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【幕間15】ボクの猫

 フリークス・パーティ運営員会の会議室で〈女王〉シャーロット・レヴェリッジと、ジャバウォック、白兎の三人は一通の手紙を囲っていた。

 その手紙はフリークス・パーティ開催前に送りつけられてきた怪文書とよく似た黒い便箋が使われている。封蝋に刻まれていたのは、先代当主クラーク・レヴェリッジの紋章。

 そして、中の黒いカードには、やはり赤いインクで一言。



 ──《三番目の子》をパーティにご招待!



 この中で最年少の白兎が、沈痛な面持ちで報告書を読み上げる。

「ベルリンのレヴェリッジ家本邸より、先代の息子さん……エディ=レヴェリッジ様が誘拐されたとの報告がありました。この怪文書の《三番目の子》がエディ様を指しているのは間違いないかと」

 〈女王〉はしばし白兎の報告を無言で反芻していた。

 白兎は女王の反応を伺っていたが、ジャバウォックが穏やかに続きを促したので、報告書の続きを読み上げる。

「えーっとですね、どうやら世話係が買収されたらしく……」

『あれほど、あの子の管理は厳重にと言ったはずよ。責任者は首を切っておしまい』

 機械音声が紡ぐ無慈悲な女王の言葉に、白兎がひいっと涙目で息を飲む。それをジャバウォックがのんびりなだめた。

「坊や、首を切るってのは『斬首』って意味じゃないよ。解雇しろ、って意味さ」

「あ、そっか……そうですよね……流石に〈女王〉さんでも本気で処刑しろなんて言うはずが……」

『ギロチンが必要なら持って行っても構わなくてよ』

 フリークス・パーティ運営委員会の備品には、本物のギロチンが存在する。

 白兎が「この人、本気で首を刎ねる気だぁぁぁ!! 逃げて責任者さぁぁぁん!!」と騒ぎ出したので、ジャバウォックが女王をたしなめた。

「〈女王〉様、若いモンを苛めて憂さを晴らすのは、やめておくんなせぇ」

『あら、あたくしは本気よ……あの子が誘拐されただなんて、それこそ、首を刎ねるだけでは足りないぐらいの失態だわ。白兎、お前も首を刎ねられたくなかったら、とっとと報告を続けなさい』

 白兎は真っ青な顔で首を縦に振り、要点をまとめて報告をした。

 まず、エディ・レヴェリッジの誘拐が判明した時の状況。

 レヴェリッジ家本家の現地時刻で午後二十時……この国との時差はマイナス八時間だから、今からおよそ十時間前に判明。

 現地の午後二十時、屋敷の地下を清掃していた者が、エディ・レヴェリッジの部屋の前で、警備担当の男が倒れているのを発見。警備担当の男は心臓を刺されており、死亡が確認されている。

 そして、もぬけの殻となった部屋に落ちていたのが、先ほどのカードというわけだ。

 カードの字体や素材から察するに、先日脅迫状を送ってきた者と同一犯である可能性が高い。

 実行犯はエディ・レヴェリッジの世話係の女でほぼ間違いないだろう。ただし、世話係の女は金で雇われただけの可能性が高い。この実行犯の女に、何らかの組織がバックについている可能性もあるのだ。

 レヴェリッジ家はフリークス・パーティで各方面から恨みを買っている。正直、動機の線から犯人を捜すのは難しいだろう。

「それとですねぇ……あの……その……報告書にすっごくすっごく怖いことが書いてあるんですけど……」

『さっさとお言い』

 報告書を読みながら震える白兎に〈女王〉がピシャリと言えば、白兎はプルプルと震えながら言う。

「ゾ、ゾンビです」

 〈女王〉はベールで顔を隠しているからその表情までは分からない……が、凍えるように冷たい目をしていることは誰の目にも明らかだった。

 白兎はあわあわと手を振り回しながら主張する。

「殺害された警備担当の男をですね、死亡解剖した結果、とんでもないことが分かっちゃったんですよ! なんと! この警備担当の男は死後一週間以上経過しているらしいんです!」

「おいおい、それはおかしいだろ。そんなに前に殺されていたんなら、他の奴が気づかない筈がない」

 ジャバウォックの指摘に、白兎はブンブンと首を縦に振る。

「そう! そうなんですよ! 殺害された警備の男は昨日まで、普通に警備の仕事をしていたのを屋敷の使用人達が見てるんです! 直接話したり、ということはなかったようですが……遠目に見た限り、歩き回ったりもしていたから、生きていたのは間違いないかと」

 殺された男を使用人が最後に目撃したのは昨日の朝。確かに生きていたという。だが、死亡解剖をすると死後一週間が経っている……大いなる矛盾だ。

「まるで、キョンシーみたいだねぃ……」

 ジャバウォックが呟くと、女王は細い肩を揺らした。そして、何事かを考え込むように俯く。

『……兄の紋章……動いた死者……誘拐されたエディ……まさか、犯人の目的は……』

 〈女王〉は犯人の目的に何かしらの心当たりがあるらしい。だが、彼女はそれ以上の憶測を口にはせず、小さなハンドベルを鳴らした。リ、リン……と澄んだ音を立てて鐘が鳴ると、それから五秒とせずに〈女王〉の忠実なメイド、ヤマネが現れる。

「お嬢様、お呼びですか? なのです」

『アリスは今どこに』

「グリフォン様と一緒に試合観戦をしているのです」

『そう、戻ってきたらアリスの警備体制を強化なさい。不要な外出も避けさせて』

 〈女王〉は手袋をした手で一枚のカードを取り出した。それはフリークス・パーティ開始前に本部に送られてきた脅迫状だ。


 ──本当のフリークス・パーティが始まるよ


 ──《三番目の子》をパーティにご招待!


 黒いカードに記された赤い文字は、並べるとより一層不吉さが際立つ。

『この件はこの場にいる者以外には内密に。レヴェリッジの裏事情を知らないグリフォン、海亀、笛吹には、伏せておきなさい』

 〈女王〉の命令に、ジャバウォックが苦笑まじりに言う。

「……つまり、その三人を疑いなさってるってぇことで?」

『ただの保険よ。余計な詮索はおやめ。それとジャバウォック、この件の調査に関する指揮権をお前に与えるわ。あたくしに喧嘩を売った大馬鹿者を、この場に引きずり出しなさい』

 ジャバウォックが「アイサー、マム」と冗談めかして片手で敬礼する。

『最後に……ヤマネ。お前はアリスの護衛を』

「お嬢様のお心のままに」

 ヤマネは恭しく頭を下げた。

『白兎は引き続き、本家との連絡係をなさい。首を刎ねられたくなかったら、口を滑らせたりしないように。良いわね? うっかり兎』

「は、はいぃぃぃ!」

 白兎は、日本の伝統赤べこ人形にでもなったかのように、ガクガクと首を振り続ける。いつか首が取れちまいそうだねぃ、とジャバウォックがのんびり呟いた。



 * * *



 グリフォンは嘆いていた。

(オレぁ、ガキの面倒を見るために、運営委員会になったんじゃねぇ!!)

 巡回警備をするグリフォンのそばを、いつぞやの金髪の少年がキャッキャとまとわりついている。女王に面倒を見るように言われた日から、すっかり懐かれてしまったのだ。

「ちったぁ、部屋でおとなしくしてろよ。最近のガキは……ほら、アレだ。ユーツーブを見たり、ソシャゲー? をしたりして、時間潰せるだろ?」

「ダメ、ダメ、だって、そんなんじゃエディに叱られちゃう。エディはいつもボクのことを世間知らずだって言ってたから、ボク、いっぱいいろんなモノを見たいんだ」

 歌うように言って、少年は軽やかな足どりでその場をくるりと回ると、ポケットから小さいバッチを取り出した。紙で作った不細工な猫に安全ピンをつけた、子どもらしい手作り感溢れるバッチだ。

「それにね、ボク、会いたいヒトがいるんだ」

「あぁ? そりゃあ、このフリークス・パーティの会場でか?」

「そう、サイダーのお礼に、これあげるの」

 少年は少女めいた美しい顔に透明な微笑を浮かべて、猫のバッチをかざす。

「会えるといいな、おねーさん」


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