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フリークス・パーティ  作者: 依空 まつり
第5章「スノーホワイトの献身」
35/164

【5ー1】彼女が見ていたもの

 フリークス・パーティ会場の広々としたスタジアムには、大きなスクリーンがいたる所に設置されている。スクリーンの半分はスタジアム内の試合を映し、残りの半分は別会場の試合を中継することで、同時進行で行われる試合の状況も把握できるようになっているのだ。

 フリークス・パーティ初日。優花はクロウ、ウミネコと共に選手専用の観戦席に座っていた。燕とサンヴェリーナは午前の試合なので、既に選手控え室に移動している。


 観戦席は選手用観戦席と、ゲスト用の一般観戦席が明確に分け隔てられており、選手側からはゲストの様子が見えるが、ゲスト側からは選手用観戦席が見えないような配置になっていた。

 ゲストにとって、騎士は見世物のフリークスだ。試合以外の場で醜いフリークスを目にしなくていいようにするための配慮なのだろう。

 一般観戦客用の椅子はフカフカとした座り心地の良さそうな椅子だが、選手用の椅子は粗末なベンチだ。それでも、一般観戦客用チケットの金額を思えば、タダでも席が用意されているのはありがたいことだと優花は思う。

 クロウに教えてもらったチケットの金額を聞いた優花は卒倒しそうになったし、更にサービスの良い特別観戦席は十倍の値段だと聞いて白目を剥いた。

 そんなわけで、たかがベンチ席でも優花は座っているだけでなんだか尻がムズムズするのだが、クロウとウミネコは慣れたもので、各々好き勝手に寛いでいた。

「おい、ウミネコ、お前の姫は来てないのか?」

「エリサちゃんは用事があるから、ちょっと遅れて来るってさ。オレ達の試合は午後だしなー」

 ウミネコの言葉に、クロウは意味深に目を伏せる。口の端が僅かに持ち上がり、薄い笑みを刻んだ。

「……或いは、見たくなかったのかもな。これから始まる惨劇を」


『レディース、エンド、ジェントルメン! 大変お待たせ致しました!』


 クロウの呟きをかき消すように、司会者の声が第一ステージに響き渡った。司会者は開会式でも司会をしていたオールバックに派手な仮面の男、ドードーだ。

 スポットライトの明かりと同時に歓声が沸き上がる。

 観客達のむせかえりそうな熱気と興奮が嫌でも思い知らせる。いよいよ始まるのだ。血で血を洗う狂気の宴が。


『それでは、これより本日の第一試合を始めましょう! 登場するのはこの男! 〈ギミックマスター〉ライチョウ! パートナーは麗しのスノーホワイトだー!』


 その二人組が舞台に上がった瞬間、会場は凄まじい歓声に包まれた。熱狂的と言っても良い空気に、優花は思わず息をのむ。

 ライチョウという騎士は三十歳前後の男だ。ずば抜けて大柄というわけではないが、引き締まった体をしているのが服の上からでも見て取れる。特徴的なのはその両腕で、どちらも金属製の義手だった。

 それ以外にも首回りが金属のパーツで覆われているのが見て取れるので、エキシビジョンで見たオオルリのようなサイボーグなのだろう。手には小型のチェーンソーを持っている。

 その隣をしずしずと歩く姫は、スノーホワイトの名に恥じぬ美女だった。年齢は優花と同じぐらいだが、顎のところで切り揃えた真っ直ぐな黒髪、大きな目、白磁のごとき肌に血のように赤い唇──その造形も含めて、文句のつけようのない美女だ。彼女の美貌に匹敵するのは、恐らくサンヴェリーナぐらいのものだろう。

「凄い歓声ね。あの人も有名選手なの?」

 優花の疑問にクロウがステージを睨みつけながら頷く。

「〈ギミックマスター〉ライチョウ。別名リーサル・ウェポン。オートコパール社所属の傭兵で、全身機械化されたサイボーグだ」

「姫のスノーホワイトちゃん可愛いよなぁ。おっぱいでかいし。ロリ顔巨乳がたまんないよなぁ」

 緊張感の無いウミネコと違い、クロウの顔は酷く強張っていた。

 クロウの顔は正面のステージを睨みつけたまま、薄い水色の目だけがくるりと回って優花を見る。

「色んな意味で有名な奴だ。試合観るなら覚悟しとけ」

 クロウの言葉に優花は妙な胸騒ぎを覚えた。

 その時、ステージに何かが台車で運びこまれる。二メートル以上ありそうなそれは、鉄製の人形だ。ウミネコが「アイアンメイデンかぁ」と呟いた。

「アイアン…? なんですか、それ」

「拷問器具だよ。中が刺だらけになってて、蓋を閉めると刺がグサッ。まぁ、見たところだいぶ針は減らされてるね。入っただけじゃ刺さらない仕組みみたいだ。まぁ、扉んとこに針がついてるから、扉を閉めれば普通に刺さるけど」

 ギョッとして優花はスクリーンにアップで映されているアイアンメイデンを凝視した。言われてみれば確かに、扉には複数の棘が内側に向かって取り付けられている。

 なんでそんな物が、と絶句する優花にクロウが投げやりな口調で言った。

「この試合のギミックなんだろ」

 それぞれの姫は首輪を付けられ、アイアンメイデンの中に立たされた。首輪は短い鎖が付いていて、反対側がアイアンメイデンの中で固定されている。つまり、首輪をしている限り、アイアンメイデンから出ることはできない。

 今はまだ、刺は刺さらない位置だが、蓋を閉めたら確実にその棘は中の姫を貫くだろう。


『この試合のギミックはアイアンメイデン! 試合開始と同時にカウントダウンが始まり、少しずつ扉が閉まっていく仕組みだ! 扉が完全に閉まるまで、十五分! それまでに決着がつかなければ、双方の姫は串刺しだー!』


「そんなことしたら、あの子達が死んじゃうじゃない!」

「すぐには死なないだろ。処刑用じゃなくて拷問用だからな」

 悲鳴をあげる優花に対し、クロウはそんなの当然だと言わんばかりの口調だった。

 ウミネコが首を捻りながら、のんびりと言う。

「でもさぁ、蓋を閉めたら、姫が生きてるか死んでるか分かんなくね?」

「委員会は特殊センサーで騎士と姫の生体反応を常時チェックしているから、蓋を閉めても生死は分かる筈だ」

「へぇー、そっかー」

 クロウとウミネコがあまりにも平時と変わらぬ態度をしているものだから、優花は軽く混乱した。

 どうして、二人はそんなにも軽い口調で、人の生死に関わる話題を口にできるのか。

 優花が動揺している間に、試合は始まっていた。

 ライチョウの対戦相手はクイナという双剣使いの騎士だ。

 左右それぞれの手に細身の剣を持ったクイナは、剣の重さを感じさせない速さで距離を詰めてライチョウに斬りかかる。それをライチョウは手にしたチェーンソーでさばいていった。

 金属と金属がぶつかる硬質な音が響くと同時に、ギギィと鉄が擦れる音がする。アイアンメイデンの蓋が少しずつ閉まり始めたのだ。

「いやぁぁぁぁぁぁ! 誰かっ、誰かっ、助けてぇっ!」

 クイナの姫、茨姫が泣き叫ぶ。観客達はその悲鳴に一層歓声をあげる。

 一方、ライチョウの姫のスノーホワイトは悲鳴をあげることもなければ、顔色一つ変える気配も無い。ライチョウも自分の姫の方を見向きもしない。

(何これ、おかしい。こんなのおかしい。みんな狂ってる!!)

 試合はなかなか進展しなかった。

 ライチョウはチェーンソーと鉄の籠手で器用にクイナの攻撃を受け流していたが、チェーンソーが重いのか、クイナに比べると動きが鈍重で、次第に押されてくる。そもそも、チェーンソーは武器ではないのだ。触れるだけで危険な武器ではあるが、近接戦闘に向いているとは言い難い。

 ライチョウの動きが次第に遅くなってくると、クイナはこれをチャンスと思ったのか、攻撃を激しくした。

 一見するとクイナの方が圧倒的に押しているように見える。だが、ウミネコがポツリと呟いた。

「クイナのやつ、焦ってるなぁ。まぁ、姫の悲鳴を聞けば、普通はああなるわな」

 更に扉が閉まる。茨姫の泣き叫ぶ声はいよいよ大きくなり、クイナの攻撃は激しくなる。

 このまま、クイナが押しきるかと誰もが思ったその時、クロウが低い声で言った。

「踏み込みすぎたな」

 その言葉の意味は、すぐにステージの上で判明した。

 ライチョウがバランスを崩したのと同時に、クイナが一気に踏み込んで両手の剣を振り下ろす。

 クイナは双剣使いだが、常に片手の剣は防御や牽制を意識して動いていた。片手で攻撃、片手で防御と牽制──その基本スタイルを崩して、クイナは両方の剣を攻撃に使った。

 しかし、その刃がライチョウの首を刎ねるより早く、ライチョウの機械化された左手首がパカリと外れ、そこからワイヤーが飛び出す。

 アンカー付きのワイヤーは、距離を詰めていたクイナの体を搦めとった。

 クイナがとっさに振りほどこうと体をよじった瞬間。

「がっ、ああああああああああああ!!」

 ワイヤーで絡めとられたクイナが、痙攣しながら絶叫する。


『出たぁ! ライチョウのボルトワイヤー! 激しい電流がクイナを襲うー!』


 実況の解説に、優花は目を剥いた。

「ワイヤーから電流!? あれって反則じゃないの!?」

 いくら武器の持ち込みが許可されているからとは言え、やりすぎだ。

 だが、ウミネコが「いーのいーの」とパタパタ右手を振った。

「ボルト数さえ守ればセーフ。それに、あの手の電子機器は持ち込み時に色々制限されてるから、気絶するような電流ではないはずだよ………………いっそ、あれで気絶出来た方が幸せだったかもなぁ」

 最後の一言に優花の背すじが凍る。

 ステージの方から、チェーンソーが再稼働する音が響いた。ブィィィインという低い音は、これから起こる惨劇を想起させ、聴く者の血を凍らせる。

 ワイヤーで絡めとられたまま床で痙攣するクイナに、ライチョウが歩み寄った。

 ライチョウの右手のチェーンソーが唸りをあげる。クイナが呻きながらもがく。茨姫が泣き叫ぶ。

 そんな中で、最も強く優花の鼓膜を叩いたのは……


 殺せ、殺せ、という熱に浮かされたような観客達の叫びだった。



 * * *



 クロウとウミネコは、スポーツ中継の感想を語り合うような口調で、ライチョウとクイナの試合の感想を語り合っていた。

「短い試合だったな。次の参考にならねぇ」

「片腕切断で戦意喪失判定かぁ。エキシビジョンの時もだけど、今年の審判は随分と甘ちゃんだなぁ」

「クイナも、そこそこ腕の良い双剣使いだったが、哀れだな。もう二度と双剣を使うことはできないだろ」

「きっと、研究所で新しい腕つけて貰えるよ。案外、次の大会ではライチョウみたいなギミックアームになってたりして」

 試合はライチョウの勝利で終わった。

 十五分程度で試合は終わったので、どちらの姫もアイアンメイデンの餌食にはならずに済んだ。

 ただ、双剣使いの騎士が腕を一本失っただけだと、クロウとウミネコは言う。

 周りの観客達は、興奮気味に試合について語っていた。この場の誰も、あの腕を失った騎士を心配したりしない。

 唐突に優花の脳裏を、廃墟で死んだ蛇男の遺体がよぎった。

 

 血の海に落ちた腕。


 真っ二つになった胴体。


 あの無残な光景が、目の前の惨劇と重なった。

 これはまだまだ序の口。これから、もっと酷い光景が続くのだ。

 自分はそれに耐えられるだろうか?

 そもそも、そんな光景に耐えられるなんて、それこそ、狂っているんじゃないだろうか。

 吐き気がする。気持ち悪い。

(……なんで私は、こんな所に居るんだろう)

 優花はフラフラと立ち上がると、クロウとウミネコに背を向けた。

「……ちょっと、トイレ、行って来る」

 これ以上、この恐ろしい熱に浮かされている空間にいたくなくて、優花は逃げるように席を離れた。



 覚束ない足取りで離席する優花の背中を、クロウは無言で見送る。

 ウミネコが頭の後ろで手を組んで、どんぐり眼をクルリと回した。

「ちょっと意外かな」

「何がだ」

「クロちゃんはサンドリヨンちゃんに、こういう試合は極力見せないようにするのかと思ってた」

 クロウは唇をへの字に曲げて黙り込む。

 ウミネコの指摘はある意味正しい。見せなくて済むのなら見せたくなかった。

 だが、葛藤の末にクロウは見せる必要があると判断したのだ。

「……あいつ、言ったんだ。オレが誰かを殺すのを全力で邪魔してやる、って」

「へぇ! あの子、面白いこと言うなぁ! そういう開き直り方をする子、嫌いじゃないぜ」

 ケラケラと笑うウミネコに、クロウは眉を釣り上げて怒鳴った。

「笑いごとか! だいたい、そんなぬるい考えで、このフリークス・パーティを生き抜ける訳が……」

「それで、クロちゃんは血生臭い現実を見せつけて、サンドリヨンちゃんに釘指したんだ。甘いこと言ってると、あぁなるぞ、って」

 クロウは口籠り、目をそらすとボソボソと小声で「悪いか」と呟いた。

 ウミネコは首を横に振る。

「いいや、クロちゃんの言うことは正しいし、否定したりはしないさ。ただ一つだけ、オレ、気になってることがあるんだけどさー」

「なんだよ」

 ウミネコはじぃっと丸い目でクロウを見上げると、素朴な疑問を口にする子どものような口調で問う。

「クロちゃんはさぁ、サンドリヨンちゃんをどうしたいの?」

 クロウは言葉に詰まった。言われたことの意味が分からなかったわけじゃない。ただ、サンドリヨンが絡むとクロウは自分の思考や行動の理由を上手く言語化できなくなる瞬間が、しばしばあった。

 黙り込むクロウの前で、ウミネコはベンチで足をブラブラさせながら言う。

「開会式前に灰をぶちまけたのは、悪い男に目をつけられないため。残酷な試合を見せつけたのは、無茶をさせないため……そういうの、ちゃんとあの子に言ってないよな」

「……わざわざ言う必要はないだろ」

「小さなすれ違いの積み重ねが、取り返しのつかない事態を招くこともあるんだぜ」

 クロウはガシガシと頭をかくと、不貞腐れたような顔で吐き捨てる。

「……なんだよ。いきなり年上ぶりやがって」

 ウミネコは「だって年上だもーん」と言って、カラカラ笑った。



 * * *



 会場を離れても、観客席の歓声はかすかに聞こえてくる。

 殺せ、殺せ、殺せ……と。

 怒号の向こうから聞こえる、悲鳴と慟哭。

(頭がおかしくなりそう!! どこか、静かな場所に行きたい!!)

 優花はトイレに駆け込むと、ひたすら手を洗い続けた。そうやって水を出している間は、あの声を聞かなくてすむ。

 アイアンメイデンに押し込められた茨姫は死にたくないと泣き叫んでいた。当然だ。それが普通なのだ。同じ立場になったら、きっと自分だってそうなる。

「……しっかりしろ、私」

 クロウにあんなに大見得切ったのに、なんて情けない。

 負けるもんか。逃げ出すもんか。泣くもんか。

 自分の中にある、散り散りになった意地を必死にかき集める。

 なけなしの意地をかき集めて、握りしめて、そうやって今までだって立ってきたのだ。

(……負けるもんか。絶対に負けるもんか)


 ……何に? ……恐怖に。


 そうだ、恐怖になんて、負けるもんか、と優花は自分の頬をひっぱたく。

 鏡を覗きこみ、真っ青な顔色が少しはマシになったのを確認して、優花は観客席へと戻ることにした。

 スタジアムはとにかく広いし、扉も多い。適当にあたりをつけて開けてみたが、どうやら選手用の観客席はもう少し先にあるようだ。

 一度廊下に戻るべきかと考えていると、視界に見覚えのある赤毛がちらりと映った。

(……あれ? あれって……)

 観客席の一番上の隅、目立たない所にひっそりと佇み、怖いぐらいに静かな目で会場を見下ろしているのはエリサだった。

 熱狂に満ちた空気の中で、そこだけがひんやりと冷たい空気に満ちている。

 エリサが見ているのはステージではない。彼女の視線の先にあるのは、ステージを含めたこの会場全体だ。

 血塗れで戦う騎士、泣き叫ぶ姫、惨劇に熱狂する観客、この会場にある全てのものをエリサは見下ろしている。

 夜の海のような色をした目にあるのは悲しみでも絶望でも、ましてや恐怖でもない。



 ──強い、憎悪



 ゆっくりと視線を動かしていたエリサは、唐突にパチンと瞬きをした。どうやら優花に気づいたらしい。彼女はいつものように朗らかな笑みを浮かべ、優花の元に駆け寄ってくる。

「こんな所でどうしたんですか?」

「え、あ……」

「もしかして、迷っちゃいましたか? それなら、私もこれからウミネコさん達と合流する所だったんです。一緒に行きましょう」

「あ、うん……」

 そこにいるのは、いつものエリサだ。優しくて、明るくて、気遣いのできる素敵な女の子。

 さっきの冷たい目をした女の子はきっと、見間違いだったのだ。

 優花は自分にそう言い聞かせ、エリサとともに歩き出した。

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