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フリークス・パーティ  作者: 依空 まつり
第5章「スノーホワイトの献身」
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【5-3】観客の声も取り入れていくスタイル

 燕とサンヴェリーナの試合が終わると同時に、ウミネコとエリサは試合の準備に呼び出され、離席した。もうすぐ、あの二人の試合が始まるのだ。

 燕の試合は悲惨な展開になることなく、胸をなで下ろすことができたが、次もそうなるとは限らない。優花は不安を隠し切れぬ声色で、クロウに話しかけた。

「あの二人の対戦相手って……昨日、控室のことで揉めてた男の子よね」

「あぁ、確かトキとか言ったか……随分と自信過剰なガキだったな。どこの所属かは知らないが」

 クロウは一度でも見たことのある選手は覚えているらしいので、おそらくあの少年は今回が初参加なのだろう。控え室前で揉めていた時は、まだ腕章を付けていなかったので、所属が分からなかったらしい。

「所属が分かれば、だいたいの傾向は分かるんだがな」

「そういうもんなの?」

「会社によって得意分野があるんだ。キメラ研究が得意だったり、サイボーグとかの機械系に特化してたり……」

「あの子は君と同じ、グロリアス・スター・カンパニーのフリークスだよ」

 背後から話しかけられ、クロウはギョッと振り返る。優花も同様に振り返った。

 優花達の背後でニヤニヤ笑いを浮かべているのは、白衣を着た三十歳前後の女性だった。ガリガリに痩せていて、長い黒髪を三つ編みにして背中にたらしている。

「なんで、てめぇがここにいやがる、月島」

 低い声で唸るクロウに、女は余裕の笑みで答えた。

「それはもちろん、我が社の新商品の成果を見るためさ。言っただろう、あの子もうちの商品なんだ」

 それから女は優花の方を向き直ると、にこやかに自己紹介をする。

「初めまして、プリンセス・サンドリヨン。私は月島みのる。グロリアス・スター・カンパニー生物兵器研究部門の主任だ」

 生物兵器研究部門の主任、それはつまり、クロウをキメラにした張本人ということだ。

 優花が緊張に顔を強張らせると、月島は優花のつぎはぎだらけのワンピースをまじまじと眺めた。

「随分と酷い格好だ……クロウ、君は自分のプリンセスに何て物を着せてるんだい。あまり酷い格好をさせては、我が社のイメージダウンにもつながるじゃないか」

「うるせぇな。オレの姫に何着せようがオレの勝手だろ」

 いやそこは私の勝手でしょう。なんであんたが決めてんのよ……と突っ込みたかったが、クロウが酷く落ち着かない様子なので優花は口をつぐんだ。

 今のクロウは何かに焦っているように感じるのだ。こういう時は、あまり追い詰めてはいけないと優花は短い付き合いながら知っていた。

 クロウは数秒黙り込むと、低い声でボソリと呟く。

「そんなことより……聞いてねぇぞ。あのガキがオレの後輩だなんて」

「あぁ、君がうちの研究所を飛び出してから、やってきた子だからね。研究の方向性も君と違うから、今まで会う機会が無かったんだよ」

「方向性が違う? ……あいつはキメラじゃないのか?」

 見たところ、トキは普通の少年だった。肌の露出した部分も変異はしていない。

 月島は、ふふんと得意げに鼻を鳴らして腕組みをした。

「トキには最近我が社が開発した薬を投与している。まぁ一言で言えば、化け物みたいに強くなれる薬かな。君みたいに直接肉体改造を行わず、投薬だけでどこまで強くできるか。そのサンプルだよ」

「オレと同じ会社の所属か。……道理であのガキ、やけにオレに突っかかってくると思ったぜ」

 クロウが吐き捨てると、月島は我慢できないとばかりにクツクツと喉を鳴らして笑う。

「ふふ、ふふふ、それにしても何て素晴らしい偶然だろうね! まさか、あの子の最初の対戦相手がウミネコだなんて!」

 ウミネコ。その名前を口にした途端、月島の眼の色が変わった。さっきまでは研究者らしい怜悧さを秘めていた目が今はうっとりと潤んでいる。まるで恋する少女みたいに。

「あのウミネコと私が作った子が戦うなんて、なんて素晴らしい幸運だろう! あぁ、私は胸が高鳴りすぎてどうにかなってしまいそうだよ!」

「お前は元から頭がどうにかなってるだろうが」

「可愛くない子だねぇ、私のこの恋心が分からないなんて」

 月島の発言に、優花は呆気に取られた。

「こ、こい……?」

 彼女はウミネコのことが好きなのだろうか? 優花が戸惑っていると、月島は胸の前で両手を組み合わせて、恍惚とした顔で語り出す。

「そう、恋! 恋だよ! 初めてウミネコの戦いを見た時、私はすっかり彼に一目惚れしてしまったのさ! あんなに残酷で冷酷で極悪で素敵な人なんて他にいないね! 彼の戦いぶりを見て、私は胸が震えたよ。それと同時に思ったのさ。彼を倒す化け物を作りたい、と! 私の可愛い化け物に彼を屈服させたいと!!」

 うっとりとしていた月島は、そこで言葉を切ると、忌々しげな顔でクロウを見て、目を細める。

「それなのにお前ときたら、全然、ウミネコに勝ってくれないんだもの。パートナーバトルでは何回か勝利しているけれど、シングル戦で真正面から戦って勝ったことはないだろう?」

 クロウは鼻の上に皺を寄せて、嫌そうな態度を隠しもせずに言った。

「うるせぇな。あんな生粋の化け物とまともにやりあえるかってんだ」

「お前がそんな態度だから、新しい化け物を作ったんだよ。それがトキさ」

 月島はにんまりと猫のように笑うと、歌うような口調で言う。

「あの子にはウミネコの強さを、私がたぁっぷりと聞かせておいたからね。きっと今頃は武者震いしてるんじゃないかな」

「昨日偶然会ったがな、オレもウミネコも散々見下されたぞ。あいつはウミネコに勝つ気満々だ……哀れなガキだ。お前に洗脳されたばっかりに」

「洗脳だなんて人聞きの悪い。あの子は強いから、もしかしたらウミネコにだって勝ってしまうかもしれないよ?」

 月島はくふくふと唇を震わせて笑い、両腕で自身の細い体を抱きしめた。

「あぁ、私が作った化け物達でウミネコを屈服させたい! だけど、彼には常に強く気高くいてほしい! この矛盾した恋心を私はどうすれば良いのだろうね!」

 できればお近づきにはなりたくないタイプの人だなぁ、というのが月島に対する優花の素直な感想である。

(それにしてもこの人、さっきから物凄くウミネコさんのことを褒め称えているけれど……やっぱりウミネコさんって凄い人なのかしら?)

 優花の表情で言いたいことを察したのか、クロウが小声で言う。

「一応言っておくがな、最近のウミネコは割とぬるいぞ。ライバルのハヤブサが姿を消したあたりから、だいぶ力が衰えている」

 耳ざとくそのやりとりを聞いていた月島は、バッと顔を上げるとクロウに詰め寄った。

「だからこそ、お前には彼の全力を引きだしてもらいたいんだよ。私は彼の全力が見たいのだから」

「……あいつと戦うなら、あいつが全力を出さないうちに叩くのが基本だ」

「お前は本当に臆病な子だねぇ。慎重すぎて思い切った行動を取れないのは、お前の悪い癖だよ?」

「黙れ。命がけの試合で安全策を選んで何が悪い。オレをあんなバトルフリークスと一緒にするな」

 クロウが忌々しげに呻いた時、少し離れた所からサンヴェリーナが駆け寄ってくるのが見えた。サンヴェリーナは可憐な笑みを浮かべ「サンドリヨンさーん!」と手を振っている。

 月島はそれに気づくと白衣の裾を翻した。

「おや、お友達が来たようだね。それでは私はこれで失礼するよ」

「帰るのか」

「いいや、VIPルームで観戦させてもらうよ。人混みは嫌いなんでね」

「……人混みが嫌いなら、最初から来るな」

 クロウが眉をひそめると、月島は口元に細い指を添えてふふふと意地悪く笑う。

「おやおや、研究室から足が遠くなっている君の顔を見るために、わざわざ足を運んだと言うのにつれないねぇ……お薬、そろそろ必要なんじゃないか? いつでも待っているよ」

 ポンと肩を叩かれたクロウは何も言わない。無言で地面を睨みつけている。

 そこに、月島とほぼ入れ替わりで燕とサンヴェリーナがやってきた。

「すまんな、クロウ。取り込み中だったか」

「いや、大丈夫だ。それよりお前、試合が終わったばかりだろう? メンテナンスは良いのか?」

「左腕が動かないだけだ。問題無い」

 それはかなりの問題なのではないだろうか、と優花は思うのだが、燕はメンテナンスは一日で終わるから大丈夫だと言う。

 なにより彼は、メンテナンス以上にウミネコの試合が気になるらしい。


『おまたせいたしました! それでは次の試合は皆さんお待ちかね! 〈狂戦士〉ウミネコ&プリンセス・エリサの登場だーーー!』


 進行役がアナウンスした途端、会場は凄まじい歓声に包まれる。その熱量はライチョウの試合以上だ。ここまで熱狂的な声は初めてで、優花は目を丸くした。

「す、すごい歓声……」

「ウミネコ様の試合はいつもこうなんですのよ」

「あいつはああ見えてフリークス・パーティの古株だからな。ファンも多いんだよ」

 サンヴェリーナとクロウがそう言うが、どうにも実感が湧かないのは、やはりウミネコの容姿のせいだろう。古参の強豪というには、あまりにも見た目が若すぎる。


『対するは今回初参戦! 期待の新人! グロリアス・スター・カンパニー所属のトキ&銀貨!!』


 スクリーンにトキと、小柄な少女が映し出される。少女はプラチナブロンドをボブカットにした少女で、年齢はトキとさほど変わらないように見えた。

 ウミネコも高校生ぐらいに見える童顔なので、パッと見た限りだと高校生と中学生の喧嘩にしか見えない。

 今回のステージは、燕の時と同じ野外の特別ステージ「海岸」だ。砂浜よりも岩盤が多く、足場が悪いのが特徴らしい。

「……始まるぞ」

 クロウの声に優花は膝の上で拳を握りしめた。



 * * *



 岩場の上に吹く潮風は、冬の空気を纏い始めていた。頰にかかる波の雫はひんやりと冷たい。

 こりゃ、海に落ちたら相当寒いだろうなぁ、とウミネコはのんびり考える。

「エリサちゃん、寒くね?」

「こんなこともあろうかと、ケープを用意しておきましたので」

 なかなか抜け目のない少女である。潮風にスカートの裾が揺れれば、ちらりと細い足が見える。その足もきっちりタイツを重ね履きしていた。

 一方、敵対するトキの姫は酷く寒々しい格好である。質素な白いワンピース、銀貨という名前は恐らくアンデルセン童話の「星の銀貨」からとったのだろう。

 あるところに貧しい少女がいた。少女は困っている人に自分が持つ物を差し出していく。やがて、裸になった少女の元に空から銀貨が降り注ぎ、少女は幸せに暮らすのだった……という話だ。

 そんな心優しいヒロインの名を与えられた少女は、寒そうに身震いするでもなく、短く切りそろえたプラチナブロンドを潮風になびかせながらじっとウミネコを見ている。

 澄んだ青い眼で真っ直ぐに見つめられ、ウミネコは首の後ろをガリガリとかいた。

「なんか、熱い目で見られてるけど、オレモテ期? うーん、でも流石に子どもはなぁ……」

「むしろ、怖がられてるんじゃないですかね」

「えぇっ!? オレ、子どもには割と優しいのに!?」

 ウミネコの優しさを微塵も信じていない目で、エリサはニッコリ笑う。

 一方トキは、初めてのステージに興奮を隠せていないようだった。武器の槍をくるくると振り回しながら、あちらこちらに用意されたカメラや、観客席の様子を映したモニターにはしゃいだ声をあげている。

「へぇー、こっちからもモニター中継で観客席が見えるのか。燃えてくるじゃん」

 トキは満席となった観客席が盛り上がっているのを見て、満足気ににんまり笑う。

「あはっ、すっげー人。やっぱオレって期待の新人だし? 注目度が違うっていうかー?」

「え? いつもこんなもんじゃね?」

 ウミネコがさらりと口を挟んだので、トキは目尻をピクピクと引きつらせてウミネコを睨んだ。

 だが、ウミネコはトキの敵意などものともせず、寧ろフレンドリーに話しかける。

「それにしてもお前、グロリアス・スター・カンパニーの所属だったのかぁ……ってことは、クロちゃんの後輩じゃん」

「はんっ、オレをあんな出来損ないの雑魚と一緒にすんなよ。オレはキメラみたいな奇形の化け物とはわけが違うんだよ。次世代の進化した人類になるべく数百人の中から選ばれた、エリート中のエリート……」

 トキの言葉にウミネコはプッとふきだした。

「あはは、馬鹿だなぁ。このパーティに参加している時点で、お前もただの奇形だよ。生物兵器の品評会なんて大義名分ぶら下げても、結局は化け物同士の『どんぐりの背比べ』でしかないんだぜ」

「なんだとっ……!」

 トキが顔を真っ赤にしていきりたつが、ウミネコはそれすら気にした様子もなく、親し気に笑いかける。

「まぁそれでも、どうせやるなら楽しまないとな! 審判、そろそろ始めようぜ!」


『はい、それでは今回のステージを説明します。今回のステージは人工海岸。双方はそれぞれ十メートル離れた岩場が初期位置です。姫の初期位置もパートナーと同じです』


「ギミックは無しかぁ。うん、やりやすいな」

 海亀の説明に、ウミネコはふんふんと頷く。トキは槍の柄で足元の岩場をドンと突くと、憎悪の目でウミネコを睨みつけた。

「ふん、すぐに岩に叩きつけてやるよ!」



 * * *



 初期位置に移動したトキは、ウミネコとの距離や周囲の足場の様子を確認すると、無言で自分の後ろに付き従う銀貨に命令する。

「おい、銀貨。一応言っておくけど、邪魔するなよ。お前はただの記録係なんだから」

 銀貨は月島が用意した姫だ。戦闘能力の類は無いと言っていたから、実験生物ではなく適当な孤児院から買ってきたのだろう。

 トキの命令に、銀貨は抑揚のない淡々とした口調で答える。

「銀貨に戦闘能力は付加されていない。銀貨の任務は戦闘データの記憶。それ以外の関与は一切しない」

「そうそう! しっかりオレのデータを記録してくれよな! 月島もオレのデータ見たら絶対ビビるぜ!」

 トキがドンと胸を叩いている間も、銀貨の青い目はウミネコの方を見ていた。そのことに、トキはまだ気づいていない。 


『それでは試合を開始します!』


 試合開始のアナウンスが響くと、トキはピョンピョンとその場に飛び跳ね、ついでにバク宙をしてみせた。観客のためのちょっとしたパフォーマンスのつもりである。

「始まった始まった。それじゃあ早速、あいつらと遊んでくるぜ!」

 トキは身軽に岩場を飛び渡ると、ウミネコとの距離を詰めた。



 * * *



 ウミネコは初期位置を一歩も動かなかった。

「良いんですか? 動かなくて」

 そう訊ねるエリサに、ウミネコは担いだバトルアックスの柄を叩いてみせる。

「このでかい斧を持って岩場跳び渡るとか、普通に考えて無理じゃね? 一歩間違えれば、バランス崩して落ちるし」

「あなたの運動神経なら、それぐらい可能なのでは?」

「無理無理。オレ、クロちゃんほどバランス感覚良くねーもん。取り柄は腕力だけだし」

 そう言ってウミネコは片手を目の上でかざし、ノミのように岩場の上を飛び跳ねているトキを眺める。

「まぁ、あのチビっ子がわざわざこっちに来てくれるみたいだし。ここで待ってて良いんじゃね? ……あ、エリサちゃんはその辺の岩陰に隠れてろよー。なるべく気を付けるけど、巻き込んじゃったらまずいし」

「言われなくてもさっさと避難しますよ。それではご武運を」

 スチャッと片手を上げて、そそくさとその場を離れようとするエリサに、ウミネコは言った。

「ここでほっぺにチューの一つでもしてくれたら、絵的に盛り上がると思わない?」

 エリサは無表情に言い放つ。

「それ何て公開処刑ですか」

「超辛辣!!」

 エリサが安全圏に移動したのと同時に、トキが岩場から岩場を飛び移ってやってきた。小柄なトキは槍をクルクル振り回して、アクロバティックな動きを取り入れつつ、ウミネコの前に着地する。おー、カッコいいねー、とウミネコはパチパチ拍手した。

「よぉ、オッサン! 遊びに来てやったぜ! ……試合開始から一歩も動かねぇなんて、その斧が重すぎて動けなかったんじゃねぇだろうな?」

 ウミネコは「そうそう!」と笑顔で頷いた。

「この斧担いで岩渡りしたら、オレ、普通に転げ落ちちゃうもん」

「はっ! ダッセェ! そんな使えねぇ武器なんて持ってくるんじゃねぇよ、タコ!」

「それ、クロちゃんにも言われたんだよなぁ……オレは割と気に入ってんだけどなぁ、この斧」

 ウミネコが心なしかションボリした顔で斧をブンブンと振り回すと、トキは好戦的な笑みを浮かべて槍を構えた。

「それなら、まずはその斧から叩き割ってやるよ!」

 トキはウミネコ目掛けて素早い突きを放った。激しい連続攻撃を、ウミネコは斧を肩に担いだまま「よっ、ほっ、ととっ」と間の抜けた声をあげつつ回避する。

「はっはぁ! 反撃する余裕も無いってか!! その斧は飾りか!」

「うん」

 ウミネコはあっさりと頷き、斧を手放した。トキの目が点になる。

「……へ?」

 斧を捨てて身軽になったウミネコは、一気に距離を詰めて至近距離の間合いに入った。槍は長物故に、懐に入られると一気に攻撃の幅が狭くなる。

 動揺するトキに、ウミネコが平時と変わらない口調で言った。

「お前さぁ、間合いを詰められた時の対策は何も用意してないの? クロちゃんはそーいうのちゃんと用意してるぜ」

「オレをあいつと比べるな!!」

「そーだなぁ。比べるまでもないや」

 ウミネコはトキの鳩尾に掌底を叩き込んだ。ウミネコとしては、ちょっと軽く叩いてやったぐらいの感覚なのだが、小柄なトキはポーンと吹き飛んで岩場に叩きつけられる。


『ウミネコ選手の掌底がトキ選手にクリーンヒットォ!! これは痛い! しかし、ウミネコ選手、これ以上追い打ちをかけません。何を考えているのでしょう!?』


 実況の声を聞きながら、ウミネコはトキに話しかける。

「お前はクロちゃんが弱いって言うけど、あいつは別に弱くないよ? クロちゃんは遠・中・近距離全ての対策を用意してるから、どんな状況でも対応できる強さがある」

 ウミネコはことんと首を横に傾け、トキに笑いかける。

「お前はそーいうの準備してないの? 先輩に戦略のお勉強してもらったら?」



 * * *



 スクリーンに映るウミネコの言葉に、クロウが低い声で呻いた。

「常に力技でゴリ押しのお前が言うな」

 燕が「同感だ」と静かに頷く。

「つまり、ウミネコ様は力技で押し切れるぐらいにお強いということですのね」

 サンヴェリーナがおっとりとフォローをすれば、クロウは苦々しげな顔で首を横に振る。

「間違っちゃいねぇが……まぁ、あいつは暴走すると戦略どころじゃなくなるからな。確かに戦略とか用意するだけ無駄だよな」

 そんなクロウの発言には、ウミネコへの信頼が根底にある。細かい戦略など容易くねじ伏せる圧倒的な力への信頼が。

 優花はふんふんと相槌を打ち、言った。

「それにしても、ウミネコさんって実はクロウのことを認めてるのねぇ。さっきからベタ褒めじゃない」

「ばっ、馬鹿、それはただオレとトキが同じ会社の所属だから、比較対象にしやすかっただけだろ!」

 否定する声はいつもより早口で上ずっていた。分かりやすい照れ方である。

 優花が微笑ましいものを見るような目でクロウを見れば、クロウは気まずげに目をそらしながら言う。

「あのガキだって、決して運動能力が低いわけじゃねぇよ。運動能力だけならオレと同じぐらいだろう……ただ、こういう大会に慣れてないんだろうな。フリークスと戦い慣れてない感じがする……あのガキは知らないんだな。先天性フリークスは素手の方が怖ぇってことを」

 素手の方が怖い、その理屈が分からず、優花は首をかしげた。

 武器を持った人間と素手の人間が戦うのなら、どう考えたって武器を持っている方が圧倒的に有利だ。いつだったか何かの本で素手の人間が武器を持った人間に勝つには、何倍もの実力が必要だと目にしたことがある。だが、その理屈はフリークスの前では通用しないらしい。

 優花が「なんで?」と素直に疑問を口にすれば、クロウはあっさり答えを教えてくれた。

「手加減ができないからだ。さっきのは掌底だったから良かったが、あれがエルボーだったら、あのガキの体は千切れてたぞ」

 物騒な一言に優花が体をすくませると、燕も小さく首肯した。

「クロウの言う通りだ。ウミネコは腕力特化型の先天性フリークス。あの男は武器を握っている間は、武器を壊さぬよう力をセーブして戦うが、ひとたび武器を手放せば、加減が分からなくなる」

 優花はクロウとウミネコの戦闘訓練の光景を思い出す。あっさりコンクリートにヒビを入れていたほどの怪力──あの時のウミネコは、武器を握っていたのだ。

 武器有りであの破壊力ならば、武器を手放して手加減をやめればどうなってしまうのか。



 * * *



「一発入れたぐらいで、調子に乗ってんじゃねぇぇぇぇぇぇ!!!」

 叫びながら槍で猛攻をしかけるトキに、ウミネコはニコニコしながら頷いた。

「うんうん、もうちょっと頑張ってくれよなー」

 トキは懸命に突きを繰り出し、槍を横薙ぎに振り払うが、頭に血が上っているせいで動きがデタラメだった。

 ウミネコはトキの槍をかわすと、クロウとの訓練でやった時のように、槍の柄を握りしめる。

「げっ、離せっ」

 狼狽えながら、槍を自分の方に引き戻そうとするトキに、ウミネコがケラケラと笑った。

「馬鹿だなぁ。こういう時は槍を離して、すぐに逃げなくちゃ……こーなるぞ☆」

 ウミネコは槍の柄を掴むと、槍の反対側にトキをぶら下げたまま持ち上げ、ぐるぐるとその場を周り出した。いわゆる、ジャイアントスイングの応用である。

「あはははは! そーら、回れ回れー♪」

 楽しそうなウミネコに振り回されるトキは、それでも握りしめた槍を手放そうとしなかった。

「ぎゃああああああああああ! はな、離せぇぇぇぇぇっ!!!」

「離して良いの? ほい」

 ウミネコがパッと槍から手を離せば、トキは遠心力で槍ごと吹っ飛ばされ、海にボチャンと落ちる。

 フリークス・パーティに場外は無いから、無論、戦闘は続行である。

 海水から岩場に這い上がったトキは、ずぶ濡れになった服の裾を絞り、舌打ちをした。

「く、くっそぉ! ぺっ、ぺっ、海水が口に入ったっ……ふざけやがって、あの野郎!」

 海水を吐きながら毒づいていると、すぐそばに人の気配がした。ウミネコが追ってきたのかと、ギョッとしつつ見上げれば、銀貨が佇んでいる。どうやらここはトキの初期位置だったらしい。

 そこでトキはハッと気がついた。銀貨の役目はデータ収集。ともなれば、きっと自分の戦闘データを集めているに違いない。

 それなのに、トキはまだこれっぽっちも活躍できていないのだ。この醜態を月島に報告されては困る。

「おい、銀貨。今までのは記憶しなくていいからな。これからオレがウミネコの野郎ををケチョンケチョンに……」

 言いかけて言葉を切る。銀貨はトキの方を見ていなかった。青い目は真っ直ぐにウミネコだけを見ている。

「なんで、お前、あいつの方だけ見てんだ? お前、オレの戦闘データを記録する係だよな?」

 震える声で問うトキに、銀貨はやはりトキの方など見向きもせずに答える。

「銀貨の任務はウミネコの戦闘データの収集」

「……へ?」

「プロフェッサー・月島が銀貨に課した任務はウミネコの戦闘データの収集。トキの戦闘データの収集ではない」

 トキの顔は寒さとは別の意味で青ざめた。

 青紫になった唇が震え、引きつった声を漏らす。

「はっ……なんだよ、それ……それじゃまるで、オレ、当て馬……」


「見ぃーつけた」


 陽気な声にトキは立ち尽くす。

 振り向けば、少し高い位置にある岩場の上で、ウミネコがしゃがみ込んいる。彼は膝の上で頬杖をついて、トキを見下ろしていたが、銀貨に目を留めるとパチンと瞬きをした。

「あれ? お前のお姫様も一緒? まぁいいや。オレ、小さい女の子を殺す趣味は無いし。あ、それとも、その子をオレに差し出して命乞いする?」

「ふっ、ざけんなぁぁぁっ!!!」

 トキは飛び上がると、渾身の力で槍を振り下ろす。そのまま頭のてっぺんっから股にかけて、縦に真っ二つにしてやるつもりだったのだ──が、トキが腕を振り下ろすより早く、ウミネコが間合いを詰めてトキの腕を鷲掴む。

「なぁ、おチビさん。いい加減に気づけよ。オレと真正面から力比べするのは無謀だって」

 パキッ、とまるで棒の飴でも折ったみたいに驚くほど軽い音がして、トキの右腕が不自然な方向に曲がった。

「ぎ、ゃああああああああっうわああぁぁああああああ!」

「腕力だけが取り柄のオレに正面から腕力で挑んでどーすんのさ。馬鹿だなぁ。不意打ち仕掛けたら、もしかしたら勝てたかもしれないのに」

「腕っ、オレの、オレの腕がああああああああああああ!」

「ははっ、面白い方向に曲がったなぁ! まぁ、いいよな。どーせ、すぐに治してもらえるだろ?」

 ウミネコは爽やかに笑いながら、トキの顔面を鷲掴みにした。

 そうして、涙と鼻水と涎を垂らしながらヒィヒィ泣いているトキに、ずいっと顔を近づけて言う。

「なぁなぁ『人間クルミ割り人形』と『人間おろし金』のどっちが良い?」

「ひっ……なっ、なにっ……?」

「頭がクルミみたく割れるまで岩に頭ぶつけまくるのがクルミ割り人形で、顔が綺麗に平らになるまで岩壁に顔面を擦って摩り下ろすのがおろし金……どっちが良い?」

 トキは手足をバタつかせながら、なんとかウミネコの手を引き剥がそうとする。が、腕力特化型先天性フリークスのアイアンクローは、ビクとも動かない。

「ひっ、やだっ、やだぁっ!!」

「じゃあ観客に聞いてみよっかぁ。あっ、カメラさん。こっちに観客席のモニター回して」

 ウミネコはトキを鷲掴むのと反対の手でカメラを手招きすると、カメラの向こうの観客に歌うような口調で問いかけた。

「おーい、オーディエンス♪ オーディエンス♪ お前らはどっちが良い?」

 スタッフが気を利かせて、会場の観客席を映したモニターをウミネコの方に向ける。

 会場はライブ会場の如き盛り上がりで沸き上がっていた。絢爛豪華な衣装を身につけた紳士淑女達が熱に浮かされたように叫ぶ。


『クルミ割り! クルミ割り!』

『おろし金! おろし金!』

『クルミ割り! クルミ割り』

『おろし金! おろし金!』


「うーーん、半々ぐらい? それじゃあ、顔面摩り下ろしてからクルミ割りってことで!」

 ウミネコはトキの顔面から後頭部に手の位置を移すと、程よく表面がザラついた岩を選び、そこにトキの額を押し当てる。それと同時に、トキの悲鳴は収まり、全身が弛緩して動かなくなった。

 あっれ〜? と顔を覗き込んでみれば、トキは白目を剥きながら泡を吹いて気絶している。

「なー、審判ー。これ、オレの勝ちで良い~?」

 ウミネコの呼びかけに、審判の海亀が早口で宣言を下した。

『──っ、しょ、勝者ウミネコ選手っ!!』



 * * *



 呆然とスクリーンを見上げている優花に、クロウがしみじみとした口調で言った。

「……あれがフリークス・パーティの名物『トラウマ・メーカー』だ。初参加の奴は大体、奴にトラウマを植え付けられる」

 その横で燕が静かに呟いた。

「俺が初めてウミネコと対峙した時は、家宝の刀と義手を木っ端みじんにされたな」

「まだ良いじゃねぇか。オレなんて、あのガキより小さい時だったのに全身骨折だぞ」

 その時のことを思い出したのか、サンヴェリーナもそっと目を伏せる。

 もはや言葉もない優花の横で「ウミネコ被害者の会」代表のクロウと燕は、虚ろな声で言った。

「……奴とは当たらないことを、心の底から願うぜ」

「……同感だ」


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