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【幕間19】酒の肴の昔語り


 世の中、金で買えないものは確かにある。それでも、金で買えるものの方がずっと多いと男は常々思っている。

 男の父親は男が十歳の時に死んだ。借金を苦に首を吊ったのだ。

 それを見た母が言った言葉は、今でも覚えている。


「馬鹿ね。死ぬならもっと金になる死に方をしないと」


 翌日、母が死んだ。銃でこめかみを撃って自殺。

 男とその兄の元に返された母の遺体は、目玉や内臓を全て抜かれていた。生前、母が知り合いの闇医者に依頼していたらしい。

 彼らの手元にはあちこちがベコベコに凹んだ母の亡骸と幾ばくかの金が残った。その母の亡骸すらも、兄がどこぞに売り払った。

 兄曰く「そういう女の死体を欲しがる物好きもいるんだよ」

 その兄は母が残した金を投資に使い、結局は失敗して借金取りに引きずられていった。人づてに聞いた話だと、結局兄は母と似たような末路を辿ったらしい。

 男は運が良かったのか悪かったのか、地元の軍に拾われた。

 そうして戦場に立ち続けて数年、銃器の扱いにそれなりになれてきた頃、自軍の爆撃に巻き込まれ、右腕と声帯、その他諸々、体の一部を失った。


 * * *


「そこを今度はオートコパール社に拾われて、全身サイボーグになったって訳かー」

 バーカウンターに並んで座り、ライチョウの昔話に耳を傾けていたウミネコは、コロナをグイと煽り、言った。

「挙げ句の果てに今じゃ汚れ仕事専門の始末人だろ。あんたも大概に苦労してんだなー」

 ライチョウはラムのグラスを傾け、短く答える。

「今の生活に不満は無い」

「えっ、仕事選べないし体弄られるし、超ブラック企業じゃん。労災なんてレベルじゃなくね?」

「元より仕事を選ぶ気はない」

 収入は充分に出る上、メンテナンス費用はオートコパール社もち。かつ、常に最新技術の武器が提供される。それだけで充分だと言うライチョウに、ウミネコは感心したように溜息を吐く。

「ライチョウはサラリーマンの鑑だなぁ」

 ウミネコとライチョウの背後で、わぁっと大きな声が上がった。どうやら、ポーカーをしていた連中が盛り上がっているらしい。

「ジーザス! また負けた!」

「おらおら、有り金全部出せー」

「ちっくしょー! おい、ウミネコ、お前も混じれよ!」

「おう、後でなー。ライチョウはどーする?」

 ウミネコが声をかけると、ライチョウは首を横に振る。

「ギャンブルはしない主義だ」

「真面目だなー。酒もやらない煙草もやらない。何を楽しみに生きてんの。さては女か? 女に貢いでるのか?」

「女は金がかかるから好きじゃない」

「あー、だからいつもシングルしか出ないわけね。パートナーバトルは姫の調達に金がかかるもんなー」

 パートナーバトルに参加する姫は基本的に騎士が自腹を切って、運営委員会から斡旋してもらうのだが、その斡旋料がなかなか馬鹿にならない。

 だからこそ、今までライチョウはシングルバトルにしか出場したことがなかった。

 しかし……

「次のパートナーバトルには参加する」

 そう宣言してラム酒を煽ると、ウミネコがどんぐり眼を更に丸くして声をあげた。

「まじで!? 姫はどんな子? 可愛い? 美人? おっぱい大きい? 名前はなんての?」

「スノーホワイト」

 矢継ぎ早に繰り出される質問の最後にだけ淡々と答えると、ウミネコは口笛を吹いた。

「白雪姫かあ! いいねいいね、黒髪色白巨乳美人とみた! ──で、どこで見つけたんだ? やっぱ、オートコパール社の斡旋?」

「違う」

「ならどこでどーやって知り合ったんだ? 合コン?」

 ライチョウは答えず、また一口酒を舐める。



 * * *



『できる限り恐怖を与え、苦しめてから殺せ』

 それが、依頼人の要望だった。ターゲットの数が多く楽な仕事ではなかったが、報酬が良かった。なにより、彼の所属するオートコパール社と懇意にしている会社の社長からの依頼だ。断れるはずがない。

 ターゲットはこの屋敷の住人全て──ただし、娘は除くこと。この娘は依頼人の息子と婚約関係にある。娘が財産を相続すれば、それは自動的に依頼人の家に流れ込むという寸法らしい。

 ライチョウは綿密に計画を立て、それを正しく実行した。一晩で三十五人。その数字を多いと見るか少ないと見るかは判断の分かれるところだが、複数の戦場を渡り歩いた男はその数字に何の感慨も抱かなかった。こんなもの、ただの的の数だ。

 そうして計画通りに作業を終えて、証拠の後始末をしていたところで、一つだけ誤算が生じた。

 睡眠薬を飲ませて眠らせた筈の娘が起きていたのだ。睡眠薬は確かに娘の食事に仕込んだのだが、家族に虐待されているこの娘は父親に腹を殴られて夜中に吐いたらしい。その時に、薬も吐き出してしまったのだ。

 女は血の海と言っても良い惨状を前に、泣きも喚きもしなかった。転がる家族の死体になど目もくれず、ただ真っ直ぐにライチョウを見ている。

「……私の家族、あなたが殺したんですか?」

 答えぬライチョウに、女はなおも問う。

「私も殺すんですか?」

 やはりライチョウは答えない。だが、女はそんなライチョウの態度に少しだけ考えるような仕草をすると、あぁ、と呟いて薄く笑う。

「殺さないってことは……そうですか、依頼主は……あの人にそんな大それたことができるとは思えないし……父親の方ですね」

 察しの良い娘だ。僅かな情報だけを頼りに、ライチョウの目的と依頼主に勘付いた。口封じに殺したいが、それだと契約違反になる。さて、どうしたものかとライチョウが考えていると、女はニコリと微笑み、言った。

 とても正気とは思えないような目で。


「ねえ、殺し屋さん……私に愛されてくれませんか?」



 * * *



 ライチョウは無言で酒を流し込む。酩酊感などまるで覚えないが、それでもあの時の女の強い眼差しを思い出すと、脳の奥が揺らぐような感覚があった。

 それを噛み締めながら、つまみのレーズンを口に放り込むと、ウミネコがニヤニヤ笑う。

「あー、黙り込んだ。やーらしー、むっつりー、絶対エロいこと考えてるー」




 テーブル席でカードをしていた男達は、恐ろしいものを見るような目をしていた。

「……すげぇな、ウミネコ。あのライチョウに絡んでやがる」

「怖いもの知らずだよな。オレなら、おっかなくて話しかけらんねーわ」

 男達が口々にそんなことを言いながらジョッキを傾けていると、カードを切っていた年かさの男がボソリと言う。

「でも知ってるか? ……あの二人、同じ年だぞ」

 男達の手から一斉に、ジョッキが滑り落ちた。


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