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フリークス・パーティ  作者: 依空 まつり
第11章「猫を追うアリス」
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【11-3】鮭おにぎりは至高の食べ物

 川辺からクリングベイル城までは、徒歩で二十分ぐらいだが、なるべく足元の悪くないところを選んで行くのなら、もっと時間がかかるだろう。

 優花はイーグルの手を引いて歩いていたが、黙りっぱなしというのも気まずいので、軽い口調でイーグルに話しかけた。

「ねぇ、妹はあなたに迷惑をかけてない? わがまま言って、あなたを困らせたりしていない?」

「迷惑だなんてとんでもない。そもそも、彼女を姫に選んだのも僕のわがままだ」

 イーグルの言葉に優花は目を丸くした。てっきり、美花がイーグルのところに押しかけたのだとばかり思っていたのだ。だが、イーグルが言うには真逆らしい。

「僕からお願いしたんだ。僕の姫になって欲しいって」

「……あなたから?」

 美花はもともと、クロウのパートナーだったはずだ。だが、どうしてクロウの元を逃げ出した後で、イーグルのパートナーになったのだろう?

「あなたとあの子はどういう経緯でパートナーになったの?」

「元々、僕とオデットは知り合いだったんだ。小さい頃……友達でね」

「……へぇ」

 意外ではあるが、驚きはなかった。

 なんだったら、過去のボーイフレンドがダース単位でもいても驚かない。だって美花だし。

「彼女とは、偶然フリークス・パーティの事務局で再会してね。彼女はどうもクロウとのパートナーを解消したがってるみたいだった。だけど、運営委員会の人がそれを認めてくれなくて、彼女は困っていた」

(……それ、本当に困っていたのは、美花よりクロウだと思う)

「だから、僕が提案したんだ。それなら僕のパートナーになればいいって」

 かくして美花はイーグルの提案で騎士をクロウからイーグルに乗り換え、焦ったクロウは美花を連れ戻そうとして、間違えて優花を拉致したというわけである。

(本当にとばっちりじゃない、私!)

 美花も美花だが、イーグルもイーグルだ。どうにも彼は美花に甘すぎる。溺愛していると言ってもいい。

 ここは姉として、もっと美花に厳しくするように言うべきだろうか? だが、妹の彼氏にそんな進言をするのは、流石にでしゃばりすぎな気がする。

 どうしたものかとうんうん唸っていたら、優花のお腹がぐぅぅと鳴った。そういえば、もうお昼過ぎだ。

 グゥグゥキュゥゥ……と主張するお腹を押さえていると、すぐ隣からも似たような音が聞こえた。見れば、イーグルが恥ずかしそうに頰をかいている。

「はは、実は昼食がまだで」

「ちょっと休憩しましょうか」

 すぐそばにちょうど良い大きさの平たい岩があったので、優花はそこに腰かけ、トートバッグからおにぎりと水筒を取り出した。そして、おにぎりのアルミホイルをぺりぺりと剥がすと、困惑しているイーグルの手を取り、おにぎりを乗せる。

「はい」

「……これは?」

 イーグルは不思議そうに、手の中のおにぎりを見ていた。目を眇めているから、きっと手元も見えないぐらいの近眼なのだろう。

「おにぎり。中身は鮭だけど、嫌いだった?」

「大好物だよ。ありがとう」

 イーグルは丁寧にアルミホイルを剥がして、パクリとおにぎりを頬張った。そして、頰を緩めて一言。

「美味しい!」

 素朴なその一言は素直に嬉しかった。相手が誰であれ、自分が作ったものを美味しそうに食べて貰えるなら悪い気はしない。

 優花は得意げに鼻を鳴らして、自分もおにぎりを大きく頬張る。

「おにぎりって良いわよね、腹持ち良いし。私も鮭おにぎりが一番好き」

 如月家はとにかくエンゲル係数が高かったので、おやつと言えば大抵おにぎりか、ふかしたお芋だったのだ。

 子どもの頃、放課後外に出かける時はおにぎりと水筒を鞄に忍ばせていたものである。

「このおにぎり、君が作ったの?」

「えぇ、おにぎりの作り方には、ちょっとこだわりがあるのよ。美味しかったでしょ?」

「うん、とても」

「それは良かった」

 優花が得意げに胸を張って頷けば、イーグルは口元に手を当てて笑う。

「ふふっ、本当にオデットの言ってたとおりだ」

 突然妹の名を出され、優花は瞬きをした。

「あの子が何か言ってたの?」

「料理上手で面倒見がよくて、とっても優しい自慢の姉だって」

 優花は渋面で黙り込んだ。

 美花が外で自分の名前を出す時は、きっと愚痴が殆どだと思っていたのである。

 口うるさいとか、怒りっぽいとかの間違いではないだろうか?

 美花が外で優花を褒める姿が想像できず、渋面でおにぎりを咀嚼していると、イーグルがおっとりと話しかけた。

「サンドリヨン、僕の悩みを聞いてくれないかな」

「なに?」

「実はオデットのことなんだけど……あまりご飯を食べてくれないんだ」

 優花は目を見開き、絶句した。

 如月家四姉弟は末っ子の若葉以外みな大食客である。美花は美容だの体型だのを気にしてはいるが、それでも食べる量は優花と大差ない。その美花がご飯を食べないだなんて、優花には俄かに信じがたかった。

 イーグルは憂いに満ちた顔で、切なげに溜息をこぼしている。

「どうしたの、と訊いても『食欲がない』『お腹減ってない』の一点張りで……とても心配なんだ」

「何か食べたい物がある、とは言ってた?」

 優花の問いに、イーグルは困ったように眉を下げて優花を見る。

「それが……この間、ふとした拍子に『お姉ちゃんのご飯が食べたい』って」

 その時、優花はピンときた。

「もしかして……アレルギー?」

「……えっ?」

 美花は幼少期からアレルゲンが多く、食べられる物が限られていた。

 軽いのは乳製品と牛肉。やや酷いのがエビ、カニ。特に酷いのが蕎麦で、ほんの少し食べただけで命に関わることもある。

「あの子、アレルギー持ちなの。あと、食べ物じゃないけど羽毛も駄目ね」

「羽毛……」

「触ると咳やくしゃみが止まらなくなるのよ」

 羽毛アレルギーは父親もそうだったが、食べ物のアレルギーが酷いのは美花だけだった。

 みんなと同じものが食べられないのが可哀想で、こと食事に関しては、優花は美花をだいぶ甘やかした記憶がある。夕飯のおかずは美花のリクエストを優先したり、好物を多くよそってあげたり。

 そのことを優花が話すと、イーグルは酷く驚いたような顔で優花の顔をまじまじと見た。

「……羽毛アレルギー? オデットが?」

 イーグルの反応を見るに、どうやら彼は美花のアレルギーのことを知らなかったらしい。

 だが、何故美花はイーグルにアレルギーのことを黙っていたのだろう。イーグルの姫をしているということは、ほぼ同棲に近い状態にあるはずだ。それなら、アレルギーのことは最初に言っておくに越したことはない。

(……もしかして、隠してた?)

 食欲がないだの、お腹減ってないだのと言い訳をしていたことから察するに、美花はアレルギーのことをイーグルに隠したがっていたように思える。

 だが、アレルギーのことをわざわざ隠す理由が分からない。下手をしたら命に関わるというのに。

 デザートのバナナの皮を剥きながら優花が考えこんでいると、近くの茂みがガサガサと揺れ、スーツ姿の男が血相を変えてこちらに駆け寄ってきた。

 男はおにぎりを頬張っているイーグルを見て、悲鳴じみた声で叫ぶ。

「社長! 探しましたよ!」

「やぁ、周防。探させてしまってすまないね」

 どうやら男はイーグルの会社の人間らしい。イーグルの方が若いのだが、部下を嗜める姿には社長らしい貫禄と余裕があった。

 一方、周防はスーツを濡らしているイーグルを見て、ますます血相を変える。

「そんなに濡れて……一体、何をしてたんですか!?」

「童心に返って、川遊びを少々ね」

 冗談めかして笑うイーグルに周防は頭を抱えていたが、ちらりと横目で優花を見ると、不愉快そうに眉をひそめる。

「……オデットも一緒ですか。仕事をサボってデートとは良いご身分ですね」

 どうやら彼も優花のことを美花と間違えているらしい。バナナをむぐむぐと頬張っていた優花が否定するより早く、イーグルが言った。

「彼女はオデットじゃないよ。オデットのお姉さんのサンドリヨンだ」

「えぇっ!? サンドリヨンってクロウのパートナーですよね!? 敵じゃないですか!」

 そう叫んだ周防はイーグルを背中に庇うように立つと、スーツの内側から取り出した物を優花に突きつけた。黒光りするそれは……拳銃だ。

 フリークス・パーティの中では法律など無縁と分かっていても、拳銃を目にするのは初めてだ。まして、それを突きつけられるのも。

 優花がバナナをくわえたまま硬直していると、イーグルが周防の肩を叩いた。

「周防、銃を下ろしてくれないか。彼女は敵じゃない」

「ですが……」

 渋る周防は、いまだ銃口を優花に向けたままである。

 だが、イーグルは腕を伸ばして、その銃口を下げさせた。

「彼女は困っていた僕を助けてくれた上に、食事を分けてくれた恩人だ」

「食事を…? まさか、毒を盛ったんじゃ!?」

 この発言には流石の優花もカチンときた。

 優花はバナナをきっちり咀嚼して飲み込んでから怒鳴る。

「失礼ね! するわけないでしょ! そんな食べ物を粗末にするようなこと!」

 優花の剣幕に、さしもの周防もたじろいだ。

 優花は鼻息荒く残りのバナナを平らげると、ゴミをきちんとまとめてから、すっくと立ち上がる。

「とにかく、お迎えが来たみたいだし……私は行くわね」

 イーグルの迎えが来たのなら、自分が一緒に行動する理由はない。

(アリス君を探しに行こう)

 クリングベイル城とは反対の方へ優花が歩き出すと、イーグルが「サンドリヨン」と優花を呼び止める。

 優花が立ち止まり振り向くと、イーグルはおにぎりを握りしめたまま、真剣な目で優花を見つめていた。

「なによ」

「君の……名前を教えてくれないか?」

 きっと彼は「サンドリヨン」ではなく優花の本名のことを訊いているのだろう。

 どうせ美花の名前も知っているのだろうし、わざわざ隠す必要もない。そう考え、ためらいもなく自分の名前を口にしようとした時、ふとクロウの警告が頭をよぎった。


『下手に名乗るな』


 フリークスパーティに参加してから、優花が本名を教えたのはクロウとエリサ、そしてアリスだけだ。

 そして、優花はこのイーグルという男をそれほど信用していない。

 そもそも部下の男に妙な言いがかりをつけられるわ、銃を向けられるわ……うん、やっぱり名乗るのはなしだ。

「私はサンドリヨンよ。それで充分でしょう。それでも気になるなら、妹に訊いて頂戴」

 素っ気なくそう告げて、優花は今度こそ山の奥へと歩き出した。



 * * *



 山の奥へと消えていくサンドリヨンの背中をぼやけた視界で見送りながら、イーグルはおにぎりの最後の一口を頬張る。

 そして、恨めしげに周防に言った。

「お前のせいだぞ。口説き損ねた」

「申し訳ありません」

 イーグルは指についた米をペロリと舐めると、悲しげに溜息を吐く。

「はあ……ガラスの靴も残してはくれない、か。なかなか手厳しいシンデレラだ。まあ、いいさ……ガラスの靴がなくたって、真実に辿り着いてみせる」

 視線の先では、もうサンドリヨンの背中は見えなくなっていた。

 イーグルは先天性フリークスで、非常に高い身体能力を有していたが、唯一視力にだけは恵まれなかった。これはもう生まれつきのものだ。酷い近視と乱視で、裸眼だと手元の物すらよく見えない。

「周防、彼女……サンドリヨンはオデットに似てた?」

「えぇ、とても。瓜二つだったので驚きました」

 イーグルは深い深い溜息を吐く。

 そして最後まで息を吐ききると、目を細めて低く呟いた。

「……そう、やっぱりそうか」

「彼女が何か?」

「いや、なんでもない。それより、調査結果を」

 物分かりの良い秘書はすぐに表情を切り替えた。

 スーツのポケットからサッとスマートフォンを取り出して、画面に表示されたいくつかの写真をイーグルに見せる。

「貴方の予想通りです。この島には……」

 周防が最後まで言いきる前に、イーグルは唇に人差し指を当てた。

 この島はレヴェリッジ家のお膝元だ。盗聴の危険の少ない山の中でも油断はできない。

「調査はそのまま続行。くれぐれも慎重に頼む」

「我々はいつでも作戦を始められますが」

「いや、まだだ。決定的な証拠を掴むまでは下手に動くな」

「ですが……」

 イーグルの有能な秘書は、イーグルがフリークス・パーティに参加することを良く思っていない。可能なら、これ以上イーグルを試合に出すことなく、全てを終わらせたいのだろう。

(社長想いの部下を持って、僕は幸せだね)

 ここに来るまでに随分と時間がかかってしまった。

 だが、もうすぐだ。もうすぐ、全てを終わらせる時がくる。そのために準備をしてきたのだ。


 この悪夢のようなフリークス・パーティを終わらせるために。

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