【7ー2】新人いびりしたつもりが倍返しにされた件
『Dブロック第四試合はオウル&ドロシー、対するはスワン&マッチ売り!!』
スポットライトの下に立つ、猫耳が特徴的な女の子の姿を目にして、優花は思わず声をあげた。
「あっ、あの子……!」
オレンジ色の髪と猫耳、水色のジャンパースカートに銀の靴……第二試合の後で廊下で会った少女だ。
あの時の優花は意識が朦朧としていたけれど、それでも思いきりひっ叩かれたことと「クロウに迷惑かけないで」と言われたことは、はっきりと覚えている。
「あぁ、驚いたろ、あの耳」
優花の驚きの声をウミネコは違う意味で受け取ったらしい。
ウミネコは猫耳の少女ドロシーについて、解説をしてくれた。
「ドロシーちゃんはアルマン社の後天性フリークスな。見ての通り猫科の動物とのキメラで、あの猫耳も本物」
そこで言葉を切り、ウミネコは真剣な顔で呟く。
「でも、人間の耳もあるから、耳が四つあることになるよなぁ……それって、どんな風に音が聞こえんだろ……それにオレとしては猫耳っていまいち萌えないんだよなぁ。むしろ、尻尾がある方が可愛いと思うんだよ。尻尾を掴んでにゃんにゃん言わせたいんだけど、クロちゃんは、そこんとこどう思う?」
話を振られたクロウは、ウミネコには目もくれずに言った。
「心底下らないと思う」
「冷たっ! なんだよ、ドロシーちゃんと仲良しな癖に~」
「はぁ? 別に仲良くなんかねぇよ。あんなの向こうが勝手にまとわりついて来てるだけだろ」
クロウは顔をしかめているが、実際のところどう思っているのかまでは、優花には分からない。ただ、この間のドロシーの態度を見る限り、ドロシー側はクロウに対して好意的なようだった。
どういう関係なんだろう……と、密かに思っている優花の横で、クロウが咳払いをする。
「そんなことより、気になるのはドロシーのパートナーだ。オウルつったか。何者だあいつ? 初めて見る顔だが……アルマン社所属ってことは後天性フリークスだろ。合成獣か?」
「ところが、そうでもないっぽいんだよな」
ウミネコの言葉にクロウがぴくりと目尻を震わせる。
丁度そのタイミングで、審判が試合開始を告げた。
試合が始まると同時に、ドロシーがオウルに怒鳴る。
「いい!? 今度こそ邪魔しないでよ!」
「…………」
「そこで大人しく突っ立ってなさいよ! 一歩でもそこを動いたら、顔面引っかいてやる!」
「……了解した」
オウルが頷いたのを確認して、ドロシーと敵対する騎士のスワンが動いた。
スワンの武器は長剣。対するドロシーは素手だ。
一見、ドロシーの方が不利かと思いきや、ドロシーは猫のような素早さと跳躍で巧みにスワンを翻弄している。
剣の隙間をかいくぐり、ドロシーが爪でスワンの首を狙う。それをスワンは紙一重でかわす。
「すごい……あのドロシーって子、強いじゃない」
ドロシーのアクロバティックな動きは、やはり只者ではない。優花が感動したように呟くと、クロウが鼻を鳴らした。
「別に大して強くはねぇだろ。確かに動きは素早いが、跳躍が多いから、かえって動きが読みやすい。空中では行動を取り辛いから、目が慣れればすぐに捕らえられる」
「攻撃が軽いのもネックだよなぁ。ルール上、姫は武器を持ち込めないから、ドロシーちゃんの武器は生爪だけだろ? そりゃ、それなりに切れる爪ではあるんだろうけど、頸動脈ぐらい狙わないととどめは刺せないし」
ウミネコの言葉に、クロウが小さく首肯した。
「シングル戦ではあいつは飛び道具使いだったからな……本来、接近戦は不得手の筈だ」
確かに最初は翻弄されていたスワンだったが、次第に落ち着きを取り戻したのか、段々と攻撃がドロシーの服をかすめるようになった。
逆にドロシーの顔には焦りが滲んでいる。
本来非戦闘要員の姫が戦えるというのは、フリークス・パーティにおいて非常に大きなアドバンテージだ。だが、それでも騎士が戦わないのなら、何の意味もない。
クロウが冷めた目でステージを見る。
「つまらない試合だな。あのオウルって奴が動かないなら、このままドロシーが斬り捨てられて試合終了だ」
「そうだね。でも、あのオウルって奴はもう動いている」
「何?」
ドロシーが一気に間合いを詰めた。だが、その攻撃を読んでいたスワンが剣を振り下ろす。ドロシーは回避態勢を取るが、スワンの方が速い。
ドロシーの足に、鋼の刃が振り下ろされそうになった、その時……スワンが動揺の声をあげる。
「な、にぃっ!?」
不自然にスワンの動きが止まった。まるで、見えない手で掴まれたかのように剣が空中でピタリと止まっている。
態勢を立て直したドロシーが、すかさずスワンの顎に蹴りを叩き込む。スワンは大きく吹っ飛んで地面に倒れ、動かなくなった。
審判がオウルとドロシーの勝利を告げ、客席が歓声をあげる。
優花は目を凝らしてステージを見た。
「なんか、あのスワンって選手、おかしくなかった? 途中で不自然に動きが止まったような……」
「おっ、よく気づいたな、サンドリヨンちゃん。あれはオウルの仕業だよ。オウルはあの位置からスワンの攻撃を邪魔していたのさ」
「えっ? でも、オウルは何もしてないわ」
混乱する優花に、ウミネコは「ウミネコさんのヒントタ〜イム!」と軽い口調で言う。そして彼は、手で首を切るようなジェスチャーをしてみせた。
「前の試合で、オウルの対戦相手は首をスパッと切られて死にました」
「!?」
「その試合でも、オウルは一歩も動いていません。さぁ、オウルは何をしたのでしょう、か!」
「金属製の糸だ。それも極細の」
優花より早くクロウが答える。ウミネコがパチパチと拍手をした。
「おー、初見で当てるとはやるねぇ、クロちゃん」
「最初は指弾の類かと思ったんだがな。それだと、途中で剣が止まったことや、前回の対戦相手が首を切られて死んだことの説明がつかない。スワンの腕と剣を糸で絡めとったのだとしたら納得がいく」
優花は時代劇で暗殺者が糸を使って戦うシーンを思い出した……が、実際にそんな上手くできるものだろうか?
その疑問を口にすると、クロウは歯切れの悪い口調で言った。
「不可能ではないが、容易ではないぞ。あのオウルって奴……何者だ? 後天性フリークスではないのか?」
うんうんと考え込むクロウに、ウミネコが笑顔で提案する。
「んじゃ、本人に直接訊いてみようぜ!」
「「……は?」」
* * *
選手控え室前で待ち伏せればすぐ捕まるぜ!
……というウミネコの言葉通り、そう待つこともなく廊下の奥から長身の青年と猫耳少女の姿が見えた。
クロウや優花がいることに気づいていないらしいドロシーとオウルは、何やら言い争いをしている。
「あんた、また勝手に動いたわね! 話が違うじゃない!」
「ドロシーは私に一歩も動くなと言った。私はあの場を一歩も動いていない。よって、ドロシーの意志は正しく尊重されている」
「アタシは邪魔するなって言ったのよ!」
「邪魔はしていない。あれは状況を判断した上での適切な援護だ」
「誰が援護しろなんて頼んだのよ! アタシはそんなの頼んでない!」
「私はドロシーの騎士だ。騎士は全力をもって、姫を守るものだと聞いている」
「はっ! 馬鹿じゃないの!? 童話の世界じゃあるまいし。騎士だの姫だの、そんな役柄なんて記号でしかないのよ!」
ドロシーは足を止めると、腰に手を当ててオウルを睨みつける。
「いーい? フリークスパーティの騎士の役目は、姫を守ることじゃない。勝つことよ。実力を誇示して勝利をもぎ取る。それが全てよ」
「ドロシーちゃんらしいなぁ。特に『実力を誇示して』の辺りが」
ウミネコがのんびりと口を挟むと、ドロシーは猫耳をピクンと震わせて、勢い良く振り向いた。
「げっ、ウミネコ……と、クロウ!」
ウミネコを見たドロシーは顔をしかめていたが、クロウがいることに気づくと分かりやすく顔を輝かせる。
ちなみに優花はいないものとして扱われているのか、露骨に無視された。
「クロウ、試合、見に来てくれたの?」
「一見の価値はあったな」
クロウがそう答えると、ドロシーはオレンジ色の髪をくるくると指に巻きつけながら言った。
「そ、そうかしら。でもまぁ、あんな奴、大したことなかったし、楽勝よ」
ドロシーはそっけない態度だが、耳(猫耳じゃなくて、人間の耳の方だ)が赤い。
(やっぱりこの子、クロウのことが好きなんだろうなぁ……)
クロウと話すドロシーの声は弾んでいるし、目や口が嬉しそうに緩んでいる。それなのに、クロウの態度はちょっと驚くぐらいそっけない。
「お前のパートナーは何者だ?」
「……え」
「後天性フリークスには見えない。が、先天性と言うには……何かが違う。オレ達と同じ作り物のにおいがする」
ドロシーの表情が強張った。
今まで黙っていたオウルは、クロウを見ると無表情のまま淡々と答える。
「生まれた時から異形だった者を先天性フリークス。普通の人間として生まれ育ち、手術、投薬等によって異形とされた者を後天性フリークスと定義するなら、私は先天性フリークスということになる」
抑揚のない声で言い、オウルはほんの数秒考えるような間を開けて、言葉を続ける。
「ただし、先天性フリークスが女性の腹から通常分娩で産まれたという定義になると、私は先天性フリークスとも異なるということになる」
優花は軽く混乱した。
オウルの言葉を要約すると、彼は生まれた時からフリークスだったが、通常分娩で産まれたわけではない、ということになる。それはつまり……
「試験管ベイビーか」
ウミネコがパチンと指を鳴らす。
「ふーん、噂は本当だったんだ。アルマン社のルーキーが遺伝子操作によって造られた人造の先天性フリークスだってのは」
ウミネコの横で、クロウも合点がいったという顔で頷いた。
「遺伝子操作技術はアルマン社のお家芸だったな。ゆくゆくはクローンで人間兵器の大量生産ってところか……どうやら、お前はお払い箱らしいな、ドロシー」
「……っ!!」
ドロシーの顔が強張った。
生まれた時点で強い力を持っているフリークスを、クローン技術で大量生産。そんな技術が完成したら、普通の人間を改造して作られた後天性フリークスは、どんどんお払い箱になる。
(……でも、それってドロシーと同じ後天性フリークスのクロウにも言えることじゃないの?)
クロウは今、どんな気持ちでいるのだろう。何か声をかけてあげたい……が、優花は数日前ドロシーに言われた言葉を思い出した。
──あんたみたいな恵まれた普通の人間に、アタシ達、合成獣の気持ちが分かるわけないでしょ! これ以上、余計なことを言うのはやめてくれる!? はっきり言って不愉快なのよ!
……多分、ここで優花が口を挟んだら、絶対にこじれる。
同じことを考えていたのか、ウミネコが優花に人差し指を立てて、「シー」のジェスチャーをした。
やはり黙っていた方が良さそうだ。
ウミネコと優花が仲良くお口にチャックをしている横で、クロウが舌鋒鋭くドロシーに言い放つ。
「おおかた廃棄前の最後の仕事ってところだろう。お前がパートナー・バトルに出場するなんて、おかしいとは思ったんだ」
「ち、違う……アタシは、まだお払い箱には……今回も……あたしはオウルのサポート役で……」
「サポート? お前がそいつの何をサポートする必要が? 弱いお前が前線で戦うより、そいつが前に出て戦う方がよほど効率的だろう」
クロウの指摘に、ドロシーの緑色の目が傷ついたみたいに揺らいだ。
「それは……でもっ……あ、あたしは……っ」
言いかけては言葉を飲み込むドロシーの猫耳は、ぺたりと頭に貼りつくみたいに下を向いている。
クロウが更に何か言おうと口を開きかけると、それを牽制するようにオウルが言った。
「警告する。ドロシーは私のパートナーであり、アルマン社に所属する先輩だ。侮辱することは許さない」
クロウはニィッと唇の端を持ち上げ、挑発的な笑みを浮かべた。
「へぇ……許さないなら、どうするって?」
「排除する」
クロウとオウルの間で、静電気が弾けるように、静かに敵意と敵意がぶつかり、爆ぜる。
その間に、ドロシーが慌てて割って入った。
「ちょっ、オウル! なに勝手なこと言ってんのよ! やめなさいってば!」
ドロシーが怒鳴れば、オウルはあっさりと敵意を引っ込める。彼の目はもうクロウを見ていなかった。自分を見上げて怒鳴っているドロシーをじっと見ている。
そんなオウルの腕をドロシーが乱暴に引っ張った。
「あぁもう! ほら、施設に帰るわよ! こんな所で道草食ってたら教授に怒られちゃうわ!」
「了解した」
オウルが素直に頷けば、ドロシーはほっとしたように息を吐き、それからチラチラとクロウの方を見て、もじもじと指をこねる。
「あ、あのね、クロウ、その……」
「ドロシー、帰還時刻まであと一時間を切っている」
「はいはい、分かってるわよ! うるさいわね! ……それじゃ、クロウ! またね!」
ドロシーはクロウにだけブンブンと手を振ると、オウルを引きずるようにしてその場を立ち去った。
やがて、ドロシーとオウルの姿が見えなくなると、優花は険しい顔をしているクロウの正面に立つ。
「……クロウ」
「あんだよ」
優花はすぅっと真顔になり……
「女の子になんてこと言うの、あんたはーっ!」
クロウの頭をスパーンと景気良く引っ叩いた。
「いってぇな!? 何すんだよ!」
「何すんだじゃないわよ! 可哀そうじゃない、あのドロシーって子! 涙目だったわよ!!」
「可哀そうなのはオレだ! あいつのせいで首が落ちるところだったんだぞ!」
クロウの主張に優花は眉を潜めたが、クロウの指が首筋をなぞっていることに気づくと、すぐに顔色を変えた。
クロウの首筋にじんわりと赤い血が滲んでいるのだ。それも、首をぐるりと一周するかのように。
優花は慌ててトートバッグから応急手当キットを取り出し、ガーゼでクロウの首の血を拭った。
「細い切り傷? なんか、紙で切ったみたいな……いつの間に……」
「あのオウルって野郎にやられた。あの野郎、いつの間にかオレの首に糸巻きつけてやがった」
舌打ちするクロウに、ウミネコがのんびりと言う。
「分かりやすく挑発に乗ってくれたのなー。あいつ」
「あぁ、そう簡単には乗ってこないかと思ったら、とんでもねぇ……あいつ、無表情な癖にかなり手が早いぞ。おまけに奴が糸を操作したタイミングがまるで掴めなかった。攻撃の癖を見抜けたらと思っていたんだがな……まるで分からなかった」
つまり、オウルの武器について調査するためだけに、クロウはドロシーに必要以上に攻撃的なことを言って挑発していたらしい。ドロシーがますます不憫である。
「それで、クロちゃん……あいつには勝てそう?」
ウミネコの問いに、クロウは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「勝てるか勝てないか、じゃねぇ。勝つしかねぇんだよ、オレ達は」
そう呟くクロウの声は、酷く重々しかった。




