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フリークス・パーティ  作者: 依空 まつり
第2章「灰かぶりの日々」
9/164

【2-3】おそらく一番の衝撃の事実、早くも判明

 おなかへったおなかへったおなかへった。

 もういっしゅうかんなにもたべてない。

 おなかへった、なぁ、なにか、たべるものをちょうだい。

 なんでもいいからたべものたべもの……


 暗い床の上で蹲っていると目に入ったのは自分の黒い髪。少しだけ口に入ってきたそれを、噛みちぎって咀嚼すれば、少しは空腹が紛れる気がした。

 そんな彼の耳が、誰かの足音をとらえる。彼は顔を上げずとも、その足音の主を知っている。

 月島みのる──彼の飼い主。

「おや、クロウ。お腹が減ったのかい? 可哀そうに……ほぅら、お前の餌だよ」

 そう言って月島が大きなバケツをドンと置く。

 「ごはん」じゃなくて「えさ」だと月島は言う。それでもなりふりかまっていられなかった。


 ──たべもの! たべもの! 一週間ぶりのたべもの!!


 赤黒く変色した肉、ウジがわいている魚、茶色く変色した野菜と果物、どれも口に入れると酷い味がして、胃液が逆流しそうになった。

 でも、空っぽの腹には吐く物なんて何も残ってない。胃液が喉を焼く。痛い。

「うぅ、うぇ、うぇぇぇっ……」

 口を押さえてえずく彼を、月島が冷たい目で見下ろす。

「こら、残しちゃ駄目だろう? 大丈夫、お前の体は腐ったゴミでも、きちんと栄養として取り込めるんだ。ほら、しっかり飲みこみなさい」

「うー、うぅぅ、ぅー……」

 腐臭のする生肉を噛まずに飲みこむ。口の中を這いずるウジ虫を腐った野菜の水分で何とか飲み干す。

 これは食事じゃない。これは生き残るための「餌」だ。

 最後に「食事」をしたのがいつだったかなんて、もう、思い出せなかった。




 最後に「餌」を与えられた日から、また一週間が経った。

 空腹のせいで頭がよく回らないが、それでも日にちだけはきちんと数えているから間違いない。

 その日彼は、月島が用意したシミュレーションルームに放り込まれた。

 何もない広い部屋は、見上げれば上の方に強化ガラスが張られていて、強化ガラスの向こう側には沢山の大人達がいる。月島と同じ白衣を着た者もいれば、高そうなスーツを着た者もいた。

 やがて、壁の隅に設置されたシャッターが持ち上がり、そこから一匹の動物が現れる──それは月島が「造った」生き物だ。

 狼ともライオンとも熊ともつかない四足歩行のその生き物は、黒と灰色のまだらな毛並みで、足回りだけは毛皮ではなく鱗で覆われていた。体躯は三メートル近くあるだろうか。複数の哺乳類だけでなく、爬虫類も混ぜ合わせたような統一感の無さが、より一層その生き物を不気味に見せている。

 彼はその生き物の名称も生態も知らない。ただ、その生き物が酷く腹を減らせていることだけはすぐに分かった。涎を垂らしてグルグルと鳴いているからだ──彼と同じように。

 その生き物は鉄の首輪をかけられ、壁に繋がれている。だが、その拘束が解ければすぐにでも目についた生き物に襲いかかるだろう。

「ようこそ、お集まりの皆さん。今日はとっておきのショーをお見せしましょう」

 強化ガラスの向こう側で、月島がスポンサーに笑いかける。それはそれは得意げな態度で。

(あぁ、いやだな。今日は観客がたくさんいる。いやだ。あいつらに向けられる目はきらいだ)

「VTRをご覧の通り、この子は食料の不十分な過酷な戦場でも生き残れるよう、腐ったゴミでも栄養として取り込むことができるのです。更には……」

 月島が手元のリモコンを操作すると、異形の生き物を繋ぐ鎖が外れた。それは唸りながら彼に飛びかかくる。空腹でフラフラの彼は、あっさりとそいつに地面に押し倒された。

「あ、ああああ、うぁ、ああああああああああああっ!!」

 異形の生き物は豹にも似た長い牙で、彼の肩を食い千切った。目の前が真っ赤になる。痛い、熱い、痛い。

「……ぃやだ」

 恐怖と絶望の底からマグマのように込み上げてくるのは、一つの想い。

 ──死にたくない、死にたくない、死にたくない!!

 彼は動物のような雄叫びをあげると、肩を食いちぎっていた生き物の喉を食い千切った。

 生臭い血の味が口いっぱいに広がる。異形の生き物は舌を出して痙攣したまま動かなくなる。

 血に汚れたガラスの向こう側で、月島が嬉しそうに笑った。

「よくやったね。さぁ、それがお前の餌だよ……お食べ」

 まだ生温かい死骸を爪で引き裂いて歯を立てる。なるべく毛の少ない所を食いちぎり、咀嚼し、飲みこむ。

 スポンサーの何人かが目をそむけていたが、もうそんなことどうでも良かった。


 ──ごはん、ごはん、一週間ぶりの、ごはん!!


 死骸を食い荒らす彼を愛おしげな目で見つめ、月島は歌うような口調で観客に語る。

「どうです皆さん。まるで……戦場で屍を食い荒らすカラスのようでしょう?」



 * * *



 目を覚ますとなんだかとてもいい匂いがして、クロウは鼻をひくつかせた。

 小麦や卵やベーコンが焼ける匂い。知ってる。これは「食事」のにおいだ。

 ダイニングをのぞきこむと、優花が「食事」の用意をしている。

「おはよ、朝ごはん食べるよね?」

「……食べる」

 クロウが頷くと優花はテキパキとクロウの前に食器を並べた。そうして、クロウが何を用意すれば良いのか分からず、まごついている間に、支度を全部済ませてクロウの反対側の席に座る。

「それじゃ、いただきまーす」

「……イタダキマス」

 両手を合わせる優花の仕草を真似し、クロウは目の前に並ぶ朝食を見た。

 トースト、スクランブルエッグとベーコン、温かい野菜のサラダとコンソメのスープ。

 ──これは「食事」だ。「餌」ではなく「ご飯」なのだ。

 綺麗に盛り付けられた朝食をじっと眺めていると、優花は不思議そうにクロウを見た。

「食べないの? 冷めちゃうわよ?」

 そう言う彼女はすでに二つ目のパンを食べ始めている。

(こいつの妹もそうだったが、女ってのはこんなに食べる生き物なのか?)

 そんなことを思いつつ、コンソメのスープを一口飲むと、じわっと胃の中が温まる心地がした。

 ふと、長い間使っていなかった言葉を思い出し、クロウはポツリと口にする。

「……おいしい」

「――!」

 いただきます、ごちそうさま、と同じように随分と使っていなかった言葉だ。

 不意に思いだして口にしたら、優花は目を丸くして、ちょっとだけ笑った。

「コンソメスープ、好きなの?」

「……『食事』が好きなんだ」

 我ながら変な答えだと思うが、何故か優花は納得したような顔をした。

「私も好きよ、『食事』! 特に誰かと一緒の『食事』だと、なお好きだから、一緒にご飯を食べてくれて嬉しいわ」

 クロウはスプーンを動かす手を止めて、優花を見た。

 その時の感情を何と言えばいいのだろう。

 胸の奥が熱くなって、頭の裏側がふわふわするような……そんな不思議な気持ちだ。

 それを静かに噛み締めているクロウの前で、優花はニコニコしながら三個目のパンに手を伸ばした。

「一日で一番幸せな時間って、やっぱりご飯食べてる時よね! 三度の飯より好きな物なんて、私思いつかないわ!」

 そういえば、彼女の妹の美花もよく言ってたものだ「ご飯食べてる時が一番幸せー」と。

 その癖、美花自身は全く料理が出来なくて、コンビニで買った飯を食っていたようだが、ことあるごとに彼女は言っていた。

『優花姉の作ったカレーが食べたいー。チョー美味しいんだよ! 優花姉カレー! 次の日に残り物のカレーで作ったカレーパンもマジサイコーなんだから!』

 美花が口にする料理名で、一番登場頻度が高いのが「優花姉カレー」だった。

 そんなことを思い出していると、優花が残ったスープをかきこんでクロウに訊ねる。

「そうだ、後で食材の買いだしに行ってくるけど……何か食べたい物とかある?」

 クロウは半ば反射的に「カレー」と答えた。あのうるさい妹のことを思い出したせいである。

 あの馬鹿女に影響されるなんて……と少し苦く思っていると、優花は何故かクスクスと笑いだした。

「カレーで良いの?」

「……何がおかしい」

 自分の葛藤を見抜かれたような気がして、ほんの少し不機嫌な声で呻くと、優花はパチパチと瞬きをした。

「もう! そんなに睨まないでよ! ただ、男の子ってみんなカレーが好きだなーと思ったらおかしくて。うちの弟達もカレー好きなのよ……まぁ、美花は『カレーやばい、デブるー』とか、よく文句言ってたけど」

 それは美味しいから食べ過ぎてしまう、という意味だったのではないだろうか。

 クロウは美花が姉の料理に対する不満を口にするところを見たことがない。美花が姉の料理について触れる時はいつだって『懐かしいなぁ、食べたいなぁ』と口にせずとも態度に滲み出ているのである。

 そんなことを思い出しつつ、クロウはスープを口に運ぶ。柔らかくなるまで野菜を煮込み、コンソメと塩胡椒で味付けをしただけのシンプルなスープだ。だが、その素朴な味が妙にホッとした。

 クロウが味わって食べている間に、食べるのが早い優花は皿の上を空にし、ご馳走さま! と両手を合わせ、食器をシンクへ運ぶ。

「ねぇ、クロウ。昨日はこの近くしか歩いてないから、近くのスーパーとホームセンターぐらいしか行けなかったんだけど、この辺で他にも買い物できる場所ってある?」

 クロウは普段から、さほど買い物の必要の無い生活を送っていた。食事は適当にコンビニで買えば良いし、衣類は必要最低限で事足りる。それでも、このマンションで暮らすと決めた時に、近隣の施設や店について凡そ調べてはいた。

「駅の方に行けばデパートが幾つかある筈だ。駅ビルにもブティックがかなり入っている。隣の駅まで行けばショッピングモールも……」

「いや、そーいうのじゃなくて」

 優花はパタパタと片手を横に振ると、クロウの目を真っ直ぐに見つめ、言った。

「この辺に商店街は無いの? お肉とかお野菜が安く買えるようなの。あと、食パンの耳を安く売ってくれるパン屋があるとなお良いわね」

 優花の顔は大真面目である。

 今までクロウの姫になった女達は、ここぞとばかりに経費の財布を握り締めて、ブランド品の服やらバッグやらを買い漁っていた。

 もしかしたら大会で死ぬかもしれないから。或いは生き残った時のために。女達は、とにかく思いつく限りの贅沢をしたがった。

 それに文句をつけたことはない。姫になった女達は、大会で死の恐怖に晒されるのだ。だから、多少の贅沢は相応の対価だと思っている。

 それなのに、この女は頭のネジがちょっとおかしい。

 フリークス・パーティを前に、自由にして良い大金を渡されて、なんで真面目に肉と野菜とパンの心配をしているんだ。

(……あぁ、そう言えば、こいつの妹もちょっと変わってたな)

 美花は我儘で奔放で浪費家だったが、買ってくる物はいつも、そこらの雑貨屋で小銭で買えそうな下らない安物ばかりだった。

 本人曰く。

『クロウってば分かってな~い! 高い物ってのはぁ、男の子にプレゼントして貰うからいいんじゃない! 美花、ブランド物は自分のお財布で買わない主義なのぉ』

 ということである。妹が妹なら姉も姉だ。

 そんな考えが顔に出ていたらしい。優花が唇を尖らせて「なに、その顔」と言ったので、クロウは端的に告げた。

「お前は頭がおかしい」

「失礼ね!?」

 優花が声を荒げてクロウに詰め寄ると、インターフォンが鳴った。

 委員会の人間なら(一部のズボラな連中を除き)基本的に来訪する前にメールで連絡が来るはずである。昨日のヤマネの来訪も、クロウはメールで事前に連絡を受けていた。

 そして、今日はその手の連絡は受けていない。

「誰かしら? もしかして、ヤマネちゃん?」

 エプロンを外して玄関に向かおうとする優花の肩を、クロウは掴んで押さえた。そして、インターフォンのモニターを覗き込む。

『クーローちゃん! あーそびーましょっ!』

 モニターに映っていたのは、案の定クロウの予想通りの人物だった。

 こいつかよ、と呻くクロウの背後で優花が驚いたような顔をしている。

「え? クロちゃん……って、クロウのこと? クロウのお友達?」

「断じて違う」

 どうやら今日も騒がしい一日になりそうだと、クロウはため息を吐いた。


 * * *


 クロウに促され優花が扉を開けると、そこにいたのはメイド服の少女……ではなく、茶髪の少年と赤毛の少女だった。

 茶髪の少年は高校生ぐらいだろうか。いかにも若者らしいパーカーにジーンズというラフな格好をしている。やや小柄で目立つところのない地味な顔だが、どんぐり眼にはどことなく愛嬌があった。

 赤毛の少女は十代後半ぐらいだろうか。小柄だが、利発そうな顔立ちをしている。艶やかな赤毛は背中に届くぐらいの長さがあり、品の良い膝丈のワンピースがよく似合っていた。

 無論、どちらも優花は面識のない相手である。

 どう対応するか戸惑っていると、少年が優花の後ろに立つクロウにブンブンと手を振った。

「やっほー、クロちゃん! おっひさー!」

「……そのクロちゃんっての、やめろ」

 しかめっ面で呻くクロウは、大抵の相手なら怯えさせられそうな凶悪な顔をしていたが、少年はまるで気にした様子もなく、カラカラと笑った。

「そんな怖い顔すんなよー。オレとクロちゃんの仲だろー?」

「……オレとお前の仲? フリークス・パーティで殺し合いをする仲だよな?」

「そこは喧嘩友達とか言ってほしいね」

 チッチッチ、と人差し指を左右に振る少年を、クロウは苦い顔で見ている。

「オレは前の大会で、お前に内臓潰されかけたんだが?」

「クロちゃんだってオレの右腕へし折ったんだから、おあいこ、おあいこ~♪」

 なんとも物騒なことを世間話のような口調で言い切った少年は、どんぐり眼をくるりと回して、視線をクロウから優花に移した。

「クロちゃんのお姫様だよな? はっじめましてー! オレはウミネコ。クロちゃんとは川原で殴り合いをする仲です☆」

「したことねぇよ」

 すかさず突っ込むクロウに、ウミネコと名乗った少年は「ノリが悪いなぁ」と肩をすくめる。

 その横で、赤毛の少女が一歩前に進み出て、ぺこりと頭を下げた。

「はじめまして、ウミネコさんの姫のエリサです。よろしくお願いします」

 フランクなウミネコとはいっそ対照的なほど丁寧な挨拶に、優花はつられて頭を下げる。

「あ、えっと……私は如月ゆう……」

 うっかり本名を名乗ろうとした優花の足を、クロウが無言で蹴った。

 はいはい、リングネームね、リングネーム!──と憤りつつ、優花はまだ慣れていないその名前を口にする。

「……さ、サンドリヨン……です」

 見るからに西洋人なエリサと違い、日本人の自分がサンドリヨンと名乗るのは、なかなかに気恥ずかしいものがある。

 優花は思わず赤面して俯いたが、エリサは特に気にした様子もなく、笑顔で右手を差し出した。

「サンドリヨンさん、私、最近こっちに来たばかりなので、周りに友達がいなくてちょっと寂しかったんです。仲良くして下さいね」

「う、うん。よろしくね」

 優花がおずおずと右手を掴むと、エリサは白くて綺麗な手でキュッと握り返してくれる。

 そうしてエリサは、薄茶の目をキラキラさせて、優花の背後に立つクロウを見上げた。

「噂に名高いクロウさんですね! お会いできて光栄です」

「……お前は見たことがない顔だな。初参戦か」

「はい、お手柔らかにお願いします」

 エリサはニコニコと愛想良く笑いながら右手を差し出したが、クロウはその手を握り返さず、フンと鼻を鳴らした。そうして、ぼそりと呟く。

「……ウミネコの姫になるとは、運の悪い奴」

「えー! それどーいう意味だよー! オレ、女の子には超紳士だぜー?」

 不満そうに口を挟むウミネコをジロリと睨み、クロウは早口で吐き捨てた。

「ぬかせ、狂戦士。てめぇ、去年の大会で暴走して、うっかり自分の姫もぶっ飛ばしたろ」

「過去は振り返らない主義なんですー」

 空とぼけるウミネコを、クロウはそれ以上追求しようとはしなかった。しても無駄だと、げんなりした顔が語っている。

 クロウは短く息を吐くと、話題を変えた。

「それで、今日は何の用だ」

「引越祝い。はいこれ、引越しソバ」

 そう言ってウミネコが差し出した桐の箱には「素麺」の二文字が印刷されていた。クロウの眉間に皺が寄る。

「蕎麦じゃなくて、素麺じゃねぇか」

「漢字読めるの? えらいねクロちゃん。実はそれ、お中元の余り物なんだわ、テヘペロ☆」

 クロウは無言で素麺の箱を突き返そうとするが、ウミネコは頭の後ろで手を組んでそれを拒んだ。

「素直に受けとんなよ。てゆーか、オレの方が先にこのマンションに来てたんだからさ、本当はクロちゃんから挨拶に来るべきだと思うんだけどなー」

「誰がてめーに挨拶なんてするかよ。つーか、どの部屋だお前ら」

 ウミネコは無言で隣の部屋の扉を指差した。クロウが「はぁっ!?」と裏返った声をあげると、ウミネコはニンマリと口の端を持ち上げる。

「昨晩はお楽しみでしたネー……『――っ、馬鹿っ! いいから中入れっ! 風邪ひくだろうが!』……隣の部屋で、オレ、大爆笑」

「死ねっ!」

 クロウとウミネコのやりとりを、優花は一歩離れて眺めながら苦笑した。

 仲が良いのか悪いのか……いや、これはある意味仲良しなのではないだろうか。兄弟がじゃれあっているみたいで。

 明らかに年上のクロウの方が、からかわれているけれど。

 クロウをからかっていたウミネコはひとしきり笑い転げていたが、ようやくゲラゲラ笑いがおさまると、クロウを見上げて不敵に笑う。

「なぁ、クロちゃん。久しぶりに遊ばない? 実戦訓練は相手がいた方がいいしさー」

 ウミネコの「遊ぶ」とは、どうやら戦闘訓練のことを指しているらしい。クロウはしばし考える素振りをしたが、やがて小さく頷いた。

「……いいだろう。そろそろ実戦訓練をしたいと思っていた頃だ」

「んじゃ、きっまりー! 三十分後に屋上に集合な!」

 ウミネコはそう言って、くるりと身を翻す。どうやら、隣室に戻るらしい。エリサも「また後で」と頭を下げて、丁寧に玄関の扉を閉めた。

 完全に扉が閉まりきってから、優花はクロウを見上げる。

「元気の良いお友達ね」

「友達じゃない」

「うん、どっちかというと兄弟みたいね。お兄ちゃんに構ってほしいやんちゃな弟って思えば、可愛いもんじゃない」

 兄弟に例えられ、クロウは気を悪くするだろうかと思いきや、彼は何故か真顔になっていた。

「……お前、勘違いしてないか?」

「何を?」

「ウミネコは……あいつ、オレより年上だぞ」

 へっ、と優花は間の抜けた声を漏らした。

 優花はウミネコが自分より年下に違いないと思っていたのだ。どんなに上に見積もっても二十歳に届くか届かないかぐらいにしか見えない。

 そんな優花を、クロウはどこか哀れむような目で見た。

「あいつは二十九歳だ」

「嘘ぉっ!? 私より歳上っ!?」

「心はいつでも十七歳でっす☆」

 玄関の扉が少しだけ開いて、ウミネコが顔をのぞかせた。どうやら盗み聞きしていたらしい。

「立ち聞きしてんじゃねぇぞゴルァ!」

「なぁなぁ、サンドリヨンちゃん、クロちゃんの年齢って知ってる?」

 クロウの怒声を無視して話しかけるウミネコに、優花は強張った顔で首を横に振る。

 二十九歳のウミネコよりは下らしいから、二十五歳前後だろうか……なんてことを考えている優花に、ウミネコはさらりと告げた。

「クロちゃん、未成年だよ。十九歳」

「嘘ぉっ!?」

「嘘じゃねーよ! なんで驚くんだよ!!」

 逆に訊きたい。なんで驚かないと思ったのか、と。

 優花は軽く目を血走らせてクロウに詰め寄った。

「私より二歳も年下じゃない!! ていうか未成年!? あんた未成年だったの!?」

「だから、何で驚くんだよ!?」

「クロちゃんは自分が老け顔だってことをいい加減自覚した方がいいんじゃない?」

「黙れ童顔!」

 クロウが限界まで眉を釣り上げて喚き散らせば、ウミネコは子どもっぽく唇を尖らせる。

「あー、言ったなー! あとで苛めてやるから覚悟しとけよー!」

「返り討ちだ!」



 クロウとの共同生活二日目にして判明した衝撃の事実に、優花は頰を引きつらせて立ち尽くした。

 正直、ウミネコの年齢よりクロウの年齢の方が衝撃だったなんて、言えるはずがない。


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