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【幕間24】十二番目の娘より愛を込めて

 エウジェニアが育った施設は、それはそれは酷いところだった。

 表向きは身寄りのない女の子達を集めた一種の孤児院だが、実態は収容所に近い。

 大人達は子どもを家畜か奴隷のように扱い、罵声も暴力も日常茶飯事。

 いきすぎた折檻で死者が出ることも珍しくはなかった。

 気の強かったエイミーは反抗的だと因縁をつけられ、殴られた時に頭を打って死んだ。

 おっちょこちょいのリュメルは折檻を受けることが多く、やがて鞭で打たれた傷が化膿して死んだ。

 心優しかったマーシャは病気持ちだと分かった途端、隔離と称して真冬の納屋に閉じ込められ凍死した。

 泣き虫のリアナはそんな環境に耐えられず、首を吊って自殺した。

 リアナは長い時間苦しんで死んだのだろう。ダラリと舌を垂らし鬱血した死に顔は思わず目を背けたくなるほど悲惨だった。

 リアナが自殺した日の翌日から、残された少女達は結託して施設からの脱走計画を立てた。

 多分、皆、頭のどこかで自ら命を絶つ選択を考えていたのだろう。

 だけど、リアナの安らかとは言い難い壮絶な死に顔を目の当たりにして、一か八かの脱走を選んだのだ。

 計画のリーダーはエウジェニアより三つ年上のレベッカ。副リーダーがエウジェニアだった。

 レベッカはサバサバとした性格と面倒見の良い姉御肌で皆から慕われている。ただ少し直情的で即断即決すぎるのが玉に瑕で、エウジェニアが参謀役として補佐に回るのが常だった。

 近くの街で大きな音楽祭があり、職員の殆どが祭りに出かけた夜に計画は実行された。警備が薄くなる時間を調べて、脱出のために時間をかけて外壁の下に穴を掘って。

 施設は山の中にある。祭りが行われている街と逆の方角にある街へ行くためには、山を下りて、更にまた一つ山を越えなくてはならなかった。

 計画に参加したのは十二人の少女。全員でまとまって動くのはあまりに目立ちすぎるから、四人ずつに分かれて、それぞれ別のルートで逃亡した。

 山越えは途中までは順調だった。だが、警備員が予定より早く少女達の脱走に気がついたらしい。施設の大人達は職員総出で、少女達を追い回していた。

「──エウジェニア! 早く! こっち!」

 レベッカが転びそうになったエウジェニアの手を引いて、獣道を走り抜ける。小枝が頰に当たって痛いが、それを堪えてエウジェニアは走った。

「レベッカ、西の山道は?」

「駄目! もう山狩りが始まってる!」

「そんな!! あっちにはイレーネ達が!!」

 エウジェニア達は四人で行動していたが、途中で二人の仲間とはぐれていた。

 はぐれた二人は西の山の方に逃げた筈だ。

「……レベッカ」

「行こう」

 レベッカは悲痛な声で言った。

 二人を見捨てるの? ……だなんてレベッカを責めることはできない。

 二人を助けるのが無理なことはエウジェニアにも分かっていた。分かっていて、レベッカに決断を押しつけたのだ。




 しばらく無言で走り、夜が明けた頃、エウジェニア達は小さな納屋を見つけ、そこで少しだけ休憩することにした。

「少し仮眠とろう、夜通しで走ったし」

「……はい」

 レベッカは粗末なビニールシートを見つけると、それで自分の体とエウジェニアの体を包んだ。五月と言えど、夜明けはまだ冷える。

 二人は身を寄せ合いながら、黙ってじっとしていた。眠気は全然おとずれない。

 体はもう一歩も歩けないぐらい疲れ果てているのに、目が冴えて眠れない。無理矢理目を瞑ると、不安と恐怖から嫌な想像ばかりが思い浮かぶ。

 はぐれた皆はどうなったのだろう。もし捕まったら懲罰室でひどい目に合わされる……その光景を想像するだけで、エウジェニアの体はカタカタと震えた。

「ねぇ、起きてる?」

 レベッカがエウジェニアの腕を指でつつく。エウジェニアが無言で頷くと、レベッカは小声で言った。

「……ねぇ、もしさ、自由になれたら、エウジェニアは何がしたい?」

 本当はレベッカだって怖かったのだろう。

 それでも恐怖を押し込めて、エウジェニアを励ましてくれているのだ。

 エウジェニアは小さく笑うと、真面目くさった顔で言った。

「思いっきり漫画が読みたいです」

「あはっ、意外。あんた勉強できるから、いっぱい本読んで勉強したいとか言うかと思った」

「知らなかったんですか? 実は私、勉強が大嫌いなんですよ」

「あたし達の中で一番頭良いのに」

「そういうレベッカはどうなんですか。ここを出たら何がしたいんです?」

「あたし? あたしは……うーん、そうだなー……友達とショッピング行ったり、カフェでお茶したり……普通の女の子みたいなことがしたい」

 普通の女の子の「当たり前」

 それは彼女達にとって、どんなに焦がれても叶わない憧れだった。

 そんなことをと鼻で笑う人もいるだろう。それでも、彼女達には「そんなこと」すら大それたことなのだ。

「いいですね、ショッピング……そしたら、レベッカによく似合いそうなスカートを私が選んであげます」

「そしたら、あたしはうんと美味しいタルトのお店を探して、あんたとお茶するの。たまにバザーで出る酸っぱい木苺を乗せたタルトじゃなくて、食べるのが惜しくなっちゃうぐらい綺麗でキラキラした素敵なタルトよ! それでね、そのタルトをつまみながら、好きな人の話とかしたりして……」

「レベッカ、好きな人なんているんですか?」

「い、今はいないけど、これから作るの!」

 とりとめもない話は少しだけ緊張を緩めてくれる。

 ぽつり、ぽつりと会話を続けていく内に、エウジェニアはずっと胸の奥に抱えていたことを口にしていた。

「レベッカ……すみません」

「何が?」

「私がもっと良い作戦を考えていたら、皆とはぐれることも無かったのに……」

「何言ってんの! あんたがいなかったら、あたし達は敷地から出ることすらできなかった。警備の薄い場所とか時間とか調べて、安全な逃走ルート考えて……そういうの、あたしじゃできなかった……あたしが言い出しっぺなのに」

 そう言ってレベッカはエウジェニアの体にもたれると、目を閉じる。

「だから、あんたがいてくれて良かった。あたし、いつも考えるより先に動いちゃうけど、そのせいでいつも皆を巻き込んで迷惑かけちゃうから」

「レベッカ……」

「この計画がもし失敗しても、あたしはあんたを恨まない。だから、あんたは何も気にする必要なんてない」

 レベッカは自分の言葉に行動に責任が生じることを理解している。その上で、エウジェニアに気にするなと言ってくれる……なんて強いのだろう。

 ありがとう、と口にしようとした瞬間、レベッカがエウジェニアの口を塞ぐ。その顔は緊張に彩られていた。

「しっ……今、外で足音がした」

「!!」

 息を飲み、耳を澄ませる。

 確かに聞こえた。複数の足音。

「こっち!」

 レベッカに手をひかれ、奥の物陰に身を潜める。それとほぼ同時に扉が開く音がした。

「どうだ、いるか?」

「暗くてよく見えんな」

「よく調べろ。子どもは隠れるのがうまい」

 大人達はそこらの物を乱暴にひっくり返し始めた。見つかるのは時間の問題だ。

 青ざめて震えていると、レベッカがエウジェニアの肩を叩き、耳打ちした。

「見て。ここ、隙間がある」

 レベッカが指差したのは二人の真横の壁だ。そこは板が剥がれかけて、小さい亀裂が入っている。のぞき込めば、僅かばかりの空間があった。この中に入って、穴を塞ぐように物を置けば、うまく隠れられるかもしれない。

 物音をたてぬよう静かに移動し、二人は隙間に身を寄せる……駄目だ。一人が身を潜めるのが精一杯。二人は入らない。

 その時、エウジェニアの頭に恐ろしい考えがよぎった。


 ──どちらかが囮になれば、もう一人は逃げられるかもしれない


 あまりに恐ろしい思いつきだ。そんなこと、できるはずがない。

 エウジェニアが自分の考えに青ざめた、まさにその時、レベッカが口を開いた。

「さっき言ったこと、忘れないでね」

「……え」

 レベッカはエウジェニアを見てニコリと笑う。

 そして、次の瞬間、穴から飛び出して穴を塞ぐように近くの木箱を動かした。

 エウジェニアの視界が真っ暗になる。

「あっちから物音がしたぞ!」

「いた! レベッカだ!」

「捕まえろ!」

 乱暴な足音、怒声、罵声。

 誰かが殴られる音がした。

 誰が? レベッカが?

(あ、あ、ああ……)

 エウジェニアは何もできなかった。

 ただ、口をふさいで嗚咽を噛み殺し、じっとしていた。

 どちらかが囮になれば一人は助かる。エウジェニアはそう考えて、結局動けなかった。

 レベッカは多分、考えるよりも先に動いていた。そして、自ら囮になった。




 ……どれぐらいそうしていただろう。

 辺りが静かになった頃、エウジェニアはフラフラと隠れていた穴から出た。小屋の中は嵐の後のように酷く散乱としている。

 辺りを見回すが人の気配はない。

 ……レベッカはどうなったのだろう。うまく逃げられた?

「……行かなきゃ」

 逃走計画を立てた時に決めた合流地点。

 皆でバラバラに逃げて、最後はそこで合流する手筈になっていた。

 連絡手段が無い以上、合流地点に行かなくては皆の無事を確かめられない。

 レベッカが無事ならそこに向かった筈。他の子だって、きっとそこにいる筈。

「行かなきゃ……行かなきゃ……」

 歩いて、歩いて、歩いて……

 たどり着いた、町外れの廃教会の扉を開ける。

 逃走した少女は、エウジェニア以外に十一人。

 扉を開けたそこには……



「……誰もいないじゃないですかぁ」



 エウジェニアは祭壇にもたれかかるように、ペタリと座り込む。

 冷たい石の感触。

 昨日までは隣にレベッカがいたのに。姉妹達がいたのに。

 結局、エウジェニアは一人きりになってしまった。



 * * *



 エウジェニアが施設を逃亡した日から数年が経った。

 あの日、助けられなかった姉妹達を今度こそ助ける。その為だけにエウジェニアは生きてきた。

 廃教会で衰弱死しかけていたエウジェニアを拾ってくれたのは、お人好しの小悪党だ。

 彼はエウジェニアに小狡く強かな生き方を教えてくれた。彼のもとで詐欺師の片棒を担ぎながら暮らすこと数年。

 彼のもとを独立してから、エウジェニアはあちらこちらで人脈を作り、情報を集めた。

 それもこれも全て、十一人の姉妹を救うため。


 ジェシー、ダリア、イレーネ、リタ、アリッサ、マリアベル、ルーリィ、ミルカ、テッサ、ジョアンナ……そして、レベッカ


 きっと私が助けてみせる。そんな決意を胸に、エウジェニアは再びあの施設を訪れた。

 五年前は警備の目を掻い潜って外を目指したのに、今は逆に中を目指しているなんて、何だか皮肉だ。

 侵入経路は事前にリサーチしていたけれど、呆れるぐらい五年前と何も変わっていなかった。

 元より子どもが逃げないよう閉じ込めるための建物だ。中に侵入するのは案外容易い。

 管理室へ侵入したエウジェニアは、運営記録に関する書類を漁り始めた。

 この施設はいまだに記録のほとんどが紙媒体だ。パソコンで管理していれば、コピーして簡単に持ち帰れるが、紙媒体だとそうはいかない。

 ……時間が限られている以上、全部に目を通すことはできない。速やかに必要な情報だけ集めなくては。

 欲しいのは現在のレベッカ達の状況だ。できれば、部屋の場所までは押さえたい。

 施設の記録に素早く目を通したエウジェニアは、眉をひそめた。

「……これは……どういうこと?」

 記録の中にレベッカ達の名前が無い。それは、レベッカ達がこの施設にいないことを意味する。

(……レベッカ達は死んでない。だって、死亡記録にレベッカ達の名前はない)

 この施設は死因をねじ曲げることは多々あるが、死亡の記録は必ずつけている。だから、エウジェニアは真っ先にその情報に目を通したのだ。

 死亡した子どものリストにレベッカ達の名前はない。でも、この施設にはいない。

(そうなると考えられるのは……別の施設に移動になったか、里親ができたか……駄目。どちらのリストにも名前が無い)

 しばし思案し、エウジェニアはこの施設の資金の流れを調べることにした。

 金の流れを見れば、その組織の状況は大体分かる。

 素早く目の前の決算書に目を通したエウジェニアは、すぐにこの施設の状況を把握した。

 杜撰な管理体制。お粗末な帳簿。経営はほぼ自転車操業だ。たまにまとまった資金が入れば、下らない投資につぎ込み、損を増やしている。

 破綻寸前……否、実質破綻している組織だ。

 それをかろうじて繋ぎ止めているのが、たまに振り込まれてくる大金。

(……売ったんですね)

 この施設の少女達が売られていくことは珍しくはない。

 名目は養子縁組斡旋だが、実態は人身売買だ。

(ということは恐らく……)

 エウジェニア達が脱走事件を起こした直後の資金の動きを見れば、今までで最も大きい額が振り込まれている。

 振込依頼人はクラーク・レヴェリッジ

(これだ!)

 レベッカ達はこのクラーク・レヴェリッジという男に売られたのだ。

(できれば、この男の情報も欲しいけれど……そろそろ逃げ出さないとまずいですね。仕上げをしてしまいましょう)

 エウジェニアは荷物の中からとっておきの玩具を用意し、目立たぬ場所に取り付けた。数は全部で八つ。

 しっかり固定されたのを確認してから、スイッチを入れる。

 微かなタイマーの音、どうやら問題なく作動したようだ。続いて、ドアと窓にも仕掛けを施す。

(……これで良し)

 これでこの施設ともおさらばだ。もう二度とここを訪れることはないだろう。

 エウジェニアは壮絶な笑みを浮かべると、歌うような口調で呟いた。


「最後にとっておきのプレゼントです……十二番目の娘より、愛を込めて」



 * * *



「それでは朝礼を始めます」

 施設の職員達が集まって、その日の業務内容を口頭で伝え合う。その時、誰かが首をキョロキョロさせながら言った。

「なぁ、何かタイマーの音がしないか?」

 言われてみれば、と他の職員達もそわそわ辺りを見回す。

 施設長が何か言おうとしたその時、ギョッとするほど大ボリュームのアラームとともに電子音が響いた。


『あと一分で爆発します。あと一分で爆発します。あと一分で……』


 その音声は室内の複数箇所から聞こえた。彼らは慌てて床に這い蹲り、音の原因を探し出す。

 それはすぐに見つかった。金属製の箱のような物。それが、部屋の至る所に設置されているのだ。

「おい、これはなんだ!?」

「オレの机の下にもある!」

「こっちもだ!」

「ば、ばばば爆弾だぁ!」

「落ち着け!! ただのイタズラだろう!?」

「で、でも、もしかして、ほ、本物なんじゃ……」

「オレは避難するぞ!念のためにな!!」

「お、オレも!」

 職員達は一斉に出口に殺到した……が、どういうわけか扉が開かない。鍵に細工がされているのだ。

 別の誰かが窓に駆け寄るが、こちらも同様に鍵が解除できない。

「開かない!? なんでだ!?」

「おい、嘘だろ!!」

「誰か! 誰か開けてくれ!!」


『残り十秒、九、八……』


 室内は蜂の巣を突いたような騒ぎだった。職員達は扉をバンバンと叩いて泣きわめく。

「うわあああ!」

「嫌だ! 死にたくない」

「誰か! 誰かあああ!」


『三、二、一…………ばあん!』


 派手な音がしたが、それだけだ。何も起こらない。

 彼らはへなへなとその場にへたり込み、安堵の息を吐く。

 そして、安堵すると同時に彼らは激高した。

「くそ、手の込んだイタズラしやがって!」

「ガキどもの仕業か?」

「ったく、ふざけやがって! 犯人を見つけ出してぶっ殺してやる!」

 その時、カサカサと音がした。部屋中に設置されていた金属製の箱──その箱の蓋が一斉に開き、中から何かが飛び出してきたのだ。

 静まり返っていたスピーカーが、けたたましい笑い声をあげる。


『プレゼントプレゼントプレゼントプレゼントプレゼント、十二番目の娘より愛を込めて!!』


 飛び出してきた虫は、蜘蛛と蠍だ。蜘蛛は見るからに毒々しい色合いをしているし、蠍が猛毒なのは言わずもがな。

「うわあああ!蜘蛛だああ!」

「ぎゃああ!」

「おい、これ、毒蜘蛛か!?」

「こっちからも出てきたぞ!」

「早く逃げろ!」

「だから扉が開かないんですって!!」

「誰か! 誰か出してくれぇぇ!」

 悲鳴が飛び交う室内で、機械音声だけがケタケタと楽しそうに笑い続けていた。

 彼らの醜態を嘲笑うかのように。



  * * *



 施設から情報を持ち帰ったエウジェニアは、クラーク・レヴェリッジという名前を徹底的に調べた。

 そして、行き着いたのはフリークス・パーティという催し物。これにレベッカ達は参加しているらしい。だが、皆の足取りはここで途絶えている。

 フリークス・パーティに関するセキュリティは異様に厳しい。

 それなりに地位のある人間でないと、内部に足を踏み入れることすらできないのだ。

 エウジェニアは会場に潜入することは出来なかったが、内部の人間を買収し、パーティの映像記録をコピーすることに成功した。

 これでデータを解析すれば、皆の手がかりが見つかるかもしれない。この時まで、エウジェニアはそう考えていた。



 フリークスパーティがどういうものなのかも知らぬまま。



「なに……これ……」

 再生した映像は、とびきり悪趣味なスナッフムービーだった。

 醜悪な化け物と化け物の殺しあい。それに巻き込まれて死んでいく少女達。

 彼女達は泣き叫び、逃げ惑いながら、最後は無惨に殺されていく。

 彼女達が殺される度に歓声があがる。


 ナンダコレ


 ナンダコレ


 ナンダコレ


 この殺しあいにはルールがあるようだった。

 化け物には『姫』と呼ばれるパートナーがいる。

 『姫』は童話のヒロインの名前があてがわれていて、パートナーの『姫』が死んだら負け。基本は化け物同士の殺しあいだが、会場には時々『ギミック』が設置され、それで『姫』が死ぬこともある。

 そんな中、見覚えのある少女が舞台に上がる。

 恐怖に青ざめた顔のブロンド美人は、記憶にあるより成長しているけれど間違いない。

 一緒に脱走を試みた仲間のアリッサだ。

「あ、ああ……嘘……嘘……」

 パーティ(ころしあい)が始まる。

 化け物同士が殺しあう中、アリッサは巻き込まれないようにその場を離れようとしていた。

 だが、片方の化け物が攻撃を受けて膝を着くと、もう片方の化け物はトドメを刺すでもなく、アリッサを追いかける。

 そして、化け物は獲物である大槌を振りかぶり……アリッサの頭を叩き潰した。

「うっ……ぉぇぇっ」

 エウジェニアは我慢できず、胃の中の物を吐き出していた。

 画面の向こう側では勝利した化け物が高らかに笑い、観客が歓声をあげている。アリッサの死を笑っている。

「嘘だ……嘘です、こんなの……こんな……こんな……」

 これ以上、この映像を見てはいけない。

 頭の中で警告音が鳴り響いている。だけど、エウジェニアは見なくてはいけなかった。仲間達の行く末を。


 テッサが化け物に首をはねられた。

 イルネージュが化け物に喉笛を食い千切られた。

 ルーリィがギミックの絞首台で死んだ。

 ダリアが化け物に全身を殴られて死んだ。


 数年分にわたる殺しあいの映像をエウジェニアは延々と見続けた。

 百、二百……多分、もっと多い。

 仲間達がどこで映るか分からないから、全ての映像を見るしかなかった。


 リタはギミックで高い所に吊るされ、化け物にロープを切られて転落死した。

 ミルカはギロチン。刃を固定するロープを化け物が切り裂いた瞬間、画面が真っ赤に染まり、ミルカの首が地面に転がった。

 ジョアンナは電気椅子に拘束され、やはり化け物がスイッチを押した瞬間、全身を痙攣させて死んだ。


「……」

 一睡もせず、何も口にせず、エウジェニアは見続けた。

 仲間が一人、また一人と惨たらしく殺されるところを。


 ジェシーは何回か危機を切り抜けたけれど、最後は心臓を串刺しにされて死んだ。

 マリアベルは怪力自慢の化け物に引きちぎられて、お腹のところで真っ二つになって死んだ。


 そして…… レベッカが舞台に上がった。

 心優しいレベッカはパートナーである化け物を心配しているようだった。

 レベッカのパートナーはロビン、対戦相手はライチョウと呼ばれていた。

 何百回目か分からないパーティ(ころしあい)が始まる。

 殺し合いはほぼ一方的だった。

 ライチョウという化け物は圧倒的な強さでロビンをねじ伏せ、一方的に攻撃を加える。ロビンという化け物は最初に顔をボコボコにされて、もはや声も出せないようだった。

『もうやめてよ! 決着はついたじゃない!!』

 レベッカが審判にくってかかるが、審判はニヤニヤ笑いながら首を横に振っている。

 エウジェニアは一方的に蹂躙される哀れな化け物を見ながら願った。


 早く早く早く早く早く早く早く早く

 早く殺されろ

 お前が死ねば試合は終わる

 そうすれば、レベッカは生き延びられる

 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね


 エウジェニアの願いが通じたのか、ライチョウという化け物が武器である刃を大きく振り上げた。

 そのままトドメの一撃が降り下ろされる。

「……え」

 死にかけていた化け物を庇うように飛び出したのは、レベッカだった。

「レベッカ……なんで……なんで、そんな、化け物なんかを……」

 レベッカはまだ生きている。

 レベッカかロビン、どちらかが死ぬまでパーティは終わらない。

 どちらかが……


 ──どちらかが犠牲になれば、一人は助かる


 嫌な既知感に背筋が凍った。

「あ……あ……やめて……だめ……だめです、レベッカ……」

 レベッカは口の端を持ち上げ、笑った。

 それはエウジェニアの記憶にあるのと同じ笑顔。エウジェニアを庇って囮になった時の笑顔。

 レベッカの口が小さく動いた。

(何て言ったの? 聞こえない)

『あ゛、ああ……アアアアア!!』

 死にかけていた化け物、ロビンがレベッカを助けようと手を伸ばす。

 だが、それを振り払い、レベッカは肩を切り裂く刃に手を添え……自分の首をかき切った。

 画面の中で死に損ないの化け物が泣き崩れる。


『ウェンディ! あぁ、あ、あああああああ』


「…………」

 放心して真っ白になっていたエウジェニアの頭の中に、じわりじわりと現実が染み込んでくる。

 死んだ。

 みんな死んだ。

 みんなみんなみんな死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ。

「あ、ああ、アアアアア!」

 遅かった! 全部全部遅すぎた!

 結局、エウジェニアは何もできなかった!

 ジェシー、ダリア、イルネージュ、リタ、アリッサ、マリアベル、ルーリィ、ミルカ、テッサ、ジョアンナ……そして、レベッカ。

 誰一人助けられなかった。死なせてしまった。あんな残酷な死に方で!!

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! う、うあああああああ!」

 髪をかきむしり、壁に頭を叩きつけ、狂ったように泣き叫び、暴れた。

 みんなみんな恐怖し、苦しみ、死んでいった。

 まるで拷問や虐殺じみた手口で。金持ちどもの享楽の為に!

 やがて目の前が真っ赤になるような激情が過ぎ去ると、次第にどす黒い憎悪が込み上げてきて胸を満たす。


 憎い

 レベッカ達を殺した化け物どもが

 憎い

 みんなの死を嘲笑った連中が

 憎い

 あんな催しを考えた奴らが

 憎い

 レベッカを死なせた弱い化け物が

 憎い

 みんなを助けられなかった、自分が


 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い


 どす黒い感情が頭のてっぺんから足の先までを支配する。

 タールのようなそれはどろりどろりと心を蝕み、他の感情を排他した。

 頭の中が悪意と殺意で染められていく。

 涙はもう流れない。必要ない。


 みんなを助けられなかったエウジェニアに、悲しむ資格などないのだから。



 * * *



 ウミネコVSオウルの試合が終わった後、審判の海亀は一人廊下を歩いていた。

 今日もまた、観客からクレームをもらってしまった。海亀の審判は甘すぎると観客達に不評なのだ。

 観客達が望んでいるのは凄惨で残虐な殺し合い。だが、海亀は試合の決着がついたと思ったら、すぐに試合終了の合図を出してしまう。

 海亀は元騎士だ。だからこそ、今までの審判達のやり方を知ってる。観客から金を握らされた彼らは試合を長引かせた。一方的な虐殺が行われようとも、騎士のギブアップの声を無視して。

 そんな状況を変えたくて、彼は騎士を引退した後は運営員会に入り、フリークス・パーティの審判になった。

 もう、あんな悲劇を繰り返さないために。


「……誰がコマドリ殺したの? それは私と雀が言った」


 不意に前方から歌声が聴こえた。まだ若い女性の声。

「……ならば私は雀になりたい。コマドリ殺しの雀になりたい」

 穏やかなメロディと薄暗い歌詞。前半の一節はマザーグースの有名なフレーズだ。だが、後半は明らかに違う。

 海亀が戸惑いながら足を止めると、物陰から一人の女が姿を見せた。

「ごきげんよう、海亀さん」

 小柄な赤毛の女だ。審判でもある彼は、海亀は彼女のことを知っている。

「あなたは、ウミネコ選手の姫のエリサさんですね。何故、このような所に?」

 もしかして、先ほどのオウルとの試合の判定に不満があったのだろうか?

 そう身構える海亀に、エリサはニッコリと微笑み、言った。

「何故だと思います? Mr.クックロビン(コマドリさん)

 海亀は息を飲んで立ち尽くした。

 ロビン、とは去年まで彼が名乗っていた名前だ。

 騎士のロビン、パートナーの姫はウェンディ。

 ロビンは昨年の試合でライチョウに半殺しにされている。特に顔を徹底的に攻撃されたため、とても人前に出られるような顔ではなくなってしまった。

 そして、そのパートナーだったウェンディは……

「知ってますよ。去年のパートナーバトル、ライチョウに負けて全身に酷い怪我をされたんですよね……」

 エリサは彼に同情するような表情を浮かべ、低く囁いた。


「そのまま、おまえが死ねば良かったのに」


 息を飲んで立ち尽くす海亀に、エリサは足音もなく近き、白い仮面に手を添えた。そうして仮面をずらして仮面の下の醜い顔を確認し、唇に薄い笑みをうかべる。

「去年、あなたを守って死んだ姫は、私の大事な人でした」

「…………っ!」

 


「あなたに提案があります。お話……聞いてくれますよね? 死にぞこないのコマドリさん?」


【3ー1】と【幕間5】とリンクしています。

ネバーランドに逝った少女とは誰だったのか。

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