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フリークス・パーティ  作者: 依空 まつり
第12章「ハーメルンの笛、高らかに」
92/164

【12ー1】彼女の騎士

 イーグルVSオウルの準決勝の舞台はクリングベイル城中庭だ。

 今までの薔薇迷宮とは違う開けた空間で、周囲を薔薇の蔦と有刺鉄線で囲われてはいるが、ギミックはない。


『さぁ、やってまいりました準決勝! この試合で決勝戦の組み合わせが決まります! まずは準々決勝でウミネコ選手をくだしたフリークスコンビ! オウル&ドロシー! 対するはキメラ殲滅を公言してはばからないこの男、イーグル&オデット! どちらも、パートナーバトルは今回が初出場同士! さぁ、一体どんな死闘を見せてくれるのか!』


 優花は強張った顔でテレビを見据える。

 テレビ画面の中でイーグルの横に佇む美花は、優花よりもよっぽどリラックスした顔をしていた。その顔はイーグルの勝ちを信じて疑っていない。

 美花は昔から要領が良かった。無謀なようでいて、本当に危ないところには近づかない。だから、美花が家を飛び出した時も、優花は腹を立てこそしたが心配はしていなかったのだ。

(……あの子は何を考えているんだろう)

 昔から、草太や若葉の考えていることはなんとなく分かるのに、美花が考えていることだけは分からない。

 ふと思い出すのは、家を飛び出した時の美花の言葉。


『もう! 優花姉がそんなんだから、美花は家を飛び出したの!』


(……もしかして、私のせい? 私が口煩かったから、それで……)

 悶々と考え込んでいると、優花の隣に座ったクロウがポツリと言った。

「どうやら決着が着きそうだな」

「え、あ……うん」

 優花がボーッとしている間に試合はどんどん進んでいた。試合はイーグルが優勢。オウルとドロシーはじわじわと追い詰められている。

 今回の会場は障害物が無い開けた場所だ。それ故、鋼糸が武器のオウルには圧倒的に不利だった。なによりも、オウルとドロシーはウミネコ戦のダメージが残っている。

 一方、イーグルは前回の試合で無傷だ。今も余裕たっぷりの態度で、ドロシーの攻撃をステッキでいなしている。



 * * *



 ドロシーは焦りを押し殺して、オウルの糸の動きに全神経を集中した。

 イーグルは圧倒的に強い。オウルと連携しなければ、絶対に勝てない。

 腕力に特化したウミネコと違い、イーグルの強さはオールラウンダーの強さだった。とにかくバランスが良く、そしてムラっ気や弱点が無い。

 先天性フリークスは「スイッチ」が入ると凶暴化し、身体能力が飛躍的に向上すると言われている。前の試合のウミネコがそうだった。

 だが、イーグルはまだ「スイッチ」が入っていないにも関わらず、余裕綽々の態度でオウルとドロシーの攻撃をさばいている。

 オウルとドロシーは、ドロシーが前衛に出て肉弾戦をしかけ、オウルがそれを後衛から糸で支援する戦い方をしている。だが、イーグルは前衛のドロシーを逆に盾にすることで、オウルが攻撃しづらいように立ち位置を調整していた。

 なんてやつ、とドロシーが歯噛みすると、イーグルが薄い笑みを浮かべて口を開く。

「今までの君達の試合に比べれば、素晴らしいコンビネーションだ。だけど……」

 イーグルはドロシーの蹴りを受け流して、そのままその鳩尾に拳を叩き込んだ。ドロシーは血を吐きながら、地面を転がる。

「付け焼き刃じゃ、僕は倒せない」

「……っ、ぐぅっ……っ! カハッ、ァ……」

 ドロシーが咳き込みながら血を吐けば、オウルの意識が一瞬それる。その隙にイーグルは距離を詰めて、オウルに回し蹴りを叩き込んだ。

 長身のオウルが軽々と吹き飛び、クリングベイル城の壁に叩きつけられる。


『これはすごい! イーグル選手、たった一人でオウル選手とドロシー選手の攻撃をさばき、更に反撃ー! これは、オウル&ドロシー絶体絶命かー!』


 ドロシーは、あーもう!と地団駄を踏みたい気持ちだった。

 だいたい前提からして不利なのだ。ドロシー達はウミネコ戦のダメージが残っていて満身創痍なのに、イーグルは無傷。

 燕の失踪で日程が繰り上がったりしなければ、きっちり傷の治療も出来たし、オウルと連携の訓練ももっとしっかりできたのに!

 歯噛みをしつつドロシーが立ち上がると、イーグルはくるりとステッキを回して、目を細めた。

「無力さを噛み締める時間は充分に与えた。そろそろ終わりにしようか」

「ふっざけんな!!」

 ドロシーは叫びながら、拳を握る。

 自分はまだ、無力さを噛み締めてなんかいない。まだまだ戦える!

「アタシは無力なんかじゃない! ゼルマン社が誇る、最強のキメラなんだから!」

 最強のキメラ。その一言にイーグルは眉を下げ、心の底から憐れむような顔をした。それが、ますますドロシーの神経を逆撫でする。

「作り物が何を叫んだところで……哀れなだけだ」

「殺す! あんたは絶対に殺す!」

「……君には無理だ」

 ドロシーが態勢を立て直した時には、すでにイーグルは距離を詰めて、ステッキを振り下ろしていた。

 見開かれたドロシーの目に、そのステッキはやけに大きく見える。

 恐ろしいほどの速さと殺意を持って振り下ろされたその一撃は、きっとドロシーの頭など粉々にしてしまうだろう。

(──間に合わな……)

 その時、頭ではなく体に衝撃がきた。

 オウルが横からドロシーを突き飛ばしたのだ。ドロシーに向かって伸ばされたオウルの腕に、イーグルの杖が振り下ろされる。太い枝をへし折ったような乾いた音が響いて、オウルの腕がだらりと垂れた。

「……ぅ……ぐっ」

 オウルの頰には脂汗が浮かんでいた。左腕はぷらぷらと垂れていて、もう動かないのは明白だ。それでも、オウルは右腕一本でイーグルに反撃した。

 数本の糸がイーグルに絡みつく……が、それより早くイーグルはステッキを一振りして、オウルの糸を全てステッキで巻き取った。そうして、糸を絡め取ったステッキを、オウルの右肩めがけて力いっぱい振り下ろす。

 左腕と右肩を壊されたオウルは、両の腕を垂らして膝をついた。

 攻撃手段を失ったオウルを見下ろし、イーグルがことりと首を傾ける。

「君は後天性? 先天性? よく分からないな。キメラではなさそうだけど」

 イーグルは片足を持ち上げると、ピカピカに磨いた革靴の先端でオウルの喉を突いた。オウルは血を吐きながら、ゴロゴロと地面を転がる。

 イーグルは血に汚れたつま先で、トントンと地面を蹴りながら言った。

「しばらくは、まともに呼吸できないだろう。当然、声も出ないから、ギブアップもできない」

 オウルはひゅぅっと息を吐き、そして咳き込んだ。

 フリークス・パーティで勝敗を決める方法は三つ。

 騎士の戦意喪失、騎士の死亡、そして……

「パートナーバトルはどちらかが死ねばおしまい。二人同時に殺すのは難しい。それならば……処分すべきは、やはり……」

 血に汚れたイーグルのつま先は、オウルではなくドロシーへと向けられた。

 イーグルの異名は「キメラ殺し」

 その無慈悲な鉄槌から逃れられたキメラは、クロウを除いて一人もいない。

 まるで研ぎ澄まされた刃のような殺気に、ドロシーは体を真っ二つにされたような感覚を覚えた。全身の血が足元に落ちていく。

 逃げなくては、と思った時には、もうドロシーは後頭部を地面に叩きつけられていた。何をされたか分からないまま仰向けに倒れるドロシーの喉を、硬い何かが圧迫する──イーグルのステッキだ。

 改めて思い知らされる。先天性フリークスが自分達後天性フリークスとは違う生き物なのだと。

 これが……生まれつき桁違いに強い、純粋な化け物なのだと。

「改造手術は辛かった? 痛かった? 苦しかった?」

「な……にを……」

 ドロシーを見下ろすイーグルの顔は、逆光になってよく見えない。ただ、その目だけが鷹のように鋭く輝いている。

「戦うためだけに改造されて、それでも君達キメラは先天性フリークスには遠く及ばない……ただの無様なツギハギ人形に生きる価値なんて無いだろう?」

 反論の声は喉を圧迫するステッキに押し潰される。

 「純正の化け物」は圧倒的な力で「作り物」を蹂躙し、そして告げる。


「……さようなら」


 イーグルのステッキがドロシーの喉を貫こうとしたその時、イーグルの腕にオウルが体当たりをした。本当にただ全力でぶつかっただけの体当たりだ。オウルは勢い余って無様に地面に倒れこむ。

 起き上がろうにも、オウルはもう両腕を使えない。それでも腹の力だけで上体を持ち上げ、彼は立ち上がる。

 その目に戦意は消えていない。

「オウル! もういいわっ! あんた、その怪我で動いたら……」

 ドロシーの叫びを無視して、オウルはイーグルと対峙する。

 イーグルはオウルとドロシーを交互に見ていたが、やがてステッキを手の中でくるりと回して、その先端をオウルへと向けた。

「そう、そんなに死にたいのなら……お望み通り、壊してあげよう」

 イーグルはさっきまでの素早さが嘘のように、ゆっくりとした足取りでオウルへ近づく。

 オウルはヒュゥヒュゥと掠れた呼吸を繰り返しながら、イーグルを睨み、蹴りを繰り出した。イーグルはそれを容易くかわして、オウルに足払いをする。

 両腕を封じられたオウルは、両手で体を支えることもできぬまま、顔面から地面に倒れこんだ。その後頭部にイーグルが革靴を乗せて、少しずつ圧をかけていく。

「もう、やめて! やめなさいよ!」

 ドロシーが地面に爪を立ててもがきながら、悲鳴をあげると、イーグルの足の動きが止まった──否、オウルがイーグルに反発するように顔を持ち上げているのだ。血を吐いて、泥を噛み締めながら、それでも戦意を失わずに。

「……い」

 血と泥で汚れた唇が掠れた声で何かを呻いた。

 イーグルが泥まみれのオウルを見下して笑う。

「うん、何か言ったかい?」


「……ドロシー、は……無様、なんか、じゃ、ない」


 ドロシーが目を見開き、オウルに手を伸ばす──しかし、その指はオウルに届かない。

 イーグルは無情に踵を持ち上げて、勢いよくオウルの後頭部に叩きつけた。柔らかな芝にオウルの頭がめり込み、そしてそのまま動かなくなる。

 審判の海亀が声を張り上げた。


『オウル選手ダウン! 勝者イーグル!』


 自分の敗北を告げる宣告を聞きながら、それでもドロシーは這いつくばって前に進んだ。

 全身が千切れそうに痛い。骨が何本か折れているし、下手をしたら内臓だって損傷しているかもしれない。それでもドロシーは地を這い、オウルに手を伸ばす。

 イーグルはきっと、そんなドロシーを虫けらでも見るような目で見ているのだろう。それでも構うものか。

「……オウル…………オウ……ル」

 懸命に伸ばされたドロシーの手がオウルの指に触れると、オウルの指が微かに動いた……生きている。

(……良かっ、た)

 そう安堵の息を吐くと同時に、ドロシーの意識は闇に沈んでいく。

 命拾いしたね、と呟くイーグルの声が、随分遠くに聞こえた。



 * * *



 コポ、コポ、と水の中で泡が弾ける音がする。

 それは、オウルにとって最も馴染み深い音だ。



 まだ彼が水槽の中にいた頃、彼女は頻繁に彼がいる部屋を訪れた。彼女は一人になれる、静かで清潔で暖かな場所を求めていた。

 この部屋は清潔で、空調も一定に保たれており、僅かな機械音がするだけで非常に静かだ。

 決して、彼に会いに来たわけではないことは分かっていたが、それでも彼は彼女を待っていた。

 彼女はその日の出来事を水槽の中の彼に話しかける。それは彼女にしてみれば、水槽の魚に話しかけるのと同じ行為なのだろう。

 それでも、彼は彼女から話しかけられるのを待っていた。

 ずっと、ずっと、待っていた。



 ある日、この部屋を訪れた彼女は酷くやつれていた。明らかに顔色が悪く、足もふらついている。

 彼女は水槽にもたれかかると、そのまま座り込んだ。

「今ね、耐久訓練なの。ご飯を食べないで、どれだけ身体能力を維持できるかって……あっ、別にフリークス・パーティで初戦負けしたから、その罰ってわけじゃないんだから……ないわよね?」

 自問自答するように呟く声は、酷く弱々しかった。

 いつだって彼女は自分を鼓舞し、自信に満ちた姿を取り繕っていた。しかし彼女の猫耳は、心境を反映するかのようにぺたりと垂れている。

「教授はアタシに期待してるって言ってたもの。大丈夫、まだ捨てられたわけじゃない……大丈夫……大丈夫……」

 段々と声に力が無くなっていく。

 彼女は水槽にもたれるようにして、その場に座り込んだ。

「……寒いなぁ、でも、寒いなんて言っちゃ駄目よね。アタシは強いキメラだもん……こんなの、全然へっちゃらよ」

 自分に言い聞かせるように言っていた彼女は、おもむろに頬を水槽にペタリと当てる。

「……あったかい」

 ポツリと呟き、彼女は水槽にもたれたまま静かに寝息をたてた。

 温かいのは彼ではなく、機械熱だ。

 それでも、彼女を少しでも温められたらいい。そう思った。



 翌日、水槽の部屋を訪れた彼女は怪我をしていた。

 不自然にだらりと垂れた左腕は脱臼しているのが明白だったし、足に巻かれたタオルからは血が滲んでいる。

「う、うう、うー」

 彼女は呻きながら、それでも歯をくいしばり、水槽まで歩み寄る。

 そして、ズルズルと崩れ落ちるように座り込んだ。

「はっ、ぁぅ……い、だい……痛い…よぅ…」

 彼女は自身の左腕を右手で掴み、何回か失敗しながらも、なんとか脱臼していた肩を元に戻した。

「うっ、うぅ、うぅぅ……ふっ、ひぐっ……いたい……いたい……」

 足に巻かれた血まみれのタオルを外す。タオルは血が固まりかけていて、外すと言うよりは剥がすと言った方が正しい。

 彼女は苦戦しながらタオルを剥がし終えると、針と糸を取りだして傷口の縫合を始めた。消毒も麻酔も無しに。

 ブヅリ、ブヅリ、と針が皮膚に刺さる度に小さな悲鳴が上がる。

「ぁ、ぅ……ぐぅっ、ヒィッ……ぅぅ……」

 歯をくいしばり、大粒の涙を流しながら、彼女は自分の傷口を縫合する。

「大丈夫……アタシは強い……大丈夫大丈夫大丈夫……」

 水槽の魚同然の彼には、声をかけることも手を差し伸べることもできない。




(……私は何もできなかった。あの頃も、そして今も……)




「これはまた随分と酷くやられたな。まぁ、ウミネコ戦のダメージが残っていたし、仕方がない。それに今回の鋼糸は試験的な武器だった。あんな使い勝手の悪い武器で、ベスト四まで食い込んだんだ。悪くない結果だな、うむ」

 ゆっくりと瞼を持ち上げると、霞む視界に老いた教授の顔が見えた。その背後には大きな水槽。かつて、彼が眠っていた水槽の中では、彼と同じ兵器達が静かに目覚めの時を待っている。

「……おや、起きたのか? E93−M」

 教授がオウルの前で軽く手を振った。その指の動きを目で追いながら、オウルは血の味のする口をゆっくりと動かして言葉を紡ぐ。

「……ドロシー、は」

「あぁ、お前が気にすることじゃない」

 あっさりとそう言い切る教授は、オウルを気遣って「気にするな」と言ったわけではない。

 心の底から、どうでも良いことだと思っているから、彼はそう言えるのだ。

 オウルは硬い声で繰り返す。

「ドロシーは、どこだ」

「新しいパートナーは既に手配している。お前は治療に専念なさい」

 一瞬、オウルの目の前が真っ白になる。

 ……その時、彼は初めて知った。

 怒りが度を過ぎると、視界が白くなるのだということを。

 考えるよりも体が先に動く。両腕はギプスで固定されていて動かない。それでも、オウルは無理やり上半身を起こし、ベッドを降りる。

 立ち上がろうとすると、あばらが酷く痛んだ。上手く呼吸ができない。オウルは細い呼吸を繰り返しながら、一歩ずつ前へ進む。

「どこに行く! 治療しないと命に関わるぞ!」

「……それは、ドロシーもだ」

 ドロシーも酷い怪我だった。イーグルの拳を腹に受けているのだ。内臓にダメージを受けている可能性もある。治療が必要無いわけがない。

 だが、教授はオウルの前に立ちふさがると、我が子を諭すように言う。

「アレはもう治療する価値もない。いいか、アレとお前は違う。お前は特別製なんだ」

 特別製? 自分が?

 オウルは首を捻り、教授の背後の大きな水槽を見る。そこに眠るのは彼と同じ存在──量産型の兵器達だ。

「……私は、幾らでも作れる水槽の中のクローンの一つにすぎない」

 だが、ドロシーは──オウルに怒って、見えないところで泣いて、たまに不敵に笑うドロシーは、世界にたった一人しかいないのだ。

「治療するのに価値を問うなら、私よりもドロシーに価値があると考える」

 そう言い捨てて、オウルは歩き出す。

 教授がオウルの服を掴んで動きを止めようとしたが、オウルは無表情に教授の足を払った。無様に尻餅をついた教授は、オウルに手を伸ばして絶叫する。

「待て! 待つんだ!」

 オウルは今まで一度も教授の言葉に逆らったことがない。だからこそ、教授は焦り──そして怯えていた。己が生み出した兵器の反乱に。

「止まれ、E93−M!」

「その名で呼ぶな」

 オウルは教授を見下ろし、はっきりと噛みしめるように告げる。


「私は、オウル。ドロシーの騎士だ」



 * * *



 ドロシーは浅い呼吸を繰り返しながら、己の置かれた状況を把握しようとした。だが、呼吸をするたびにあばらが軋み、手足を少し動かせば筋肉に激痛が走る。視界は白く霞んでいて、人らしきシルエットを僅かにとらえるのみだ。

(アタシ……負けたんだ……オウルはどうなったんだろ……オウル、アタシより酷い怪我してた……治療してもらえるといいな)

 教授は酷い負け方をすると、治療をしないで放置することがある。ドロシーは過去に何度か、そういう目にあった。

 そういう時は、傷口を麻酔無しで自分で縫合したり、折れた手足を適当なホウキの柄で固定したり……何度も惨めな思いをしたものだ。

 最初の頃、ドロシーはオウルもそういう目に遭えばいいと、意地悪く思ったりもしていた。だが、今は違う。

(教授はオウルを治療してくれるかな? ……してくれるといいな。うん、きっとしてもらえる。オウルは最新作だし)

 自分はどうだろう? このまま打ち棄てられ、廃棄されてしまうのだろうか?

 そんなことをぼんやり考えていると、視界に映る人影が少し大きくなった。誰かがドロシーをのぞきこんでいる。

(……誰?)

 視界の端で綺麗な金色の髪がゆらりと揺れる。着ている服は白衣だろうか。

「あら、起きたのぉ?」

 真上から聞こえたのは、女の声だった。妙にくねくねとして色気のある喋り方は、どこかで聞いたような気がする。

「……アタシ……廃棄、されたの……?」

 ドロシーが途切れ途切れに問うと、女は金色の髪を揺らして笑った。

「まっさかぁ。それなら、わざわざ他の奴らの目を盗んで、あなたを回収したりなんかしないわよ」

「……え?」

 他の奴らの目を盗んでドロシーを回収した?

 その言葉の意味することが飲み込めず、困惑していると、女は血と泥で汚れたドロシーの頰を軽く撫でて囁く。

「大丈夫よ、ちゃーんと治療はしてあげる。あなたには役に立ってもらうわ。ダーリンのために……ね」

 あぁそうだ、とドロシーは唐突に思い出す。

 この独特な喋り方の、この女は……確か、医務室の……

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