【番外編5】プレゼントを君に
エリサは突然のクロウの呼び出しに戸惑っていた様子だったが、クロウが事情を説明すると、丸い目を更に大きくして言った。
「プレゼントですか?」
「違う、そういうのじゃなくて、ただいつも美味い飯を作ってくれるからその礼というか、いや別に感謝しているとかそういうんじゃない、断じて違う……たまにはあいつにオレのありがたさを思い知らせてやろうと思ったとか、なんかそんな感じだ!」
クロウは肺機能を強化されているので、ここまでの台詞をノンブレスで言い切っても息切れ一つしていない。どころか、更に言い訳に言い訳を積み重ねようと口を開いたものだから、エリサが片手を前に出してストップを出した。
「つまり、サンドリヨンさんを喜ばせるために何かプレゼントをしたくて、サンドリヨンさんと同性で仲の良い私に相談しに来てみたけれど、素直に言うのは照れくさいから誤魔化してみたら、収集がつかなくなった感じですね」
返す言葉もなかった。
サンドリヨンにプレゼントを──そう思ったのは、本当にただの気まぐれだった。
好きに使っていいと渡した経費を、あの女は食品と生活消耗品の購入にしか使っていない。
だから何か贈りものでもしてやって、あのアホ女にクロウの有難さを分からせてやろうと思ったのだ。
「……そういえば、鳥ってプレゼントをして求愛するんでしたっけ」
「何か言ったか?」
「いえ何も。それで、クロウさんは何を贈るかお決まりなんですか?」
「それが決まっていないから、お前に相談したんだろうが」
あの女が欲しがりそうな物(ただし、食い物のぞく)を、クロウは一晩中考えていたのだが、どうにも良いアイデアが浮かばなかった。
クロウとて、世間一般の女がどんな物を好むかは分かる……が、肝心のあの女は服も鞄も宝石も欲しがらないのだ。
全くの無欲なわけではないのだろうけれど、高価な装飾品を贈ったら困ったような顔をするだろうことは容易に想像できる。かといって安直に食べ物を贈るというのも、なんとなく負けた気がして気に食わない。
(そりゃ、米一袋プレゼントしたらあいつは喜ぶだろうよ! でも、オレが贈りたいのは、そういうのじゃなくて……もっとこう……もっとこう!!)
「つまり女の子が喜びそうな物で、かつサンドリヨンさんが遠慮をしない程度のささやかな贈り物がしたい……と」
「察しが良くて助かる」
「うーん、そうですねぇ……それなら実用的な物とかはどうでしょう? サンドリヨンさんなら装飾品よりも、そっちの方が喜びそうだと思いませんか?」
なるほど、それは確かに説得力がある。だが、女が喜ぶ実用的な物とは一体何を指すのだろうか。
「サンドリヨンさんならキッチン用品とかも喜びそうですけど、せっかくなら女の子らしい可愛い物を贈りたいですよね。アロマグッズとかボディケア用品とか……これから寒くなってくるし、防寒具なんかも良いかもしれません」
そこでクロウはふと思い出した。
今朝、あの女が水仕事をしながら、あかぎれが痛いと小さく呟いていたのを。
あの女の手は水仕事をしているためか、いつもガサガサに荒れている。
「……ハンドクリーム」
「悪くないですね。あ、そうだ! 駅前に人気のボディケア商品のショップが入ったんですよ! そこで探してみてはいかがですか? それがいいです、そうしましょう!」
エリサはポンと手を打つと、善は急げとばかりにクロウをそのショップとやらへ引きずっていく。
そういえば、女ってのは買い物が好きな生き物だったな……とクロウは久しぶりに思い出した。
良い香りに包まれた店内は、ナチュラルな木目の棚にボディケア用品からシャンプー、トリートメント、更には香水からルームフレグランスまで、様々な商品が並んでいた。
何がなんだかさっぱり分からん、と棚を睨んでいると、女性店員がテスター片手に近づいてくる。
「こちらのシリーズは男性の方にも人気なんですよ」
「いや、女性への贈り物用が欲しい」
「それでしたら、こちらのシリーズはいかがでしょう? 一番人気のシリーズです」
店員は何種類かのサンプルを手に取り、クロウにテイスティングを勧めた。
それにしても、なんでたかがハンドクリームだけで、こんなに種類があるのだろう。エリサは自分用の商品を物色しているから聞くに聞けない。
仕方なくクロウは幾つかのサンプルを手に取ってみた。
なんとか成分配合だとか無添加だとか、売り文句が違う数種類のハンドクリームを見比べていると、良い香りがするクリームがあることに気づく。
何種類かの花をかけあわせた、柔らかで甘い香りのハンドクリームだ。
(……あいつに、似合いそうだ)
お目当ての商品を買い、ついでに何故かエリサの商品も山ほど買わされ(「情報料です♪」と言われた)帰宅したクロウはサンドリヨンに紙袋を押し付けた。紙袋は自宅用の簡易ラッピングだ。
「やる」
「……ハンドクリーム?」
「お前、手がガサガサだろ。それ塗っとけ。お前があんまりみすぼらしいとオレまで恥ずかしいからな」
サンドリヨンは何も言わない。最後の一言が余計だっただろうか、とクロウがチラチラ様子を窺うと、彼女は口をムズムズさせてハンドクリームのチューブを眺めていた。
「これ、私がもらっていいの?」
「そう言ってんだろ」
「ありがとう…………嬉しい」
思いのほか素直に礼を言われて、クロウはアホみたいに硬直した。
(いやだって、まさかそんな嬉しそうに笑うなんて思いもしなかったというか反則だろその笑顔!)
「ちょっと憧れだったの。色つきのグロスとか、香り付きのハンドクリームとかって。早速使わせてもらうね」
サンドリヨンはチューブからハンドクリームを出して、手の甲に塗り始めた。
ふわりと漂う花の匂いに何だか落ち着かない気持ちになる。
「良い匂いね」
「……そうか」
「あっ、ちょっと出し過ぎちゃったかな……ねぇ、クロウ。手、出して」
「……は?」
「ハンドクリームのおすそ分け」
一瞬、動きが不自然に止まってしまった。
「いらねーよ、オレは別に必要ない」
「だって勿体ないじゃない。いいから、ほら!」
そう言ってサンドリヨンはクロウの手袋を引っ張った。
クロウが嫌いで嫌いで仕方がない、黒い鱗に覆われて変形した手が露わになる。
「……やめっ」
「はい、おすそわけー」
気持ち悪いクロウの手をサンドリヨンは躊躇なく掴み、クロウの手の甲に自分の手の甲を擦り合わせた。
そのまま何度か往復した後、指の先でクリームを広げて指の付け根に丁寧に擦り込む。
「……そこまで、しなくて、いいから」
「指の付け根はしっかり塗った方がいいわよ。乾燥するとここからひび割れてくるのよねぇ……」
クロウの手は鳥の手足と同じで薄い鱗に覆われている。その鱗の隙間にハンドクリームが溜まらないよう、サンドリヨンは丁寧にクリームを伸ばしてくれた。
「あと爪の周りもね。ささくれができると痛いんだから」
オレにささくれなんてできるわけねーだろ。そう言おうと思ったのに、代わりに口をついて出たのは別の言葉だった。
「……爪、鋭いから気をつけろよ」
「りょーかい」
鉤爪みたいに緩やかに湾曲したクロウの爪は黒くて固くて、やっぱり普通の人間とは違う。下手なナイフよりもよほど切れ味が良いので、革手袋だって実は特注なのだ。
サンドリヨンは一通りクリームを塗りこむと満足げに鼻を鳴らした。
「うん、良し!」
「…………」
贈り物を贈ったのは自分のはずなのに、なんだか思いがけない贈り物を貰ったような気分なのは何故だろう。
次は色つきのグロスとやらを買ってやろう、とクロウは密かに決めた。
ウミネコはエリサが机に広げた品物を眺め、頰を引きつらせた。
「……んで、その情報の対価が、えげつない値段の高級コスメの山?」
「えげつないとか言わないで下さい。良い物にはそれだけの効果があるんです。うふふ、早速このバスソルトを試してみましょう」
「……女の子ってコワイネー」




