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【幕間14】トカゲの恋

 昔から、彼は人より少し勉強が得意で手先が器用だった。

 成績優秀の太鼓判を押された彼はスキップを繰り返し、弱冠十八歳で大学を卒業。そうして以前から興味のあったロボット開発の機関に就職した。

 若き天才と鳴り物入りで就職した彼は周囲から持て囃された。

 嬉しかった。誇らしかった。

 皆が驚くような、凄いロボットを作ってやる……彼の胸はそんな希望に満ちていた。

 しかし、現実はそう甘くなかった。


 端的に言うと、彼には才能がなかった。柔軟な発想。斬新なアイデア。それが欠けていた。

 設計図を瞬時に読み取り、製作者の意図を理解して、正確に再現することはできる。だけど、新しい物を生み出す想像力が無い。

 当初は「若い君の発想力に期待しているよ」と言っていたチーフも、段々と言葉を無くし、終いには「君は研究所より町工場の方が向いているんじゃないのかね」と同情の目で言うようになった。

 やがて、長引く不況の風に当てられて研究所の予算削減が始まると、彼は真っ先にクビになった。


 ──なんで俺だけ


 大学の仲間は皆、一流企業や有名研究所で活躍しているのに。どうして自分がこんな目に。

 何か悪いことをした訳じゃない。大きな失敗をした訳でもない。

 それでも、周囲の期待に応えられなかったという理由で、彼は研究所から追放された。

 こうして、生まれて初めての挫折になすすべもなく打ちのめされ、こうなったらいっそ飛び降りてやろうか……と考えていた彼の前にその人は現れた。


『お前のその命、捨てるぐらいなら、あたくしに寄越しなさい』


 その人の名はレヴェリッジ家当主シャーロット=レヴェリッジ。

 こうして彼は、ビルという新しい名前を与えられ、異形ひしめく裏社会へと足を踏み入れたのだ。

 ビルが配属されたのはフリークスパーティー運営委員会、医療チーム。何故、工学畑の自分が医療チームなのかと不思議だったが、すぐにその理由は判明した。

 この医務室に担ぎこまれてくる患者のおよそ三割は、体の一部を機械化された人間、否、フリークスだった。

 医療チームには外科手術に長けていて、義手義足に詳しい者もいたが、運ばれてくる患者の体のパーツは医療現場で扱われているそれよりも遥かに複雑だった。確かに、これは医者というよりは技術者の仕事だ。

 幸い、フリークスパーティーに参加する選手は身体データの提出が義務付けられており、キメラにしろサイボーグにしろ、細かなデータが──それこそ、サイボーグなら設計図がこちらに提出されている。

 ビルの仕事は大破したサイボーグの選手を、設計図を元に完全に修復……とまではいかなくても、選手専属の医者が引き取りにくるまでの間、最低限、生命維持装置が正常に動作するよう修理することだ。

 レヴェリッジ家が彼をスカウトしたのは、設計図を瞬時に読み取り、正確に再現する能力を買ってのことだった。

 とは言え、運ばれてくる患者は、いくら体を機械化していても、生身の部分も多い。

 必然、外科手術の知識や技術も必要になり、医療チームの先輩であるヘイヤに教えを請うことになった。

 おかげで、今では簡単な外科手術なら、そこらの医者よりも手際が良いとヘイヤから太鼓判を押されている。

 医師免許の有無なんて、ここでは誰も気にしない。そもそもフリークスパーティ自体が犯罪だ。

 違法手術を受け、人間の成れの果てと化した化け物達の殺しあい。ここにはモラルも倫理も無い。

 試合で傷ついたフリークス達は所属する企業に引き取られ、再び改造を施されて、またこのパーティ会場で戦うことを強要される。その異形の体が動かなくなる日まで。

 慣れとは恐ろしいもので、最初は酷い傷跡や損傷の激しい遺体を見る度に吐いていた彼だったが、最近は剥き出しになった骨を見ても、頭が吹っ飛んだ遺体を見ても何も感じなくなった。

 余計なことを考えてはいけない。感情を殺して、ただ自分の仕事に従事する。それが賢い生き方なのだと彼は知っていた。


 ……だからかもしれない。観衆の前で声を張り上げる彼女から、目が離せなくなったのは。

 直接現場を見た訳じゃない。たまたま、その日はビルの担当する患者が少なくて、時間潰しに医務室のテレビモニターで見ていた試合。

 そこに映された、姫と言うにはあまりにみすぼらしい格好をした彼女は自分の騎士に、そして会場にいる全員に聞こえる声で叫んだ。


『違うわ! この人も……そして、あんたも人間よ! 化け物なんかじゃない!』


 ハッと目が覚める気がした。

 どうして自分は、患者達を化け物だと思いこんでいたのだろう。きっと、そう考える方が楽だったからだ。

 彼らは人間ではない化け物。だから、どんなに酷い目にあわされても仕方がない。

 そう考えて目の前の現実から目を背けていたのだ。

 その後、二人の患者が運ばれてきた。ミミズクというキメラの騎士と、モニターの中で叫んでいたサンドリヨンという姫。

 キメラはビルの管轄外なので、ハッターとヘイヤが治療に当たる事になり、サンドリヨンは彼が看ることになった。

 栄養失調と脱水症状……どうして、こんなになるまで放置していたのか。

 パートナーのクロウは呆然とした顔で自分の姫を見ていた。

 どうして、自分の姫が倒れたのかも分かっていないような様子で、そのことが彼には酷く腹立たしかった。


 * * *


 翌日の明け方近くに、小さな来訪者が医務室のドアを叩いた。来訪者はミミズクの娘だった。名前は確か、グレーテル。

「パパを迎えに来ました」

 クロウの攻撃で重傷を負ったミミズクは、前日手術を受けたばかりだ。いくら回復力の高いキメラでも、しばらくは絶対安静が言い渡されている。

 けれど、ミミズクの所属する企業ではなく、この少女が迎えに来たと言うことは即ち……

「……ぅ、ぇー、えぅ……」

 いつの間にか、ミミズクがベッドから起きて、こちらに歩いてきた。キメラなだけあって、足取りはしっかりしている。

「パパ、大丈夫?迎えに来たよ」

「ぁー、うぅー」

 ミミズクは彼が所属する企業が後日引き取りに来ることになっている……より正確に言うなら、企業が生物兵器の回収に来ると言った方が正しい。

 そして、ミミズクとその娘は企業が回収に来る前に、自主退院──逃亡するつもりなのだ。

 この自主退院を、彼ら医療チームは黙認している。

 だが、ミミズク達がうまく逃げられたとしても、人とは異なる容貌と能力を持つ彼らが人に紛れて暮らすのは容易なことではない。

 ……何より、

「本当にいいんですか?」

 企業から逃げた彼らが、投薬もメンテナンスも無しに、長く生きられるはずがない。

 参加選手の身体データに目を通しているビルは、彼らのリミットを知っている。

 ミミズクは定期的な投薬が無くては一ヶ月も生きられない……本人達も分かっているはずだ。

 グレーテルは幼いながら、聡い目でビルを見上げた。

「リミットのこと知ってるよ。パパはもともと、ここの会社の研究員だったもの」

「……え?」

「パパね、人間を実験体に使うのに反対したの。そしたら、パパの上司はパパを実験体にしたの……パパが逃げないように、私を人質にして」

 ぞっとした。

 ミミズクは上司に見捨てられた研究者のなれの果て──体をいじられて化け物にされ、娘とともに、殺し合いに参加することを強要されていたのだ。

 ただ、職を失っただけで自殺しようと考えていた自分が、いかに甘かったかを思い知らされる。

「あのね、パパの研究チームの主任が言ったの。この大会でベスト4入りできなければ……廃棄、だって」

「……っ、それは……」

 ベスト4入りは言うほど簡単なことではない。後天性フリークスの性能の壁は、ちょっとやそこらの努力でどうにかできるものではないのだ。

 過去最高成績が三回戦進出止まりだったミミズクにとって、研究所が出した条件は実質死刑宣告だ。

 だから、彼らは企業が回収に来る前に逃げることを選んだのだろう。

 逃げるあてはあるんですか、と訊ねることもできず、ビルは黙ったまま俯くことしかできなかった。

 かつて神童だともてはやされた自分が、今はこの少女にかける言葉一つ思いつかない。

「お兄さん、お願いがあるの」

「何か?」

「パパの手術をしてくれたお姉さんと帽子のおじいさんに、お礼のお手紙書いたから、二人に渡して欲しいの。直接渡したかったけど……私、もう行かなくちゃだから」

 グレーテルがビルに手渡した封筒は三通。同じキャラクターイラスト入りの、赤、青、黄色の封筒だ。

「ヘイヤさんと、ハッターさんと……あと一つは?」

「あのね、これは……」



 * * *



「この間は勝手に病室を飛び出したまま帰ってしまい、大変ご迷惑をおかけしました。本当に申し訳ありませんでしたッ!」

 サンドリヨンは医務室にやって来るなり、実に男らしく謝罪の言葉を口にした。ちなみに腰の角度はきっちり90度である。

 ビルがどうか頭を上げて下さいと言うと、サンドリヨンは「つまらない物ですが……」と言って、焼き菓子の詰め合わせの箱をビルに差し出した。

 これが日本伝統の「ヤマブキ色の菓子」というやつか……とビルは密かに感動する。

「あの、そんなに恐縮しないで下さい。確かに突然いなくなられて心配しましたけど、迷惑とは思っていませんから」

 寧ろ、フリークスパーティの選手達はだいたいいつもそんな感じだ。絶対安静なんて言葉は彼らの辞書にはない。

「その後のお加減はいかがですか? 目眩や吐き気は……」

「あっ、はい、お腹いっぱいご飯食べたら、すっかり元気になりました」

「そうですか……」

 衰弱していた患者が、いきなりご飯をもりもり食べるのもどうかと思ったが、まぁ、本人が元気そうなら何よりだ。

「ところで、サンドリヨンさん、あなたに預かっているものがあるのですが」

「えっ」

「これを」

 それはグレーテルから預かった三通の手紙の内の一つだ。

 手紙を開いた彼女の目が、大きく見開かれる。

 ちらりと垣間見えた「お姉さんへ」で始まる手紙には簡潔に一言、こう記されていた。


『パパを助けてくれてありがとう』


 サンドリヨンの目からぼろぼろと涙の雫がこぼれ落ちる。

 ビルはとっさにハンカチを差し出した。

「あの、使って下さい」

「え、あっ……ごめん、なさい……」

 彼女はハンカチで目元を押さえると、便箋の文字を何度も何度も読み直していた。

 その時、医務室のドアが開いて、クロウが顔を出す。

「おい、サンドリヨン、用は済んだのか? ……って、おい、お前……っ!!」

 自分のパートナーの泣き顔を目にしたクロウの表情は、みるみる凶悪なものに変わっていった。怖い。

「……サンドリヨンに何をした」

「クロウ、違うのよ。私が勝手に泣き出しただけで」

 サンドリヨンがとりなすように言うと、クロウはビルに疑わしげな目を向けつつ、サンドリヨンの腕を掴んだ。

「……ウミネコが待っている。行くぞ」

「うん。あっ、すみません、ハンカチ汚しちゃって……後で洗ってお返ししますね」

 そう言って、サンドリヨンはぺこりと頭を下げると、クロウに引きずられていった。

 その姿を医務室の扉が閉まるまで見送っていると……

「ふーん、あんた、ああいう子が好みなの?」

 耳元に息を吹きつけられ、ビルは飛び上がって振り向く。

 彼の背後では、金髪の美女ヘイヤがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。ついでに、その横にはシルクハットを被った老人ハッターの姿もある。

「ヘイヤさん!? それにハッターさんも! 盗み聞きしてたんですか!?」

「我が輩は普通に声をかけるつもりだったのを、ヘイヤに止められたのだ」

「だーって、こんな面白い話見逃せな……ゴホン、人生の先輩としてアドバイスをしてあげたいじゃなぁい?」

「完全に面白がっておっただろうが……『そこだ! ハグしてチューしろ!』だの『次の約束取り付ける甲斐性見せんか!』だの、好き勝手言いおってからに」

「ちょいと、ハッター。余計なことを言うんじゃないわよ」

 ハッターの肩をバシンと叩き、ヘイヤはビルをちらりと見た。

 その目に浮かぶのは、ほんの僅かな……同情だ。

「それにしても、あんたも運の悪い男ねぇ。よりによって、……に惚れるなんてさ」

「え?」

「なんでもない! ほら、仕事するわよ仕事!」

「分かりやすくさぼっていた奴が何を言うか」

 ハッターの指摘を聞き流し、ヘイヤはパソコンを立ち上げる。

 とりあえず、次にサンドリヨンに会った時は、お茶でも誘ってみようか。そんなことを考えながら、ビルも仕事の支度を始めた。


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