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フリークス・パーティ  作者: 依空 まつり
第7章「踊る赤い靴」
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【7ー5】カラスの反撃

 クロウが攻撃を仕掛けず様子を伺っていると、イスカとカーレンは分かりやすい挑発に出た。

「どうした、どうした、逃げてばっかじゃオレ達には勝てないぜ? 大口叩いてた割に、大したことないんだな?」

「……そりゃそうだ。このパーティに参加する騎士どもは、女を殺して勝利するしかできない、チキンばかりだからな……そこのクズみたいに」

 分かりやすい挑発に乗るつもりはない。今は期を待って隙を窺う時だ。

 カーレンは恐らく脚力だけでなく、視力、聴力、触覚などの感覚器官特化型の先天性フリークスだ。

 嗅覚、味覚に関しては分からないが、少なくとも視力、聴力、触覚に関してはクロウよりもはるかに優れている。

 だから、サンドリヨン達が上の階から下りてきたことにも気付いたし、その時に二人が話していた会話の内容も聞きとれたのだ。

 そして、五感が特化したフリークスはその発達した感覚器官で空気の流れ、匂い、僅かな音の響きから、敵の動きを察知するのに長けている。

 恐らく、この女は無意識に空気の動きや僅かな音の違いを察知して動いている。

 おまけに脚力特化型でスピードまで速いものだから、なかなか攻撃が当たらない。

 だが、感覚器官特化型のフリークスには大きな弱点がある。

 即ち……

「……っ!? ……ぁ……」

 唐突にカーレンが目を見開き、肩を震わせた。イスカが「どしたの?」と訊ねても、カーレンは無言で耳を押さえ、首を横に振る。

 次の瞬間、騒音としか形容しようのない音の暴力が駐車場を支配した。

 金属を殴る音、硬い物をひっくり返す音……そして、ガラスを引っ掻く音。

「えっ!? ちょっとなになに? この音……って、おい、カーレン、大丈夫か!?」

「う……ぁっ……ぁああっ!!」

 ガラスを引っ掻く音が一際響くと、カーレンはビクリと痙攣した。

 イスカやクロウは不快な音に眉をしかめる程度ですむが、耳の良いカーレンには酷く堪えるだろう。これが、耳の良すぎるフリークスの弱点。

「さっき、サンドリヨンと接触した時、あいつに指示を出した」

 声に出すと、耳の良いカーレンに気づかれる可能性があったから、手のひらに文字を書いて伝えるしかできなかった。

 短い時間だったので、正確に伝わったか少し不安だったが、サンドリヨンはクロウの意図するところを正しく汲んでくれたらしい。

 クロウがサンドリヨンの手のひらに書いて伝えた指示は一つ。


 ──オレの言葉と逆に動け。


 その後、クロウはこう言った。

『お前みたいな役立たずは大人しくしてろ! 絶対に騒ぐな。騒音を立てるなんてもってのほかだ』

『お前のでかい声はキンキンうるさい。ガラスを引っ掻いた音みたいに耳障りな音を立てるんじゃねぇよ! 邪魔だから、どっかに引っ込んで静かにしてろ!』

 そして、サンドリヨンはクロウの言葉の裏側を正しく理解してくれた。

『とにかく、騒ぎ立てろ。ガラスをひっかくぐらいの騒音で』

 ちらりと視線を向けると、サンドリヨンはほっかむりを破いて作ったらしき耳栓を詰めて、一生懸命ガラスを引っ掻き、その合間に金属パイプをガンガン打ち鳴らしていた。

 音が響きやすい駐車場なだけに効果は覿面だ。真っ青な顔で耳を押さえていたカーレンは、とうとううずくまり痙攣しだす。

「感覚器官特化型のフリークスには、こういう弱点があるんだよ。戦い慣れてる奴は、ある程度の対策なり訓練なりしているもんだが……見たところ、お前達は素人ぽかったからな」

「なっ、なにそれ、ずるいっ! この卑怯者!」

 イスカが喚き散らすと、クロウは唇の両端を持ち上げて、ニタァと最高に意地の悪い笑みを返した。

「馬ぁー鹿。パートナー・バトルでは、ステージの特性を生かして、敵の弱点を突くのは基本中の基本だ」

 槍を構え直して、うずくまるカーレンに突きを放つ。案の定、イスカが前に飛び出してきた。

「──っ、カーレン!!」

 隙だらけのイスカの鳩尾に槍の柄を叩き込み、更に駄目押しで首筋に手刀を叩きこむと、イスカはぐらりと地面に崩れ落ちる。


『勝負有り! 勝者・クロウ選手です!!』


 離れたところで中継していた審判の声が響く。

 一心不乱にガラスを引っ掻いていたサンドリヨンは手を止め、耳栓を外しながらクロウの元に駆け寄ってきた。

「お、終わったの?」

「あぁ、むこうの騎士が気絶したから、オレ達の勝ちだ」

「……自分でやっておいて何だけど、こんな勝ち方で良いわけ?」

 サンドリヨンは後味悪そうにカーレンとイスカを見ている。

 クロウはフンと鼻を鳴らした。

「作戦勝ちだろ。胸を張って良いぞ」

「……そ、そういうもん?」

「あぁ、御苦労だったな。お前のおかげで助かった」

 クロウが労いの言葉をかけると、サンドリヨンは何故か耳まで真っ赤にして黙りこんだ。自分は何か変なことを言っただろうか?

 サンドリヨンに何か話しかけようと、クロウが口を開きかけると、今までうずくまっていたカーレンが薄い金髪を揺らして、ゆらりと起き上がった。

 カーレンは無言でクロウをじっと見つめている。クロウは顎を持ち上げて、高慢にカーレンを見下ろした。

「なんだ、こんな負け方は不満か?」

「……違う。負け犬の遠吠えは趣味じゃない」

 カーレンはゆるゆると首を横に振りながら「一つ訊きたいことがある」と言う。

「お前の攻撃に、殺意は感じなかった。姫殺しの方針は捨てたのか?」

「……完全に捨てたわけじゃねぇよ」

 そう吐き捨てると、カーレンは意味ありげな目で、じぃっとクロウとサンドリヨンを交互に見た。

 イスカが会話に加わらない時のカーレンは人形のように無表情で、感情の色がまるで読めない。今も、彼女は唐突にこんなことを言い出した。

「お前の姫は長生きしないタイプだな」

「あぁ!?」

「最初に犠牲になるのも、貧乏くじを引くのも、いつだって、優しくてお人好しな奴ばかりだ。お前の姫や……こいつみたいに」

 そう言って、カーレンは自分のパートナー……地面に倒れているイスカの脇腹をつま先で蹴り上げる。

「せめて、お前は優しくしてやれ」

 カーレンは透明な表情でクロウを見つめながら、赤いブーツでイスカをゲシゲシと蹴った。言っていることとやっていることが、激しく矛盾している気がしないでもない。

 カーレンは赤いヒールをイスカの鳩尾にグリグリとねじ込む。絵面が非常に成人向きである。

「いつまで寝ている。起きろ」

「ぐ、ぐぇっ……おねがい、もっと優しく起こして……腹痛い……」

 イスカが泣き言を言うと、カーレンはイスカの首根っこを掴んで引きずりながら歩き出した。

「帰るぞ」

「ちょっ、ぐぇぇえ! 首、絞まってる! 絞まってるからぁぁぁっ!」

 そんな二人を見送りながら、サンドリヨンが苦笑混じりに言った。

「なんか……不思議な人達だったわね」

「……あぁ」



 * * *



 クロウの試合が終了すると同時に、会場の全てのスクリーンに派手な仮面をつけたタキシードの男、ドードーが映し出される。

 ここまでの戦いで、フリークス・パーティのベスト8がいよいよ決定したのだ。


『この試合で全ての第三試合が終了し、今ここにベスト8が揃いました。それではここで、8組の選手達を紹介していきましょう! まずは一組目、エキシビジョンでも華麗に魅せてくれました! イーグル&オデット!!』


 スクリーンに映るのは、ダークブラウンの髪のステッキを持った紳士的な青年と、白いドレスを身にまとう優花と同じ顔の女。


『フリークス・パーティでもトップクラスの暗器使い、〈ニードルマン〉カケス&カグヤ!!』


 続いて映ったのは、小柄な中年の男と着物を着た妙齢の美女。


『安定の強さを誇る、前回のパートナーバトル優勝者、燕&サンヴェリーナ!!』


 目元を包帯で隠し、刀を握る痩身の男と、栗色の髪の儚げで美しい女。


『今度はどんな惨劇を見せてくれるのか!? 〈ギミックマスター〉ライチョウ&スノーホワイト!』


 全身の至るところを機械化した三十歳前後の男と、黒髪を切りそろえた美しい女。


『今大会初出場、アルマン社期待の新人、オウル&ドロシー!!』


 長身に黒髪の寡黙そうな青年と、オレンジ色の髪と猫耳を持つ気の強そうな少女。


『今大会では、いまだ暴走知らず? 〈狂戦士〉ウミネコ&エリサ!!』


 癖っ毛に童顔の男と、赤毛を揺らす可愛らしい雰囲気の女。


『まさかのダークホース! その隠された素顔は本戦で明かされるのか!? ピジョン&インゲル!!』


 鳥のマスクを被った大柄な男と、同じく鳥のマスクを被ったスタイルの良い女。


『そして最後に……悲願の打倒イーグルは叶うのか!? クロウ&サンドリヨン!!』


 精悍な顔立ちの青年と、ボロボロのワンピースを着た意志の強そうな目の女。


『さぁさぁ、熱い展開になってまいりました! 栄光ある最強のフリークスの冠は誰の手に!? 真のフリークス・パーティの幕開けだーーー!!』


 ベスト8に残った選手の映像が一気に流れれば、会場は歓声で包まれる。

 観客席にいる誰もが、これから始まる、パーティの本番に興奮を隠せぬ様子だった。



 熱狂に包まれる会場を離れた所から見ていた二人がいる。鳥のマスクを被った男女──ピジョンとインゲルだ。

 ピジョンは大柄で逞しい体を揺らしながら、楽しげに笑っていた。

「はーっはははっ! ついに、ワシの出番が来たようじゃな! さぁ、祭りの始まりじゃぁ!! ワシの前に立ちふさがるやつぁ、まとめて叩きつぶしちゃるわ! だーっはははははは!!」

 盛り上がる会場に便乗して馬鹿笑いをするピジョンに、インゲルが淡々と言う。

「よくここまで正体がばれずに来たよな、あんた」

「わーはははっ! なーっははははははははは!! ごほっ、ごへっ、あ、むせ、むせた……げほっ」

 調子に乗りすぎてゲッホゲッホと咽せている相棒には目もくれず、インゲルはスクリーンを見上げて呟いた。



「……あんたの身内は大変だなぁ」


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