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フリークス・パーティ  作者: 依空 まつり
第5章「スノーホワイトの献身」
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【5ー5】暴走

 今週分の薬を貰うためにクロウが研究所に足を運ぶと、月島はパソコン画面にかかりきりになっていた。

 解析しているのは恐らく今日のウミネコの試合の戦闘データだろう。

 フリークス・パーティでは試合の撮影を一切禁止されている。

 試合結果の判定のために運営委員会で撮影はしているが、それが外部に漏らされることは一切無いという。

 だから、ウミネコのデータが欲しくてたまらない月島は、トキをけしかけて、データ収集をしたのだ。恐らくトキの姫だった銀貨という少女、あれが記録係だ。あの娘は体のどこかに小型のカメラを隠し持っていたのだろう。

 クロウが入ってきたことに気づくと、月島は画面から目を離さず口を開く。

「随分と酷い試合だったねぇ、クロウ。敵に背を向けて一撃をもらうなんて、無様すぎて笑えてくるよ」

「薬を寄こせ」

「ねぇ、クロウ。君はトキみたいな量産品とは違うんだよ。自分の存在意義を分かっているのかい? 君に敗北は許されないんだよ」

「いいから薬を寄こせっつってんだろ!!」

 近くにあったスツールを蹴飛ばすと、月島の顔から表情が消えた。

 あぁ、あの気味の悪いニヤニヤ笑いが消えるなら、最初っからそうしてりゃ良かった、とクロウは妙に愉快な気持ちで考える。

 月島は眼鏡の下で目を細めて、クロウを蔑視した。

「……とても人に物を頼む態度とは思えないねぇ」

「…………」

 クロウは何も答えない。ただ、全身から悪意と苛立ちを撒き散らせて威嚇する。

 そんなクロウに月島は揶揄するような薄い笑みを浮かべた。

「随分と荒れているじゃないか。もしかして今日の試合の……サンドリヨンの独断行動が原因かな?」

「黙れ」

 今のクロウが、まともに会話をできるような状態じゃないのは明白だった。月島は溜息を吐いて、引き出しから薬を取り出す。

 クロウはそれを月島の手からひったくると、早足で入口へと向かった。

(早く帰らないと。早く、早く……)

「ちょっと待って、どこに行くんだい? 背中の傷の治療は?」

「必要ねぇよ。オレは早く帰らないといけないんだ」

 そう吐き捨てて、クロウは扉をバタンと絞める。


 ──あぁ、早く帰らないと、早く、早く、早く!


 乱暴に閉ざされた扉を見つめていた月島は、キャスターをくるりと回してパソコンと再び向き直る。そうして、キーボードを叩きながら、ぽつりと小さく呟いた。

「……そろそろ、あの子もお終いかな」



 * * *



 グロリアス・スター・カンパニーを出てからずっと俯き気味に歩いていたクロウは、マンションのエレベーターを降りたところで足を止めた。

「やっ、クロちゃん」

 階段の手すりに座り、小学生のように足をぶらぶらさせているのはウミネコだった。

 クロウは殆ど顔を上げぬまま、目だけを動かしてウミネコを見る。

「今日は酷いじゃんか。オレ達に何も言わずに帰っちゃうなんてさー」

 クロウは無言で自分の部屋へと歩き出す。

 ウミネコは手すりから飛び降りると、勝手にクロウの横を並んで歩き出した。そうして、わざとらしく鼻をひくつかせる。

「あれ? 血の匂いがする。クロちゃん、背中の怪我、手当てしてもらわなかったの? 明後日も試合なんだろ?」

「オレは急いでいる」

 つっけんどんに言って、クロウは歩幅を広げた。そうして数歩歩くとウミネコの足音が止まっていることに気づく。

 背後から、静かな声がした。

「……今日さぁ、クロちゃんの試合が終わってから、サンドリヨンちゃんを見てないんだけど。あの子、どーしたの?」

「部屋で休んでいる」

 素っ気ない返事にウミネコは「ふーん」と返しただけだった。クロウは足を止めると、ほんの少し首を捻ってウミネコを見る。

「もう、行っていいか」

「うん、おやすみー」

 ウミネコはいつもと変わらない口調で言って、ヒラヒラと手を振った。



 クロウが玄関の扉を開けて部屋の中に入っていく音が聞こえたところで、ウミネコは階段の方に声をかける。

「もう行ったよー」

「はー、怖かったぁ……」

 階段の影から立ち上がったのはエリサだ。彼女はサンドリヨンのことを心配し、クロウの言動を気にしていた。

「なんですかあれ。こっわ……! 視線で人を殺せるレベルじゃないですか!」

「案の定こじれたなー。あはは、おっもしれー」

 ウミネコがケラケラと笑うと、エリサはじとりとウミネコを睨みつける。

「面白がってどうするんです? お二人を応援するんじゃなかったんですか?」

「勿論応援はしてるよ? でも、面白がっちゃいけないって理由は無いだろ」

 ただの野次馬である。

 エリサは憂い顔で溜息を吐いた。

「サンドリヨンさんが心配です。酷い目にあわされてないと良いのですが」

「……うーん、どーだろなぁ」

 そんなことクロちゃんに限ってやらないよ……だなんて気休めは言えない。

 ウミネコはクロウとの付き合いがそこそこ長いので、彼の気質を理解していた。

「クロちゃんってさぁ、プライド高い癖に妙に卑屈で、疑り深くて、被害妄想が強くて、超マイナス思考じゃん? おまけに自分は世界中の人間から嫌われてるって、本気で思ってんだぜ。すげーよな」

 言いたい放題のウミネコに、エリサが困惑したような顔をする。

「……私はそこまでクロウさんのことを知りませんが……どうすれば、そんな人格が形成されるのかは興味がありますね」

「あーいうタイプは暴走するとタチが悪いんだよなぁー」

「それ、ウミネコさんが言いますか」

「あはははは」

 笑いながらウミネコは、クロウの部屋の扉を見る。クロウが入っていったのに、部屋の明かりはついていない。


(なぁ、クロちゃん。これはお前が招いた事態だよ。よじれて縺れて絡まった糸って、そう簡単には元に戻らないんだぜ)



 * * *



 クロウは部屋の明かりも点けずに、室内を進む。クロウは複数の鳥と掛け合わされたキメラだが、鳥目ということはなく、寧ろ暗い所でもある程度暗視できるように目を改造されていた。

 クロウは暗いリビングの隅でうずくまっている己の姫を見つけると、不気味なほど穏やかな声で告げる。

「ただいま、サンドリヨン」

「…………」

「良い子で大人しくしてたか?」

「…………」

「あぁ、猿轡のせいで口の端が擦り傷になってる。やっぱり、ちゃんと口枷も用意しておくべきだったな」

「…………」

 優花が身じろぎすると、彼女の両手を拘束する手枷と、壁に繋ぐ足首の鎖がガチャガチャと音を立てる。きっと、なんとかして外そうとしたのだろう。彼女の手首も足首も、擦り傷だらけだ。

「なぁ、サンドリヨン。足の鎖はギリギリ、リビングやバスルームまで行ける長さにしてあるんだが……この鎖、もっと短くしても良いんだぜ?」

 ビクリと優花の肩が震える。見開かれた目は恐怖に焦点を失っていた。

 クロウは擦り傷だらけになった優花の足首を掴み、少しずつ圧力を加えていく。優花の足首からキシキシと音がする。

「お前があんまり暴れるなら……どこにも行けないよう、柱に縛りつけておかないと駄目かもなぁ。それとも、足を折るか?」

 優花の抵抗が無くなると、クロウは優花からパッと手を離した。足首には擦り傷以上に生々しい指の形の痣がくっきりと残っている。

 クロウはそれにどこか満足げな微笑を浮かべ、優花の耳元で囁いた。

「そうそう、大人しくしてろよ。お前が勝手なことをせず、大人しくしていれば……オレが守ってやるから」



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