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フリークス・パーティ  作者: 依空 まつり
第9章「パンを踏んだ娘」
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【9-1】少年漫画で言うところの越えるべき壁

 燕は意識が浮上するのと同時に、まず冷静に自分の置かれた状況を把握することにつとめた。

 自分が寝かされているのは、ベッドの上。医薬品の匂いがするから、おそらく医務室だ。本戦で使われるクリングベイル城の医務室は個室が複数あるので、おそらくそのいずれかだろう。

 視力を失った彼にとって昼も夜も等しく暗闇だが、それでも窓から差し込む柔らかな日差しが、風の匂いが、今は日中であることを教えてくれる。昼と夜は風の匂いが違うことを、彼は視力を失って初めて知った。

 部屋の中には人の気配。ベッドの近くに一つ、それと……

「意識は戻りましたか」

 ベッドの近くで声がした。この声は、花島カンパニーの花島教授の助手、ケイト・ハスクリーのものだ。燕は「あぁ」と相槌を打ち、己の体の状況を確認した。脇腹に深い傷。縫合されているようだから、まだ動かぬ方が良いだろう。

「試合終了からどれぐらい経った? 試合の進行はどうなっている」

「あなたの試合終了から十六時間が経過しました。次の試合は、これから始まるところです」

 燕の試合のすぐ後には、クロウの試合が控えていた筈だ。

 それはどうなったのかと訊ねると、ケイトは、会場設備の不具合のため、一日延期になった旨を教えてくれた。会場設備の不具合とは、あの強制排水のことを言っているのだろう。

「……ライチョウとスノーホワイトは、どうなった?」

「行方不明です。排水口付近にライチョウのものとおぼしき機械部品が引っ掛かっていたそうですが、本人は見つかっていません」

 燕は「そうか」と呟き、無い目を閉じる。

 ライチョウが何を思い、あの状況でスノーホワイトを追ったのかは分からない。ただ、分からないままでいい、と燕は思う。

 愛してくれなくていいと叫びながら、ライチョウに尽くすスノーホワイトを、ライチョウが何故、手元に置き続けたのか。何故、助けに行ったのか。

 それはライチョウとスノーホワイトだけが知っていればいい。

「何はともあれ、準決勝進出おめでとうございます。ところで試合中、サンヴェリーナと長く話していましたが……何を話していたのですか?」

「大したことじゃない」

 フリークス・パーティでは試合を中継する時、基本的に音声はそのまま中継される……が、燕とライチョウの試合は水の放水音がうるさかったため、映像だけが流されていたらしい。

 だから、観客達は誰も知らない。あの試合の間に交わされた会話を。

 サンヴェリーナの告白も、スノーホワイトの慟哭も、ライチョウが最後に残した言葉も。

「ところで先程から視界が真っ暗なのだが……いつもの視力補助用の機器は?」

「センサー類は現在全て取り外して調整中です。機械音痴などこかの誰かさんでも使えるよう改良するのだと、博士が仰っていました」

「……ありがたい」

「では、私も義手の最終調整があるので席を外します。ご用の際はナースコールを押してください。それでは失礼」

 そう言ってケイトは静かに部屋を出て行く。

 燕の義手は両腕とも戦闘用の物は取り外され、非戦闘用の物に取り替えられていた。これでもナースコールを押すぐらいならできるだろう。

 手を握ったり開いたりして腕の具合を確かめた燕は、入り口の方に目を向けると口を開いた。

「サンヴェリーナ、いるのだろう」

 返事はない。が、明らかに動揺している気配が伝わってくる。

 それと、ほんの微かな息遣いと衣擦れの音も。

 彼女は最初から部屋の中にいたのだ。ベッドに近寄ることもせず、扉のそばにじっと立ったまま、ずっと燕を見ていた。だから、燕はケイトにサンヴェリーナの安否は訊ねなかった。

「センサーなどなくとも、気配で分かる」

 ベッドに近づいてくる足音が聞こえる。その一歩一歩はひどくゆっくりとしていた。まるで、絞首台を上る罪人のように。

 やがて、足音がベッドのすぐそばで止まる。

「……わた、しは……」

 サンヴェリーナは掠れた声で呟き、短く息を吸う。嗚咽のように喉がひきつる音がした。

「私は、ずっとあなたを騙してました。あなたを騙して、戦わせて……賞金の一部を受け取って、借金の返済に当てて……」

 サラサラとスカートが床を滑る音がする。それと、必死で嚙み殺そうとしている嗚咽も。ベッドのそばで跪き、泣き崩れるサンヴェリーナの姿が見えずとも伝わってくる。

「っ、ごめ……なさい……ごめん、なさい……死んだ妹さんのふりをして……あなたを騙して……わた、わたしは、最低な嘘をつきました……」

「だが、その嘘に俺は救われた」

 そう、燕は確かに救われたのだ。サンヴェリーナの嘘に。

 おめおめと生き残った自分を許せず、妹の後を追おうとした彼を引き止めたのは、サンヴェリーナの存在だった。

 騙されたのは最初だけ。途中から彼は、本物の妹ではないことに気がついていた。

 それでも、この娘の「生きてて良かった」という一言が、嘘ではないと思ったから。その一言が、彼を生かし続けた。

「俺はお前を咎める気はない。だから、そんなに己を責めるな」

 サンヴェリーナの髪が揺れる音がする。あぁ、きっと、この娘は首を横に振っているのだろう。

 妹の綾女の髪は艶やかな黒だった。燕はこの娘の髪色を知らない。ただ、そのサラサラとした触り心地が綾女のそれとよく似ていることだけは知っている。

「駄目、です。そんなに優しくしちゃ駄目です……私はあなたの妹じゃない……綾女さんじゃないんです」

「そうだな、お前は綾女じゃない」

 よく似た声と背格好だが、まるで違う。

 武家の娘として、潔く生きることを良しとする綾女とは正反対と言ってもいい。弱い娘だ。

 それでも……

「お前は、俺の二人目の妹のサンヴェリーナだ」

 サンヴェリーナが息を飲む。あぁ、と掠れた吐息が聞こえる。

「……いいんです、か? 私、まだ、お兄様と、呼んでも……いいんですかっ?」

「断る理由が思いつかん」

 即答すれば、サンヴェリーナは燕の胸元に縋りつき、泣きじゃくった。まるで、子どもみたいに。

「お兄、様……わた、わたし、本当は、ずるい子なんです。こんな風に優しくされたの、初めてで、嬉しくて。悪いことしてるって分かってたのに、やめられなくてっ……あなたに愛されている綾女さんが羨ましかった! 私が本物の妹だったらって思うようになって……」

 燕はこの娘の歩んできた人生を知らない。

 それでも知っている。サンヴェリーナは弱い娘だ。弱くて、臆病で……優しい娘なのだ。

 燕は義手をゆっくりと動かし、ぎこちなくサンヴェリーナの頭を撫でる。花島の作った義手は良くできているが、サンヴェリーナの髪の感覚までは伝えてくれない。それでも、微かに頰に触れる髪はサラサラと柔らかく良い匂いがした。綾女とは違う、花の香りだ。

「綾女は綾女、お前はお前だ。無理に演じずとも良い」

 サンヴェリーナは燕の胸に顔を埋めたまま、泣きじゃくった。燕はそんなサンヴェリーナの髪を静かに撫で続ける。


「おっじゃましまーっす! ……あり? ……禁断の兄妹愛なう?」


 穏やかな空間を一瞬でぶち壊したのは、ウミネコの能天気な声だった。

 その隣で、エリサが「うわっ」と声をあげる。 

「これ、完全にお邪魔虫ですよ私達。馬に蹴られて死ぬパターンですね。ウミネコさんが」

「オレだけ!?」

 ウミネコとエリサの登場に、サンヴェリーナは慌てて立ち上がり、パタパタと無意味に手を動かす。

「お、お見苦しいところをお見せしましたっ」

 燕が「何用だ」と低く唸れば、ウミネコは何か重い物を医務室のテーブルに置いた。コードとコードを繋ぐ音がするから、機械の類だろうか。

「何用って、お見舞いだよ。お・見・舞・い! テレビ持ってきたからさー、一緒にクロちゃんの試合、観戦しようぜ」

「これからクロウの試合が?」

「そっ! 最初にクロウVSピジョン、そのあと、続けてイーグルVSカケスの試合な」

 本来は燕VSライチョウ、クロウVSピジョンが同日、イーグルVSカケス、オウルVSウミネコが同日に行われる予定だったのだが、燕の試合で起こった排水の事故が原因で、予定がずれたらしい。

 これから行われるクロウとピジョンの試合は、勝者が燕の対戦相手となる。観ておく必要があるだろう。とは言え、視力を失った燕は、テレビ画面の映像を見ることはできない。

「サンヴェリーナ、画面の解説を頼む」

 兄の言葉に、サンヴェリーナは晴れやかな声で、力強く頷いた。

「はい、お兄様!」



 * * *



『さぁ、それでは張り切って参りましょう! 準々決勝第二試合、まずはグロリアス・スター・カンパニーが誇る最強のキメラと今大会のニューヒロイン! クロウ&サンドリヨン! 対するは謎の覆面コンビ! その素顔ははたして明らかにされるのか!? ピジョン&インゲル!』


 クリングベイル城の薔薇庭園の中央には、美しい噴水がある。その噴水の前で、クロウはふざけたマスクを被った二人組を睨みつけていた。

 ピジョン&インゲル。間近で見ると、ピジョンは体躯に恵まれた大男だった。筋骨隆々としており、健康的に日焼けしているが、おそらくアジア人だろうということはなんとなく分かる。その手に握られているのは、トンファーと呼ばれる珍しい武器だ。

「おい、そのふざけたマスクをかぶったまま戦う気か」

 ピジョンは何も言わない。

「なんとか言ったらどうだ」

 クロウが低く唸ると、ピジョンはマスクの下で口を開いた。

「ポッポー」

「……ふざけてんのか」

「ポッポー♪」

 ふざけている。これから試合が始まるというのに!

 ウミネコは、ピジョンがかつて最強と呼ばれた騎士ハヤブサなのではないかと疑っているようだった。だが、目の前の男からそんな覇気は伝わってこない。鳥マスクから伝わってくるのは不気味さとシュールさだけである。

(こいつが、かつての伝説の男ハヤブサ? ウミネコの勘違いじゃないのか?)

 だいたい、この男がハヤブサだと言うなら、何故、覆面をしているのか。

 その時、クロウのすぐ隣でヒゥッと息を飲む音がした。クロウはギョッとして隣に立つサンドリヨンを見る。

 サンドリヨンは何故か、体を小刻みに震わせ、頰を引きつらせていた。

 見開かれた目は動揺に揺れ、焦点が合わない。

「……んで、……が」

 震える唇が小さく何かを呟く。だが、クロウの優れた耳でも全ては聞き取れない。

「サンドリヨン?」

 軽く肩を叩いても、彼女は視線をピジョンに向けたままだった。一体、どうしたというのだろう。

 明らかにいつもと様子の違うパートナーにクロウがかける言葉を選んでいると、進行役のドードーが声を張り上げた。


『今回のギミックはクリングベイル城名物、薔薇迷宮! 姫と騎士の初期位置はそれぞれ迷宮の四つの入り口! 迷宮でいち早くパートナーを見つけられるかが鍵となります』


 運営員会のスタッフ達がやってきて、それぞれ騎士と姫を別の場所へ案内する。クロウはスタッフに連れて行かれるサンドリヨンに向かって声を張り上げた。

「サンドリヨン! まずは合流することを考えるぞ! いいな!?」

「………………」

 やはり彼女は何も言わない。その様子がクロウの不安をますます強くした。



 * * *



 『それでは、準々決勝第二試合……始めっ!』


 試合開始の鐘が鳴るのを、優花はどこか遠くの出来事のように聴いていた。

 心臓はグツグツと煮えたぎっているのに、頭だけはスウッと冷えている。

 頭の中がクリアになって、視界が広がっていく感覚。

 不要な感情を全て削ぎ落として、残ったただ一つの感情が優花の頭のてっぺんから爪先までを支配していた。

 耳をすます。聴こえる。一際やかましい足音。


 あの男の気配!!


 ──走れ!


 頭の中で誰かが叫んだ。

 あの男がいる!

 あの男がいる!

 あの男がいる!

 上半身を低くし、腕を振り、全身を使って走る。

 やがて、優花の目は鳥のマスクをかぶった大男の姿をとらえた。

(見つけ、た)

 優花の喉から獣じみた呻き声がこぼれ落ちる。

「う、ぁああああああああああ!」

 勢いを殺さずその男の懐に飛び込み、優花は天を撃ち抜く勢いで拳を振り上げる。

 渾身のアッパーカットは男が僅かに身を引いたため直撃はしなかった。ただ、拳をかすめたマスクだけが生首のように宙を舞う。

 男の素顔が露になる。猛禽を思わせる鋭い目つき、立派な眉、無精髭。不敵な笑みの似合う精悍な顔立ち。

 優花は吼える。


「やっぱりあんただったのね……この()()()()()!」



 * * *



「あれ? なんか画面がおかしくないですか」

 エリサが首を傾げながら言った。

 テレビ画面は、それぞれの騎士と姫の様子を四分割にして映していたのだが、何故か画面の四分の三が黒くなっている。映っているのは、クロウだけだ。

 状況が理解できない燕に、サンヴェリーナが説明する。

「カメラの故障でしょうか? クロウ様しか映っていませんわ。音声も一部、聞こえなくなっています」

「クロウとピジョンは交戦中か?」

「いいえ、まだです」

 サンヴェリーナの言葉に、燕は「むぅ」と唸った。

 画面の中では今も、迷宮を走るクロウだけが映し出されている。残り三つの画面は沈黙したままだ。

 エリサが「接続不良ですかねぇ」とコードを挿し直すが、やはり画面は変わらない。

「サンドリヨンさんと敵の騎士が映っていないのが気になりますねぇ。サンドリヨンさん、ご無事だと良いのですか……どう思いますか、ウミネコさん? ……あれっ、ウミネコさん?」

 いつのまにか、病室からウミネコの姿は消えていた。試合が始まったばかりだというのに、どこに行ったのだろう。賭けに参加するための軍資金は底をついたはずだけど。

 お手洗いですかねぇ? とエリサは首を捻りながら、テレビ画面に視線を戻した。



 * * *



 何年も前に家を飛び出したっきり音信不通になっていた優花の父、如月幹雄(みきお)もといピジョンは、腰に手を当てて、豪快に笑っていた。

「ガッハッハ!! 鳥の鳴き真似を聞いただけで父と気づくとは、さすがわしの娘! 大きくなったのぅ。あー、えーと……花子!」

「死ね」

 一切の慈悲も無く無表情に言い放つ優花に、ピジョンはポンと手を叩いた。

「おぉう、その反応は優花の方じゃな。美花の方が反応に可愛いげがあるけんのぅ。ということはオデットが美花か」

 この男は昔からこうなのだ。優花と美花の区別がついていない。挙句、呼びかけに困った時はとりあえず花子などと言う。

「にしてもお前ら、なんでこんな場所におるんじゃ?」

「それはこっちの台詞よ! なんで、あんたがフリークスパーティに参加してるわけ!」

「おぉう、父が心配か!」

 うんうん、と鷹揚に頷くピジョンに、優花は氷点下の眼差しを向けた。

「こんなヤクザなとこで死なれたら保険金がおりないでしょうが」

「安心せい! わしは保険なんぞ入っとらん!」

「あんたが家を飛び出した後で、私が申し込んだのよ。入院保証は雀の涙だけど、死亡金だけはガッツリ入るやつをね」

 血も涙もない娘の言葉を、男は豪快に笑い飛ばした。

「ガッハッハ! わしはそう簡単にはくたばらんぞ!」

 娘もよく似た顔で笑い返した。

「あっはっは、今すぐくたばれ保険金が入る死に方で」

 そんな感動的な親子の再会に「おーい」とのんびりした声で割って入ったのは、ピジョンのパートナーのインゲルだった。いつからそこにいたのか、鳥のマスクをかぶった姫は、優花がアッパーで吹き飛ばしたビジョンの鳥マスクを小脇に抱えている。

「おーい、ピジョン。言われた通り、カメラの一部に細工してきたぞ。感動的な親子の再会シーンは観客には見られていないから安心しろ」

「おう、インゲル、すまんのぅ」

「どういたしまして」

 そう言ってインゲルは、小脇に抱えた鳥マスクをポイとピジョンに放り投げた。

「そろそろカメラが復活する頃だから、それ被っとけよ」

「それもそうじゃな」

 頷きながら、ピジョンは鳥のマスクをかぶり直した。改めて近くで見るとシュールだ。これが自分の父親だと思うとなおのこと。

「……ねぇ、そのマスクは何の冗談?」

「有名人は辛いんじゃー」

 その一言で、優花は大体の事情を察した。

「あんたまた借金取りに追われてるわけ!? 馬鹿じゃないの!? 馬鹿じゃないの!? 馬鹿じゃないの!? 死ね!」

 眉を釣り上げて怒り狂う優花に、インゲルがしみじみと感心したように呟く。

「すごい嫌われようだな」

「うちの娘はあれだ、ほら、今流行りのツンデレなんじゃー」

「一瞬もデレてないぞ」

 至極もっともな意見である。

 だが、優花はインゲルの声も耳に届かぬ様子で、ギリギリバリバリと恐竜のように凶悪な歯ぎしりをしていた。

「家族をほったらかしにして借金取りに追われて、挙げ句の果てに、ちゃっかりスタイルのいい若い女の人に乗り替えて……」

「おぉう、父を取られて寂しいか、娘よ!」

「家にも帰らず、若い女と遊んでいたわけね……母さんの墓前で腹切って死んで詫びろ! この××親父!」

 インゲルがピジョンを見上げ、言った。

「おい、とんでもない誤解されてるぞ」

「わしは死んだ嫁一筋じゃー」

 そんな父親の戯言を優花は「黙れ」の一言で切り捨てて、拳を強く強く握りしめた。

「ここであったが百年目……積年の恨み、晴らさせてもらうわ!」

 まさに一触即発。そんな中、インゲルが「あ」と短く呟き、薔薇の蔦で覆われた通路の一つを指さす。

「王子様が来たみたいだぞ」

 インゲルの指の先では、槍を握りしめたクロウがこちらに駆け寄ってくるのが見えた。

「サンドリヨン! 無事か!」

 クロウの目には、優花が敵の騎士と姫に襲われているように映ったのだろう。彼は必死の形相でこちらへ向かってくる。

 そんなクロウをマスク越しに眺めながら、ピジョンがしみじみと呟いた。

「おぉう、やっと来よったか。いきおくれ娘の婿候補が」

「ん……なぁっ!?」



 * * *



「あっ、カメラが復旧しましたわ」

「互いの騎士と姫が合流したところですか。丁度いいタイミングでしたねぇ」

 サンヴェリーナとエリサが明るい声をあげる。

 画面の中では、ちょうどサンドリヨンとクロウが合流したところだった。クロウがサンドリヨンの元へ駆け寄ると同時に、途切れていた音声も復活する。

「これで俺も状況が把握できるな」

 そう燕が口にした瞬間、テレビからサンドリヨンの声が響いた。



『誰がいきおくれだぁぁぁ!』

『おい待て落ち着け! 暴れるな!』

『離してクロウ! あいつをギッタギタにのしてボコして潰して晒し者にしてやる!』



 燕は目元を覆う包帯の上から眉間を押さえる。

「……どういう状況だ」

 エリサとサンヴェリーナが交互に答えた。

「……えーと、サンドリヨンさんが激オコで」

「……暴れるサンドリヨンさんを、クロウ様が羽交い締めにしています」

 一体、あの場で何が起こっているのか。

 三人は困惑顔でクロウ達の様子を見守った。



 * * *



 美花が渋面でテレビ画面にかじりついていると、イーグルが心配そうに声をかけた。

「オデット、どうしたんだい、そんな険しい顔をして……お姉さんが心配?」

 心の底から美花のことを気遣っている優しい声に、美花は「なんでもないよぉ」と笑顔を貼りつけて首を横に振る。

 だが、その裏で内心美花は混乱していた。

 あの鳥男の見覚えのある体形、そして姉の近年稀に見るぶちギレっぷり……間違いない。なにせ、実家にいた頃、何度も何度も何度も何度も見てきた光景である。

(……なんで、パパがいるのぉ。超意味分かんな~い。優花ねぇ、大丈夫かなぁ……)


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