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【幕間26】ツギハギ姫②

 キツツキがゲルダから妊娠の話を聞いた数ヶ月後、フリークス・パーティ、シングルバトルの応援に来ていたゲルダの腹はすっかり大きくなっていた。

 今まで妊婦を身近で見る機会の無かったキツツキは、ゲルダに「触っていいのよ」と言われ、おっかなびっくりゲルダの腹に手を当てる。

 殴りダコだらけのゴツゴツとした手をゆっくり上下させると、温かな肌の下で何かがもぞりと動いた。キツツキは思わず両手をあげて、飛びすさる。

「うぉぉぉっ!? 動いた!? 今なんかボコッてしたぞ!? おい、ゲルダ! もしかして、もう産まれるのかっ!?」

 こんなに大きくボコボコ動いているのだ、きっともう間もなく産まれてしまうに違いない!

 そう考え、動転しているキツツキに、ゲルダのみならずハヤブサと白鶴までもが腹を抱えてゲラゲラ笑いだした。

「そりゃ、動くわよ。もう八ヶ月だもの」

「こ、こんなに腹がデカくなるモンなのかよ?」

「うーん、平均より大きいかもしれないわね。実は双子なの」

 双子! この腹の中には二つの命が宿っているのだ。そう思うと、赤ん坊二人を腹に抱えて動き回っているゲルダが、キツツキにはとてつもなく偉大に見えてきた。

 ゲルダの腹をまじまじと凝視するキツツキに、白鶴がくつくつと笑いながらゲルダに訊ねる。

「男の子か女の子かは、もう分かってるのかぃ?」

「二人とも女の子よ」

 そう答えるゲルダの横で、ハヤブサが力強く頷きながら言った。

「きっと、ワシに似た凛々しい子どもが産まれるに違いないのぅ」

「いやそれは不憫だろ」

 キツツキは思わず半眼になった。

 ハヤブサに似てしまったら、鋭い目つきと凛々しい眉毛の女の子になってしまうではないか。そんなの娘達が不憫すぎる。

 おっとり美人の母親に似るんだぞ、とキツツキがゲルダの腹に念を送っていると、ゲルダがポンと手を叩いた。

「そうだ、ねぇ白鶴君、キツツキ君。良かったら、お腹の子の名前、一緒に考えてくれない?」

「オレらなんかが口出ししていいのかぃ?」

 白鶴がガリガリと頰をかきながら言えば、ゲルダはじとりとした目でハヤブサを睨むながら言う。

「ハヤブサ君ったら、やたらと“豪”だの“剛”みたいな漢字を使いたがるのよ。女の子の名前だっていうのに」

「強そうな名前が一番じゃー!」

 ハヤブサの主張をゲルダは黙殺した。確かに必殺技の名前が「夏祭りスペシャル」な男に、ネーミングセンスは期待できない。

 だが、白鶴はともかくキツツキは日本人ではないので、そもそも日本人の名付け事情に詳しくなかった。

「なにか良いアイデア無いかな、キツツキ君?」

 ゲルダに話を振られたキツツキは、なんとか気の利いたことを言わねばと、自分が知っている日本人の名前をあげようとした……が、そもそも彼は日本人の知り合いがほとんどいない。

 それでも頭を捻りに捻り、彼は自分が日本語の勉強をした時にテキストで一番よく見た女性の名前を口にした。

 それ即ち……

「……あー……花子? とか」

「おぉ! 花子か! 分かりやすくていいのぅ!」

 キツツキの提案にハヤブサは目を輝かせたが、白鶴の反応は微妙だった。

「いや、お前さん……そこはもうちょい捻ってやろうや」

 白鶴が苦笑しているということは、きっとあまりポピュラーではない名前だったのだろう。こういう時、キツツキはハヤブサより白鶴の反応を信じることにしている。

 だが、意外にもこれにくいついたのはゲルダだった。

「花っていう字は良いわね。女の子らしくて可愛いし……うん、花って字を使って考えてみるわ。ありがとう、キツツキ君!」

 そう言ってゲルダが花が咲くようにニコリと笑ったので、キツツキはしどろもどろに「お、おう」と頷いた。



 * * *



 ゲルダの膨らんだ腹を撫でて、産まれてくる子どもの話をした日の翌日、事件が起こった。身重のゲルダが誘拐されかかったのだ。

 犯人は、かつてゲルダの体を改造して廃棄した会社だった。

 後天性フリークスの妊娠自体が希少な例だが、ましてその父親が最強の先天性フリークス、ハヤブサともなれば、研究者達にとって、喉から手が出るほど理想の研究素材だ。

 それを知ったハヤブサは当然に怒り狂い、その企業を徹底的に潰した。言葉にすると「潰した」の一言だが、その時の騒動は、映画の一本でも作れそうな派手なドンパチだったらしい。

 かくして企業を一つ潰してゲルダの身を守ったハヤブサは、自分の子どもの存在を徹底的に隠した。

 ハヤブサはフリークス・パーティに継続して出ていたし、たまに観戦席にゲルダが来ることはあったが、キツツキ達がゲルダの娘の顔を見ることはなかった。

 そうして三年が経ったある日、キツツキは白鶴に訊ねた。

「なぁ、白鶴のとっつぁんはゲルダに出産祝いって贈ったか?」

「あぁ、お揃いのよだれかけを贈ったねぃ。なんだい、キツツキ、お前さん贈ってなかったのか」

 キツツキは「うぐっ」と呻いて視線を泳がせる。

 実を言うと出産祝いという習慣自体知らなかったのだ。

 数日前に、デパートの店頭で出産祝いの特集をしているのを見かけ、そういや何も送ってないぞ、とようやく気がついたのである。

 正直にそのことを話すと、白鶴はタバコを燻らせながら言った。

「まぁ、出産祝いつっても、もうゲルダの子どもも二歳か三歳になるだろ。出産祝いにゃ、遅すぎるねぃ」

 ゲルダが出産してから、もうそんなに経っていたのか! 今更ながらキツツキは時間の流れの早さに驚愕した。

 そんなキツツキに白鶴が「あぁ、それなら」と提案する。

「もうすぐゲルダの娘達の誕生日じゃなかったか。誕生日祝いに何か贈ってやったらどうだい?」

「そ、そうか! そうだな! ……でもよ、そんぐらいの女の子って何が喜ぶんだ?」

 そうさねぇ、と白鶴は顎に手を当てて思案する。

「服なんかは、サイズが難しいし。無難に玩具とかがいいんじゃないかい」

「玩具か……」

 キツツキは自分が幼い頃に玩具にしていたものは何だったかを思い出す。

 貧しい家に生まれた彼は、玩具らしい玩具なんて持っていなかった。彼にとって「遊び」とは「喧嘩」とほぼイコールだったのである。

 はてさて、自分の周りにいた他の子ども達は何を玩具にしていただろうか。

(ちょいと裕福なやつはナイフで、金持ちの子は拳銃だったかな)

 そんなことを大真面目に考えているキツツキに、白鶴が提案した。

「女の子なら、ぬいぐるみとかが定番だねぃ」

「なるほど、サンドバッグだな」

 白鶴は数秒黙りこみ、梅干しを食べたような顔で言った。

「……握って遊ぶ玩具とか」

「鉄アレイか。握力は大事だよな」

 白鶴は更に数秒黙りこみ、酢を飲んだような顔で続けた。

「…………紐で引きずり回して遊ぶ玩具とか」

「あー、あれか。タイヤにロープつけたやつ。体力つけるのにいいよな」

 白鶴はタバコを携帯灰皿にねじ込むと、彼にしては珍しく真面目な顔でキツツキの肩を叩き、言った。

「キツツキ、悪いこたぁ言わねぇ。絵本にしとけ。いいか、絵本だぞ。格闘技の指南書じゃねぇぞ」

 普段は眠たげでやる気なさそうな顔の白鶴が、今はやけに恐ろしく真剣な顔をしている。

 キツツキは、その妙な気迫に押されながら「お、おぅ」と頷いた。




 白鶴の勧めで絵本を買うことにしたキツツキは、早速最寄りの本屋に立ち寄った。

 キツツキはコーヒー色の肌をした背の高い男だ。ただでさえ目立つ容姿をしている男が、真剣な顔で児童文学コーナーをうろついているものだから、店員も他の客も遠巻きに彼を見ている。

 キツツキはそんな周囲の視線に居心地の悪さを感じつつ、不審者を見るような目をしている若い女性店員に「おい」と声をかけた。

 店員はビクゥッと肩をすくませ、しどろもどろに拙い英語で答える。

「は、はい! えーと、メイアイヘルプ……」

「日本語でいい」

 流暢なキツツキの日本語に、店員は明らかにホッとした顔をした。

 その手の反応には慣れているので、キツツキはごつい指で本棚を指差し、さっさと用件を切り出す。

「知り合いの娘に、絵本をプレゼントしたいんだが」

 最初は強張った顔をしていた店員だったが、プレゼントと聞いて表情を緩めた。

「プレゼントですかー。それなら、お客様も知っている絵本がオススメです!」

「そういうもんか?」

「そしたら、そのお子さんと話をするとき話題にできるし、一緒に盛り上がれるじゃないですかー」

 なるほど確かに。とは思ったものの、残念ながらキツツキは絵本を読んだ記憶が殆どない。子どもの頃、身近にあった本と言えば、兄貴分達が持っていたポルノ雑誌ぐらいだ。流石にそれは子どものプレゼント向きではないことぐらい、キツツキにでも分かる。

 キツツキが知っている物語ともなると、選択肢は一気に狭くなる。キツツキの知っている物語なんて、世界的に有名な童話ぐらいのものだ。

 世界の童話コーナーに目を向ければ、キツツキでも知っている物語がいくつかあった。

(……どうせなら、たくさん苦労した女が最後は幸せになる話がいい)

 そうしてキツツキは迷うことなく一冊の絵本を手に取る。

 表紙に描かれているのは、ガラスの靴を履いて微笑む、美しいプリンセス。

「これを包んでくれ」

 キツツキが手に取ったのは『シンデレラ』

 いつか、ゲルダの娘と話す機会があったら言ってやるのだ。

 お前の母ちゃんはシンデレラなんだぞ、と。

ハヤブサがたまに娘を「花子」と呼ぶ理由【9ー1】

絵本は【2ー1】導入のアレです。娘は大変たくましいシンデレラになりました。

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