【9-3】勝利の女神
クロウはフリークス・パーティに参加して七年生き延びてきた。ウミネコのような古参の強豪という程ではないが、そこそこの中堅どころである。
フリークス・パーティにおける自分の実力は、中の上程度だとクロウは認識している。燕は上の下、ウミネコは気分屋でムラっ気があるから一概には言えないが、それでも自分より上だ。
選手を上中下のランクに分けた時、上と中の間に生じる超えられない壁がある。それが「才能」と「センス」だ。
どんなにクロウが情報を分析し、努力しても追いつかない明確な差。生まれ持っての戦闘における勘の良さ。天才と秀才の間にある超えられない壁。
それでも、そんな天才達と肩を並べなくては生き延びることはできないから、クロウは猛努力をしてきた。武器の扱いを学び、体術を学び、戦略を学び、そして敵の弱点を調べ上げて正確に狙う。ずる賢いカラスのようだと嘲笑われても、そうやって七年間クロウは生きてきた。
クロウにとって、フリークス・パーティの戦いは詰将棋に似ている。
槍、体術、投げナイフ──そういった己の駒を使って敵を追い詰め、王手をかける。
この時、最大限の力を使ってはいけない。フリークス・パーティはトーナメント式だ。だからこそ、己の手の内はなるべく晒さないようにしたいし、体力も温存したい。だから、勝つなら最小限の労力で勝つのが望ましい。
最小限の労力で勝ち筋を見つけ、その通りに戦う──そのために、事前の情報収集は怠らないし、戦闘中も常に敵の行動を観察し、策を練り続けている。
だが、今は……目の前にいる、かつて伝説と呼ばれたフリークス・パーティの覇者は、クロウが己の手札を全て使い、全力を尽くすことを想定してもなお、勝ち筋が見えない。
クロウは勝ち筋が見えない時、無意識に守りに入り、相手の攻撃を読んで、勝ち筋を探すことに専念してしまう癖があった。それ故、ウミネコには「出し惜しみ」燕には「様子を見すぎる」と言われている。
今がまさにその状況だった。クロウはひたすら、ピジョンの攻撃をかわすことしかできない。勝ち筋を探しながら、その糸口すら掴めないことに絶望しつつ。
「さっきまでの威勢はどうした、小僧!」
ピジョンは拳を握りしめて腰を落とし、鋭いジャブを放ってきた。体躯の割にピジョンは動きも素早い。何より、その強靭な肉体故に多少の攻撃では体がブレないのだ。
単純に腕力だけなら、ウミネコが上。だが、ピジョンは圧倒的にスタミナがあり、何より頑丈だ。先天性フリークスはスタミナでは後天性フリークスにやや劣るのだが、ピジョンの体力は底が見えない。
「攻めてこんのか? ならばこれで……どうじゃあ!」
ピジョンが大きく拳を振りかぶった。とびきり大きい一撃がくる。
大技の前後は大きな隙が出来る瞬間だ。今、ピジョンの右脇がフリー……これはチャンスだ。
だが、もしそこを攻めてもダメージを与えられなかったら? さっきみたいに反撃を受けたら、次は体がもたない。
(駄目だ。やはりここは避けて体勢を……)
クロウが回避態勢を取ろうとしたその時、クロウの体がガクンと傾いた。
後ろからクロウの足を払ったのは、インゲルだ。
「私は、参戦しないとは言ってないぞ」
(しまった。こいつの存在を忘れてた!)
インゲルの足払いは大した威力ではなかったが、クロウの動きを一瞬止めるには充分だった。それは、致命的な一瞬だ。
「夏祭りスペシャル! 大玉花火!」
巨大な拳が唸りを上げてクロウの目前に迫る。クロウの顔などグチャグチャに潰してしまう、凶悪な破壊力を秘めた拳。
(駄目だ。避けられな……)
拳の纏う風がクロウの髪を揺らした刹那……ピジョンの拳が、クロウの顔面すれすれで止まった。
「おぅっ、ふぅっ……」
腹の奥から絞り出すような呻きを漏らしたのは、クロウではなくピジョンだ。そんなピジョンの脇腹には見覚えのある物がめり込んでいる。クロウの槍の柄だ。
そして、それを傷だらけの手で握りしめているのは……
「おまたせ、クロウ!」
クロウの姫、サンドリヨンだった。
ピジョンがよろめきながら後ずさり、ズレたマスクを引っ張って直す。
「ガッ、ハハハッ! こんなの全然効かな……」
「あんたがやせ我慢してるかどうかなんて、笑い声を聞けばすぐ分かるわよ。ついでにどこを庇っているかもね……クロウの攻撃が効いてるんでしょ。単に痩せ我慢してただけで」
そう言ってサンドリヨンはクロウに槍を差し出した。
姿が見えないから避難していたのかと思いきや、ピジョンが投げ飛ばした槍を拾いに行っていたらしい。
その両手は傷だらけで、薔薇の茂みをかき分けて槍を探しているサンドリヨンの姿が容易に想像できた。
「クロウ、プロレスごっこはあいつの十八番よ。あいつの土俵で戦うことはないわ」
「なんじゃとぅ! せっかく、こっちも素手で戦ってやっとるのに!」
ピジョンが不服そうに喚けば、サンドリヨンはそれより更に大きい声で怒鳴り返した。
「それは、その方があんたにとって都合がいいからでしょうが!」
「ふふん、よく分かっとるのぅ。確かにトンファーは武器破壊用。わしの本領は近接格闘じゃ」
「ふん、近接格闘がなんぼのもんよ! クロウの方がずっと強いんだから! あんたなんて敵じゃないわ!」
かつて伝説と言われた男を前に、サンドリヨンは一歩も引くことなく胸を張っている。
例えば、目の前の敵が伝説の男であるらしいとか。恐ろしく頑丈で下手な攻撃は効かないとか。そういう懸念や不安もサンドリヨンがいるだけで、一気にどうでもよくなる。
何でもできる気がする。
「っは、ははは……」
気がつけば、クロウは槍を握りながら笑っていた。あんなにも絶望的な状況だったのに。
今だって、槍が戻ってきただけで大して状況は変わらないのに。
「そこまで言われたら、ヘタレちゃいられねぇなぁ」
勝率の低い賭けは嫌いだ。けれど、勝利の女神が笑ってくれてるのなら……賭けに乗らない理由なんてない。
あぁ、そうだ。例え周囲から無様だと笑われようとも、勝つために手段を選ぶ必要などない。
だってこれは格闘技なんかじゃない。フリークス・パーティなのだから!
「さぁ、仕切り直しだ」
クロウは槍に指を滑らせ、腰を落とす。
ピジョンもまた鳥のマスクをきちんと直して、声を張り上げた。
「インゲル!」
「はいよ」
インゲルがピジョンにトンファーを手渡す。
ようやく、クロウはピジョンの戦闘スタイルを理解した。
そもそもトンファーは非常に扱いづらい武器だ。身もふたもないことを言ってしまうと、攻撃するだけなら、ただの棒の方がよっぽど扱いやすい。
ピジョンにとってトンファーは、あくまで敵の武器を破壊するための道具なのだろう。こちらが武器を使う時はトンファーで対応。そうして武器を奪うなり破壊するなりして、この男が最も好む肉弾戦に持ち込むのが戦闘スタイルというわけだ。
(つまり、武器攻撃は普通に効くんだよな……)
いくら鋼の肉体などと揶揄されても、刃物が効かないわけがない。それに、人体には急所があるのだ。そこを狙えるように戦いの流れを持っていけばいい。
今までは、ピジョンのペースに流され、彼の土俵で戦わされていたが、それに応じる必要はないのだ。
「……いくぞ!」
「無駄じゃい! 今度はその槍をへし折っちゃるわ!」
「やれるもんなら……やってみな!」
クロウは振り下ろされたトンファーをかいくぐってピジョンの肩口を狙う。そこに反対の手のトンファーが割り込んできた。
槍の切っ先をずらされ、バランスを崩した所でトンファーが回る。このままだと、また武器を絡め取られる。
そうなる前にクロウは後ろに跳び、袖口に隠した細いナイフを投げた。
狙い通りに飛んだナイフはそのままピジョンの腕に……
「ふんっ!」
刺さらなかった。
『なんとぉぉ! クロウ選手のナイフが弾かれたぁ! これは一体どういうことだぁ!』
『それはアタシが教えてあげるわ……あれはマッスルガード! ダーリンの鍛えぬかれた強靭なマッスルの前では、投げナイフなんて玩具も同然なのよ!』
『ちょっ、ヘイヤさん、マイク返して下さ……』
『ああん、まさかあの極上マッスルをまた見られるなんて、たまには仕事をサボってみるもんね! ダーリン素敵! 抱いて! その筋肉でアタシを抱き潰してぇん!』
『仕事して下さい!』
実況マイクの音声が不自然に途切れた。どうやら、筋肉フェチ変態女医の乱入で実況席が少々混乱しているらしい。
ピジョンは袖まくりをすると、二の腕に力をグッと込め、ヘイヤに「極上」と称された筋肉を誇示した。
「ダッハハハ! そういうわけじゃ。勢いの乗らん攻撃なんざ、わしの筋肉に傷一つつけられんぞ!」
「つまり、勢いが乗れば効くんだな」
クロウはナイフを三本、指の間に挟んで投擲した。先程は後ろに跳びながら手首のスナップだけで投げたが、今度は肩から背中にかけて、全ての力を込めた本気の投擲だ。
しかし、ピジョンはトンファーも使わずに腕を一振りする。
「効かんわぁ!」
腕の筋肉に力を込めて振り払うだけで、ナイフはあっさりと弾かれ、地面に落ちた。服こそ切れているものの、腕には傷一つついていない。
(全力でも投擲では無意味。直接切りつけないと駄目ってか。それなら……)
クロウは槍を構えるとピジョンに突撃する。一見するとヤケになって破れかぶれの攻撃をしかけたようにも見えるだろう。
ピジョンが喉をのけぞらせて笑う。
「グハハハハッ! 面白い! 正面から粉砕してやるわっ!」
クロウが放ったのは何のひねりもない、ただ勢いだけを乗せた突きだ。
ピジョンの左手のトンファーが槍の切っ先をずらし、もう片方が槍の柄を絡めとる……寸前にクロウは槍から手を離した。
「なんじゃとぉっ!?」
槍はフェイク。本命の武器は右手グローブの下。
クロウは槍の間合いを捨ててピジョンの懐に入り、右手の手袋を口にくわえて一気に抜き取った。
黒い鱗に覆われた醜い手。その先端の黒々とした爪は、ナイフに劣らぬ鋭さを持つクロウの切り札だ。
爪がピジョンの腕に食い込む。
「その程度の攻撃、筋肉で受け止めてくれるわぁ!」
ボゴォッと膨れ上がり隆起した筋肉は確かに頑丈だ。だが、クロウは右手の爪にピジョンの意識を引きつけつつ、左手で己の背中の羽を毟り、ピジョンの顔に押し付けた。
「ふわ……ぶわっくしょぉぉぉぉぉぉおおおい!!」
効果はてきめんで、羽毛アレルギーのピジョンは大きなくしゃみを連続する。
「はくしょっ、ぐしゅっ、うぉぅ、マスクの裏に鼻水が付いた……ちょっ、タンマ……」
クロウはニヤリと獰猛に笑って、地面を踏みしめる。
「待つわけないだろ」
そして跳躍。長い足が弧を描き、マスクの上からピジョンのこめかみにヒットする。
『決まったぁぁぁ! クロウ選手渾身の後ろ跳び回し蹴りがピジョン選手にクリーンヒット! ピジョン選手起きあがれません! 果たして意識はあるのかぁ!』
地面にひっくり返ったピジョンにインゲルが駆け寄り、ピジョンのマスクをペチペチと叩く。
「あ、駄目だこれ、伸びてる。おーい、審判、私達の負けだ」
のんびりとしたインゲルの言葉に、審判が勝者の名を告げた。
『勝者クロウ&サンドリヨン!!』
* * *
「クロウーーーー!!」
優花はこめかみに蹴りを食らって卒倒している父親になど目もくれず、クロウに駆け寄るとその背中の怪我を確かめた。
服はズタズタに裂け、肩甲骨周りの羽はボロボロになって取れかけている。
「背中! 大丈夫!?」
「いや、オレよりお前だろ!? 手ぇ見せてみろ!」
クロウの槍を回収する際に薔薇の木を掴んだ優花の手は、細かな傷でボロボロだ。だが、優花はそれよりもクロウの背中が心配だった。
優花がクロウの背中をのぞきこもうとすると、クロウがぐるりと振り向いて優花の手を確かめようとする。また、優花がクロウの背後に回り込み、クロウがぐるりと回る。
「クロウの背中が!」「いや、お前の手が!」と互いの傷の具合を確かめるために、ぐるぐるその場を回っていると、実況のドードーがマイクを手に駆け寄ってきた。
『クロウ選手、おめでとうございます! インタビューよろしいですか?』
「後にしてくれ。サンドリヨンの怪我の手当をしたい」
『すみません、では手短に一つだけ。対戦相手のピジョン選手は、十年前に引退した伝説の騎士ハヤブサと同一人物だと噂されてますが……』
ドードーの言葉に、優花は絶句した。
(あのバカ親父が、伝説の騎士?? え、なにそれ、どういう冗談??)
十年前というと、優花はまだ小学生である。確かに優花が小学生の時は、父が「遠方の祭りに行ってくるわぃ」と家を留守にすることがあったけれど、いやいやまさか、いやまさか……
(で、伝説の騎士って……な、何やっちゃってんのあの男!?)
ちょっと叩き起こして事情を聞き出さなくては……と思い、父の方に目を向けた優花はギョッとする。鳥のマスクを被って卒倒していた大男の姿がない。彼の相棒の姫の姿も。
ドードーもそのことに気づいたらしく、焦ったように声をはりあげた。
『ハヤブサさん……いや、ピジョン選手! インゲル選手! どこですか! ちょっとインタビューを──!!』
* * *
カメラの目を盗んで選手用通路に逃げ込んだピジョンはマスクを外し、鼻水のついた顔をティッシュでゴシゴシと拭いながら、唇を尖らせた。
「納得いかーん! わしはまだ戦えたわい! あの蹴りもあと二発は耐えられた!」
ブーブーと文句を言うその姿は、夢中で遊んでいた玩具を取り上げられ、ふて腐れる子どものようであった。
インゲルはまだマスクを取らぬまま、のんびりとした口調で言う。
「三発耐えるのは無理だったんだろ。いいじゃん、一瞬伸びてたのは確かだったんだから、若者に勝ちを譲れよ」
「負けたのが悔しいんじゃないわい! せっかく火がついたとこだったのに……わしゃあ、もっと戦いたかったんじゃー!」
「そろそろ退き時だったんだから、しょうがないだろ。もともと試合参加はオマケみたいなもんだったんだ。これ以上は計画に支障がでる」
「へー、それってどんな計画?」
通路の奥から響く少年のような声に、ピジョンとインゲルは足を止めた。
カツカツとブーツを鳴らして二人に歩み寄るのは、小柄な青年──ウミネコだ。
「おひさー」
笑顔でヒラヒラと手を振るウミネコに、ピジョンは旧友に会ったことを懐かしむような顔で頷く。
「久しいのぅ、ウミネコ。お前は十年前と全然変わっとらんなぁ」
「そういうお前は、久しぶりにフリークス・パーティに戻ってきたと思いきや、変なマスクかぶって何してんの? 悪役覆面レスラーに転向したの?」
「わしが正体晒すと目立ちすぎるからのぅ! 大会への配慮ってやつじゃー」
カカカと笑うピジョンに、ウミネコは小脇に抱えられた鳥のマスクをちらりと見て、言った。
「お前の計画とやらに、サンドリヨンちゃんとオデットちゃんは関係ある?」
「何のことだかさっぱり分からんのー」
「えっ、だってサンドリヨンちゃん、お前の子だろ」
ピジョンが鋭い目をくわっと見開き、ウミネコを凝視する。
「──!! 分かるんか!?」
その横でインゲルが不思議そうに鳥頭を捻った。
「カメラが生きてたのか? 親子の会話シーンは完全に妨害したと思ったんだけど」
ピジョンもインゲルも、伝説の男ハヤブサと、その娘との繋がりは巧妙に隠していた。この会場でこの親子の関係に気づいている者はいないだろう。
ウミネコが、サンドリヨンとハヤブサの関係に気づいた理由はただ一つ。
「オレ、お前の嫁さん……ゲルダちゃんとマブダチなんだぜ。昔、娘の写真を見せて貰ったことがある」
サンドリヨンと始めて会った時から、ウミネコは彼女と初めて会った気がしなかったのである。
ウミネコは人の顔を覚えるのが苦手だし、サンドリヨンも何も言ってこなかったから、まぁもしかしたらどっかですれ違ったのかもぐらいにしか思っていなかった。
もしかして、と思ったのは開会式でサンドリヨンとオデットが同じ画面に映った時。
よく似た顔の姉妹が、まるで正反対の表情を浮かべている光景は、十年以上前にゲルダに見せてもらった双子の娘達の写真とよく似ていた。
気が強そうでふてぶてしい顔の姉。マイペースそうで、ちゃっかりカメラ目線の妹。同じ顔なのに表情が全然違うの面白いなぁ、と思ったのを今でも覚えている。
「人の顔を覚えるのが苦手なお前がよう覚えとったのぅ」
しみじみと呟くピジョンに、ウミネコは肩を竦めた。
「分かるさ。だってサンドリヨンちゃん、ゲルダちゃんにクリソツ」
「見た目が?」
「言動が。見た目はお前似だろ。可哀想に」
喉を鳴らしてケラケラと笑うウミネコに、ピジョンが大真面目に言った。
「男だったらイケメンじゃー」
「うん、まぁ確かに。サンドリヨンちゃん、男の子だったら間違いなくイケメンだったよな。女の子にキャーキャー言われてそう」
「わしみたいにな!」
「で、お前の計画って何?」
ピジョンは唇をへの字にして黙り込む。
ウミネコは頭の後ろで手を組むと、世間話でもするような口調で言った。
「お前って、昔っからこっそり何かを準備するのが苦手だったよな。サプライズをしようとしても、すぐ周りにバレてたし」
なにせ、ついた二つ名が〈フリークス・パーティのお祭り男〉である。いつだって陽気で、楽しそうに戦う男だった。ウミネコが知る限り、最も企み事と無縁の男と言ってもいい。
「……そんなお前が、十年もコソコソと何をしてたわけ?」
ピジョンは鋭い面差しでじっとウミネコを見ていたが、右手を持ち上げるとチョイチョイと手招きをする。
「それはじゃな……」
「うんうん」
「これを見てくれ」
そう言ってピジョンが懐から取り出した何かを地面に叩きつける。思わず目で追ったウミネコは、その物体から飛び出した白い煙をもろに吸い込んだ。
「ぶわっ……ごほっ、うぇっ……なにこれ、煙幕っ!?」
「ダーッハッハッ! さらばじゃ! ウミネコ!」
ゲッホゲッホと咳き込むウミネコの横を、ピジョンとインゲルがドタドタと通り過ぎて行く。
ウミネコの背後で、インゲルののんびりとした声が聞こえた。
「なあ、これ火災探知機が作動しちゃうんじゃないか?」
「なっ、なんじゃとー! 撤収じゃー! 速やかに撤収じゃー!」
「ラジャー!」
足音はどんどん遠ざかっていく。ウミネコは五感特化型ではないし、燕みたいに「気配を読む」だなんて器用な真似もできないから、今から追いかけても無駄だろう。
(さて、どうするかなぁ)
口元を手で覆って煙の薄い場所に移動したウミネコは、煙の中からニュッと伸びてきた腕に首根っこを掴まれた。
うぉっ!? と手足をバタつかせながら振り向けば、そこにはこめかみに青筋を浮かべたグリフォンが、ウミネコを睨みつけている。グリフォンは警備の責任者だ。
「ウーミーネーコー! なんだこの煙は!? 今度はなにやらかした! この器物破損常習犯がっ!!」
「うん、こうなるって分かってた。分かってたけど、敢えて言うわ」
ウミネコはぷらぷらとつまみ上げられながら、がっくしと肩を落として言う。
「超☆理不尽!」




