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【幕間23】水槽の魚、水槽の外の猫を想う


 幾つかの機械が僅かに稼働音を響かせるだけの静かな空間。

 コンクリートの壁、黒い機械、白衣の人間。

 それが透明なガラスで隔てられた向こう側の世界。それが「彼」の目に映る全て。

 彼は水槽の中の培養液の中のナンバーズの中の185番目。個体識別番号はナンバーE93−M

 水槽の中には「彼」と同じモノが浮いている。

 最初はもっと多かったけれど、生体反応が消えたナンバーは取り除かれていって、残ったのは「彼」も含めて十体。

 親子よりも兄弟よりもなお近い、クローン体。

 「彼ら」は「彼」で、「彼」は「彼ら」でもある。

 「彼ら」との違いは数字だけ。あとは同じ。全部同じ。

 ただ、一つだけ違うことは、「彼」が水槽の中でも一番端の方に浮いていて、だから水槽の外の音が他のナンバーよりも少しだけよく聞こえたことだった。

 この部屋にはたまに、数人の人間が出入りする。それは大概が白衣を着ていて、彼らは計器を弄ったり、画面の数字を記録したりと無言で作業をし、そして立ち去る。

 だけど、一人だけ例外がいた。それが彼女。



「ふぅ、やっぱり、ここは落ち着くわ……静かで」

 水槽の一番端にいる「彼」には、彼女のオレンジ色の髪の毛とその頭からぴょこんと飛び出している猫耳がよく見えていた。彼女が喋るのに合わせて、三角の耳がピクピクと動く。三角の耳を覆う毛は、ビロードのように滑らかで、彼女の髪と同じ色をしていた。触ったら、どんな感触がするのだろう。

「本当に嫌になっちゃう! どいつもこいつも、所詮作り物の後天性フリークスって! アタシが先天性の奴らに劣ってるって馬鹿にして! あいつら絶対いつか見返してやる!」

 彼女はいつも「彼ら」の水槽にもたれかかって、とりとめのない話をしていく。

 彼女は大抵、眉をつり上げて何かに怒っていた。けれど、そんな彼女がたまに柔らかい笑みを浮かべている時がある。

 それは……

「今日もクロウとお話ししちゃった。少しだけだけど」

 そう呟く彼女の声は、分かりやすく弾んでいた。

「クロウは凄いのよ。アタシと同じ後天性フリークスのキメラだけど、すっごく強いんだから!」

 ──クロウ

 その名前を口にすると、彼女の唇はいつも柔らかな笑みの形になり、緑色の目がキラキラと宝石のように輝いた。

「今回のパートナーバトルで、クロウが優勝したのよ! 後天性フリークスの優勝にみんな驚いてる! ふふっ、いい気味!」

 にまにまと頰を緩めて笑っていた彼女は、そこで声のトーンを落とし、ボソリと呟く。

「……まぁ、アタシはシングル戦しかでないけど……」

 くるりと上を向いた長い睫毛がゆっくりと伏せられ、緑色の目に影を落とす。いつもピンと上を向いている猫耳も、今は心なしかしょんぼりとしていた。

「……いいな。クロウのパートナー。アタシもクロウに守られたい……ううん、アタシがクロウのパートナーになったら、絶対に足を引っ張ったりしない。アタシならクロウのフォローだってしてあげられるのに……」

 彼女は水槽にもたれて座り、膝を抱えて泣きそうな顔で笑う。

「……なんて、無理に決まってるわよね。所属が違うんだし」

 込み上げてくる自嘲を誤魔化すように、彼女は膝の間に顔を埋める。

 いつだって、彼女は一人で戦っていた。誰にも手を差し伸べられることもなく一人で戦って、でも結果を出せなくて……ずっともがいていた。

「パートナーバトルなら、ひとりぼっちで戦わなくていいのに……」

 彼女の口からポツリ、ポツリとこぼれ落ちた呟き。

 その一つ一つが、何故だか頭から離れなかった。



 * * *



「良い成績だE93-M、この調子なら近い内にお披露目できそうだ」

 満足げな教授に「彼」は己の要望を率直に伝えた。

「パートナーバトルへの参加を希望する」

「パートナーバトルに? まぁ、確かに一番近い大会はそれだし、別に構わんが……そうなると姫を調達せんとなぁ」

 そう、姫だ。パートナーバトルには姫がいる。

 だから「彼」は迷わず、彼女の名を口にした。水槽の中から見ていた彼女の名を。

「私の姫に××を希望する」

「うーん、あれは大して役に立たんし、近々売り払うつもりだったのだが」

「××を希望する」

 頑なに「彼」が主張を繰り返せば、教授はうーむと腕組みをして、頷いた。

「まぁ、お前がそこまで言うなら、何かしら思うところがあるのだろう。わかった、手配しよう」


『パートナーバトルなら、ひとりぼっちで戦わなくていいのに』


 彼女はそう言っていた。だから「彼」は水槽の中にいた時から、決めていたのだ。

 彼女をひとりぼっちで戦わせたりしない、と。


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