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【幕間16】悪意のにおい

 最近オープンしたと話題になっているショッピングモールは平日でも結構な賑わいを見せていた。

 モダンアートのオブジェが飾られたいかにも洒落たアーケードをご機嫌で歩くイスカの隣では、カーレンがぼんやりした顔をしている。

 ちなみにイスカは秋物のシャツにジレとジャケット、細身のパンツを合わせており、首には洒落た柄のストール、頭にはストローハットを被っている。ジャケットはこの秋の新作だ。

 見るからにお洒落な彼の横を歩くカーレンは安定のパンクロックスタイル。今日はサルエルパンツに左右非対称のパンクなTシャツを合わせている。

「いやー、思ったより良い店が揃ってるなぁ」

「…………」

「第三試合で敗退しちゃって時間もあるし、どうせなら、この辺のモールを色々見てみたいと思ってたんだよねぇ」

「…………」

「よし、まずはそこのショップから攻めてこうぜ」

 そう言ってイスカがレディース服売り場に足を向けたところで、今までぼんやりとしていたカーレンが「おい」と低い声で呻いた。

「……あれはレディース服売り場だ」

「そりゃそうだろ。お前の服を見繕うんだから」

 途端、カーレンの細い眉が持ち上がり、色の薄い目が山猫のようにギラギラと輝く。

「………………ぁあ?」

「だって、お前のその格好、ぶっちゃけ隣にいたくないんだもん、恥ずかしい!」

「だったら、隣を歩くんじゃねぇ!!」

 そのままイスカの顎を蹴り上げようとしたカーレンは、ここがショッピングモール内であることを思い出し、ハッとした顔をする。

 イスカはとびきり意地の悪いニヤニヤ笑いを浮かべた。

「へ〜〜〜、じゃあ、お前一人、ここに置いて帰っちゃおうかなぁー」

 イスカの言葉に、カーレンはうぐっと黙り込む。

 カーレンはよく電波だとかミステリアスだとか言われているが、なんてことはない、極度の人見知りで口下手なコミュ障なのである。

 知り合いや心の支えになる物が無い状況で人混みに放り出されると、パニックになってしまうのだ。

「ほらほら〜、天下のモデルのコウ・フジサキが選んでくれるんだぜ? むしろ、泣いて感謝しろよ。とびきり可愛い〜の選んでやるからさぁ」

「……ぐ……ぅぐ…………」

「あー、オフショルのトップスかーわいいー、こっちのレースのスカートも女の子らしくて良いじゃん」

 イスカは手近なラックからトップスやらスカートやらを手にとってカーレンにあてがうのだが、これがまたびっくりするほど似合わない。

 イスカも分かっていてわざとそういう服を選んでいるのだろう。性格の悪さが滲み出るニヤニヤ笑いに、カーレンは静かに殺意を募らせていく。もういっそ、この場で息の根を止めてやろうか。

 そこでカーレンは、イスカに渡すものがあることを思い出した。

「……あぁ、そうだ。殺す前に渡しとく」

「ちょっと待った、今なんて?」

 イスカのツッコミを無視して、カーレンはポケットから取り出した封筒をイスカに押し付けた。

「なにこれ? ラブレターにしちゃ随分分厚いけど」

「フリークス・パーティのファイトマネー、金弐百五拾萬円也」

 イスカは札束が入った封筒で、カーレンの頭をスパーンとひっ叩いた。

「こんなモン、ポケットから取り出すな!」

「鞄待ってないんだから仕方ないだろ!」

 二人がやいのやいのと言い争いをしていると、横から声をかける人物がいた。


「……君達、実は結構仲良しだよねぇ」


 どこかねっとりとした喋り方のその男は、イスカとカーレンをフリークス・パーティに勧誘した男、笛吹だ。

 コミュ障のカーレンが黙り込んでしまったので、代わりにイスカが笛吹に話しかける。

「よぅ、笛吹。こんなところで会うなんて偶然だねー」

「偶然じゃないさ。用事があって、君達を探していたんだよ」

 そう言って笛吹はコートのポケットから、薄い封筒を差し出した。

「はい、君達にプレゼント」

 封筒の中に入っていたのは、フリークスパーティ本戦の観戦席のチケットだ。

 フリークス・パーティでは参加選手にも基本的に選手用の観戦席が用意されているが、本戦は別である。ベスト8以降の本戦を見学できるのは、同じベスト8まで残った選手だけだ。

「特に決勝戦の観戦席はチケットが高騰するから、無所属でコネの無い君達に観戦はまず無理。でも、それがあれば決勝戦も良い席で見学できるよ」

 イスカは笛吹からもらったチケットをピラピラと振って、興味なさげな顔をする。

「オレ達は殺し合いを見学する趣味なんてないんだけどねー。パーティに参戦したのもお金目当てだったし。その目的も達成したから、もう用は無いし?」

「まぁ、そう言わずに。君達が対戦したクロウとサンドリヨンも本戦に出るんだ。気にならない?」

「だってさ。どーする、カーレン?」

 イスカに話を振られても、カーレンは黙して答えない。ただ、警戒する野生動物のようにじっと笛吹を見ている。

 笛吹はその視線に居心地の悪そうな顔をすると、コートの裾を翻して二人に背を向けた。

「まぁ、捨てるも捨てないもご自由に。それじゃ、オレは行くよ。ばいばい」

 そうして笛吹の姿が人混みに完全に消えていったところで、カーレンはようやく警戒態勢を解き、小さく呟く。

「……あいつ、気に入らない」

「まぁ、何か企んでそうな風ではあるけど」

「……獣のにおいがする」

「体臭に気を使わない男ってやーね」

「ちなみにお前はケダモノのにおいがする」

「男はみんな野獣なんだよ」

「…………」

 カーレンは無言でイスカから離れた。向かう先にあるのはドラッグストアだ。

「えっ、ちょっ、待って、どこ行くの!?」

「……消臭剤を買いに」

「えっ、ちょっ、そこまでにおう!? ていうか、そこまでしちゃう!?」

「……気持ち悪い」

 イスカは打ちのめされたような顔で硬直した。

 そんなイスカを捨て置いて、カーレンはドラッグストアの陳列棚を眺めながら考える。

(あの男からは獣のにおいと……僅かに甘いにおいがした。傷んだ果実みたいな……胸糞悪くなるような甘ったるいにおい)

 あのにおいを、カーレンは知っている。


 ──あれは膿んで腐った悪意のにおいだ。





「……うっ、ぐすっ」

「なに泣いてんだ? うざい」

「くさいって……くさいって……いや、でもまだ加齢臭とかする年じゃないし、こいつ鼻が良いから香水とか付けすぎないように気をつけてるのに、くさいとか言われた、もうやだまじ泣きたい……ぐすっ」

「…………?」


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