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フリークス・パーティ  作者: 依空 まつり
第7章「踊る赤い靴」
52/164

【7ー4】こいつら絶対仲良いだろ

 時間はクロウと優花が合流する少し前に遡る。

 初期位置が駐車場だったクロウはすぐにサンドリヨンと合流するべく移動していた。

 騎士と姫の初期位置が離れている場合、まずは自分の姫の安全を確保するのが第一だ。

 クロウは視力、聴力、嗅覚なども多少強化されているが、それでも普通の人間の域を出ない。

 この辺はイヌ科やネコ科のキメラであるヒバリやドロシーの方が優れていると言える……まぁ、耳や鼻も良すぎると、それはそれで面倒なのだが。

 クロウは自身の気配を殺しつつ、周囲の音に意識を向けた。

 人のいない廃屋だ。普通の人間よりやや良い程度の耳でも足音ぐらいは拾える。

 下の階から階段を上ってくる足音が一つ聞こえた。比較的軽い足音だから、女のものだ。

(……サンドリヨンか、敵の姫か)

 サンドリヨンならそのまま合流すれば良いし、敵の姫ならば、適当に気絶させて床に転がしておけば良い。

 いつもなら姫殺しですぐに決着を付けるところだが、できることならサンドリヨンを悲しませたくない。

 相手を殺さないでほしいという彼女の主張を、クロウは完全に認めたわけじゃない。

 状況次第では殺さざるを得なくなることもあるし、対戦相手が我武者羅にクロウ達の命を狙ってきたら、クロウは迷わず返り討ちにするだろう。

 ……それでも、殺さなくて良いのなら。サンドリヨンがそうあることを望んでくれるのなら……


『私は、あんたに殺しなんてしてほしくない。あんたにそんな苦しそうな顔、してほしくない』


(……オレはあの言葉に縋りたい)


 その時、コツ、コツ、と断続的に響いていた足音が、不自然に途切れる。

 ほんの少しの違和感、そこから導き出される結論。

 クロウが悪寒を覚えて体を捩った瞬間、それは振り下ろされた。


 赤いギロチン。


 一瞬、そんな錯覚をしてしまうような鋭い一撃だった。

 クロウが後方に跳んで避けた瞬間、追撃が迫ってくる。

 赤いギロチンと錯覚したのは、赤いブーツに覆われた足だった。細い女の足。それが、まるで凶器のような重量と速度で振り下ろされる。

 更に横に跳んで距離を開け、改めて自分に奇襲を仕掛けた相手を視認。

 それは赤いドレスを着た女だった。女は人形じみた無表情でクロウを見ていたが、唇を小さく動かして短い言葉を発する。

「……勘の良い奴」

 奇襲を避けられたことを言っているのだろう。

 あぁ、そうだ。最初は足音を立てていたこの女が、途中から足音を殺して恐ろしい速さでクロウの背後に回り込んだなんて、普通なら考えもしなかっただろう。

「てめぇもフリークスか」

「…………」

 姫がフリークスというペアはいなくもないが、ドロシーのように姫が前線に出て戦うペアというのは実は少ない。

 姫が死んだら即敗北な上に、武器を持ち込めないという制約があるので、姫は前線に出ず、後方で支援するか完全に隠れている方が騎士が戦いやすいからだ。

(……女の先天性フリークスなんて、初めて見たが……面倒だな)

 姫が先天性フリークスで、更に騎士も戦闘能力があるとすると、実に面倒なことになる。

 まして、今の状況……まだサンドリヨンとはぐれたままなのだ。もし、敵の騎士がサンドリヨンを見つけていたらと思うとゾッとする。

「てめぇに時間かけてる暇はねぇ……速攻で潰す」

「…………」

 狭い所だと槍は不利になるのだが、それなりに広さのある駐車場だ。多少振りまわす分には問題無い。

 槍を水平に薙ぐように払うと、女は後ろに一歩跳んだ。

 そのまま足を狙う様に連続して突きを放つが、女は舞踏のステップを踏むような動きで、全てかわす。

 悪くない動きだが、武道を嗜んでいるようには見えない。あくまで喧嘩の延長戦のような動きだ。

 一般人相手ならそれで充分なのだろうが、このフリークス・パーティでその程度の子ども騙しは通じない。

 クロウは突きを繰り出しながら、少しずつ相手を足場の悪いところまで誘導する。

 崩れたコンクリートブロックが散乱する場所まで追い詰めると、うまい具合に女の体が傾いた。

 コンクリートブロックに足をとらわれ、バランスを崩したのだ。

「──もらった!!」

 殺すつもりはなかったので、柄の方で女の鳩尾を狙った。

 刹那、女は鮮やかにドレスの裾を翻し──地面を蹴り、曲芸じみた動きで、クロウの槍の上に飛び乗った。

「──っな!?」

 体重を感じさせない軽やかさで槍の柄を滑るように走り、女はクロウの顔面めがけて蹴りを繰り出す。

 慌てて上体をそらすと、鼻の先を赤い靴がかすめた。あと一瞬遅かったら鼻がもげていただろう。

「くそっ!!」

 すぐさま槍を手放して、手刀で女の足を狙ったが、女はそれ以上の追撃はせず、クロウの肩を踏み台にして背後に跳び、距離を開けた。

「こんのクソアマっ……人を踏み台にするとは、やってくれるじゃねぇかッ!」

「…………」

 女は感情の読めないどこかぼんやりした顔で、再び距離を詰めて襲いかかってきた。

 あまり距離を詰められると槍使いのクロウは不利になるので、なんとか距離を開けようとするが、女はスルスルと距離を詰めて攻撃を繰り出してくる。やりづらい。

 恐らく、この女は脚力特化型の先天性フリークスだ。その証拠にさっきから足技ばかりで、一切手を使おうとしない。

 先天性フリークスは身体能力が部分的に特化しているとは言え、総合的な能力値を見れば、後天性フリークスに軍配が上がる。

 それでも先天性フリークスには、後天性フリークスには無い、得体の知れない強さがあった。ここぞという時の、異様なまでの勘の良さ、とでも言うのか。

 とにかく先天性フリークスは、こと戦闘行為においては異様に勘が働くのだ。初見にも関わらず、こちらの攻撃パターンをまるで何度も見てきたかのように、するりとかわしてしまう。

 以前、模擬戦でウミネコに攻撃を読まれた時「どうして今の攻撃が読めたのか」と聞いたことがある。その時、ウミネコはヘラリと笑ってこう答えた。

「え~、なんとなく?」

 ふざけてんのか──と怒鳴りたいところだが、先天性フリークスは大抵がそうなのだ。

 なんとなくでこちらの攻撃を読んでしまう天性の戦闘センス。それこそが、先天性フリークスの最大の武器だ。

 さて、どう切り込んでいくか……思考を巡らせていると、戦闘中にも関わらず、女が視線を背後に向けた。

「……来たか」

「……?」

 女の視線の先には敵の騎士らしき男とサンドリヨンの姿があった。

「っ! サンドリヨン!?」

 敵の騎士に捕まったのか、とクロウは青ざめる。なんとかこの状況をひっくり返すには──駄目だ、姫殺ししか思いつかない。

 スローイングナイフで敵の騎士に攻撃するか? だが、クロウが攻撃を仕掛けるよりも敵がサンドリヨンを手にかける方が早い。

(どうする、どうすれば、何か手は……)

 焦りながら思考を巡らせていると、敵の騎士は能天気そうなアホ面でヒラヒラと手を振った。

「よーぅ、カーレン、珍しく苦戦してるじゃないか? 優しいイスカさんが助けてやろうか?」

 次の瞬間に起こったことは、正直、クロウはにわかに信じ難かった。

 カーレンと呼ばれた赤いドレスの女が、脇目も振らずパートナーである男の方に駆け出し、

「……死ね! イスカ!」

 回し蹴りを放ったのである。

 クロウでも、サンドリヨンでもない、パートナーである騎士に、だ。

 イスカと呼ばれた男はもろに蹴りをくらい、数メートルほどぶっ飛ばされて、地面にベチャリと落ちた。おい、なんだこの状況。誰か説明してくれ。

 呆然としているクロウの目の前で、二人は何やらいがみ合っている。

(……って、呆然としている場合じゃない)

 今がチャンスだ。

「サンドリヨン! その赤い服の女から離れろ! そいつはウミネコと同じ先天性フリークスだ!」

 ハッと目を見開いたサンドリヨンが動き出すより早く、起き上った敵の騎士がサンドリヨンを片手で制し、気障な仕草で一礼をした。

「まともに顔を合わせるのは初めての奴もいるから、改めて自己紹介をしておこうか。オレはイスカ、そしてこっちの殺気を撒き散らしている凶暴女が、オレの姫〈赤い靴〉のカーレンだ」

「誰がお前の姫だって? 下僕風情が」

「下僕じゃなくて騎士!」

「上の階でダラダラと女としけこんでた癖に、何が騎士だ」

「あら、気づいてたの? もしかして妬いちゃった?」

「声が聞こえただけだ」

 緊張感のないやりとりだが油断はできない。

 女の方が先天性フリークスなのは分かっているが、男の方は能力が未知数。

 おまけに、サンドリヨンは敵の傍にいるのだ。下手に動けない。

 まずは敵の隙をついて、サンドリヨンを奪還しなくては。

 しかし、この二人、話を聞くと先天性フリークスという単語も知らない一般人の癖に、笛吹に勧誘されて参加したのだと言う。

 笛吹は表社会で生きる者を言葉巧みに騙して、こういう社会の裏側にあるような場所に誘い込み、そこでもがく様子を遠くから眺めて喜ぶ、悪趣味な男だ。

(……こいつらはそんな笛吹の趣味に巻き込まれた、ってわけか。まぁ、金につられてきた連中なら、同情する気はないが)

 クロウは改めて槍を構え直した。仕切り直しという形になったものの、状況は変わっていない。

 唯一の救いは、相手側がサンドリヨンに危害を加える気はなさそうだ、という点だった。

 イスカという騎士は戦闘に参加するつもりはないのか、サンドリヨンと一緒に観戦モードになっている。

(……本当にどうなってんだ、こいつら。普通は騎士が前線に出るもんだろうが。なんで騎士が観戦してんだよ)

 そう指摘する間もなく、カーレンがクロウに攻撃をしかけてきた。

 カーレンの攻撃は足技だけなので、比較的動きは読みやすいのだが、ここからどう攻めるかが難しい。

 先天性フリークスと戦う時、一番気をつけなくてはいけないのは、彼らの「スイッチを入れない」ことだ。

 先天性フリークスは戦闘行為をしていると次第に興奮状態になり、異様な強さを発揮するという特徴がある。

 笛吹は「血に酔う」だなんて気取った言い方をするが、それはあながち間違っていない。ウミネコが良い例だ。

 ウミネコは最初の内こそ飄々としているが、いざ戦闘が始まると異様に凶暴になり、後天性フリークスを上回る驚異的な強さを発揮する。更に何らかのきっかけで凶暴化のスイッチが入ってしまうと最悪だ。闘争本能の塊になり、手に負えなくなる。

 もっと分かりやすい例をあげるなら、クロウが初戦で戦ったピーコックだ。

 ピーコックもまた先天性フリークスで、普段は気取っているが、スイッチが入ると手に負えないほど凶暴になる。

 あのナルシストが凶暴化するスイッチは「顔を傷つけられた時」

 以前、ピーコックの顔に傷をつけた騎士は、激昂したピーコックに文字通り八つ裂きにされた(ピーコックと戦う時は絶対に顔を狙わないというのが、フリークス・パーティの常識である)

 とにもかくにもそういうわけで、先天性フリークスと戦う時は、そのスイッチが入らないように注意しつつ、速攻でケリをつけるに限る。

(……この女の凶暴化の「スイッチ」は何だ?)

 見たところ、今はまだスイッチは入っていない。最初と変わらない無表情で、淡々と攻撃をしかけてくる。

(……いや、待て。この女が凶暴化した瞬間、さっきあったよな。まさか、この女の「スイッチ」って……)

 クロウが何かを閃きかけた時、観戦モードだったイスカが腰から下げていた細身剣を引き抜いて、一歩前に出た。

「やっぱ見てるだけじゃ退屈だし、オレも参戦しちゃおっかなー」

 これに反応したのが、カーレンだ。

 カーレンは鼻の頭に皺を寄せて、不快さを隠そうともしない顔をする。だが、イスカは動じなかった。

「いやー、女の子に酷いことをする非道の騎士を倒すのって、ちょっと格好良いじゃない? サンドリヨンちゃんにちょっと格好良いとこ見せたいし。お前にばっか、えぇかっこさせるの癪だし」

「……邪魔するな」

 不機嫌そうに唸るカーレンに、イスカは満面の笑顔で言った。

「よし、邪魔するか!」

「ふざけんな!」

 あぁ、やっぱりそうだ、とクロウは確信する。

 この女の「スイッチ」は……

「邪魔だっつってんだろ。引っ込んでろボケナス」

「うん、じゃあ引っ込まない!」

「……だったら早い者勝ちだな」

「よーし、どっちが先にあいつを仕留めるか、勝負な」

「上等だ。お前に吠え面かかせてやる」

 ……()()()

 イスカが、カーレンを凶暴化させる「スイッチ」なのだ。

 さっきまで気だるげだったカーレンはイスカが参戦を宣言するや否、目をギラギラと獣のように輝かせている。まるでバーサーカー状態のウミネコのように。

 二対一、おまけに片方はスイッチの入った先天性フリークス。状況はますます悪化の一途を辿っていた。

「よーし、それじゃあまずはオレから!」

 イスカが細身の剣を構えて駆け出す。一撃、二撃。

 予想はしていたが、やはりイスカはフリークスじゃない。一般人だ。そこそこ良い動きはするようだが、クロウの敵ではない……のだが。

「……まとめてぶっ飛べ」

 カーレンは大きくスィングした足で、イスカの尻に回し蹴りを叩き込んだ。

「ぎょあああああ!?」

「――っ!?」

 イスカが奇声をあげながら、クロウに突っ込んでくる。とっさのことで避け損ねたクロウは、イスカともつれあうようにして地面を転がった。まずい。

 クロウはとっさにイスカを突き飛ばして、横に転がる。すると次の瞬間、数秒前までクロウがいた場所に赤いヒールがめりこんだ。コンクリートの床に亀裂が入る。

「お前ぇぇぇっ! 今、オレも一緒に狙ったろ!? つーかお前に蹴られた尻! めちゃくちゃ痛いんだけど!?」

「ちっ、仕留め損ねたか」

「どっちを!?」

 クロウはイスカとカーレンの緊張感のないやりとりを大人しく拝聴しているほど、お人好しじゃない。

 地面を蹴って攻撃をしかけると、二人はすぐに反応した。前に出たのはイスカ。クロウの攻撃を剣でさばき、その隙にカーレンが横から回り込む。

 イスカだけなら、もう少しで剣をはじき飛ばせるのだが、カーレンの攻撃がそれを邪魔する。

 逆にカーレンに攻撃を仕向けると、イスカが背後から足払いをしかけてきた。

 ギリギリでかわすとそこにカーレンの攻撃。

 あと一歩遅かったら赤い靴がクロウの槍をはじき飛ばしていただろう。

(……厄介だな)

 このコンビ、連携プレーなんてできませんという顔をしながら、しっかりきっちり連携している。

 攻撃に長けているのはフリークスのカーレンだが、イスカのサポートが地味に侮れない。

 カーレンにとどめを刺そうとすると、すぐさま横から邪魔が入る。

 イスカ自身、クロウとまともに戦っては勝てないのが分かっているのだろう。

 クロウが本格的に攻めの体勢に入ると、一歩下がって逃げの体勢に入る。そこを追い詰めようとすると、カーレンの猛攻が始まるのだ。

 カーレンとイスカはお互いがどう動くのか分かっているらしく、喧嘩腰で「引っ込んでろ!」「お前こそ!」と罵り合いながら、その癖クロウへの攻撃の手は休めない。

(……お前ら息ぴったりすぎだろ!)

 誰も殺さずに試合を終えるとしたら、狙うべきは騎士の戦意喪失。すなわち、イスカを気絶させるしかない。

 だが、イスカの方はクロウが狙いを定めると、さっさと後ろに下がり、支援に回ってしまう。

(……まずいな。このままだとジリ貧だ。長期戦は苦手じゃないんだが相手が悪い)

 更にまずいのが、こちらの攻撃が全くと言っていいほど通っていないことだった。

 逃げに徹しているイスカはもとより、前衛に出て特攻をしかけてくるカーレンまで無傷というのはどういうことだ。

 確かに殺さずに仕留めようとは思っているが、それでも足を刺して動きを止めるぐらいはするつもりで攻撃をしている。

 それなのにカーレンにはクロウの攻撃がかすりもしないのだ。

(……やはりおかしい。攻撃が当たらなすぎる)

 相手は武芸の達人でもない、ちょっと運動神経の良い一般人だ。

 それなのに何故、攻撃が当たらない? 自分は何かを見落としているのではないか……?

「もーらい!」

 思考に耽っていたのがまずかった。イスカの剣がクロウの槍の穂先をずらす。隙が出来た脇腹にカーレンのつま先がめり込んだ。

 クロウの体はサッカーボールのごとく軽々と吹き飛び、壁に叩きつけられる。

「──がっ、はっ」

「クロウ!!」

 サンドリヨンがクロウの元に駆け寄ると、カーレンはそれ以上の追撃はしなかった。

 つまり、それだけ向こうは余裕があるというわけだ。

「クロウ、大丈夫!?」

「……あぁ、骨まではイってない」

 だが、このままだとまずいのは事実だ。このまま戦い続けていては、いずれ押し負ける。

 窮地を脱するための打開策は無いかクロウが必死に頭を巡らせていると、イスカがサンドリヨンに馴れ馴れしく話しかけた。

「サンドリヨンちゃん、そんな男のために君が辛そうな顔をすることはないよ」

 その横でカーレンが刺々しい口調で言う。

「まぁ、それに関しては同感だが……しかし、お前は本当にどこでも女を口説くな。ここに来る前も、そんな調子だったろ」

「これぐらい、紳士の嗜みだろ?」

 そうか、あの男、やけにサンドリヨンに馴れ馴れしいと思ったら、ここに来る前に口説いていたのか。よし殺そう。

(……いや、待てよ?)

 クロウはふと、先ほどのカーレンとイスカの会話を思いだした。


『上の階でダラダラと女としけこんでた癖に何が騎士だ』

『あら、気づいてたの? もしかして妬いちゃった?』

『声が聞こえただけだ、ボケ』


 あの会話はよくよく考えると、少しおかしい。

 何故カーレンは、イスカがサンドリヨンを口説いていたと知っている?

 クロウはイスカとサンドリヨンが一緒に現れたところは見ていたが、二人がどんなやりとりをしたかまでは知らない。

 当然、二人の声なんて聞こえなかった。それはカーレンも同じはずだ。

 クロウは小声でサンドリヨンを近くに呼び寄せる。

「どうしたの、クロウ?」

「お前はここに来る前、どこのフロアにいた?」

「この上の階よ。三階の駐車場から、階段で下りてきたんだけど……」

 サンドリヨンとイスカがどのフロアから来たのか、比較的耳の良いクロウでも分からなかった。

 なのにカーレンは二人が「上の階」にいたことに気づいていた。のみならず、イスカがサンドリヨンを口説いていたことも知っていた。

(つまり、そういうことか……)

 ようやく、カーレンの能力が見えてきた。あとは、どう料理するかだ。

 周囲に役に立つ物は無いか視線を走らせていると、優花がクロウの服の裾を引いた。

「……クロウ」

 うん? と目だけを動かして彼女の方を見ると、サンドリヨンは消え入りそうな声で言う。

「……ごめん」

「は? なんでお前が謝んだよ?」

「私が、あのイスカって人をここに連れてこないで引き離してれば、クロウはもっと楽に戦えたでしょ。少なくとも、二対一で戦うことにはならなかった……役に立てなくて、ごめん。私もあのカーレンって人みたいに、騎士と一緒に戦えれば良かったのに」

 あぁ、やっぱりこいつは馬鹿だ、とクロウは苦笑する。

(お前が前線に出たら、オレは心配すぎてまともに戦えねーよ)

 ……だけど、サンドリヨンがそう思ってくれたことがクロウは嬉しかった。

 だから、クロウはサンドリヨンの腕を掴んで引き寄せ、その白い手に指を這わせる。サンドリヨンが目を見開いてクロウを見ると、クロウは一度だけ頷き、そして声を張り上げた。

「お前みたいな役立たずは大人しくしてろ! 絶対に騒ぐな。騒音を立てるなんてもってのほかだ!」

「なっ、なんですって!」

「お前のでかい声はキンキンうるせーんだよ! ガラスを引っ掻いた音みたいに耳障りな音を立てるんじゃねぇ! 邪魔だから、どっかに引っ込んで静かにしてろ!」

「悪かったわね、馬鹿っ!!」

 激昂したサンドリヨンがクロウに背中を向けて走り出す。その姿が見えなくなったのを確認して、クロウは槍を構え直した。

 そんなクロウにイスカが首を横に振って、ダメ出しをする。

「あーぁ、なってないねぇ。自分を心配してくれた女の子になんてこと言うの」

「……ふん、お前らには関係の無いことだろう」

「確かに無関係だけど、良い気分はしないだろー……っと!」

 言葉の最後にイスカが斬りかかってきた。とりあえず、サンドリヨンを口説いていた件が非常に業腹だったので、強めに打ち返しておく。

 少し遅れて、イスカが後ろに下がった分、カーレンが距離を詰めてきた。やはり速い。クロウが槍を突き出すと、それを鮮やかにかわして攻撃をしかけてくる。

 足技だけで単調になりがちな攻撃をイスカがフォロー。カーレンはイスカがどう動くのか、そちらを見ないでも分かっているようだった。

 実際に、見ないでも分かるのだろう……肌に感じる風の流れと、人が動く僅かな音で。



 * * *



「感覚器官特化型ぁ?」

 素っ頓狂な声をあげるウミネコに、笛吹は得意げな顔で解説する。

「そう、端的に言えば、カーレンはものすごく目や耳が良い。ついでに鼻も動物並みに利くし、触覚が発達しているから風の流れで気配の察知ができる」

 なるほどねぇ、とウミネコは納得した。

 極端に発達した五感。それこそがカーレンの真の武器だったのだ。

「優れた感覚器官と脚力、この二つが備われば大抵の攻撃は避けられるだろう? 事実、初戦、二回戦ともにカーレンには敵の攻撃が擦りもしなかった」

 笛吹の言葉に、エリサがふむふむと頷く。

「それだけ感覚器官が優れていると、パートナーとの連携も取りやすそうですね。なにせ、パートナーの動きも、僅かな音や風の流れで把握できる」

 カーレンの身体能力はドロシーと同程度。イスカに至ってはそれ以下だ。単体で戦うなら、幾らでも力で押し切れる。

 だが、カーレンとイスカの二人が揃うと見ての通り。ドロシーも同じように前線で戦うタイプの姫だが、ドロシーとオウルでは、ここまで高度な連携はできない。

「ふふっ……このままだと、クロウは押し切られて負けるだろうねぇ」

 ねっとりと悪意に満ちた声がそう宣言しても、ウミネコは眉一つ動かさなかった。

 それどころか、いつもと変わらぬのんびりとした口調で言う。

「なぁ笛吹、クロちゃんの一番の強みって何だと思う?」

「……は?」

 鼻白む笛吹に、ウミネコは語る。

「後天性フリークス故の生命力? 象も蹴り殺せる脚力? 卓越した槍の腕? 冷静な判断力? ……いーや、どれも違うね……エリサちゃん、クロちゃんの二つ名を知ってる?」

「確か……〈死肉漁りの凶鳥〉〈戦場のカラス〉でしたっけ?」

 正解! と手を打って、ウミネコは楽しそうに笑う。

「そう、クロちゃんはカラスなんだ。クロちゃんの一番の強みは、誰よりも生き汚くて、ずる賢いところだよ。そして、カラスは人間への報復を絶対に忘れないんだ。見てな、今に反撃が始まるぜ」


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