表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/164

【番外編4】化け物とチョコレート


 フリークス・パーティというやつで、おれは初めて人を殺した。

 違う、あれは、あれは、人じゃない。人じゃなかった。だって、両手が機械だった。

 あれは化け物なんだ。だから、おれは人殺しじゃない。

 ……あぁ、でも、そしたら、おれも化け物? 人じゃない?

 だって、両手がもう真っ黒で変な羽が生えてる。ちょっとの怪我じゃ死なない。熱いも冷たいも感じない。

 化け物だから、殺すのは当たり前?

 おれは、ばけもの? あいつらと、おなじ化け物?

 でも、あいつは助けてって言ってた。死にたくないって言ってた。

 でも、だって、だって!! おれだって、死にたくなかった!!


 ……お腹、減った。一週間、何も食べてない。

 だって、その方がお前は凶暴になるからね、って月島が言ってた。

 頭、フラフラする。

 なにか、食べたい。食べたい。食べたい。

 お腹減ったお腹減ったお腹減ったお腹減ったお腹減ったお腹減った

 お腹減ったお腹減ったお腹減ったお腹減ったお腹減ったお腹減った

 お腹減ったお腹減ったお腹減ったお腹減ったお腹減ったお腹減った

 お腹減ったお腹減ったお腹減ったお腹減ったお腹減ったお腹減った


「きゃああ!!」

「なんだ、あのガキ!?」

「死体を……食ってる!?」

「なにあれ、気持ち悪い……」


 お腹減ったお腹減ったお腹減ったお腹減ったお腹減ったお腹減った

 お腹減ったお腹減ったお腹減ったお腹減ったお腹減ったお腹減った

 お腹減ったお腹減ったお腹減ったお腹減ったお腹減ったお腹減った

 お腹減ったお腹減ったお腹減ったお腹減ったお腹減ったお腹減った

 助けて、ねぇ、だれか。

 こんなの、嫌だ。

 

 誰か、助けて。


 自分が食い散らかした騎士の、死んで濁った目がおれを見ていた。

 こいつの目も言っていた。誰か助けて、って。

 こいつとおれと何が違う? 違わない。おんなじだ。

 檻の中でしか生きられない、殺すことでしか生きることを許されない、

 人間じゃない化け物。


「屍肉を食い漁るなんて、なんておぞましい……」

「屍肉漁り……」

「まるで、戦場のカラスだな……」


 ほら、みんなも言ってる。

 おれが、化け物だって。気持ち悪いって。


 次は第三試合。

 どこまで勝てばいいんだろう。

 どこまで勝てば月島はご飯をくれるんだろう。

 さっきの試合はぜんぜん食べられなかった。

 ちょっと肉を齧っただけで、すぐに他の奴らに止められた。

 口の中には生臭い血の味が残っていて気持ち悪いのに、それなのに空腹感は収まらない。

「あれー、なんだお前。パーティの参加者なのか?」

 突然声をかけられて、びっくりして顔をあげると、目の前に知らないやつがいた。普通の人間?

 でも、おれと同じ服を着ているから、パーティの参加者だ。

「うっわー、すっげぇガリッガリ。お前、ちゃんとご飯食べさせてもらってるか?」

「……ない」

「えっ、ご飯もらってないのか!? おいおい、大丈夫かよー」

 返り血まみれで、口の周りも血でべったりと汚れたおれを見ても、そいつは特に驚いていなかった。

 ごそごそと自分のポケットを探っていたかと思うと、何かをおれの手のひらに握らせる。

「ほら、チョコレートやるよ」

「……ぇ」

「チビはいっぱい食って、大きくなんなきゃ駄目だぜー」

 そう言って、そいつはおれの頭をグリグリ撫でた。

 ぶたれたんじゃなくて撫でられたのは、もしかしたら初めてかもしれない。

「じゃーなー、頑張れよ、ちびっこ」

 貰ったチョコレートを口の中に放り込む。

 甘い。

 血でも肉でもない甘いお菓子。

 こういう時って、なんて言うんだっけ?

 もう、よく思いだせないから、知っている言葉だけ口にする。

「……あまい、あまい、チョコレート、あまい」

 何故か目の前がにじんでよく見えなくなった。




『第三試合は注目のこの組み合わせ! 〈狂戦士〉ウミネコVS〈屍肉漁り〉クロウ!!』


「あれー、次の対戦相手ってお前だったのかー」

「……ぁ」

「よろしくなー」

 審判が手を振りあげて、試合開始の合図を出す。

 動かなきゃ。

 早く、動いて、槍で、相手の喉笛を……



 ……刺せるの?



「なんだ、こないのかー? それなら、こっちからいくぞー」

「ひっ!!」

 斧がおれのすぐ横に振り下ろされた。動くのが遅かったら、左腕が落ちていた。

「ぁ、ぁあ……っ」

「ほい、一丁あーがり!」

 男の手が、さっき、撫でてくれた手が、おれの頭を押さえて地面に叩きつける。

「ギブアップしたかったら、していいぞー?」

「ぁ、ああ……っ、ひぃっ……」

 ギブアップ、降参、したい。

 でも、駄目。だって、月島が言ってた。


『降参だなんて惨めな真似をしたら……分かるよね? 君達、キメラ風情に降参する権利なんて無いんだよ』


 きっと、ギブアップしたら殺される。

 生きたまま解剖された奴。ガス室でもがき苦しみながら死んだ奴。他のキメラの餌にされた奴。

 ……きっと、おれも、そうなる!!

「ぁ……やだ……いや、だぁ……っ」

「んー、意外と頑固なんだなー。そんじゃ、えいっ」

「ひっ、ぁっ、あああああああああああっ!!」

 まるで小枝を折るような軽い音を立てて、おれの指が変な方向に曲がった。痛い、痛い、痛くて、怖い。

 それなのに、男はケラケラと楽しそうに笑っている。

「あはは、大丈夫大丈夫、ちょっと指の骨折っただけだから、死にゃーしないって」

「いたいっ、いだ、いだいっ、いやだっ、ぁ、ぁああああ」

「ほい、次は左手なー」

「ひぃいいいいいいっ!!」

「あははっ、いーい音したなぁ。で、そろそろギブアップする気になった?」

 ギブアップしたい、もうやめたい。でも、やめたら、月島が……

「……や……だ、ぁあ、っ、」

「意外と頑固なのな、お前。んじゃ、次は……どーのーゆーびーにー、しーよーうーかーなー♪」



 * * *



 仮眠から目覚めたクロウがダイニングキッチンに顔を出すと、優花が冷蔵庫から紙の箱を取り出して言った。

「クロウ、チョコレート食べない? エリサちゃんからおすそ分けしてもらったの!」

 クロウが苦い顔でチョコレートの箱を睨むと、優花は困り顔で首を傾げる。

「どうしたの? そんなに難しい顔して。チョコレート嫌いだった?」

「……嫌いなわけじゃないんだが……トラウマが……」

 不思議そうな顔をしている優花の前で、クロウはチョコレートを一粒摘まんで口に放り込んだ。甘い。

 ……おいしい。


『おいしい。ありがとう』


 あぁ、そうだ。あの日、自分はそう言いたかったんだ。

 結局、あの日言えなかった言葉は二度とあいつに向かって口にすることは無いのだろうけれど。

「おーい、クロちゃん、いるかー! あーそぼーうぜー!」

 子どもみたいな声をあげて、ウミネコが玄関の扉を開けて顔を出す。クロウはチョコレートを飲み込み、素っ気なく答えた。

「遊びなら断る。訓練なら行く」

「えー、冷たいなぁ。そんじゃ、サンドリヨンちゃん借りてっちゃおーっと」

「いや、夕飯の支度があるんで勘弁して下さい。ほらクロウ、ウミネコさんと遊んできなさいよ。ちゃんとご飯の時間には帰ってくるのよ」

 優花が米を研ぎながら言うと、ウミネコが複雑そうな顔をする。

「……サンドリヨンちゃんがテラお母さんすぎて、オレもうどうしたら良いか分からない」

「私はウミネコさんの言葉が時々分からなくて、どうしたら良いか分からないです」

 クロウが初めてフリークス・パーティに参加してから七年。

 ウミネコは今でも、初めて会った時と変わらない態度で接してくる。

 気まぐれに親切にして世話を焼き、敵対する時は徹底的に叩く。そのスタンスは今でも変わらない。

「それにしても、クロウとウミネコさんは仲良しねぇ」

「だろだろ~。ほら、男は殴り合いをして友情を育むものだし」

 ウミネコの恐ろしいところは、あれだけ人のことを再起不能寸前までボコボコにしておいた癖に、

『殴り合いをしたら、オレ達もう友達だよな! ほら、川原で本気の殴り合いをしたら、男同士の熱い友情が芽生えるのは常識だし!』

 などと笑いながら言うところである。

 おかげで当時のクロウは完全に人間不信になり、フリークス・パーティで情けや容赦は無用だということを学んだ。

(……全身骨折は高い勉強料だったな)

「あれ、なんかクロウ拗ねてる?」

「きっと、オレとサンドリヨンちゃんが仲良しだから、嫉妬してるんだな」

「…………」

「おっ、チョコレート発見! いっただきー! ほら、クロちゃんも食おうぜ。子どもはいっぱい食って大きくならないとな!」

 気まぐれで親切で世話焼きで、そして無邪気で残酷。

 多分きっと、これからもこいつは変わらないのだろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ