業に強要されて出場する生物兵器の後天性フリークスだ。

 だが、中にはウミネコのように戦闘行為そのものを楽しむ者も、少数だが存在する。

 もしかしたら、昔は前者と後者の割合が違ったのかもしれない。

「グリフォンさんは、フリークス・パーティが好きなんですね」

 優花がぽつりと呟くと、グリフォンは口の端を持ち上げて笑った。思い出の場所を褒められた少年のように。

「あぁ、オレらみたいなはみだし者を受け入れてくれた、大事な居場所だ」

 そこでグリフォンは言葉を切り、視線を手元の煙草に落とす。

「……とは言え、最近のフリークスパーティは随分変わっちまったけどな。はみだし者を受け入れる場所が、今は、はみだし者を増やす場所になっちまった」

 呟く声は低く、重い。

 その言葉の真意を問い返して良いものか、優花がためらっていると、グリフォンはふんすと鼻から息を吐いて頭をかいた。

「あー、変な話して悪かったな。ショボくれた中年の愚痴だ。忘れてくれ」

 この話はこれでおしまいだ! と締めくくったグリフォンはそこでハッと顔を上げて周囲を見回した。「……おい、あのチビどこ行った!?」

「──え? あっ、アリス君っ!」

 いつのまにかアリスの姿が見えない。

 優花とグリフォンは青ざめながら周囲を見回す。

「おーい! オネーサン、オジサン!」

 声の方に目を向ければ、森の奥からこちらに駆け寄ってくるアリスの姿が木々の合間に見えた。

 優花は腰に手を当て、眉を釣り上げてアリスを見下ろす。

「アリス君、勝手に遠くに行っちゃ駄目でしょ……めっ!」

 優花が人差し指でアリスの眉間を突くと、アリスは叱られた子犬のようにしゅんとうなだれた。

「……ごめんなさぁい」

「ほら、グリフォンさんにも、ごめんなさい」

 アリスは素直にグリフォンにも頭を下げる。

「オジサン、ごめんなさい」

 グリフォンは何故か、アリスではなく優花を見ていた。それも、なんだか驚いたような、それでいてなにかを懐かしんでいるような不思議な顔で。まるで、古い知り合いと偶然再会したみたいに。

「……あの、グリフォンさん?」

 優花が恐る恐る声をかけると、グリフォンはハッとした顔で首を横に振る。

「あぁ、すまねぇ。ちょいとボーッとしてた……おい、ちびすけ。勝手にどこに行ってやがった?」

 グリフォンがアリスを睨むと、アリスは両手をバタバタと振り回し、興奮した様子で口を開いた。

「あのね! あのね! すごいの見つけたんだ! あそこならボクの猫がいるかもしれない! ねぇ、一緒に来て、来て!」

「あぁ? 猫ぉ?」

 怪訝な顔をするグリフォンの腕を、アリスが掴んで走り出す。優花も慌ててその後を追った。

 アリスは森の奥へ奥へと入って行き、茂みの下の隙間を潜り抜けてスイスイと先へ進んでいく。成人している優花はもとより、更に体の大きいグリフォンは苦労しながらアリスの後を追って、茂みを抜けた。

 先に茂みを抜けたアリスは「こっち、こっち!」と岩壁のそばで手招きをしている。アリスの足元にはチョロチョロと細い湧き水が流れていた。湧き水を辿っていけば、岩壁には大きな亀裂がある。

「これってもしかして……洞窟?」

 亀裂の奥には広い空間が広がっているようだった。耳をすませば水が流れる音と風の音が聞こえる。

 アリスが背中に背負ったリュックサックから、懐中電灯を取り出した。

「中! 探検しよう!」

 いかにも男の子らしい提案に、グリフォンが眉をひそめる。

「いやいや、嬢ちゃんは嫌だろ、こういうじめじめした所」

「いいえ、大丈夫ですよ」

 物分かりの良い大人の顔で返した優花だったが、内心「洞窟探検」という心踊る響きに胸をときめかせていた。

 子ども心をうずうずさせている優花の横では、アリスが「行ーこーう! 行こう行こう行ーこーうー!」とグリフォンの服の裾を引っ張っている。

 優花はそんなアリスを困ったわねぇという目で眺めつつ、内心「いいぞもっとやれ」と拳を握りしめていた。

 最終的にグリフォンが根負けして、アリスを引き剥がしながら言う。

「ったく、あんまり奥まではいかねーからな。少し中を見るだけだぞ」

 アリスは元気良く片手を上げて「はーい!」と返事をした。そんなアリスの手から、グリフォンが懐中電灯をヒョイと抜き取る。

「明かりはオレが持つ。先頭はオレ、次がチビ、しんがりが嬢ちゃんだ。いいな?」

 優花とアリスが頷くと、グリフォンは亀裂の奥を懐中電灯で照らして亀裂の中に入っていく。

 アリスと優花もワクワクを隠せない子どもの顔で、その後に続いた。



 * * *



 ヤマネはティーポットを持ち上げてカップに紅茶を注ぐと、少し困ったような顔で〈女王〉を見た。

「……良かったのですか、お嬢様……グリフォン様を警備から外して」

『現場の警備よりも優先すべきは、アリスの護衛よ』

 今回のフリークス・パーティでは謎の脅迫状が届いた挙句、先代当主クラーク・レヴェリッジの息子、エディ・レヴェリッジが誘拐された。

 更には、エディの護衛だった男が「死んだのに動いていた」という不可思議な報告まである。

 事態は非常に複雑で、厄介だ。下手に動いては、自らの首を絞めかねない。

『今、あたくし達がすべきは二つ。アリスを守りつつ、今回のフリークス・パーティを無事に終わらせること』

 アリスの身柄を最優先するなら、アリスを軟禁してしまうのが手っ取り早い。だが〈女王〉には、それができない事情があった。だからこそ、運営委員会で最も腕の立つグリフォンにアリスの護衛を命じたのである。

『……あたくし達には、あまりに駒が足りないわ』

「でしたら、やはりグリフォン様にも事情をお話して、協力してもらった方が……」

 エディ・レヴェリッジ誘拐事件のことを知っているのは、〈女王〉とヤマネ、ジャバウォック、そして白兎のみ。

 そして〈女王〉は頑なに、グリフォンには事情を教えようとしない。

 それは、彼女がグリフォンを信用していないからではなかった。そもそも、グリフォンを信用していなかったら、彼にアリスの護衛なんてさせたりしない。

 〈女王〉がグリフォンに事情を説明しなかった理由はただ一つ。

『グリフォンはフリークス・パーティに夢を見ているわ。わざわざ、裏の事情を教えて、夢を壊すこともないでしょう』

 〈女王〉は知っている。グリフォンがフリークス・パーティを心から愛していることを。

 だからこそ、彼女はグリフォンに教えたくなかった。


 ──フリークス・パーティの真実を


 若者の夢を壊したくないだなんて、まるっきり年寄りの感慨だ。

 女王はふぅと息を吐き、黒いベールの裾を揺らして呟く。

『あたくしも、随分と甘くなったこと』

 ヤマネはあどけない顔に、透明な笑みを浮かべて、そっとお茶菓子を〈女王〉の前に置く。

「お嬢様は変わってなんかいませんよ。今も昔も、ヤマネの知っているお嬢様のままなのです」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ