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フリークス・パーティ  作者: 依空 まつり
第4章「白鳥は歌う」
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【4ー5】とっておきをあなたに

 フリークス・パーティが開催されている間は、開会式で使われたホテルが格安で(それこそ、成績優秀選手はほぼ無償で)宿泊できるのだが、クロウやウミネコが使っているマンションは会場まで車で三十分程度の距離にあるので、ホテルは利用せず、開会式の後は車でマンションに戻った。

 特にクロウはホテルのような場所だと、うまく寝つけない性分だった。このマンションだって、寝付けるようになるまで三日はかかったのだ。

 そのことがウミネコにばれた時は、散々からかわれたものである。

「クロちゃんは神経質だから、自分の巣じゃないと寝られないんだよな~」

「余計なお世話だ。お前こそ何でホテル使わねぇんだよ。成績優秀選手なんだから、スイートルーム使い放題だろうが」

 ケラケラと笑うウミネコにそう言い返すと、ウミネコは「ハハッ」と珍しく乾いた笑いを浮かべてこう言った。

「……オレさぁ、庶民だから、高級ホテルだと落ち着かないんだよ……」

 遠い目をしてそんなことを言ってたので、クロウはそれ以上は突っ込まなかった。

(……そういやサンドリヨンも同じようなことを言っていたな)

 ウミネコと優花は、金銭感覚とか世話焼き体質とか、微妙にぬけていて能天気なところとか、妙なところが似ているとクロウは密かに思っている。



 その晩、いつも通り優花の作った晩御飯を食べて(これが食べられるだけでも、わざわざマンションに戻った甲斐はあると思う)風呂に入って、さぁ就寝──というところで、クロウは気がついた。

 優花がやけに落ち着かないのだ。

 優花は基本的に子どもと一緒で、食事をして風呂に入るとすぐに眠くなるらしく、風呂上がりにはだいたい眠そうにしている(その分、朝は早起きだが)

 それなのに、今日はいつまでもシンクを磨いていたり、荷物の整理をしたりと忙しなく動き回っていた。いつもの就寝時間はとっくに過ぎているのにだ。

 もしやと思い、クロウは優花の背中に声をかけた。

「眠れないのか」

 一瞬、ギクリと肩が跳ねたから、図星なのだろう。優花は目をそらしながら、気まずそうに洗濯物を広げたり畳んだりしていたが、やがてポツリと呟いた。

「……そりゃ、緊張するわよ。明日は第一試合があるし……それに、あんなことがあったばかりだし」

 あんなこと──それが意味するのは一つだけ。失踪した双子の妹との再会だ。

 あれはクロウもだいぶ驚いた。クロウの元を逃げて、別の男の姫になっただけでも許しがたいのに、

その逃げた先がよりにもよって、クロウと因縁のある男……イーグルの元だなんて。

 思い出したらまた腹が立ってきて、無意識に舌を打つと、優花が肩を落としながら呟いた。

「なんか……ごめん」

「なんでお前が謝るんだよ」

「私が、あの子を甘やかしたから……」

「気にしてねーよ」

 嘘だ。本当は怒りで腸が煮えくり返って、神経が焼きちぎれそうなぐらい腹が立っている。だが、その怒りは美花とイーグルに向けられたものであって、優花に対してのものではない。

 なにより、絶対に口に出しては言わないが、クロウは美花に感謝しているのだ。あの馬鹿女が逃げたから、自分はこのお人好しと出会えた。

「試合でイーグルぶっ飛ばしたら、あの馬鹿女にはお前がきつく説教してやれ。オレは一発拳骨かませりゃ、それでいい」

「……手加減はしてあげてね」

「頭蓋骨陥没しない程度にはな」

 やっと優花が笑った。そのことに少しだけホッとする。

「もう寝ろ。明日は今日より出発が早いぞ」

「分かってるけど、目が冴えちゃって。それはクロウもでしょ?」

 クロウは虚をつかれたように瞬きをした。

「……オレ?」

「だって、なんかソワソワしてる」

 ばれていた。

 優花の言う通りだ。本当はクロウも緊張している。

 試合前はいつもこうなって、ろくに眠れなくなるのだ。だって、死ぬのは怖い。本当は試合になんて出たくない。逃げられるものなら本当は逃げてしまいたい。

 死に対する恐怖は、半年ぶりにイーグルと再会したことで、より一層強くなった。

 イーグルは強い。圧倒的に。

 大見得切ってきたものの、本当は勝算なんてほとんど無い。死にたくない。死ぬのは怖い。

 色んな奴らに身体をいじられて、こんな化け物にされて、それでもやっぱり死ぬのは怖い。

 自分が生き残る為なら、誰だって何だって殺してやる。

(……だって、オレは、死にたくない)

「もしかして、クロウも緊張してる?」

「……悪いか」

 今までは不安な夜は女を抱いて寝た。そうすれば、幾らか不安を忘れることができたから。

 ……けれど、この女はそれを絶対に嫌がるだろう。

 ほんの少し苦く笑っていると、優花がクロウの顔を覗き込んだ。

「眠れないなら、私のとっておきをあげようか?」

「……え?」

「やっぱ、温かい方がよく眠れるもんね」

 クロウはコクリと唾を飲み、喉を鳴らす。

「……いいのか?」

 掠れた声で訊ねれば、優花はいっそあどけない表情であっさり頷く。

「いいよ」

 トクン、とクロウの心臓が音を立てて跳ねた。

 手袋をはめた己の手を見下ろし、外すべきか悩んだ末にそのまま手を伸ばす。本当は直接触れたいが、鋭い爪で傷つけたくない。

 クロウの手が優花に届く直前で、優花はさっと立ち上がった。

「それじゃ、ちょっと待ってて。用意してくるから」

「用意? お前、もうシャワー浴びたよな」

「浴びたけど?」

「他に何の用意がいるんだ」

「秘密。ちょっと待ってて」

 こういう時の女は好きにさせた方が良いという経験に従い、クロウは寝室で優花を待つことにした。



 そして、数分後。優花は得意げな顔で、マグカップを差し出した。

「はい! ホットミルク!」

 クロウはたっぷり十秒沈黙した末、重い口を開く。

「…………なぁ」

「なぁに?」

「これが、お前のとっておき?」

「そうよ! これを飲めば、すぐに温かくなってぐっすり眠れるんだから!」

 優花はそれはそれは得意げなドヤ顔をしていた。そのドヤ顔っぷりたるや、テテテテーン! という陽気な効果音が聴こえてきそうなほどである。

 クロウは、優花の謎の自信に押されるようにホットミルクを飲んだ。

 甘い。砂糖の甘さの中に、ほのかに漂うスパイシーな香りがする。よく見ると、カップの中身はチャイみたいに薄茶色だった。でも、紅茶の香りはしない。茶色いのはブラウンシュガーを使っているからだろうか。

「黒糖で甘みをつけてるの。あと、生姜も入ってるから、身体が温まるでしょ?」

「……あぁ」

「冷え性の私の、とっておきよ!」

 別にクロウは冷え性ではないのだが、ニコニコと満面の笑顔で言われて、これ以上どうしろと言うのか。

 そのまま二人は、なんとなく無言でホットミルクを飲んだ。

 優花はサッとコップを片付けると、歯を磨き直して、さっさと布団に潜り込む。それがいわゆる「お誘い」ではないのは明らかだ。完全に就寝体制である。

 クロウも無言で布団に入ると、優花が小さい声で話しかけてきた。

「ね、クロウ」

「なんだ」

「最初はクロウと一緒に寝るの、嫌だったけど」

「そりゃ悪かったな」

「でも、やっぱ、だれかと一緒に寝るの、いいね。あったかいもん……」

 少し舌ったらずな口調。寝つきの良い優花は、もう半分寝ているようだった。

(……つーか、こんなに無防備で大丈夫なのかこいつ)

 優花はキリリとした眉と目つき故に、勝気で強気な印象の強い顔なのだが、トロトロと微睡んでいると強気な印象が払拭され、あどけなさが際立った。

 優花はもぞもぞと動いて、クロウの腕にピトリと体を寄せる。

「クロウは、あったかいね……」

 クロウは体をいじられてから、暑さ寒さを感じにくくなったので、自分の体温もろくに分からない。

 だが、この女が言うには自分は温かいらしい。

 優花が完全に寝ているのを確認して、クロウはその細い体を抱き寄せてみた。じんわりと柔らかな温もりが、パジャマ越しに伝わってくる。

 ……あたたかい。

「んん~、むぅ~」

 起こしたかと一瞬ギクリとしたが、どうやらそうではないらしい。

 優花はむにゃむにゃ言いながら、クロウの首の少し下──羽があるあたりに、頬をこすりつけてきたのだ。

 クロウは優花と暮らし始めた最初の頃は、寝る時も襟をきっちり締めていたのだが、体のことがばれてからは、首回りが緩くあいたTシャツをパジャマがわりにしていた。当然、首元からは少しだけ羽がのぞいている。

 優花は襟の隙間から少しだけはみ出た羽に、ぐりぐりと頬を押し付けていた。

「ふわふわぁ~」

「…………」

「ふかふか~、ふふっ」

 温かい……というか、熱い。主に顔が。

(なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ)

 ドッドッドッと心臓が爆発したみたいにうるさい。

 女と寝るなんて初めてじゃないし、なんなら最後までやることをやってきたのに。何故、こんなことぐらいで……

 落ち着け落ち着け、よーし落ち着け、とクロウは自分に言い聞かせる。

 こういう時は素数を数えて心を落ち着けるのが一番だ──と自分に言い聞かせていたところで、優花がおもむろに手を伸ばし、クロウの頭を撫でた。

「いいこ、いいこー」

 その瞬間、色々なものがクロウの中で爆発した。

 頭の中で何かがボンと音を立てて破裂する音が聞こえた気がする。



 その晩、クロウはひたすら素数を数える作業に専念した。



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