【9-4】キメラ狩り
フリークス・パーティ運営委員会の中でも、重要な役割を与えられている者は「不思議の国のアリス」の登場人物の名前が与えられる。
フリークス・パーティの掃除夫であるディーとダムもまた、名前を与えられ、重要な役割を担っていた。その役割とは即ち、掃除夫──フリークス・パーティ会場の掃除である。
「会場の後片付けって、一番損な仕事だよな」
「ライチョウの試合の後よりマシだっつーの。あのチェーンソー男の試合の後なんて、バラバラの肉片が四方八方に飛び散ってて、そりゃあ悲惨なんだぜ」
前回の燕とライチョウの試合会場は、血の汚れや肉片が水で流せるから楽なものだとたかを括っていたのだ。そしたら、まさかのライチョウ行方不明で、迷宮全ての大捜索である。あれは大変だった。
「確かに死体が出た時は面倒だよな。最近は死体の回収方法にもうるさいし」
「なるべく綺麗な状態で、だっけか。いったい何に使ってるんだか」
「レヴェリッジ家が死体の一部を回収して、実験材料にしてるって噂あったよな」
「ああ、最強のホムンクルス作りしてるってアレな」
「先代当主の時から噂されてるけど、本当のところはどうなんだろうな」
その時、二人の端末が点滅した。端末にはクリングベイル城のマップが表示されており、掃除箇所が点滅している。それと、ショートメッセージで薔薇の茂みを直しておくように、との指示も。
ディーとダムはクロウとピジョンの試合をモニターで見ていた。たしかに、クロウが何度か薔薇の茂みに落下していたから、多少は木が折れているかもしれないが、それほど大したダメージではないだろう。
今回の仕事は楽に終わりそうだ、とマップの箇所に移動した二人は、あんぐりと口を開けて絶句した。
薔薇庭園の茂みは人の身長を超えるか超えないかぐらいなのだが、中には蔓薔薇が巻きついたアーチがある。そのアーチの一つが倒されているのだ。
「なんだこれ……アーチを引っこ抜いた、のか?」
「マジかよ。薔薇と有刺鉄線が巻かれてるんだぞ。誰がこんなことを……」
* * *
ビルは優花の手の棘を一つずつ丁寧に抜くと、最後に消毒液を塗る。
優花は唇をプルプルと震わせていたが、やがて堪えきれずに天井を仰いで涙目で叫んだ。
「いーーーたーーーいーーーしみるぅぅぅぅぅぅ」
「当たり前だろ! 有刺鉄線わし掴みにしたとか、何考えてんだお前!」
「うう、だってぇ……」
怒鳴るクロウに優花は口ごもる。
あの馬鹿親父がぶん投げたクロウの槍は薔薇の茂みを飛び越え、よりにもよってアーチの一番上の部分に突き刺さっていた。とても手が届く距離ではなかったし、薔薇の茂みは枝が細く、よじ登るのは困難。
ともなれば、優花が取れる方法はただ一つだけ。アーチを揺らして槍を落とすのだ……その結果、ちょっと頑張りすぎてアーチを倒したなんて口が裂けても言えない。火事場の馬鹿力、恐るべし。
「……というか、冷静になって考えると、あれって弁償ものじゃ……」
「多少の破壊なら多目に見て貰える。全部弁償なら、間違いなくウミネコは破産してるからな」
優花は自分が倒したアーチを思い出し、頰を引きつらせた。
あれは多少ではすまないような……いや、深く考えるのはやめよう……うん。
「とにかく、もうあんな無茶はすんな」
クロウの言葉に、優花は素直に頷いた。
あの時は父との数年ぶりの再会で頭に血が上っていたから、アーチを倒すなんてゴリラみたいな真似ができたが、冷静になった今は無理だ。
(……というか、冷静になって考えるとかなり恥ずかしいわよね……うん恥ずかしい)
「あの男と何があったかは聞かねーけど、お前があれだけ怒り狂うんだから、相当だろう」
「う、まぁ……」
優花の脳裏に蘇る想い出の数々。
あの馬鹿親父は定職に就かず、突然ふらりと旅に出ては、数年単位で家に帰ってこないこともザラだった。
たまに帰ってきたかと思えば、回りの迷惑もかえりみず、地元の若い連中と馬鹿騒ぎをしてご近所様に迷惑をかけまくるわ、警察沙汰を起こすわ。
その度に母が周囲に頭を下げまくっていたのを今でも覚えている。
そして母が死んだら、それっきり音沙汰もなし。思えば優花は、もうずっと長いこと、やり場の無い怒りを抱え込んでいた。
「クロウ、ありがとね」
すっきりした顔で礼を言う優花に、クロウが口をむずむずさせる。
「なんだよ、急に」
「クロウがあの男に一泡吹かせてくれて、なんかスッキリした」
「そ、そうかよ」
「本当は私が足蹴にしたかったけど」
「今日のお前は怖ぇよ!?」
あの男がフリークスパーティで何をしたいのかは知らないが、どうせ馬鹿騒ぎがしたかったとか、そういうくだらない理由に決まってる。
とりあえず今はクロウが勝ったから、それで良しとしよう。
クロウの背中の手当ても終わったところで、席を立とうとしたら、ビルが無言で優花とクロウの前に紙コップを置いた。
「……よかったら、どうぞ。カフェ・コン・レチェですが」
「えっ、えっと……どうも?」
しどろもどろに礼を言いつつ、優花は包帯だらけの手でそっと紙コップを持ち上げる。中身はまだ熱そうだ。とりあえず、ふぅふぅと息を吹きかけて冷ましながら、優花はビルに訊ねる。
「……あの。カフェ、コン、レチェ? って……」
「……? あぁ、えっと……この国だと、なんて言ったかな……」
優花がじぃっと見上げると、ビルはボサボサの前髪の下で、視線を右に左に彷徨わせた。
クロウが紙コップの中身を一口啜って、ボソリと呟く。
「ミルヒカッフェーか」
「ごめん、それも分からない」
むしろ、ますます分からなくなっている気がする。
カフェ・コン・レチェなら、カフェと付いているから多分コーヒーの親戚なんだろうなぁということぐらいは分かるのだが、ミルヒカッフェーと言われてしまうと、もう優花には必殺技の名前にしか聞こえない。
とりあえず一口中身を啜ってみると、コーヒーとミルクの優しい味がした。
(……つまりは、カフェオレなわけね)
ビルもクロウも見るからに西洋人の血を感じさせる顔立ちだ。おそらく日本育ちではないのだろう。ビルはおそらくラテン系。日焼けした肌に黒い髪、彫りの深い顔立ちをしている。
(そういえば、クロウはどこの国出身なんだろ)
そんなことをのんびりと考えつつ、甘いカフェ・コン・レチェを啜っていると、医務室の扉が勢いよく開いて、白衣の老人が早足で中に入ってきた。
背の高い細身の老人だ。白衣を着ているのに何故かシルクハットをかぶっているので、余計に背が高く見える。
「おのれ! あやつめ!」
「ハッターさん、どうしました?」
ビルが宥めるように声をかけると、激昂していた白衣の老人は、テレビのリモコンを手に取り、苛立たしげに振り回した。
「どうもこうもない! 見ろ!」
医務室備え付けのテレビに映像が映る。
そこに映っていたのは、クロウ達の試合の後に行われているイーグルVSカケスの試合だった。
その画面を見て、クロウは目を見開き、優花は凍りつく。
画面いっぱいに映ったイーグルは両手で何かを掴んで、周囲に見えるよう高々と掲げていた。
それは四肢をもがれたカケスの成れの果てだった。
* * *
カケスの細い頭に手を添えて、イーグルは恐ろしく凪いだ表情で静かに口を開いた。
「君達の存在は実に無意味だ。そう思わないかい?」
「ぐ……が……」
四肢を失ったカケスの口が、血を吐きながら意味をなさない言葉を零す。
その口から溢れる血が、イーグルの頰を汚しても、イーグルは眉一つ動かさなかった。
「冒涜的な人体実験を施して……そうして手にした力も、先天性フリークスには到底及ばない。君一体を作るためにどれだけの命が犠牲になった? 幾つの失敗作が生まれ、そして廃棄されていった? その全てが無意味だ」
「あ……あぁ……」
「だからこそ、僕はこのフリークスパーティで証明してみせる。後天性フリークスなど、存在する価値もないのだということを」
『カケス選手、戦意喪失の意思表示を! カケス選手!』
審判の海亀が声を張り上げる。だが、カケスの唇は意味のないうわごとを繰り返すだけだ。その目はもう輝きを失っている。
イーグルが首を横に振った。
「無駄さ、彼は気づいてしまった。僕達、先天性フリークスの前では、紛い物の化け物は生きる意味も価値も無いということを」
イーグルの瞳に宿るのは……静かな、憐憫。
「その無力さを周りに知らしめながら……逝け」
* * *
「見るな!」
優花の視界は、咄嗟にクロウの腕で遮られたが……
──ぐしゃり
何かが潰れる音は、確かに優花の耳にも届いていた。
* * *
『それではここで圧倒的勝利を納めたイーグル選手にインタビューをしてみましょう! イーグル選手と言えば、後天性フリークス……特にキメラ嫌いで有名ですね。イーグル選手と対戦したキメラは全て死亡しています』
『えぇ、ただ一人を除いて……前回のシングルバトル初戦。相手があまりに弱くてね。とどめを刺す前に試合が終わってしまいました。彼には是非とも勝ち上がって欲しいですね。僕の手できちんととどめを刺すために』
「あの野郎……っ!」
テレビ画面を睨みつけて、クロウはギシギシと歯ぎしりをしていた。
イーグルの言う「ただ一人」がクロウを指しているのは言うまでもない。
優花は視線をクロウからテレビに移す。
画面の中ではイーグルが整った顔に品の良い笑みを浮かべて、スラスラと淀みなくインタビューに答えていた。その佇まいは、まるで芸能人のように堂々としていて、なにより華がある。
(……でも、なんでイーグルは、後天性フリークスを……しかも、キメラを敵視するんだろう?)
ドードーにキメラ嫌いと言われても、イーグルはそれを否定しなかった。何か因縁があるのだろうか?
優花が静かに考え込んでいると、シルクハットの老人ハッターがテレビに憎悪の眼差しを向けて呻いた。
「……アレは、悪魔だ」
激情を隠そうとしないハッターに、ビルが恐る恐る声をかける。
「ハッターさん、イーグルを知っているんですか?」
「知っているも何も、我輩はもともとキメラ技術研究者だ……イーグルが所属する鷹羽コーポレーションのな」
その言葉に、優花はふと疑問を覚える。
以前、ウミネコは「先天性フリークスは生まれつきのバケモノだから、殆どが企業に所属していない無所属」と言っていた。イーグルは見たところ先天性フリークスだ。
「……先天性フリークスなのに、会社に所属してるの?」
優花が疑問をポツリと口にすると、ハッターがテレビを睨んだまま口を開いた。
「イーグルは鷹羽コーポレーションの前社長の養子だ……表向きはな」
「……へ?」
事情が理解できず混乱する優花に、クロウが空になった紙コップをクシャリと握りつぶしながら、低い声で言う。
「この世界じゃよくある話だ。実験に適したガキを金で買うんだよ。イーグルは稀少な先天性フリークスだ。研究者どもは喉から手が出るほど欲しい素材だろうよ」
それは、クロウと同じ境遇だ。
優花は胸がきゅぅっと締め付けられたような心地で、服の上から胸を押さえた。
クロウは今、どんな気持ちでその言葉を口にしたのだろう。テレビ画面を睨むクロウは硬い表情だが、水色の目が微かに揺れていた。
「鷹羽コーポレーションは、オレが所属するグロリアス・スター・カンパニーや、ドロシーんところのアルマン社と並ぶ、三大キメラ研究機関の一つだ。先天性フリークスを素材にキメラ研究を進めようとしても、おかしくはない……鷹羽の前社長は世間の目を気にして、わざわざイーグルを養子にしたってわけか」
クロウの呟きに、ハッターは「左様」と言って小さく頷く。
そして、苦いことを思い出すかのように、顔をしかめた。
「イーグルはそれを逆手に取ったのだ。前社長の側近を味方につけ、前社長を秘密裏に殺害。そのまま社長の跡取り息子として、自身が社長の座に就いた」
ハッターの言葉に、優花は目を剥く。
「しゃ、社長っ!? じゃあ、イーグルって鷹羽コーポレーションの社長なのっ!?」
「その通りだ。今や、鷹羽コーポレーションの全てはイーグルの意のまま……そして、イーグルは自らが社長に就任した後は……」
ハッターは言葉を切り、テレビ画面に目を向けた。
画面の中のインタビューはまだ続いている。
『ところでイーグル選手が所属する鷹羽コーポレーションと言えば、キメラ研究で有名ですよね』
『ええ、そうでしたね』
『今年はキメラの選手が一人も参加されていないようですが……』
『全て処分しましたよ』
『…………はい?』
『だって無駄でしょう? 莫大な研究費をかけておきながら、僕を越えるだけのキメラは一匹もいなかった。だから、研究チームは解体。キメラも全て処分したんです。鷹羽コーポレーションは今後もキメラの研究をすることはありませんし、キメラを全て否定します』
そう言って、イーグルは目だけを猛禽のように鋭く細めて、美しくも獰猛に笑う。
『キメラなど無意味だ。存在する価値もない。そのことを証明してみせますよ。このフリークス・パーティでね』
「……聞いての通りだ。奴は社長になると、一方的にキメラ研究チームを解体……我輩が育ててきたキメラも全て殺された」
あんなに紳士然とした青年が養父を殺害し、会社を乗っ取り、会社が育てていたキメラを全て殺処分した。その事実に部屋の空気が一気に冷え込む。
クロウが紙コップをくずかごに放り投げ、忌々しげに吐き捨てた。
「なにかしらキメラに恨みがあるんだろ……けっ、迷惑なこった」
本当にそうなのだろうか、と優花は疑問を覚える。
(……恨み、なのかな?)
優花には、イーグルがキメラを殺す理由が他にあるような気がしてならないのだ。
キメラを見るイーグルの目には、憎悪も怒りもなかった。それよりも感じたのは、もっと別の……
『ねぇ、イーグル、試合終わったー? 言われたとーり目をつむって、耳塞いでたよー』
『オデット、掃除は終わったよ。もう目を開けて大丈夫さ』
『はーい! うっわ、イーグル血塗れじゃん! 大丈夫?』
『僕は大丈夫さ。でも、この手では君に触れないのが残念だ』
『そんなん気にしないから、早くお風呂入りなよ〜!』
画面の中では美花がイーグルの顔をハンカチで拭き、そんな美花をイーグルが愛おしげな目で見つめている。いかにも相思相愛のカップルらしい振る舞いに、クロウが鼻の頭に皺を寄せて呻いた。
「……あの馬鹿娘も、相変わらずだな」
イーグルは分かりやすいぐらい美花に対して好意を持っている。一体、美花とイーグルの間に何があったのだろう?
(……昔っから、こうなのよね。美花が何を考えてるのか、さっぱり分からない……)
美花とイーグルの間に何があったのかも。クロウの姫役から逃げた理由も。
……二年前、どうして家を飛び出したのかも。
優花が膝の上で紙コップを握りしめて俯いていると、ビルが画面と優花を交互に見て呟いた。
「オデットとサンドリヨンさんはよく似てますね。エキシビションで言ってましたけど、姉妹なんですよね。双子なんですか?」
「え、えぇ。おかげで昔からあの子と間違われてきたわ……」
そして、それが理由でクロウの姫になったのである。
クロウと出会ったばかりの頃を思い出してしみじみしつつ、優花は紙コップの中身を飲み干す。
そうして視線を戻すと、なぜか優花の顔を食い入るように見ているクロウと目が合った。
「なに?」
「……お前…………いや、何でもない」
クロウはふいっと目をそらして黙り込む。それからしばらくの間、クロウは何か考え込んでいる様子だったが、何を考えているのかは教えてくれなかった。
* * *
ドロシーはテレビ画面を睨みながら、フーフーと喉を鳴らした。
「ふざけてる! キメラは存在する価値もないだなんてっ……あの男、殺してやるッ!」
「ドロシー、次の対戦相手はイーグルではない」
淡々と口を挟むオウルを、ドロシーはギラリと鋭い目で睨みつける。
「イーグルとは準決勝でぶつかるでしょ!」
「まずは目の前の敵のことを考えるべきだ」
「……っ」
次のドロシーの対戦相手はウミネコ。先天性フリークスの代表格だ。
古参の強豪でもある彼を倒せば、きっとドロシーの性能は高く評価されるだろう。きっと教授も、ドロシーの価値を認めてくれる。
だが、ウミネコの姿を思い出せば、ドロシーの脳裏に恐ろしい光景が蘇った。
数年前のシングル・バトル。まだ、ドロシーがツグミと名乗っていた頃の試合。
『なぁなぁ、その耳としっぽ本物?』
これから殺し合いが始まるとは思えない軽口を叩いて。
底抜けに明るい能天気な笑顔を浮かべて。
あの男は……
『あーあ、千切れちゃった』
その手の中でぷらぷらと揺れているのは、血に汚れた猫の尻尾。
その光景を思い出すだけで、尾てい骨の上の古傷がズキズキと疼く。
(……倒、せる?)
一度叩き込まれたトラウマは、決して消えない。
何度でも鮮明に蘇り、ドロシーの勇気を根こそぎ奪っていく。
「今回は姫殺しでいくわ。あのエリサって子を狙うわよ!」
あくまで強気な態度は崩さずに宣言すると、オウルは物言いたげな目でドロシーをじっと見た。
別にそれに反応してやる義理はないのだが、黙ったままじっと見られているのもうざったい。
「なによ、文句あるの?」
「文句は無い……が、少し驚いた」
「はぁ? 何によ?」
眉をひそめるドロシーに、オウルはしばし言葉を整理するような間を取ると、淡々とした口調で言う。
「ドロシーはいつも、正面から先天性フリークスを倒すことに固執する。ウミネコは先天性フリークスの代表格だ。なのに何故、戦いを避け、姫殺しを?」
ドロシーは教授に認められなければ、いつ廃棄処分されるかも分からない身の上だ。だからこそ、常に自分の力を誇示しなくてはいけないという強迫観念に駆られている。
だが、そんな強迫観念を上回る恐怖を、彼女は一度味わっているのだ。
「……あいつだけは別。とにかく正面からぶつかるのは避けて……」
「私ならウミネコに勝てる」
ドロシーの言葉に割り込むように、オウルが言う。
いつもと変わらない声のトーンなのに、気のせいかやけに強気に聞こえた。
ドロシーが顔をしかめて「はぁ?」と呻けば、オウルはやはり強い口調で繰り返す。
「勝てる」
「アタシじゃ勝てないって馬鹿にしてるわけ?」
「してない。事実を述べたまでだ」
その珍しく強気な口調が、ドロシーの癇にさわった。
「やっぱ馬鹿にしてるじゃない! とにかく次の試合は姫殺しよ! あんたはアタシがいいって言うまで、指一本動かさずにじっとしてなさいよ!」
「ドロシー、指を動かさないと糸を操れない」
「だから邪魔すんなって言ってんのよ! 次の試合はアタシがエリサって子を殺して速攻で終わらすわ! 分かったわね! 今度こそおとなしくしてなさいよ!」
ドロシーは眉を釣り上げて怒鳴り散らすと、オウルに背を向けて早足で歩きだす。
次の試合で、確実にウミネコの姫──エリサを殺す方法を考えながら。




