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フリークス・パーティ  作者: 依空 まつり
第11章「猫を追うアリス」
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【11-2】近眼ドジっ子プリンス

 優花とアリスが山の中を歩いて小一時間程度経ったところで、水の流れる音が聞こえてきた。もしやと思い足を向けてみれば、そこには予想通り川がある。

 アリスがパァッと顔を輝かせて、はしゃいだ声をあげた。

「あっ! 川だ! 川があるよ、オネーサン!」

 山歩きをしていて、川を見つけると妙にテンションが上がるのは何故だろう。

 優花は自分の子ども時代を思い出して小さく笑う。子どもの頃、遊び場にしていた山にも小さな川があって、特に夏場はよくそこで遊んだものだ。ちょっとだけ足を浸けてみたり、友達と水をかけっこしたり、笹舟を作って流してみたり、丸くて綺麗なガラスを探してみたり。

 昔日を懐かしんでいると、アリスが優花の服の裾を引いた。

「おねーさん、見てて! 見てて!」

 アリスは足元の石を拾い上げると、川に向かって投げつける。

 小石はパシャン、パシャンと二回水面を跳ねてから川にポチャリと沈んだ。

「あら、水切り? すごいじゃない、アリス君」

「えへへ、エディに教えてもらったんだ!」

 こっちのエディというのは、恐らく猫ではなくお兄さんの方なのだろう。

 自販機の使い方もろくに知らない箱入り息子といった雰囲気のアリスだが、こういう少年らしい一面も持ち合わせているのが、なんだか微笑ましい。

(それにしても、水切りかぁ……水切りかぁ……)

 優花はしばし口をむずむずとさせ、指をわきわきと動かしていたが、とうとう足元にしゃがみ込んで石を吟味し始めた。それも、割と真剣な目で。

 程よい大きさで、やや平べったい形の石を手に取ると、優花はトートバッグを足元に置き、川を真っ直ぐに見据える。

「オネーサン?」

「見てなさい、アリス君」

 優花はその背中に大人の貫禄を漂わせ、腰を落として小石を投擲した。

「──はっ!!」

 小石は水面を跳ね、水面に波紋を残しながら対岸へと飛んでいく。優花はふぅっと息を吐いた。

「六回かぁ……川幅があれば、もっといくんだけどなぁ」

「オネーサン、すごい! すごい! 六回! 六回も跳ねた!」

 ぴょんぴょんと飛び上がってはしゃぐアリスに、優花はキメ顔で髪をかきあげる。

「ふっ、元祖水切りクイーンの名は伊達じゃないわ」

「クイーン!」

 元祖という言葉に意味はない。称号に元祖とついているとカッコいい! と子ども心に思っていたのである。

 ちなみに当時の最高記録は十三回。お金のかからない遊びで優花の右に出る者は、なかなかいないだろう。

「オネーサン、もう一回! もう一回やって!」

「えぇ、良いわよ」

 それからしばらく、二人は水切りに夢中になった。

 優花がアリスに水切りのコツを指南すると、アリスはすぐにコツを掴み、石を投げるフォームも手首のスナップの利かせ方もマスターした。とても物覚えが良くて、運動神経も良い少年である。

 そうして何回か練習してからアリスが投げた石は、五回跳ねてから川に沈んだ。アリスは頰を薔薇色に染めて「わぁっ!」と歓声をあげる。

「やった! 五回! 五回できたよ! 新記録!」

「なかなか見込みあるわね、アリス君」

 優花は腕組みをして師匠の貫禄を漂わせつつ、うんうんと頷く。

「もう免許皆伝ね。これからも精進しなさい」

「うん! ショージンするー!」

 ニコニコ頷くアリスの姿が、優花には弟達と重なって見えた。

(そういえば、草太達に水切りを教えた時も、こんな感じだったっけ)

 なんだか無性に懐かしくなって、優花は近くの手頃な葉っぱで即席の小舟を作ってみた。笹ではないが、なかなか良い出来だ。こういうのも、よく弟達に作ったものである。

「オネーサン、何作ってるの?」

 手元をのぞきこんできたアリスに、優花は作ったばかりの小舟を見せた。

「じゃーん」

「あっ! 船だ!」

「名前はアリス号にしましょうか」

「ボクの名前だ!」

 目をキラキラさせるアリスの手に小舟を乗せれば、アリスは早速それを川辺に浮かべた。

「いけっ! アリス号! 海まで旅立てー!」

 エールを送りつつ川に流したアリス号は、水の流れに乗ってグングンと進んでいき……


 僅か三十秒で座礁した。


「あーっ! アリス号がー!」

 どうやら小舟は、川の端にある何かに引っ掛かってしまったらしい。最初は岩かと思ったのだが、よく見ると違う。優花は目を眇めた。

「……んん?」

 細長い塊は水に濡れた黒い布だ。どうやらスーツの類らしい。そして、布の名から飛び出している肌色のそれは指。

 あれは人間の腕だ。岩の陰から飛びだした人間の腕に、小舟は引っかかったのだ。

「ひぃっ……な、な、なっ……」

 優花はしばし胸を押さえて立ち尽くしていたが、やがて、バクバクと音を立てる心臓をなだめると、勇気を出してそっと岩の裏側を覗き込む。

 そこにはスーツ姿の青年が倒れていた。立派な三揃いのスーツも、濃い茶色の髪もぐっしょりと水で濡らしたその青年は、目を閉じたまま動かない。

 優花は青年を助け起こして、脈を確かめた。優花の指の下では、しっかりと命の鼓動が感じられる。良かった、生きてる。川の浅い所に倒れていたから、水も飲んでいないようだ。

「ねぇ、ちょっと。大丈夫?」

 青年に声をかけた優花は、そこでようやく、この気絶していた人物の正体に気がついた。

(この人……美花のパートナーの、イーグルだ)

 何故、美花の騎士である彼が、こんなところで倒れているのだろう。

 事件の予感に胸をざわつかせつつ、優花はイーグルの容体を確認した。

 脈良し、呼吸良し。目立った外傷もなし。

 とりあえず、冷たい川に浸かったままにしておくのも良くないだろうと、優花はイーグルを引きずるようにして、なんとか川辺まで移動する。

「オネーサン、どうしたの?」

 駆け寄ってきたアリスはイーグルの顔を見ると、青い目を見開き凍りついた。まるで恐ろしいものでも見たかのように。

 そして、アリスは踵を返して、その場を走り去ってしまう。

「えっ、ちょっ、アリス君、どこ行くの!?」

 慌てて優花が声をかけたがアリスは案外足が早く、その後ろ姿はあっという間に見えなくなってしまった。

 こんな森の中に子どもを一人にはしておけない。すぐにでも追いかけるべきだ。だが、意識を失っているイーグルを放っておくのも気が引ける。

 優花は悩んだ末に、イーグルの意識が戻るのを待つことにした。現在地からクリングベイル城までは、どんなに急いでも二十分はかかる。イーグルを担いで優花一人で移動するのは難しいだろう。

 もう少しイーグルの様子を見て、それでも目を覚まさないようなら、クリングベイル城に戻って助けを呼んだ方がいい。

 怪我人を砂利の上に寝かせるわけにもいかないので、優花は己の膝の上にイーグルの頭を乗せた。

 そして、トートバッグからハンカチを取り出して、濡れているイーグルの顔をそっと拭く。全身濡れているので気休めみたいなものだが、何もしないよりはいいだろう。

「ねぇ、大丈夫? ねぇ?」

 声をかけると、イーグルの指がピクリと動いた。睫毛が震えて、ゆっくりと持ち上がる。どうやら、意識を取り戻したらしい。

 優花が安堵の息を吐くと、イーグルは掠れた声で呟いた。

「う、ん……あれ……この、声……」

「どこか痛む場所はある?」

 優花が話しかけると、イーグルは数回瞬きを繰り返した。そして、優花の膝に頭を預けたまま、目だけを動かして優花を見上げ、穏やかに微笑む。

「大丈夫、ちょっと転んで頭を打っただけだよ」

 ドジっ子か。

 そんなツッコミを優花はグッと飲み込んだ。

 とりあえず、ここで誰かに襲われたとか事件に巻き込まれたというわけではないらしい。

 事件でないなら何よりなのだが、だとするとイーグルはこんな川辺で何をしていたのだろう?

(流石に探検ゴッコとかじゃないわよね。私じゃあるまいし)

 優花のもの言いたげな視線に気づいたのか、イーグルは恥ずかしそうに笑いながら言った。

「実は外出中にコンタクトレンズを落としてしまってね。なんとかクリングベイル城に戻ろうとしたら、迷子になった挙句、石に躓いて転んでしまったみたいだ」

 クリングベイル城からここまで、急いでも二十分の距離である。

(……どう迷子になったら、ここまで来られるのよ)

 イーグルは見るからに紳士然とした青年だ。立ち振る舞いには品があり、貴公子という言葉がよく似合う。そして何より、圧倒的に強い。前回のシングルバトルの覇者だ。

 ……が、どうやら前回のシングルバトルの覇者は、相当なドジっ子だったらしい。なんとも調子の狂う男である。

 そもそも、優花はイーグルのことをあまり知らない。

 知っていることと言えば、前回のシングル戦でクロウを負かしているということ。何故かキメラを目の敵にしているということ。美花を溺愛していること。

 ……そして、鷹羽コーポレーションの前社長の養子でありながら、前社長を秘密裏に殺害して、社長の座につき、研究中のキメラを全て殺処分したこと。

(……よく分からない人なのよね)

 フリークス・パーティ絡みのことに目を瞑れば、彼の表向きの姿は鷹羽コーポレーションの若社長だ。「カッコいいお金持ちが好き」と公言している美花が目をつけたのも頷ける……のだが、案外ぬけているところもあるらしい。

「ホテルからここまで、かなり距離あるわよ。どんだけ方向音痴なの、あなた」

 優花が呆れたように呟けば、イーグルは恥ずかしそうに白い歯を見せて笑った。

「はは、コンタクトレンズが無いと本当に何も見えなくてね」

「予備のコンタクトレンズとか、眼鏡は持ってないの?」

「うん」

 あっさり頷かれては仕方ない。

 アリスも心配だが、イーグルの場合、ほうっておくといつか海に落っこちそうだ。

 子どもより危なっかしいってどうなのよ、と思いつつ、優花はイーグルの体を支えながら起こしてやった。

「ホテルまで送るわ。立てる? 怪我は無い?」

「怪我は無いよ、ありがとう。やっぱり君は優しいね。僕のオデット」

 優花は数秒黙りこみ、じとりとした目でイーグルを睨んだ。

「……私はあなたのパートナーじゃないわ」

「僕は君の声を聞き間違えたりしないよ」

「オデットは私の妹よ。私はクロウのパートナーのサンドリヨン」

 優花がつっけんどんな口調で言うと、イーグルはパチパチと瞬きをした。

 かと思いきや、いきなり優花の頰に手を添えて、ずいっと顔を近づける。間近に迫る端正な顔に、優花は思わずギョッとして仰け反った。

「……ちょっ、近い近い近い! 顔近い!」

「ごめんね、君の顔がよく見たくて」

「見なくても、妹の顔を想像すればいいわよ。だいたい同じだから」

 イーグルが不思議そうに首を傾けて「同じ?」と呟く。

 優花は、はぁっと溜息を吐いて、髪をかきあげた。

「一卵性双生児だからね。よく間違われるのよ」

 並べて見れば瓜二つなのは一目瞭然なのだが、優花は試合中ずっとほっかむりしていたから、きっとイーグルには顔がよく見えていなかったのだろう。

「で、どうするの?」

「うん?」

「ホテルまで送るって言ったでしょ。敵のパートナーに送られるのに抵抗あるなら、誰か人を呼んできましょうか?」

 多分、これがクロウだったら、絶対に敵の姫の世話にはならん、と頑固に言い張っていただろう。

 イーグルはクロウを毛嫌いしていたから、そのパートナーである優花のことを嫌っていても不思議ではない。

 だが、イーグルは穏やかな顔で首を横に振った。

「君は僕の命の恩人だ。ましてオデットのお姉さんである君を、敵だなんて思ったりはしないよ……ただ、そんな恩人の手を煩わせるのは申し訳ないな」

「別に気にしないわ、散歩のついでだもの」

 優花の言葉に、イーグルは端正な顔に甘い笑みを浮かべる。

 そして、水に濡れた手袋を外して、優花に手を差し出した。

「恥ずかしながら、本当に困っていたんだ。手をお借りしても良いかな? プリンセス」

 恥ずかしがるべきは、そのキザな台詞の方だと内心思いつつ、優花は立ち上がり、ぶっきらぼうに言った。

「こっちよ」

「えーと、こっちかい?」

 優花が先導して歩き出すと、イーグルは言ったそばから近くの木にぶつかりそうになった。優花の声で方向は分かっても、障害物や段差が見えていないらしい。なんとも世話の焼ける社長様である。

 優花はぶつけた額を押さえているイーグルに己の腕を差し出した。

「はい、掴まって」

「ありがとう、やっぱり君は優しいね」

 イーグルはにっこり笑うと、優花の左手を握りしめる。

 優花は顔をしかめた。

「手を繋ぐより、後ろから私の腕か肩を掴んだ方が歩きやすいと思うわよ。身長差あるし」

「これでいいよ」

 そう言ってイーグルはニコニコしている。

 まぁ、本人がこの方が良いと言っているのなら、無理に否定することもないだろう。

「分かった。じゃあ、歩くわよ。ペースが早かったら言ってね」

 イーグルは「うん」と素直に頷いて、優花の隣を歩き出す。



 * * *



 並んで山道を歩く二人の姿を、木の影から見ている人物がいた。

「面白いもの見ーちゃった」

 口元に手を当ててクスクスと笑うのは、笛吹である。

 彼はスマートフォンのカメラを起動すると、手を繋いで山道を歩くイーグルとサンドリヨンの姿を撮影する。

 そして唇の両端を持ち上げて、悪魔のように美しくも邪悪に笑った。

「……ふふっ、面白いこと思いついちゃった」


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