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フリークス・パーティ  作者: 依空 まつり
第6章「愚かな女の選択」
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【6-2】サンドリヨン、吼える

『お待たせしました! 本日の第一試合は……クロウ&サンドリヨンvsミミズク&グレーテル!』


 対戦相手の姿を見た優花は言葉を失った。

 敵の騎士ミミズクは、今まで優花が見た中で、最も分かりやすい「異形」の姿をしている。

 異様に肥大化した胴体。肘から先が枝分かれしている腕。四本の手はそれぞれに剣を握りしめている。

 つるりとした顔に表情は無く、ギョロリとした目が、じっとクロウと優花を見下ろしていた。

 その姿を一瞥したクロウが短く吐き捨てる。

「典型的な出来損ない、だな」

 クロウはぴくりと体を震わせる優花の肩に腕を乗せ、その耳元で囁いた。

「あれも、オレと同じなんだぜ。体を弄られまくった合成獣の末路だ。見たところ、廃棄寸前ってところだな」

 ミミズクの姫グレーテルはまだ十歳ぐらいの女の子だった。

 ミミズクの巨躯に隠れるようにしてこちらを見ている幼い顔には、隠しきれない恐怖が滲んでいる。その怯えは真っ直ぐにクロウと優花へ向けられていた。

 グレーテルだけじゃない。手錠と足枷で拘束された優花を、会場中の人々が好奇の目で見ている。

「見ろよサンドリヨン、観客どもが皆、お前を見てる。ほぅら、ちゃんとほっかむりで顔を隠せよ」

 クロウはほっかむりの縁をグイグイと引っ張る。優花がそれに抵抗せず、されるがままになっていると、クロウはにこりと機嫌良く笑った。

「あぁそうだ、次からはちゃんと目隠しもしてやるからな。そうしたら、お前は何も見なくていいだろう?」

 クロウは「大人しくしていれば守ってやる」と言った。

 何もするな、何も見るなと言って、優花の手足を拘束し、そして今度は目も塞ごうとしている。


『それではステージの紹介を始めましょう! 今回はスタジアムの上部に設置した特別ステージです! 高さは地上三十メートル! 横三メートル、長さ三十メートルの細長いステージになっています』


 それは一言で言えば細長い橋だった。落下防止の柵は無いから、当然落ちたら地上へ真っ逆さまである。

  騎士と姫の初期位置は、それぞれ細長いステージの両先端。細く狭いステージで、命がけの戦闘をするか、相手の騎士の横をすりぬけて姫を突き落としにいくかの戦略が問われる。

「……ふん、向こうは鈍重そうだし、向こう岸まで行って、相手の姫を蹴落とした方が早そうだ」

 クロウの呟きに優花は青ざめる。この男は本気だ。本気で、あの幼い少女を橋から蹴落とそうとしている。

 クロウは、真っ青になって震えている優花の頭を撫でて、不気味なぐらい穏やかに笑った。

「それじゃあ行ってくる。良い子にしてろよ?」

 柵も何も無い細い通路の中央に、クロウとミミズクが向かい合って立つ。

 それを確認して審判の海亀が手を上げた。

「それでは試合開始っ!」

 開始の合図と同時にクロウが駆け出した。

 クロウはここが目が眩むほどの高さだということを忘れさせるような迷いの無い動きで、ミミズクとの距離を詰め、槍を振るう。対するミミズクは四本の腕にそれぞれ一本ずつ剣を握りしめ、器用にクロウの攻撃をさばいていく。

 速さは断然クロウの方が上だ。

 優花はこの手の戦闘に関して素人だが、それでもどちらが押しているかぐらいは、なんとなく分かる。

 力はミミズクの方が若干強いのだろう。だが、他の点ではクロウが勝っているし、何よりもクロウは戦いに慣れていた。

 相手の次の動きを予測する冷静さ。そして、相手が僅かでも隙を見せれば殺すことを躊躇わない冷酷さ……それがクロウの強さだ。

 最初はクロウがミミズクを圧倒していたのだが、五分ほど打ち合っていると、次第にクロウの動きがぎこちなくなってきた。

(まさか、背中の傷が開いて……!)

「ちっ、クソがっ!!」

 攻守交代。さっきまでクロウの攻撃をさばくだけだったミミズクが反撃に出た。

「ぁー、ぁぁー、ぁー」

 肉体改造をされた際に発声器官に支障が出たのだろう。ミミズクは不自然に細い呻き声をあげながら、四本の剣を振るう。

 そのまましばらく接戦が続いた。じわじわとミミズクがクロウを押し始める。

 クロウは少しずつ後退を余儀なくされ、あと一歩後ろに下がれば転落というところまで追いつめられた。だが、ミミズクはなぜかそれ以上攻撃しようとしない。

 クロウに武器を突きつけたまま、モゴモゴと口を動かしている。

「ぅー、ぅぅぅ…………ぁ、うー」

「降参しろ、ってか?」

 追いつめられているにも関わらず、クロウは余裕の表情だった。

「それとも、そんなでかい図体の癖に、とどめを刺す勇気もないチキンなのか? ハハッ」

 クロウは口の両端を持ち上げると、暗い目で笑う。


「誰も殺せねぇなら……お前が死ねよ」


 すくうように下から振り上げられたクロウの槍が、ミミズクの剣を一本を弾いた。ミミズクが宙を舞う剣に気を取られた隙に、槍の一撃がミミズクの腹部を抉る。ミミズクは口から血を吐いて叫んだ。

「が、ぁ、ぁぁぁ!」

「この程度じゃ致命傷にはならないか。流石に丈夫だな」

 クロウはわざわざ捻りを加えて、傷口を広げるように槍を引き抜いた。パッと周囲に血が飛び散る。

 グレーテルが悲痛な声で叫ぶ。

「パパぁー!! やめて! パパを殺さないで!」

 その時、クロウが嫌な笑みを浮かべた。

 背筋がゾッとする、悪魔みたいな笑い方で。

「そうか、あれはお前の娘か……」

 クロウは見せつけるように勿体ぶった動きで、懐から投げナイフを数本取り出した。

 ミミズクの巨体がヒクリと動く。

 間髪入れず、クロウは取り出したナイフをグレーテルめがけて投げつけた。

「きゃあ!」

「っ!……ぁ、ぁぁぁぁぁぁっ!」

 地面にうずくまっていたミミズクがバネ仕掛けのように巨体を動かし、グレーテルの前に立ち塞がった。

 クロウが投げたナイフは、ズブズブとミミズクの体に埋め込まれていく。グレーテルが半狂乱になって叫ぶ。

「パパ! パパァっ!! やめてっ! もうやめてぇっ!」

「はっ、はははっ! あははははは!」

 クロウが笑う。狂ったようにゲラゲラと。

(なんで? なんで? なんで? ちがう、ちがうでしょ、だって、だってあんたは……)

「死ねよ。死ね死ね死んじまえ。どうせ生きてたってろくなこと無いだろ? そんな姿になってまで生きる理由なんて無いだろ? なぁ……」

 床にうずくまるミミズクの元にグレーテルが駆け寄り、小さい体でミミズクに覆いかぶさった。そんなグレーテルをミミズクが弱々しく押しやり、逃がそうとする。

「ぁー、ぁー、ぁぁ」

「やだ! やだ! パパを殺さないでぇぇぇっ!!」

 クロウは狂気的な笑いをピタリと止めた。表情がすっと抜け落ちたような無表情で、瞳を暗く淀ませて、クロウは槍を振り上げる。

「喜べ、お前と娘、一緒に串刺しにしてやる。あの世で親子仲良くな………………死ね」


 ガヂン、ジャラジャラという音が響いた。


 その音の意味をクロウが理解した時、彼の動きが止まる。

「何故、邪魔をする」

 彼の姫は口元を覆っていた猿轡を引き千切り、放り捨てる。

 彼女を拘束していた手枷と足枷は無い。さっきの音は、枷を外して投げ捨てる音だったのだ。

 クロウは眉を釣り上げて怒鳴る。

「答えろ!サンドリヨン!」

 優花は両手を広げて、背中にミミズクとグレーテルを庇っていた。

 さっきまで俯いていた顔をグイと持ち上げ、強い目で真っ直ぐにクロウを睨み返して。

 クロウは押し殺した声で命じた。

「そこを退け」

「嫌」

「退け」

「嫌だ」

 クロウはすっと息を吸い、腹の底から怒鳴る。

「退けって言ってんだろ!」

「嫌だッ!」

 クロウに負けないぐらいの声で優花が怒鳴り返す。

 二人はしばし息を切らしてにらみ合っていたが、やがてクロウが口火を切った。

「何故、そいつを庇う?」

 途端に、優花の目はギラリと底光りした。まるで手負いの獣のように牙を剥いて、優花は吼える。


「人間が人間を庇って何が悪い!! 殺されそうな人を庇って何が悪い!!」


 そんな優花をクロウはいっそ哀れむような目で見た。あぁ、この女は勘違いしているのだ、と。

「なぁ、サンドリヨン。こんな死に損ないの化け物が生きていて何になる? 殺してやった方がそいつのためだ」

「……何で、そんなことが言えるのよ」

 優花はブーツで地面を力強く踏み、クロウを睨みつけた。

「命がけで娘を守ろうとしてる人に、何でそんなことが言えるのよ!!」

「お前の足元にいるそれは人間じゃない。化け物だ。オレ達は姿形は違えど、みんな化け物でしかないんだよ!」

「違うわ! この人も……そして、あんたも人間よ! 化け物なんかじゃない!」

 クロウが目を見開き、立ち尽くした。

 彼が自分を化け物だと言うのは、人殺しの免罪符が欲しいからだ。

 自分は化け物だから、相手は化け物だから、だから殺し合うのは仕方ないことだ……そう思わないと罪悪感で押し潰されてしまうから。

 だから、クロウはまるで自分に言い聞かせるみたいに、自分は化け物なのだと繰り返していた。

 でも、優花は知っている。あの晩、自分の素性を明かしたクロウが泣きそうな顔をしていたことを。

『……オレに、これ以上どうしろって言うんだよ』

 そう呟く声は震えていた。助けて、と泣いている子どもみたいだと思った。

 うまく甘えることも、助けを求めることもできない不器用な子。そんな姿が弟達と重なった。

 だから優花は……黙っていられなかったのだ。

「あんたは人間よ。だから、殺しなんて、しなくていいのよ」

 一言一言噛みしめるように、優花は言う。

 本当はもっと穏やかな声をかけてあげたいのに、口から出る声は我ながらみっともないぐらい掠れていた。それでも、優花は懸命に訴えかける。

「私は……あんたに殺しなんてしてほしくない。あんたにそんな苦しそうな顔、してほしくない」

 クロウは色の薄い目を見開き、虚をつかれたように優花を見返した。

「……苦しそう? ……オレが?」

 優花を嘲笑おうと開いた口が引きつる。眉が苦しげに寄る。槍を握る手が小さく震える。

 その時、優花の背後で何かが動く気配がした。

「……ぁ、ぁぁぁあ、ぅー……ぁー……」

 振り返ると、ミミズクが血塗れの巨体をゆっくりと起こしている。クロウは慌てて槍を構えた。

「下がれ、サンドリヨン!」

「待って!」

 体を起こしたミミズクは武器を捨てて、四本の腕を全て宙に掲げていた。

 誰もが呆気に取られている中、審判の海亀が駆け寄り、声をかける。

「ミミズク選手、それは戦意喪失とみなして宜しいですか? 同意するなら一度だけ頷いて下さい」

「ぁ、ぅ……」

 ミミズクは一度だけコクリと頷いた。

 審判が右手を持ち上げ、声を張り上げる。

「ミミズク選手戦意喪失、クロウ選手の勝利です!」

 その声を聞いた瞬間、優花は膝から崩れ落ちた。頭に上っていた血がスーッと下がっていき、指先まで冷たくなる。

(あぁ、良かった。誰も、死、んでな、い……クロ、ウは、だれも、ころ、して……な、い……)

「サンドリヨン!? おい!」

 薄れゆく意識の中で、優花は思った。


 ──どうか、泣かないで、と



 * * *



 モニター画面を見上げたピーコックは、金髪をくるくると指に巻きつけながら、横目でトラヴィアータを見る。

「あの子の手錠と足枷。外れるように細工したのは君かい?」

「あのクソみたいな街で覚えた技術が、こんな所で役に立つとは思わなかったよ」

 そう言って、トラヴィアータは手の中で転がしていたヘアピンを、髪に留め直す。

 ピーコックは唇を愉快そうに持ち上げて、トラヴィアータの顔を覗きこんだ。

「実は結構気に入ってた? 随分と大サービスじゃないか」

「逃げるも逃げないも好きにしな、と言っただけさ……そして、あの子は逃げなかった。ただ、それだけだよ」



 * * *



 サンヴェリーナは目に涙を浮かべ、胸を撫で下ろしていた。

「良かった……本当に良かった」

 フリークス・パーティ参加歴の長いサンヴェリーナは、酷い扱いを受けた姫を何人も見てきた。そのまま、死んでしまった姫も。

 サンドリヨンが同じ目に遭ったらと思うと、居ても立っても居られなかったのだ。

 ハンカチで目元を覆うサンヴェリーナの横で、燕が静かに呟いた。

「言うは容易く行動に移すは難しい。あの娘の選んだ行動は危うい綱渡りだったが、それでも結果を出した……良い姫を得たな、クロウ」



 * * *



「ハハッ、おもしれおもしれおっもしれー! まーじーうーけーるー!」

 ウミネコはベンチの上で足をバタバタさせながら笑い転げていた。隣の席のエリサが迷惑そうな顔をしているが御構い無しである。

「クロちゃん、本っ当におもしろい子見つけたよなぁ。試合会場のど真ん中で啖呵切るとか、なっかなかできることじゃないぜ」

「笑い事じゃないですよ! サンドリヨンさん、医務室に運ばれましたけど……大丈夫でしょうか」

 不安そうに画面を見ているエリサに、ウミネコは軽い口調で答える。

「ま、大丈夫だろ。見たとこ酷い怪我は無さげだったから」

 スクリーンの中、担架に寄り添うクロウは、憑き物が落ちたみたいな顔をしていた。

「あれでクロちゃんの頭も冷えただろ。いやぁ、良かった良かった」

 ウミネコはうんうんと頷くと、一点の曇りもない笑顔で言う。

「暴走したクロちゃんなんて、苛めてもおもしろくねーもんな!」

 そんなウミネコを、エリサが呆れたように見つめていた。



 * * *



 ドロシーは非常に腹を立てていた。不愉快すぎて胃がムカムカする。

「……何あれ……ムカつく」

 彼女の視線の先では、気絶したサンドリヨンをクロウが心配そうに見つめている。

 何もできないくせに大口を叩いているだけの女をクロウが気遣っていると思うと、怒りで頭が爆発しそうだった。

 これ以上スクリーンを見ているのも我慢できず、ドロシーは立ち上がり、観戦席を離れる。

 隣に座って観戦していたオウルは、音もなくドロシーの後をついてきた。

「ドロシー、何処へ?」

「どこでもいいでしょ! 付いてくんな!」



 * * *



「許さない……ッ、クロウの奴、お姉ちゃんになんてことを!!」

 美花はモニター画面を睨み、拳をプルプルと震わせた。

 いつも能天気な笑みを浮かべている彼女が、今は眉を釣り上げ、目を細め、怒りに歯ぎしりをしている──そうしていると、彼女の顔は驚くほど優花と瓜二つだった。

 そんな美花に、彼女の騎士イーグルが穏やかな声で言う。

「可愛い僕のオデット、心配はいらないよ。君の家族なら僕にとっても家族同然だ。彼女のことは僕がきっと解放してみせるよ」

「本当? 本当に?」

「勿論」

 即答するイーグルの声は、クロウには無い余裕と自信に満ちていた。

 美花はクロウへの怒りを引っ込めると、イーグルの首根っこにかじりつく。

「ありがとう、イーグル大好き!」

「あぁ、愛してるよ。僕のお姫様。君の願いなら何だって叶えてあげる」

「うん、うん……それなら……お願い」

 イーグルを抱きしめる手に力を込めて、美花は言う。


「お姉ちゃんを、助けて」



 * * *



 誰もいないモニタールームでクロウの試合の様子を眺めていた笛吹は、優花の発言を反芻していた。


 ──この人も……そして、あんたも人間よ! 化け物なんかじゃない!


 あの娘は誰の目にも異形なクロウも、そしてミミズクすらも人間だと言い切った。

 サンドリヨンはきっと気づいていないだろう。

 彼女の言葉は、化け物であることを否定して欲しがっているクロウの心には響くかもしれないが、この会場にいる化け物信奉者を敵に回す発言だということに。

「まぁ、〈女王〉は歯牙にもかけないだろうけれど……〈アリス〉はこの茶番劇を見て、何を思うかな?」

 あの娘は、フリークス・パーティのあり方に間違いなく一石を投じた。

 サンドリヨンなど、フリークス・パーティにおいてとるに足らない存在だ。

 だが、水面に生じた小さな波紋が大きな波を呼ぶこともある。


 あなたは心無い化け物なんかではありません。心有る人間なのだから、殺しなんてしなくて良いのです……それがあの娘の主張だ。だが、笛吹は知っている。心有る人間だからこそ憎み合い、殺し合うものだということを。

 人間と化け物の境界線は実に曖昧だ。結局のところ決め手となるのは本人の意思一つだけ。

 そして、このフリークス・パーティは意思の弱い奴から化け物に食われていく。


「はたして君は最後まで生き残れるかな? 灰かぶりのお姫様?」


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